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リアクション
■地下3・遺跡
予定が狂った、と、密かに睡蓮は歯噛みする。
“結晶”と引き換えに、シャムシエルの助命を乞うつもりでいたのだが、それには、結晶をこちらが先に入手することが前提だった。
だがどうやら、それは不可能に終わりそうだ。
此処に来るまで、シャムシエルは目的地を口にすることなくただ地下鉄を走らせていたので、内通して場所を知らせることもできなかったし、むしろ場所を特定したのは、ジークリンデ達の方が早かったのだ。
もはや交渉の策は尽きてしまったようなものだった。
残るは、直接シャムシエルを護るしかない。しかしそれすら、出番はあるかどうか。
パートナーの機晶姫、鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)をちらりと見ると、睡蓮は溜め息を吐いた。
「来ないなら、こっちから行くよ」
身構えるカオルに断って、シャムシエルが動く。
蛇腹の剣を抜き払い――斬りつけたのは、カオルではなく、カオルのサポートの為に前に出てこようとしていたナナだった。
「――っ!!」
早い。対応する間もなく、ナナは倒れる。
「ナナ様!」
パートナーのヴァルキリー、音羽 逢(おとわ・あい)が走り寄る。
「何慌ててんの。弱そうなヤツからやって数を減らすのが、基本でしょ」
冷たく笑ってそう言ったのは、カオルのパートナー、マリーア・プフィルズィヒ(まりーあ・ぷふぃるずぃひ)の背後でだ。
「早っ……!」
マリーアは振り向きながら、来るだろう攻撃を躱そうとするが、その攻撃は、予測と全く違うところから来て、成す術もない。
「シャムシエル!」
叫びながら、カオルが攻撃を仕掛けるが、シャムシエルは声を上げて笑いながら、カオルから距離を置いた。
仲間達から離れたそこを狙って、悠とパートナーの麻上 翼(まがみ・つばさ)が、それぞれ機関銃とレーザーガトリングを連射する。
「調子に乗るなよ!」
仲間が2人も倒れ、翼は怒りにかられながら叫んだ。
ふっと、シャムシエルの姿が暗闇に紛れる。
「どっちが?」
声だけ聞こえた。
「弱っちいくせに、ボクを倒せるとか思ってる、そっちの方が調子に乗ってんじゃないの?」
とりあえず振り返ろうとした、その反対側から、衝撃は来た。
「……痛いなあ。ちょっと当たったよ」
何でもないことのように、シャムシエルは手足を振って、攻撃の隙を狙って身構えているカオルを見て冷たく笑った。
「キミは、最後ね」
トンネルの途中で、ジークリンデが足を止めた。
じっと壁に手をあてる。
「此処なの?」
理子が訊ねた。こく、とジークリンデは頷く。
「この向こうから……感じるわ」
「よし、壁を破壊するわ」
理子はあっさり決断して、剣を振り上げた。
「ジークリンデ様、離れてください」
前原拓海がジークリンデを下がらせる。
皆が巻き込まれないだろうことを確認して、理子は渾身の力で剣を振り下ろした。
そうして、理子の斬撃に破壊された厚い壁の向こうに、明らかにコンクリートではない壁のトンネル、というか、洞窟が続いている。
「やったあ!」
手を取り合って喜び、洞窟内を更に進んで、――辿り着いた。
シャンバラ女王が永い眠りについていた、聖なる森の地下深く。
そこは、正方形――立方体にくり貫かれた、巨大な空間だった。
空間の中央に、仄かな光源があり、何故かその儚い光が、巨大な空間の隅々までを照らしている。
壁には古い壁画と文字が描かれていた。
「……五千年前の出来事、か……」
グレン・アディール(ぐれん・あでぃーる)が呟いた。
絵もあるし、博識の知識を以って、描いてあることは大体解った。
「女王が封印されるまでの経緯、といったところであるな。だが、特に新しい情報は無いようだ」
拓海もそう言って、ミルザムもまた頷く。
五千年前。
女王が、ゾディアックを用いてシャンバラを融合しようとした為に、戦争が起きた。
それを収める為に女王は地球とパラミタを分け、その分離が行われている間に、神子達は女王を封印した。
そして以来、パラミタの地が地球に呼ばれるその日まで、永遠を信じて、眠り続けていたのだ。
しかし眠りは醒め、時は再び動き始め、けれど残された夢が、未だ此処でたゆたっている。
この空間の中心に、水の塊があった。
2つのピラミッドの底辺を合わせたような形で、何の器にも収まっていないのに、ただ水の塊が宙に浮かび、上下の頂点を軸にして、ゆっくりと回っている。
そして、その正八面体の中心に、小さな光の塊が、仄かに輝いていた。
石が光っているようにも見える。純粋な光のようにも見える。
その儚い光が、この空間全体を照らしているのだ。
その光こそが、目的のものなのだと、何故か解った。
「……あれか……」
シルヴィオが呟く。
「ジークリンデ」
理子に促され、ジークリンデは水の塊に近付いた。
呼んでいるような気がする。
それはどちらか。
自分か、あの光か。
解らなくても構わなかった。
その呼応に従って、ジークリンデは両手を差し出す。
ああ、懐かしい。
――さあ、ひとつに戻りましょう。
「それは、ボクのだよ」
声がした。
ゆっくりと、巨大な空間に、シャムシエルが入ってくる。
「それが、呼んでるのは、ボクだ。
取らないで」
「……来たな」
源 鉄心(みなもと・てっしん)が呟いた。
来るだろうとは思っていた。予想より、随分早くはあったが。
トンネル入口のあの場所では、話しかけられるような状態ではなかった。
だが、今なら、と思う。
できれば、シャムシエルを保護したいのだ。
パートナーのヴァルキリー、ティー・ティー(てぃー・てぃー)も、それを強く願っている。
「シャムシエル。キミに返したいものがある」
「……返す?」
シャムシエルが首を傾げた。
「キミの父上の欠片だ。俺が持っているのはこれだけだが……」
カンテミールの欠片。
一人遺されたシャムシエルに、遺品として渡してやりたいと思っていた。
シャムシエルの表情が険しくなる。
「……キミは充分によくやった。父上もきっと、褒めてくれるだろう」
シャムシエルは、子供のようなものだった。
女王になるには、その精神は幼過ぎたのだと、そう思う。
だが、死者にひきずられたまま苦しみ続けるのは悲しい。生きて欲しい、と。
「今迄、よく頑張った。もう、自由になりなさい」
「うるさいっっ!!」
シャムシエルは怒鳴った。
「何でお前も……そんなこと言う!」
お前も?
鉄心と、そして密かに霧島玖朔が眉をひそめる。
「キミ達、邪魔だよ!」
睨み付け、持ち上げた剣がばらりと分かれて垂れ下がる。
「……待って。
お願いだ、止まって!」
五月葉 終夏(さつきば・おりが)が走り寄った。
攻撃されても構わない。ひし、とその腕を掴む。
「――私も、同じものを持ってる。君に渡したいと思ってた」
カンテミールはシャンバラを愛していた。
その信念の為に命を賭した。
だからこそ、終夏は、彼に生きていて欲しいと思ったのだ。
だが、あの場に居合わせながらも彼の死を止めることができず、そんな自分には一体何が出来るのかと考えて、やはりこれしか思い付かない。
シャムシエルを、死なせず、止める。
甘くても、馬鹿でもいい。でも、諦めたくない。
馬鹿でも甘くてもいいじゃないか、と、パートナーの英霊、ニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)は、そんな終夏の思いを聞いて笑った。
「世界中の誰もが賢い世の中など、面白くもなんともない。
酸っぱかったり辛いものしかない世界など、居づらくて叶わんよ」
思うままに進むといい。そう言ったニコラが、後ろに控えてくれている。
――その時。
ふっと空間が暗くなった。
光源が無くなった、と思ったすぐ後に、再び明るくなる。
だが、今度は今迄とは違う。水の塊そのものが光っているのだ。
そして、そう思ってすぐ、水の塊は破裂した。
砕けながら、光の粒子となり、空気に溶けて消えて行く。
今や、空間そのものが、何かに照らされて明るかった。
「……!」
シャムシエルは顔色を変えた。
水の塊が、その役目を終わらせた。
“結晶”が、取り出されたのだ。
それはジークリンデの体内に取り込まれ、今や一体となっている。
その姿に、どこか高貴な空気がまとわれたように見えるのは、錯覚だろうか。
「それはボクのだと言ったよ!」
ジークリンデを殺せば、“結晶”を奪える。
そう判断したシャムシエルは、終夏を払い退け、ジークリンデに向かった。
「待っ……!」
終夏の言葉は届かない。
「ジークリンデ、こっち!」
理子がジークリンデを背後に庇い、更にミルザムが脇に付く。
その周りを拓海らが固めた。
「結局、救いようがないな、お前は」
如月 正悟(きさらぎ・しょうご)が独りごちる。シャムシエルの耳に届く必要はなかった。
「お前を哀れとは思うけど、既に許せる一線を越えてるんだ。――報いを受けろ!」
本物のミルザムを元にしているのだと聞いた。だがそれすら関係ない。
パートナーの剣の花嫁、エミリア・パージカル(えみりあ・ぱーじかる)が針のように細かくした氷術を降らせた。
シャムシエルは避けもしないが、正悟は構わず突っ込む。
刃の形に戻した剣で、シャムシエルは正悟の剣を受け止め、力技で押し返した。
「邪魔だよ!」
「それはお前のことだろ!」
押し負けつつも、言い返す。
「いい加減、邪魔だ!」
直後、腹部にシャムシエルの蹴りが入り、正悟は飛ばされて床に膝をついた。
シャムシエルは正悟に構わず、ジークリンデに向かう。
向かおうとして、既にそこに立ちはだかる、グレン・アディールにむっとした。
「……全くもう!」
「……カンテミールを殺したのは、俺だ」
グレンにそう告げられて、シャムシエルは目を見開いた。
そこへ、ブラックコートで気配を消し、密かに近付いていたグレンのパートナー、ソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)が、至近距離から光術を放つ。
眩しさに身を竦めたシャムシエルに、グレンは一気に間合いを詰め、シャムシエルの手に手錠をかけた。
「はあ!? 何する気だよ!」
意表を付かれるシャムシエルに構わず、片方は自分の手につける。
これで逃げられない。
グレンはダメ押しに、シャムシエルが動けないようにと、奈落の鉄鎖でシャムシエルにかかる重力を重くした。。
「――は! こんなことで!」
だが、グレンが次の手を打つ前に、シャムシエルは、ぐいっと手錠を引っ張った。
「……うおっ!」
グレンは踏ん張り切れずに引っ張られ、床に引き倒される。
どし、とその背中を踏んで、手だけを引っ張り上げ、シャムシエルは手錠を引き千切った。
「キミ、どうやってパパを殺したの?」
ぐ、と踏み付ける足に力を込めて、シャムシエルは訊ねる。
「グレン!」
グレンは顔を顰め、援護しようとしたソニアは、だがシャムシエルが、そのままグレンを放って走り出すのに意表をつかれた。
今のシャムシエルには、“結晶”しか見えていない。
ジークリンデに向かうシャムシエルを、ミルザムが迎える。
くく、とミルザムを見て、シャムシエルは笑った。
ミルザムは、振り払うシャムシエルの剣を受け止め、切り結ぶ。
確かに強い。
しかし今のシャムシエルは、癇癪を起こしてただ暴れているようにしか見えなかった。
隙はある。
たった一度の好機を狙って、ずっと、誰の前にも姿を見せず、密かにミルザム達の後を付け、此処まで来ていた者があった。
鬼崎 朔(きざき・さく)は、光学迷彩とブラックコートで姿を隠したまま、シャムシエルの背後から頭部に狙いをつけた。
朔はイコンには乗らない。
故に、どれほど憎い相手であっても、目の前にいる鏖殺寺院と、戦うことができなかった。
けれど、シャムシエルが鏖殺寺院と共に行動しているというのなら、朔の憎悪の対象には、シャムシエルも含まれるのだ。
「鬱陶しいなあ! どいてよ!」
叫びながら、ミルザムを援護する正悟に気付いて蛇腹の剣を振り回す。
朔は引き鉄を引いた。
だが、ただ一心に、シャムシエルに注意を注いでいたのは、朔だけではなかった。
シャムシエルの背後で、その銃弾を受けて倒れたのは、辿楼院刹那だった。
「はあ!?」
シャムシエルは驚いて振り返る。
「――何やってんだよ、キミ!」
攻撃なら、避けられた。
例え避けられなくても、一撃食らう程度のダメージなど、シャムシエルにとっては軽微なものだ。
庇われる必要性など、感じないのに。
「……じゃが」
それでも、と、刹那は苦笑した。
命に代えても護ると、誓ったからのう。
そのまま意識を失った刹那を、玖朔が抱き起こした。
せっちゃん、せっちゃん、と、その横でパートナーのアルミナが泣きじゃくる。
「潮時だ、シャムシエル。引こう」
「……何言ってんだよ」
「もう充分暴れただろう。“結晶”は手に入らない。行くぞ」
ぎりっとシャムシエルは奥歯を噛んだ。
それでも、幾らかは冷静さが戻っていたのか、ぎろっとジークリンデを睨み付けた後で、身を翻す。
「……待て!」
グレン達が叫んで追おうとしたが、ハヅキが振り返り、後退しながらミサイルをばらまいた。
そうして彼等を足止めしている間に、シャムシエル達はこの空間を出て行き、殿のハヅキは出て行き様、出入口を、ランチャーで破壊して行く。
「ああっ!」
何てことを、と理子が叫んだ。
そうして足止めされている間に、シャムシエル達は撤退して行ったのだった。
「朔様……」
スカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)が、おろおろと呟いた。
朔はきつく唇を噛む。
ぎり、と拳を握り締めた。
「はー、とりあえず何とか、終わった」
理子ががくりと息を吐いた。
出口は塞がれたように見えたが、洞窟全体が崩れ落ちたわけではなく、単に撤退の際に混乱を誘う為のもので、改めて見れば、瓦礫もそれほど多くなかった。
確認して、拓海達は安堵する。
「大丈夫ですか」
「はい」
案じるフィオナ・ストークスに、ジークリンデはようやく緊張の解けた表情で頷いた。
よかった、とフィオナは微笑んだ。
無事に、目的は果たした。
“結晶”は、ジークリンデの内にある。
「これで、事態が好転することを祈りますわ」
「――渡せなかったな」
鉄心は、手の中のカンテミールの欠片を見て、小さく溜め息を吐いた。
終夏も同様だ。
だが、いつかきっと渡してやりたい。
――いつかきっと、救ってやりたいと。
そう思わずにはいられなかった。
一方、地上の戦闘も、終わっていた。
鏖殺寺院のイコンは、街の破壊を躊躇わなかったので、やはり被害は出てしまったが、それでも、予測されていたよりは大分マシだと、自衛隊の一人が通信の向こうで言っていた。
――累々と散らばる、倒され、破壊された鏖殺寺院イコン。
それらの機体の殆ど、およそ9割ほどに、『パラ実参上』という文字が書かれている。
「これを記念碑にして、パラ実の活躍で地上が救われたと東京人は思うだろうよ」
やり遂げた御弾知恵子が満足そうに、それらのイコンを見渡した。
ゆくゆくは、東京にパラ実分校が出来るかもしれない。
「フッ、やめてくんな。分校長なんてあたいのガラじゃないよ」
「何の物語が出来上がってんだ?」
照れる知恵子に、フォルテュナが突っ込んだ。
更に極め付けは、わざわざイコンサイズのスプレー缶を持参した吉永竜司による、
『東京救世主・パラ実参上』
という、都庁外壁への落書きである。
蛍光塗料でデカデカと書かれたその落書きは、その日無人の夜の東京にも煌煌と浮かび上がった。
「くくく、これでパラ実のカッコ良さが、地上にも伝わったことだろうぜ!」
契約者になったら迷わずパラ実に来いよ! と竜司は笑う。
実の所、パラ実は一枚岩ではない。
エリュシオンに味方する者もいるが、独自路線を突き進む者もいるという、アピールでもある。
(ま、深い考えはなく、馬鹿やれる仲間を増やしたいだけだろうけど)
と、これは精神感応では伝えず、蓮子は呟いた。
「ちょっとそこらの不良にはできねえぜ!」
と、東京の不良達の間で知恵子と竜司の勇名は轟いたが、当然、都庁の落書きには多くの自衛隊員目撃者があり(何故か、皆生温く苦笑するだけで、シャンバラ側の目撃者は少なかった)、竜司は後で警察にこっぴどく叱られることとなったのだった。
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