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戦乱の絆 第二部 第四回

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戦乱の絆 第二部 第四回
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■地下2・攻防

「地下鉄を奪えたら、こっちの移動も楽にならないでしょうか」
 という御凪 真人(みなぎ・まこと)の思い付きに、パートナーのヴァルキリー、セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)が、運転要員として車掌を連れて来た。
「しかし、地下には多くの車両が暴走しているのでしょう。
 逆走している車両もあるとすれば、それらを躱しながらだと、返って遠回りすることになりかねませんよ」
 車掌が案じる。
「ダメでしょうか? いい案だと思ったのですが……」
 真人は諦め切れない様子だ。

 地下鉄は、路線図内を複数走り回っている。
 恐らく、そのどれかにシャムシエルが乗っているのだろうと思われたが、特定は出来ない。
 だが、藤林エリス等によって、現在何処を走っているのかは全て補足できたので、待ち伏せることは可能だった。
「停車している時を狙って、内部に侵入したいのですが」
 停車ポイントは無いかと問い合わせて見たが、暴走地下鉄は、外部からの攻撃によらなければ、減速も停車もしていないという回答が返った。
 しかも回答には、今そちらに向かっている地下鉄がある、という情報のオマケ付だ。
「うわー、どうすんの?」
 考えあぐねる真人に、セルファが訊ねる。

「はっ、上等じゃあ!
 線路上しか走れん地下鉄ごとき、スピードなんざ落とさんでも乗り込んでみせるけえ!」
 地下鉄を操る機晶姫との喧嘩に燃えて、そう意気込んだのは、居合わせていた光臣 翔一朗(みつおみ・しょういちろう)である。
 そうこうしている間に、ゴーゴーと音を立て、地下鉄が近付いて来た。
 地下鉄はライトを点けていない。
 だがノクトビジョンを使っていた翔一朗には見えた。
 車両と並ぶと線路は狭く、小型飛空艇は使えない。
 パートナーの魔鎧、アーヴィン・ウォーレン(あーう゛ぃん・うぉーれん)を残し、翔一朗は、線路上を待ち受け、車両に飛び付く。
 心を決めた真人も、箒に乗ってそれに続き、何とか最後尾の車両に間に合った。

「操縦室におるんじゃあないんかい」
 無人の操縦室を見て、翔一朗は呟く。
 普通の操縦とは違う方法で、車両の操作をしているのだろう。
 翔一朗はそのまま後部車両に向かう。

 一方、真人とセルフィは早々に機晶姫と遭遇していた。
 人間よりも、アンドロイドのような、機械に近い容姿だった。表情にも、感情の類が見られない。
 武器は持っていないが、飛び込んで来て挌闘戦を仕掛けてくる。
 真人は慌てて距離を取り、天のいかずちを放った。
 じり、と身を引いて怯んだ機晶姫に向けて、真人の背後から、一気にセルフィが飛び込む。
 ランスバレストを打ち込まれ、機晶姫は一気に通路の奥まで弾き飛ばされた。

「……停まりませんよ?」
 だが、機晶姫を倒し、その介入が無くなったと思われて尚、地下鉄は止まらなかった。
「惰性で走ってるのかも。急いで操縦室に行こ!」
 セルフィが車両のドアに手を掛けた時、ドアが勢い良く開いた。
 その向こうから、別の機晶姫が飛び出し、手前にいたセルフィが殴り飛ばされる。
「セルフィ!」
 気を取られた真人の懐に、一気に機晶姫が飛び込み、ひゅ、と手の平が顔にあてられた。
 やられる、と思った瞬間、機晶姫が横に飛んだ。
 窓に叩き付けられ、しかし座席に落ちながらも、機晶姫はすぐさま体勢を整える。
「2人いたんかい。盲点じゃったの」
 背後から、強烈な蹴りを食らわせたのは、翔一朗だった。
 攻撃の隙を狙う機晶姫を見て、にやりと笑う。
「俺の渾身の蹴りで倒れんたあ……あんたが本命らしいのう」
 機晶姫は答えず、身を沈めると、下手から攻め込んできた。
「甘いわ!」
 受け流しながら懐に入り、ライトニングランスで素早く二度攻撃を入れる。
 スパッと機晶姫の体が裂け、咆哮のような嘶きを上げて、機晶姫は倒れた。
 見る見る地下鉄のスピードが落ち、やがて車両は停止した。


 あちこちで、機晶姫の操る地下鉄が止められ、その停止した車両によって、別の地下鉄が進行を妨げられていた。
 そんな効果も功を奏して、ゆっくりとながら、地下路線内の地下鉄の暴走が収まって行く。
 だが、本命の、その車両は――



 新宿のビルから地下に入った時は、ミルザムとジークリンデだけだったが、その後2人は、理子と共に駆け付けた護衛の生徒達と合流することができた。
 無事で良かった、と、誰よりジークリンデの身を案じていた理子はほっとする。

「結晶かあ。何処にあるかは解らないのね?」
 話を聞いて訊ねた理子に、
「ごめんなさい……」
とジークリンデは謝る。
 気にしないの、と言ったそこへ、“結晶”の在処を予測する、桜月舞香からの連絡が入ったのだった。

「うちの地下かあ、なるほどね。
 灯台下暗しって感じ?」
 理子は納得して何度も頷く。
「幻のトンネルも解るわよ。よし、皆で行こう。
 近くなれば、ジークリンデももっとはっきり“結晶”の気配を感じとれるようになるかも」
 現在別の場所にいる舞香達とは途中で合流することにし、理子の案内で、彼等は幻のトンネルを目指す。

 シルヴィオ・アンセルミ(しるう゛ぃお・あんせるみ)は、その顛末を、地上で鏖殺寺院のイコンと戦う瓜生コウに伝えた。
 そして、パートナーの守護天使、アイシス・ゴーヴィンダ(あいしす・ごーう゛ぃんだ)が、どうぞ、とジークリンデに渡したお守りに、またシルヴィオは、ミルザムへかつて贈った髪飾りに、『禁猟区』を、それぞれ施す。
「トレジャーハンターシリウスの手腕、拝見させて頂きますよ」
 そう言って笑いかけたシルヴィオに、ミルザムは苦笑を見せた。
「私には扱い切れないほどの価値のあるものが、この先には待っているようですね」
 元より偽者の自分には、始めから女王など務まるべくもなかったのだと。
「そんなことはありません。共に、結末を見届けましょう」
「……そうですね」
 ふ、とミルザムは感慨深げな笑みを浮かべる。
 ――波乱万丈、と言ってもいい、此処までの日々だった。
 この道の最後にあるものは何なのか。
 今この時、自分がこの場所にいることは、運命なのか。

 全く、と、その笑みを見て、シルヴィオは思う。
 あのおデコちゃんは、どこまで予見して、ミルザム様を都知事に据えようとしたのかと。


「地下街は、土地勘があっても迷うところだが、理子様のお陰で杞憂に終わりそうだな」
 地下に詳しい理子が居ることで、ことはスムーズに運びそうだった。
 何しろ、目的地は既に定まっていて、しかもそれは理子の実家のある場所、の下、なのだ。
 転生した身とはいえ、やはりジークリンデは、かつてのシャンバラ女王、という意識が前原 拓海(まえばら・たくみ)にはあった。
 勿論本人にそれを告げる気はないが、理子も同行するこの場では、いつもなら当然、自分は理子の護衛につくところなのだが、今回は理子には、源鉄心をはじめ、他にも護衛に就く者もあり、理子を安心させたいという思いもあって、アシュレイ・ビジョルド(あしゅれい・びじょるど)と共にジークリンデの護衛に就くことにした。
「大丈夫。何も心配することはございませんわ」
 パートナーの剣の花嫁、フィオナ・ストークス(ふぃおな・すとーくす)がジークリンデを気遣う。
「これが済みましたら、ゆっくり心と体を休めることにいたしましょう。
 ジークリンデ様は、甘いお菓子はお好きでいらっしゃいます?」
「そう、ですね……」
 場を和ませようとするフィオナの問いに、ジークリンデは真面目に頷いた。
「東京で見付けた、美味しい和菓子を知っているのですわ。
 ジークリンデ様にも是非、お勧めしたいのですの」
「え、それどこ?」
 理子が耳ざとく聞き付けて訊ねる。
「勿論、理子様もご一緒に」
 と、フィオナは微笑んだ。



 ジークリンデやミルザムがシルヴィオ達と合流していた一方で、シャムシエルもまた、自分に味方する者達との合流を果たしていた。
 途中、地下を歩き回る契約者と遭遇、戦闘になったりもしたが、些細なことだ。

 東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)を伴って合流した霧島 玖朔(きりしま・くざく)達を、シャムシエルは、誰だっけ、と言いたげな、どうでもよさそうな虚ろな表情をして見る。
「俺達はカンテミールの配下だったからな。
 あんたの護衛に就くは道理ってやつだ、どこまでもお供するぜ」
「……好きにすれば」
 カンテミールの名にぴくりと反応しつつも、シャムシエルは興味なさそうに答える。
「だがな」
と玖朔の言葉は続いた。
「シャンバラの絶対的な平和が、カンテミールの願いだった。
 だが、十二星華計画は、事実上失敗だ。
 今更あんたがその身を投げ出す必要は無いんじゃないかと、俺は思う」
 初めて、シャムシエルが玖朔を見た。
 苛烈な瞳で、玖朔を睨みつける。
「此処で自暴自棄に暴れてシャンバラ陣営に討伐されるより、生き残って別の道を探すのもありじゃないか?」
「……うるさいっ!」
 シャムシエルは怒鳴った。それは、酷く狼狽の含まれた叫びだった。
「パパは、ボクは……」
 何かを言おうとして、言葉を詰まらせ、シャムシエルはぷいっと玖朔から顔を逸らす。
 揺らいでいる、と、玖朔だけではなく、雄軒も睡蓮も思った。
「……そのやり方が解らないというなら、俺達が導いてやる」
「うるさい!」
 遮るように怒鳴り、歩いて行くシャムシエルを、玖朔とパートナーのハヅキ・イェルネフェルト(はづき・いぇるねふぇると)が、そしてその後から睡蓮達が追う。
 雄軒だけは、彼らを見送り、小さく肩を竦めた。
 パートナーの機晶姫、ドゥムカ・ウェムカ(どぅむか・うぇむか)が、そんな雄軒に意味ありげな視線を投げる。
「……何だ?」
「何、珍しいと思ってな。シャムシエルのような者とはいえ、ダンナが人助けとは」
 シャムシエルの護衛の為に、と玖朔と合流した雄軒の行動が、まあいいか、と思いつつもドゥムカには少し意外だった。
「……何となくですよ」
 雄軒はそう答える。
「彼女を野放しにするのは面倒だと思ったからです」
 ただ、目の前で父を失ったシャムシエルに、自分と少し境遇が似ている、と、そうは思ったかもしれない。――それだけだ。

 睡蓮は、複雑な気持ちで玖朔とシャムシエルを見ていた。
 玖朔の言葉は、半ばシャムシエルに告白したようなものだ。
 玖朔さんは私のものなのに、と、シャムシエルを恨めしく感じる。
 だが、玖朔のやりたいようにやらせてやりたいとは思うし、シャムシエルを哀れとも思うのだ。
 睡蓮は密かに、シャムシエルに“結晶”を渡してはならないと思っている。
 シャンバラ側陣営に結晶を譲った上で、シャムシエルを生かせる道はないだろうか、と。



 遭遇したのは、“幻のトンネル”の入口付近でだった。

 既に合流した桜月舞香の予測は当たっていたと思われ、近付くにつれ、ジークリンデの表情が緊張に強張っていた。
 ザカコ・グーメルがシャムシエルの乗る地下鉄と遭遇したことは、速やかに総合指令センターの藤林エリスに伝えられ、シャムシエルの乗る車両の進行方向にミルザム達がいることもまた、速やかにシルヴィオのHCに伝えられた。
「シャムシエルが来る!」
 送信されて来た情報を見て声を上げたシルヴィオに、全員が緊張する。
 地下鉄の近付くその音は、既に此処まで響いていた。

 真っ先に動いたのは、曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)だった。
 箒に飛び乗り、まだ視界には入らない地下鉄に向かう。
「シャムシエルは無理でも、機晶姫なら……!」
 車両の上に、シャムシエルはいる。
 だが、あえて車両内にいると思われる、車両を操作している機晶姫を、瑠樹は狙った。
 地下鉄が来ると、瑠樹は窓を割って飛び込む。
「非常時とはいえ……どうも申し訳ないねえ」
 心の中で、日頃頑張っている地下鉄職員の皆さんごめんなさい、と謝った。
「車両の一部を壊してしまいました……りゅーきのバカー!」
 しかし、パートナーのゆる族、マティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)は許してはくれなかった。
「悪い悪い……。機晶姫を何とかするから、それで帳消しってことで……」
 謝る瑠樹に、マティエはまったくもー、とぶつぶつ言う。
「ま、それはまた後でね。……来たようだし」
 はっと前方を見ると、機晶姫が、隣りの車両からドアを開け、こちらの車両に入って来るところだった。

「前原さんっ、ジークリンデ様はお願いしますっ!」
 共に護衛についていた前原拓海にジークリンデを託し、アシュレイ・ビジョルドもまた、地下鉄に走った。
 光学迷彩で姿を隠し、瑠樹が機晶姫と交戦している隙をついて、操縦室外側のドアから中に乗り込む。
「詳しくは解りませんが……大型車両の特技、今こそ生かしてみせます」
 特に複雑なことをするわけではありませんし、と、一人呟いて、アシュレイは操作台を見据えた。
 程なくして、瑠樹が機晶姫を倒したらしく、操作の介入が失われる。

 一方、パートナーのゆるやか 戦車(ゆるやか・せんしゃ)は、光学迷彩で身を隠しつつ、車両の上に上っていた。
 一番前に、シャムシエルと辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)が座っている。
 刹那は、向かって来る者がいれば投げ付けてやろうと、ダガーを手に前を見据えている。

 姿が見えなくても、気配を感じたのか、不意にシャムシエルが振り向いた。
 しかしゆるやか戦車の方が早い。攻撃ではない。
「隙あり――であります!!」
と心の中で叫び、ただ、思いきり体当たりして、シャムシエルを突き落とした。
「シャムシエル!!」
 突然車両の前に落ちたシャムシエルに、刹那がぎょっとして叫ぶ。
 シャムシエルは、アシュレイの目の前の車両前面の窓に跳ね飛ばされ、線路上に落ちる。
「神社を建立して祀りますから、死んでください!」
 地下鉄はますますスピードを上げ、そのままシャムシエルを轢いた。
 十五両編成。
 その全ての車両に、シャムシエルは続けざまに轢かれて行く。
「シャムシエル――!」
 刹那は叫びながら車両を飛び降りた。
 遅れて、玖朔や雄軒らも走り寄る。
 走り去った車両の後、線路に蹲るシャムシエルは、ゆらり、と立ち上がった。
「生きてる……!」
 刹那のパートナー、アルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)が、よかった、と、安堵しつつも、その壮絶な姿に、正直ぞっとする。――怖い。
「……なめた真似、してくれるじゃないか」
 フラ、と、傾きながら、シャムシエルは一歩踏み出した。

「五体満足とはな……正直驚いたぜ」
 橘 カオル(たちばな・かおる)が前に踏み出し、月島 悠(つきしま・ゆう)ナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)達もそれに続いた。
「だが、満身創痍ってところか? 皆は先に行け。此処は俺達が引き受ける」
 恐るるに足りない。
 カオル達は、シャムシエルを此処で足止めし、ジークリンデ達を先に進ませようとした。
 此処はもう、幻のトンネルの入口だ。目的地はすぐそこのはず。
 ジークリンデの感覚、そしてシャムシエルもまた此処に来た以上、推測は間違いではないはずだ。
 ぴくりとシャムシエルの表情が動いた。ゆっくりと顔を上げる。
 支えようとした玖朔の手を、乱暴に払いのけた。

 確かに、今はシャムシエルより先に“結晶”を手に入れられるかどうかの瀬戸際だ。
 このトンネルの先に、それはある。
 それは最早、疑いようはない。
 そう判断した拓海やシルヴィオ、理子達は頷きあった。
「頼む!」
 彼等に後を託し、トンネル内に走って行く。
 ミルザムは、残ってカオル達と共に戦おうとする仕草を見せたが、カオルやシルヴィオ達に促され、先に進むことを選んだ。

 くくっ、とシャムシエルは笑った。
「大きく出たね。此処は任せろ、だって?」
 キレている。
 援護に入ろうとした雄軒の動きに気付き、シャムシエルは
「キミ達は、手を出さないでよ」
と、カオル達を見据えたまま言った。
「黙って見てるか――此処はボクに任せて、先に行って」
 そう言って、シャムシエルはくすくすと笑った。
「さあ、おいでよ」