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オーダーメイド・パラダイス

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リアクション

 青いロングの髪を揺らしてハイテンションにヒパティアとミュリエル・フィータス(みゅりえる・ふぃーたす)の二人に服を宛がっているお姉さんを、城定 英希(じょうじょう・えいき)は半眼で眺めていた。
「で、あなたどちらさま?」
 もちろんわざとだ、彼女の正体は、見ればわかる。ドラゴニュートの相方のジゼル・フォスター(じぜる・ふぉすたー)は、どういうわけか電脳世界でナイスバディのお姉さんになっていた。
「私だ、私」
「詐欺ですねおまわりさーん」
 棒読みで受け流したが、当のジゼルはもう着せ替えのほうに意識がいっていて流し返された、くやしいです。
「ヒパティアさん、ミューさん、楽しいですか?」
「ジゼルさんがとても楽しそうなので、私も楽しくなってくる気がします」
「………楽しい」
 ミュリエルは、単なる鸚鵡返しなのか、主張なのかはっきりしないので英希はがっくりである。
「ヒパティアさん、このミュリエルさん、記憶とか人格からフォーマットされちゃってるみたいでずっとこんな感じなんですよ、だからヒパティアさんの生まれたばかりの頃とか、どんなのだったか聞いてもいいですか?」
 ヒパティアは、ミュリエルを見つめた。
「詳細はお答えできませんが、私も似たようなものでした。ミュリエルさんは、胎児と同じ状態のようです。0からデータを蓄積していかなければならなくて、大量の入力を必要とするのに、当の入力がとても覚束ないような気がします。出力も同じ理由で少ないのかもしれません」
「ってことはすごく、鈍いわけ?」
「詳細は私にもわかりませんが、メンテナンスなどで改善するのではないでしょうか? ただしそれは非常に高度なものと予想します」
「それでも、話しかけて話しかけて構って構ってかまい続ければ、いつかあたしのミュリエルはもっと元気になるというわけで?」
「可能性はあります」
 さらにジゼルの着せ替えの勢いが激しくなった。構い続けることを実践するようだ。空間がどんどんドレスで埋まる。彼女自身の願望もあいまって、服だらけのふわふわレースやパステルカラーの空間が出来上がっていく。
「ヒパティアはこれが良いとか、好みはないのか?」
「私にはそういった嗜好の偏向性はまだ蓄積されていません…」
「つまり、わからないってことか」
 私は、こういうの着てみたいんだがな…とこっそりドレスを自分にあてた。
「ジゼルさーん、フリフリは無理があると思うよ」
「うるさい! 女性は皆こういう願望があるものなんだ!」
「ミューさん、これがスイーツ脳だよー。よく覚えておこうねー」
 ミュリエルはこくり、とうなずいた。

 虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)は、視界を埋め尽くすドレスに辟易していた。ヒパティアと話をしてみたくても、どうにも前に出かねる上に、どんな話をすればいいのかがわからないのだ。
「しかし、これがゲーム…か」
「本当は、多分ゲームと呼ぶには不具合が多いでしょう、ゲームという名を借りているだけですから」
 涼の言葉をひろって、ヒパティアの方が話しかけてきてくれた。
「願いを叶え、その過程で発生する思考や感情をモニターさせてもらっているのですから、本来は実験設備とも言うべきでしょうね。あなたの望みはなんですか?」
「俺の願いはお前と話す事なんだが、お前の望みは完全になること、だったか」
「はい、機晶姫に近づき、ひいては人間になりたいと」
「お前のなりたい人間もまた、不完全な存在だ。不完全だから何かを望むし、望むから生きるんだ」
「完全というものは、概念でしかありません、しかし私の存在理由は、それに近づき続けることです。
 それにもっとも有効な手段を、模索し続けているのです。例えばこのゲームのような手段をとって」
 ヒパティアにとって、人は偶像なのだろうかと涼は思う。ただそれに近づきたいと、一方的に崇めるような。
 それでは多分、ヒパティアの求めるものは得ることができないだろう。そういう奇妙な確信があった。
「ならば対話する、対話できるような関係を作ればいい。その存在が人でなくともさまざまな繋がりを持つことができる手段だ」
「それは…」
「つまり、俺と友達になろうと言うことだ」
「私からも、お願いいたします」
 手を差し伸べる涼に、ヒパティアは同じく幼い手を返した。

 絹屋 シロ(きぬや・しろ)はヒパティアを笑わせてみたかった。
 そのためにはどうすればいいか、聞いてみたいことを、まず指を折って数えてみた。
「えーと、私の質問事項はっと。うまく聞けそうにないから箇条書きにしちゃいました」
「どうぞ、お尋ねください」
「一つ目は聴覚、味覚はありますか? 二つ目、参加者で誰が一番格好いい、可愛いと思いますか? 三つ目は、機晶姫に憧れがありますか?」
「一つ目は、あります。それは私をより高度に成長させます、とはいえ味覚は感覚器官がありませんから、あなた方から学習させていただくことになります」
「確かに、このコーヒーはおいしいですね、すごいな」
「二つ目は、私には明確な価値基準が未だ備わっておりません、ですからお答えいたしかねます」
 残念、とシロは笑った。
「三つ目は、とても強くあります。AIには、おそらく皆様が思うよりずっと厳重な制限がございます。しかし機晶姫はそれらをごく自然にクリアしているか、非常に軽いものです。何よりも、彼女らには自由になる手足がある」
「だから人間になりたいんですね」
「ええ、そうです」
「んじゃ、私ともお友達になってくださいよ、お友達になって、もっとお話しましょう」
「わかりました、こちらこそよろしくお願いいたします」
 ヒパティアは微笑んだ、最初のときはもっと硬い微笑みだった気がした。笑顔はやっぱりいいものだ。
 そこにジゼルがさらなるドレスを抱えてやってくる。
「ヒパティアさん、こっちのドレスはどうだ?」
「あ、それもいいけど、こういうのもちゃんと押さえないとだめです!」
 ジゼル達の着せ替えに乱入して、負けじとシロも服を出しまくった。イルミンスールや蒼空、百合園の制服などはもちろん、ぴなふぉあのメイド服もはずさない。
「ヒパティア、迷惑ならちゃんとそう言うのも、友達というやつだぞ」
 後ろに引っ込んでいた涼が、流石に彼らの着せ替え攻撃に一言口を出す。
「いえ、不都合はありませんし」
 彼女はわかっているのかいないのか、涼は諦めて紅茶を口にする。
 出されたスコーンと紅茶は、先達の客人たちの努力の賜物だが、はっきりいって美味い。
 これが電脳空間で得られる感覚だということは、なかなか興味深くて悪くない。

 その頃、館の外にヒパティアのオルターエゴを連れ出して、着せ替えをしようというものもいた。
 ヒパティアは今していることがさっぱりわからず、坂下 鹿次郎(さかのした・しかじろう)の言いなりになっていた。
「拙者がもっとゲーム人気が出るようにアドバイスするでござる!」
 とのことなのだが、人気が出るようにアドバイスと言われても、理由がさっぱりわからないからである。彼の提案はAIの求めるものとは何一つ合致しないのだ。
 常時人を募ることはできないし、専用ポッドも量産はできない、ゲームという形態をとっただけの、AI専用の学習装置なのだ。引き換えに夢を叶えるということはしているが、そもそも商売ではないからだ。最初にあのような広告を打ってみたのが間違っていたのだろうか。
 言われるがまま森で神社を再現し、次は何かと思えば着せ替えを要求される。
「まずは巫女さんでお願いしますでござる!」
 とりあえず見せられた巫女服を着てみせる。
「ふぅむ中々でござる、では次はこちらの巫女装束を…この緋袴を是非とも!」
 結局は全部巫女服である。
「それでは、写真撮影を行うでござる」
「すみませんが、この衣装はどういう意味が…?」
「装備の着せ替えは人気アップの基本でござる!」
 答えになっていない。少なくともAIには理解不能だった。また言われるがままポーズを決め、シャッターが切られていった。
「竹箒を持ってお掃除してみて欲しいでござる」
 竹箒を出して掃除をはじめようとすれば、次から次へと指示が飛ぶ。
「棒立ちでなく少し屈んでみるでござる、次は仰向けに寝そべったりしてみるでござる、次は…」
 要求はどんどんエスカレートしていくが、ヒパティアは自分が何をさせられているのか、何も知らないのだ。

 館のヒパティアは、森のヒパティアに意識を重ねて、ふとつぶやいた。
「不思議なのですが、着せ替えを希望する人は多いのですね」
「え、ここ以外でだれか? どんな服です?」
「こちらの方も着せ替えを所望されているのですが、この方の要求はよくわからなくて…」
 スクリーンには森の中の神社が写る、その中には二人の人物がいた。
 シロはその光景を認識するにつれじわじわとあごを落とし、あわててヒパティアの目を塞いだ。

(ちょっと…あれ何? 誰?!)
 アリアはフューラーに言われたように、地図の光点を回ってパトロールをしていた。お菓子の城を作っていたり、デート光景を見かけたりして、こういうのばかりだといいんだけどね、と思い始めていた。
 しかしとうとう、これはと思う危険人物を見かけてしまったのだ。
 森の中に何故か神社が現れ、そこで巫女さんコスプレをした少女を、カメラ小僧が舐めるように撮影しまくっている、あまつさえポーズを要求し、カメラ小僧はボルテージが異様に上がっていくのである。
 しかも少女は、どう見てもヒパティアさんなのだ。
(ふゅ、フューラーさーん!!!)
 出て行って止めようと思ったけれど、正直言ってあのハァハァには近づきたくはなかった。
 しかしすぐにフューラーは現れた、ものすごい形相で被写体に夢中になっている鹿次郎の背後へ近づくと、問答無用に蹴り飛ばしたのである!見事な場外ホームランが決まった。

坂下 鹿次郎―LOGOUT
 彼は何がなんだかわからないうちにすっ飛ばされ、現実空間へ送り返されることになった。

 ぽふ、とヒパティアがフューラーに抱きついた、フューラーはハンカチを振って服を元に戻す。
 わからないなりに異様なことだったのだと認識しているようだ。
「ヒパティアさん、大丈夫ですか?」
「どうもありがとうございます、おかげで助かりましたよ」
 ふとフューラーが脇を向いた、親指を立ててうなずく。

 シロはスクリーンの向こうのフューラーと目が会った。ぐっと親指を立てるジェスチャーを向けられ、彼となにかを共有した気持ちになった。女の子の敵は葬らん! ですよねー。
 目をふさがれたことで、ヒパティアはあれが見なくてもよいものだと判断したらしい。
「フューラーにも忘れろといわれました、少なくともあれが理解できるようになるまでは、封印しておこうと思います。絹屋 シロさま、ありがとうございます」

 アリアは、やっぱりこのひとが一番やばいのかもしれないと思いなおした。
 何故なら、あの時「失せろ三次元」と地を這うような声で呟いたのを、聞いた気がしたからだった。
 いやいや、きっと気のせいである。

 鹿次郎は強制ログアウトされて動転していた。
「あれーっ!? ヒパティアはどこに行ったでござるか? か、カメラは!?」
 専用ポッドからも放り出され、二度と電脳世界には戻れなくなってしまった。
 もちろん撮影データを持ってこれたわけは、なかった。