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リアクション
拝殿 〜参拝〜
大池から続く、木々に挟まれた一本道の先に、砂利の敷き詰められた境内が広がっていた。
境内の中央には、高床の舞台のようになった、朽ちかけの拝殿が鎮座している。
境内ほぼ中央にある賽銭箱をすり抜けた先にある、三段の階段を上ると、拝殿の中へと入る入口だ。
けれど今、入口は厚い木の扉でぴっちりと閉じられていて、かすかな明かりすら漏れてはこないため、中を窺うことはできない。
拝殿のすぐ脇には社務所があり、そこには、ぼんやりと橙色の明かりが灯っていた。
「いやあ、ハプニングもありましたが、ようやっとたどり着きましたね」
妖しい笑顔で鉈を振りまわす明智珠輝と、
「も……早く帰ろう……」
ぐったりとしたリア・ベリーが、じゃりじゃりと砂利道を踏みしめて境内に入ってきた。
「……」
境内の周囲を覆う、背の低い雑草の中に身を伏せたまま、佐野 亮司は珠輝とリアの様子をじっと見据えていた。
ふと、社務所から顔を出した巫女ルックの少女、カレン・クレスティアが、亮司に目配せして小さく手を振る。
亮司は頷き、まず右手をピースの形にして、自分の両眼を指さした。それから、一度ぎゅっと手をグーにしてから、カレンに向かってピースをして見せる。最後にパーの形にした手のひらで、珠輝とリアの背中を指し示した。
カレンは頷き、亮司と同じジェスチャーをして見せる。
『見えたのは』『カップルひと組』『拝殿の正面』
ジェスチャーが正しく伝わったことを確認して、亮司はこくりと頷き返した。
ケータイを取り出し、通話を始めたカレンから目を離し、亮司は珠輝とリアのほうへ視線を移した。
「どっちも男……か。まあ、いいや。背の低いほうでいこう」
呟いて、亮司は傍らに置いてあったオリーブ色のクーラーボックスを開け、よく冷えたこんにゃくを一つ、掴みだした。
中腰で、頭を低くしたまま茂みから歩み出ると、獣が獲物に忍び寄るような歩みで、ゆっくりとリアの背中に近付く。
足はかかとから地面につけ、つま先は次の足を出す時にだけ地面に触れさせる。
砂利道だというのに、亮司の歩みはほとんど無音だった。
手が触れられるほどの距離まで近づき、けれど、リアも珠輝も、ふと振り返る気配すらない。亮司は手で持ったこんにゃくを、リアの首元へ向かってそっと放った。
「ぎゃあ――――――――っ!」
響き渡るリアの叫び声、その余韻に乗じて、亮司は茂みへと取って返す。
「ふっ、ふっ、服の中に、なんか入ったぁっ!」
「それはいけません、さあリアさん、今すぐ服を脱いで!」
「うん、わかった……って、脱ぐか―――!!」
騒ぎまくるリアを、満足そうに抱きすくめて落ち着かせる珠輝。
そんな二人の様子を見て、亮司も満足げに笑った。
「……なあ、寒くない? 平気かよ?」
「平気よ。丁度良く頭も冷えたわ」
再び砂利を踏む音が聞こえてきて、亮司は身構えた。
びしょぬれの身体に層空学園のジャケットを羽織った宇都宮祥子と、寒そうなYシャツ姿で祥子の背中をさする渋井誠治が、境内をゆっくりと進んできていた。
「……おーっと」
亮司は口の中でぼやく。口元が、笑みの形に歪んだ。
「教導団の生徒が相手か。……こいつは、本気入れないとまずいな」
亮司は、ベルトに取り付けられたスイッチに触れた。亮司の身体が、周囲の風景に同化してかき消える。
手に持ったこんにゃくだけが、ひとりでに宙に浮かんだようだった。
亮司は先ほどの三倍も時間をかけて、祥子の背中に近づいた。
祥子の足音と、自分のかすかな足音を、ぴったりと重ねて。注意に浮いたこんにゃくが、祥子の背中に近付いていく。
そうして、祥子の背に手が届く位置まで来たところで、亮司はそうっとこんにゃくを放り。
たんっ、と祥子が足を止めた。
「え?」
と亮司が首をかしげた時には、猛烈な勢いで迫ってきた祥子の肩が、
「なにおっ!?」
亮司の身体を高々とふっ飛ばした。
「ぐえっ!」
祥子から5メートルほど離れた砂利の上に落下して、亮司がカエルのようなうめきを漏らす。
祥子は振り返りもせず、
「疲れてるんだから、やめてよね」
ぼやいた。
「カレンより連絡。佐野亮司の妨害を越え、現在三組のカップルが拝殿前に接近中。うち男性は四名ほど」
耳にかけたインカムマイクから響いてきた情報を、ジュレール・リーヴェンディは、傍らで慌てふためきながら巫女服に着替える八坂 トメに、淡々と伝えた。
「わわわっ! もう来たんですか!? 着替えが間に合いませんーっ」
「はぁ……だから事前にきっちり準備を済ませておけとあれほど……。もう、いっそそのまま出ればいい。どうせ悩殺ショーなのだから」
「だめだめだめっ。今出たら本物のストリップショーになっちゃうよっ!」
がらんがらんっ。と外で鈴の音が響きだした。
「おっと。目標、拝殿前に到達。もう開けますよ」
「あわわっ、待って待って!」
「舞台オープン。照明オン。あんどミュージックスタート」
なんとか襟を合わせ終えたトメの前で、閉ざされていた重い扉がぎぎぎと開いた。
賽銭箱の前に居並んだ、明智とリア、祥子と誠治、龍壱と雪と月詠が、茫然と拝殿の中を見つめる。
トメは、フラッシュライトが放つ強烈なピンクの光に照らされ、大きく露出した太ももや肩を艶めかしく浮かび上がらせていた。
トメの纏った衣装は、極限まで肌を露出できるように改造された巫女服だった。袖に当たる部分がざっくりと省かれ、両腕は肩口から露出しているし、袴の丈は、ふとももどころかお尻まで覗けそうなほど短い。
ジュレールがスイッチオンしたラジカセの奏でる、ムーディでアダルトな曲に合わせて、トメはゆっくりと身体をくねらせ、誘うように舞い始めた。
「ほほう、これは素晴らしい趣向です」
珠輝が感心したように頷いて、リアにひざの裏を蹴飛ばされた。
トメの舞いが風を呼び込み、巫女服の軽い布地をはたはたと舞い上がらせ、さらにきわどさを演出する。
そして、トメが大きく腕を動かすたびに、着付けの甘い襟の合わせ目が、すこしずつ、すこしずつ、開いていく。
徐々に、徐々に、開いていく襟の奥から、隠されていた胸が覗きだす。
だんだんとあらわになる、白く小ぶりな胸は、さらしや下着で固定されている様子はない。
「……ッ」
龍壱が、ごくりとつばを飲み込んだ。
雪と月詠が、むっと眉根を寄せて、龍壱を見る。
ぼけっとだらしなく口を開けたまま、誠治が視線だけでトメの胸元を追いかける。
それをちらと横目で見て、祥子がにやりと笑った。
「……戦績は半々、と言ったところか」
ジュレールは、インカムマイクに仕込んだ超小型カメラを、トメを眺めている人々、ひとりひとりの顔に向けて、密かにシャッターを切った。
「さあ皆さん! よってらっしゃい! お探しの絵馬はこちらだよー!」
社務所には、深夜の神社には全く似合わない、活気と威勢のいい声が満ちていた。
カレン・クレスティアが、まるでバナナのたたき売りのように絵馬を配っていたからだ。
珠輝、祥子、雪と月詠が、それぞれチームを代表して絵馬を受け取りに来る。
カレンはそのメンツを見てにやりと笑い、ジュレールから送られてきた写真を、絵馬に重ねた。
「さあ、どーぞ皆さん! 幸運を呼ぶかもしれない絵馬に、さっき撮った記念写真をセットでプレゼントするよ!」
さっき撮った記念写真、その一言が夜の空気に響いた瞬間、誠治と龍壱の身体がびしりと硬直した。
カレンが手渡したのは、トメの悩殺ショーを眺めている、一人一人の写真だった。
ぼけっと口を開けた誠治の写真を受け取って、祥子は吹き出し、
顔を赤らめて何かを凝視している龍壱の写真を受け取って、雪と月詠はむっとして、
それはそれは晴れやかな笑顔で拍手をしている珠輝の写真を受け取って、リアは密かにほっと息を吐いた。
「宇都宮―――ッ!! 頼む頼む! 後生だからその写真をこっちに渡してくれ―――ッ!!」
「くっ、あははははっ! あ、安心していいわっ、ふふっ、写メ撮ったらあんたにあげるから……くくっ。ねえ、シャロのアドレスってこれでよかったっけ?」
「やめろ―――っ!!」
写真を奪い合う祥子と誠治、
「ご主人様ー? このお顔はどういうことですかー?」
「ずいぶんと幸せそうな顔をなさっていますね、主様?」
「待て、雪、月、誤解だ」
笑顔の雪と、冷ややかな眼差しの月詠に詰め寄られ、後ずさる龍壱、
「これはこれは……よく撮れていますね。ふふ」
「おい珠輝……なんでお前だけこう、素晴らしい名画でも目にしたような顔してるんだ……? ……っつーか、自分の顔がよく撮れてるとかゆーな」
「素晴らしいものを見たのですから、晴れやかな表情になるのは当然です。……それに、よく撮れているのは私じゃありません、隣でかわいく拗ねているリアさんですよ」
「んなっ……!?」
頬を赤らめてうつむくリアと、それを微笑みながら眺める珠輝、
それぞれをゆっくりと見まわして、カレンは満足げに微笑んだ。
「願わくば、その恋がひと時の病で終わりませんように」
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