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オーダーメイド・パラダイス

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オーダーメイド・パラダイス
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リアクション

 黒髪を後ろに撫でつけて、鋭い目つきをした上背のある執事服の男が、プレイヤー達に改めて挨拶をする。
「皆様、本日はお招きに心よく応じていただき、まことにありがとうございます」
 彼はフューラーと名乗り、『オーダーメイド・パラダイス』という、新感覚と銘打った胡散臭いゲームのプレイヤーを募集した張本人のうち、特に胡散臭い一人だった。
「それでは、お好きなポッドにお入りください」
 彼はずらりとゲーム専用ポッドの並んだホールで一同を見回した。部屋はかなり薄暗いが、配線がないので、足下の不安はない。
 皆ぞろぞろと手近なポッドを開けると、中はリクライニングシートでアイマスク、ヘッドセットが据えられている。
「その中へお入りください。あ、先に伝えたとおり、皆様きちんと食事をされてきましたね?文字通り頭を使うゲームですから、貧血など起こされませんように」
「我が主、ヒパティアも中であなた方をお待ちしております」
 密かにからかわれているような、どこか含みのあるフューラーの声を皮切りに、ゲームは起動した。

 御神楽 環菜(みかぐら・かんな)は壁にもたれて見ていた。ゲームよりも、むしろ生徒たちが何をするのか、そちらの方を見たいのだ。
 彼女はこの後、ゆっくりと自分の部屋で、内部をモニターで見せてもらうことになっている。
「それじゃあ皆、私を楽しませてね」

あなたのご希望をお伝えください―OK
シートの調整をし、楽な姿勢をお選びください―OK
ヘッドセット、アイマスクの装着をお願いいたします―OK
『オーダーメイド・パラダイス』へようこそ。
このゲームはお客様を安全に、かつエンターテイメントに満ちたバーチャル世界へご案内するものでございます―LOGIN


 目を開けると、距離感のない一面の銀世界、一体何処へ来てしまったのか、不安に陥るものもいた。
 フューラーが一段高い台座と共に現れ、一同はそちらに注目した。見知らぬ世界なのだから、一応心して聞いておかねばならない。
「お待たせしました、これからこのゲームを安全に、かつスムーズにプレイしていただくために、管理者として解説をさせていただきます」
 すると銀世界だった地面に大きな方眼線のような線が入った。それだけでなんとなく、おちついてほっとするものがある。
「現在、私どものゲーム『オーダーメイド・パラダイス』内の世界はこのようになっております。わが主ヒパティアは、このゲームそのものとお考えくださいね」
 突然足元が透明になり、ガラスのタイルを敷き詰めたようになった。
 そのはるか下には海に浮かぶ島が一望できた。なだらかな丘が北にあり、瀟洒な白い洋館が存在を主張している。
 その裾野には森と、ビル街がその領域を東と西に分け、中央部の広場めいた場所が今自分達のいるところの真下になる。広場の中心からはタワーが延びていて、フューラーの足元にある台座に繋がっていた。南には港があり、南国のような植物の植生が伺えた。
「さて地理と、システムのご説明をしましょう。まず、わが主ヒパティアはこちらにおります」
 北の洋館がハイライトされた。
「主とお話がしたいという方は多いようですので、こちらへおいで下さい。ちなみにこちらでは、他のプレイヤーの方の様子をご覧に入れることもできます」
 観光案内のように、フューラーは建物をハイライトして説明をしていった。そういえばロケットや遊園地をご所望されていた方がおりましたねと言うと、その場で森の中に遊園地ができ、南の沖合いにロケット発着場が組みあがった。
「このように、ご希望にそって随時変更できますので、仰ってくださいね」
「さて次にシステムについてご説明します、右手をご覧下さい」
 話題が変わったため、皆一様にフューラーを見ていたので、そのまま右を向いた。
「…いえ、そのまま貴方がたの右手を上げて、その手をご覧下さい」
 すると、右手がハイライトされたのだ。周りの反応も同じようだが、隣人のその手は光っていない。
「それがあなたの右手でございます。言っときますが、唸りませんからね」
 俺の右手が光って…と心の中で思った人は、ちょっとぎくっとした。
「先ほども示しましたとおり、このゲーム内での行動は、このハイライトによってナビゲートされます。森に入ってお連れ様とはぐれるなどした場合、そう望めば光が導いてくれるでしょう、特殊なアトラクションをご希望の方は、随時この光によってサポートいたします
不都合や質問、設定の変更などをご希望される場合は、いつでも私をお呼びください。
私共は、皆様の望みを約束し、その安全を最優先で守らせていただきます」

 ―それでは、ゲームを開始いたします。
 次の瞬間、プレイヤー全員が、先ほど上から眺めていた広場に立っていた。
 先ほどのタワーのあった場所は噴水に変わり、ただ青空が頭上に広がっていた。

  ◇ ◇ ◇

 朝野 未沙(あさの・みさ)は、先ほどの噴水の広場からわき目も振らず、北の洋館へ向かっていた。
 彼女は無類の機晶姫マニアであり、機晶姫への熱意については他の追随を許さず、愛情についても何をいわんや、人後に落ちることはない。
 そういうわけで、機晶姫の理解への手がかりになるかもしれない、ヒパティアというAIとの会話を熱望している、聞いてみたいことがいっぱいある。
 洋館へは、もちろん未沙が一番乗りになった。実はここまでの道のりは意外とあるのだが、ついでに観光すればいいんじゃないかなというフューラーのささやかな思惑も、疲労もすべて吹っ飛ばしての到着だった
 白い洋館の前に、透き通るような淡い金髪を膝まで波打たせ、大きなグリーンの目をした美しい少女が出迎えた。背丈は美沙の胸の下くらいまでしかなく、下から無垢に見上げられて、美沙はぎゅっと抱きしめたくなった。
「いらっしゃいませ、初めまして、ヒパティアと申します。未熟なAIの願いを聞き届けてくださり、お礼の言葉もございません」
 ドレスの裾を持ち上げ、完璧な淑女の礼をとるAIに、美沙はあわてて挨拶を返す。
「こちらこそ、朝野 未沙っていいます、よろしくお願いします! えっとあたし、あなたとお話がしたくて」
「それでは、こちらへ」
 玄関は来客のため開け放されていて、そこからすぐ見えるホールで彼女らは会話を始めた。
 薦められたスツールはありふれてシンプルなものだが、なんとSFに出てくるように浮遊していた。円柱を浅く斜めにえぐったようなデザインは気負いなく立ち座りができた。こわごわ座ってみても揺れないし、テーブルも置いていないため距離感を感じることなく会話ができそうだ。
「お口に合うかどうか、わかりませんが」
 そういってまた空中に浮いたプレートに載せられて出された紅茶は、しっかり香りも味も素敵なもので、この後もスツールと共に来客を驚かせ続けることになるのだった。

「ええっと、まずあたしは、この電脳世界とあなたのことについてお尋ねします」
「この電脳世界は、私自身でもあります。このような形であるのは、人との接触において、互いの応答を円滑にするための視覚的なインターフェイスの一つです。極端に言えば、私のこの姿はアイコンにすぎません」
 ちっちゃくデフォルメされたヒパティアを想像して、美沙は思わず笑った。いけないいけないと気を取り直して、生まれについて問いなおす。
「その問いに対していくつか秘匿事項はありますが、私はそうあれとプログラムされて生まれました、成長と学習は、私の存在理由です」
「じゃあ次は、機晶姫についてどう思いますか? あたしは実は、とても謎の多い機晶姫のことについて知りたくて、あなたと話せればヒントが掴めるかもって思ったんだ!」
「残念ながら、私も自分自身がどういった存在であるのか、理解しているわけではありません。ただ一つ言えるのは、おそらく私は機晶姫とは、源を同じくするものではないようです。しかし私が望む成長には、機晶姫についての深い知識が不可欠だと推理します」
「そっかあ…」
 次に何を尋ねるか未沙が考えていると、そこに次の訪問者がやってきた。
「こんにちわ、私高務 野々(たかつかさ・のの)と申します。あら未沙さんこんにちわ、やっぱりいらしてたんですね」
「当然ですよー、あたしは未羅ちゃんと未那ちゃんのためならなんだってするんだから!」
 新たなスツールが現れ、野々が恐る恐る座ると、スツールのほうが勝手に距離を調整して等間隔に移動した。
「私は、あなたとお話がしたいと思って来ました」
「お話とは、例えばどのようなお話をすればよいのでしょう?」

 野々は彼女自身の望みというものをいろいろ考えてみても、自分の力で不可能なことではなかったし、バーチャルでどうにかして満足させてもらうような、そういう類のものでもなかった。
 強いて言うならば、そう、私はメイドなのですから!
「私の願いは、ヒパティアさんの目的を叶えるために、ご奉仕することです。私はメイドです。誰かのために何かを為す。これが望みであり、喜びなのです」
 貴女がやっていることも似たようなものですけれど、ちょっと違うのですよ。そう言われてヒパティアは少し、今回の動機を再計算した。
 ヒパティアたちは、このバーチャル世界を通してさまざまな人間のデータを収集させてもらい、引き換えに願いとそれにまつわる幸福を約束するのだ。意思のベクトルの方向性と、その多様性について、もたらす結果のあいまいさについて、認識せねばならないようだ。
「私は願いを叶えようとする人のお手伝いをし、それを達成する姿を見るのが喜びです」
「私が、あなた方と接触し、より人に近づくことが、あなたにとっての幸福になるのですか」
「そーよあたしもっ! あなたの願いを応援してるんだからねっ!」
「……はい、そういうことで。こういう会話でも、学習できましたか?
一応ほんとーの願いですけれど、これじゃあ夢がないですからねぇ」
 学習できたのなら幸いです、そう言って野々は紅茶を一口飲んだ。
 ―よし、おいしい紅茶を私も淹れましょう、ヒパティアさんに飲んでいただいて、おいしいものを知ってもらいましょう。
 そうして、ヒパティアの館では野々のおかげで紅茶やコーヒーのみならず、ライバル意識を燃やした未沙によって、さまざまな料理のバリエーションまで増えていくのである。