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リアクション
■ポータラカ
パラミタの西北地域。
外には一面の銀世界が広がっていた。
「こんなとこに本当にポータラカなんてあるんっすかね?」
べた、と飛空艇の窓に顔を押し付けた御人 良雄(おひと・よしお)がボヤいた、そのすぐ下で、
「門ですよ、門。どこかにあるはずですから、探さないとー。門番さんが立っていたりするかも」
アレフティナ・ストルイピン(あれふてぃな・すとるいぴん)が良雄と同じように窓に顔を押し付けていた。
「相手は、ぶっとんだテクノロジーを持った連中なんだから、こっちの常識で考えてもなあ」
スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)は二人を眺めながら吐いてから、すぐそばで毅然と立っている関羽・雲長(かんう・うんちょう)を見上げた。
「どうした?」
関羽が察し良くスレヴィの方を見下ろす。
「いや……なんていうか、金団長や羅将軍はチベットやブータンについては、それなりに詳しいよな?」
「二人はかつて、その辺りの戦場に立っていたからな」
「ウゲンって名前。
そっちの方に多いみたいなんだ。
羅将軍たちは何か知ってないかな?
同じ名前で神並みの凄い能力を持った人物に心当たりがあるとか……。
そうだ、確かドージェはチベット出身だろ?
もしかしたら、関係があるかもしれないし」
「ふむ……」
関羽が思案するように自身の髭を撫でる。
「確かに……羅将軍は、ウゲンを知っているような口ぶりであったように思うが」
と――。
「そ、外に女の子が!!」
アレフティナが飛空艇の甲板を指さして声を上げた。
少女を招き入れた飛空艇内。
彼女は、ポータラカの使いだと言った。
剣の花嫁らしい。
「……事情は分かりました」
関羽からの説明を聞いていた少女が頷く。
スレヴィは肘で良雄をつつき、
「御人……挨拶しておいた方が良いんじゃないか?」
「え、僕っすか?」
「一応、シャンバラ代表みたいなものだろ?」
良雄の後ろ腰を軽く押してやる。
ととと、と彼は少女の前に出て、へらへらと笑った。
「ええーー……と」
「……あなたが」
少女が良雄に近づく。
そして、彼女が良雄の締まらない顔に手を伸ばしかけたところで、むぎゅっ、と良雄は横山 ミツエ(よこやま・みつえ)に横に押し退けられた。
「生贄を渡すのはこっちの要求が通ってからよ」
少女は押し退けられた良雄とミツエを見やってから、頷いた。
「分かりました」
瞬間。
飛空艇は巨大な光に飲み込まれていた。
■
「変わった風景だな……」
ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が零した言葉通り、ポータラカの風景は奇妙なものだった。
飛空艇を停泊させた空港とおぼしき場所には何機ものUFOがあり、そこから連なる広大な街並みはSF映画顔負けの宇宙都市といったものだった。
奇妙な曲線を描く超高層の建物や巨大ピラミッドが並び、空には大きな球体の都市が浮かんでいた。
そして、それらの合間を数々の光が忙しく行き交っている。
上空の球体へと向かうエレベーターの中で、黒崎 天音(くろさき・あまね)は楽しそうだった。
「これらは本当にパラミタで発達した文明なのかな」
「……? どういう意味だ?」
彼の方へ振り返ったブルーズの隣で、案内を行っていた剣の花嫁が天音に視線を向ける。
剣の花嫁、機晶姫、飛空艇、殲滅塔、イコン――
そういった明らかなオーバーテクノロジー。
「行き過ぎた技術の全ては、外世界から持ち込まれたものだった……。
なんて事を言ったら笑うかい?」
「――いいえ」
帰って来たのは剣の花嫁の少女の声だった。
エレベーターが、迫った球体の表面の都市の間を抜け、やがて内部へと呑み込まれる。
硬質な壁と淡い光に囲まれた中に、古ぼけた赤いソファが置かれていた。
床には毛の長い絨毯が敷かれ、大きな振り子時計がコツコツと緩慢に時を刻んでいる。
ソファに囲まれた重厚なテーブルには、薄く湯気を伸ばす人数分のカップが置かれていた。
(パラミタに存在するイコンや機晶技術。
それらは全て、我々ポータラカの技術をもとに造られたものだ)
ソファの中央に座っていた紳士がテレパシーで言う。
紳士の頭部には、人のそれの代わりに鷲の頭部があった。
彼は己がポータラカ人であると名乗った。
肉体を失って久しい彼らは、ナノマシンを使用して肉体を作り出しているのだという。
そのため、外見にはそれなりに自由が効くらしい。
(そして――)
彼の目が同じテーブルを囲んだソファに座る関羽らを滑って天音を見やる。
(我々は、かつてパラミタと戦っていた別世界の民の末裔だ)
コツ、と時計の音が続く。
天音が言う。
「歓迎された存在ではなかったわけだ」
(ポータラカは長らくの間、シャンバラによって封印されていた)
「封印を解いたのは?」
(アムリアナ。
彼女は、エリュシオンに捕らわれる前にポータラカの封印を解いた)
そこで、鷲頭は一つ、間を置くように首を巡らせた。
(そろそろ本題に入ろう。
あなた方は何のためにここへ来た?)
「ゾディアックのことを聞かせてもらいたい」
言ったのは榊 孝明(さかき・たかあき)だった。
鷲頭がそちらを見やる。
(我々は確かにアレについて知っている事がある。
しかし、我々があなた方にアレの情報を提供する義理はあるだろうか?)
「取り引きとなれば、俺から提供出来るのはイコンの『覚醒』に関する情報ぐらいだが……」
(先も言ったように、イコンは元々我々の技術。
あなたの知り得るその事象は、我々の興味を引くものでは無い)
「なら……ブライド オブ シリーズは、どう?」
フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)が少し身を乗り出しながら言う。
鷲頭がわずかに首を傾げる。
(それについての情報は、あなた方より我々の方が有していると思うが?)
「ううん。情報じゃなくて、実物の方」
ぴっと人差し指を立てて彼女は続けた。
「あなた達は花音さんを連れ去ってから、洗脳か何かで操れるようにして、彼女にシリーズを探させていた。違う?」
(その通り)
鷲頭の言葉にフレデリカが、にっと笑う。
「あなた達はシリーズを欲している。
だったら、私たちが集めて、ここに持って来ることを約束する。
それと引き換えに私たちは今、ゾディアックの情報をもらう。
これでどう?」
フレデリカが鷲頭と関羽へと伺うような視線を向ける。
「……ふむ」
関羽がうなずく。
「校長たちへは私から交渉してみよう。
蒼空学園がブライド オブ シリーズを探していたこともある。
約束はそう難しいことではあるまい」
それから、しばらくの間があって。
(良いだろう。
我々ポータラカとあなた方シャンバラとは、この点について協力しよう)
鷲頭の言葉に孝明が小さく息をつく。
「ということは、ゾディアックの話を訊いても良いってことだよな?」
鷲頭が頷くのを確認してから、孝明は続けた。
「単刀直入に訊くが、あのゾディアックっていうのは何なんだ?
正味なところ、俺たちはアレが黄道十二宮(ゾディアック)の名の通りに、十二星華が本起動のキーになるってことくらいしか知らない」
(アレは、十二星華を介して女王の力をコンロールし、その力の全てを出力するためのものとして造られた)
「兵器とは違うのか?」
(兵器としても使用できるが、それは数多ある用途の一つに過ぎない。
アレの本質は女王の力を効率的に繰り、望む目的のために最大値を出力させることにある。
しかし、現状のように十二星華が揃わない状況での使用に関しては、我々に明確な答えはない。
理論上は、ある種の調整を行えば本来の機能を行使することが可能かもしれないが、実際にそのような使われ方をした例は無いからだ)
コツ、と時計の音。
(我々からアレについて言えることは、そのくらいだ)
「最後に、一つ」
天音が傾けていたカップをソーサーに返す。
「君たちが何故、花音・アームルートにブライド オブ シリーズを集めさせていたのか。
教えてくれないかな?」
(……帰るためだ)
鷲頭の目が細められる。
(遙か昔、我々の祖が後にした故郷へと)
天音の声のトーンが少し低くなる。
「僕たちと不確かな約束をするほど、慌てて?」
細められていた鷲の目は、ソファの向こうの大時計を無機質に見ていた。
(パラミタ大陸は、後数年と持たずに崩壊する)
■
関羽たちがポータラカ人と話をしている部屋の外で。
「気づいたんだけど」
益田 椿(ますだ・つばき)はポツリと零した。
「……?」
ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)が首を傾げる。
「いつの間にか、ミツエたちと良雄たちが居ない」
「……そういえば」
はた、と気づいたルイーザが口元に手を当てる。
「心配はいりません」
ここまでの案内を行っていた剣の花嫁の少女が言う。
「どちらも居場所は我々で把握しております」
「あ、そう。ならいいけど」
椿は言って息を抜いた。
と――
「あ」
少女が声を落とす。
「ん?」
「どうしました?」
ルイーザに問いかけられ、少女が言う。
「片方を、見失ったそうです」