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オーダーメイド・パラダイス

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オーダーメイド・パラダイス
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リアクション

 ヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)は、世界一の金持ちになるという夢を見た。
 朝は最高の宝石と宝飾品のプレゼントにうずもれて目覚めた。一番最初に見る光景が、美しい宝石のきらめきというのは素敵だ。
 特に、今自分の指で輝いている、少し小さめだけれど朝日に青緑色に輝く宝石は、昨日の夜は自分の髪のように赤く輝いていたものだ。
「これをくれた人なら、もう一度会ってあげてもいいわぁ♪」

 昼はヒルベルトホテルのインペリアルスイートでくつろいで、シャンパン・スパやブランドエステを心行くまで楽しんでいた。
 ルームサービスのキャビアのカナッペをつまみ、最高級のワインをテイスティングして、一番気に入ったものを買い付ける。
 ふと思い立って、自家用ジェットを飛ばして観光に行くことにした。
「あぁーん生きてるってカンジだわ♪」

 夕方はリムジンの窓から、暮れていく夕日を眺めていた。この季節にこの場所で見る夕日は、記憶の中でももっとも美しいものだったからだ。
 ただゆっくりしたくても、投資が成功したことや、パーティーのお誘いの伝言などを報告する電話がひっきりなしでちょっとうんざりしたけれど。
「そういうのは贅沢な悩みってやつよねっ♪」

 夜は豪邸の暖炉で、ゆったりしたティータイム。
 パートナーたちが思い思いの場所でくつろぎながら、楽しそうに好きなことをしているのは、存外に幸せを感じることだった。
 紅茶のおかわりを頼めば、持ってきたのはどこかで見た顔だった。
「あら、あなたなの」
 いつも細かいことは気にしない知り合いが、意外にも繊細な手つきで紅茶を淹れる。
 気付けばほかにも、きれいな銀髪のメイドがデザートを運んできたりした。スーツも素敵だけれど、メイド服も可愛いわねえと思う。
「あなたたちもどう? 楽しいことは独り占めじゃなくて、みんなでやりましょ♪」

 友達やかわいい子たちに囲まれて見る夢は、本当に幸せだ。
 あまりに幸せすぎて、他の人にも分けてあげたい、いつかの孤児院の子供たちも、といった風に、夢ははてしない。
「あー、この夢醒めたくないわねえ…」
 そんなわけには行かない、と苦笑していても、やっぱり次の夢があふれてきて仕方のないヴェルチェである。


 湊川 亮一(みなとがわ・りょういち)は、これから宇宙に行こうとしていた。スペースシャトルの操縦席というのは、より複雑になってはいるが、飛行機のそれとつくりが似ている。
 宇宙服を着込んでフードを下ろし、準備が整えると、ごとんという振動を感じて問い合わせる。
 ―燃料を充填完了し、バルブを外した際の振動です。
 そういう細かいところまで再現してくれるのか!
 ひそかに感動して、出発を待ちわびている。
 ―準備が整いました、天候、風向、全ての条件をクリアしました。パイロット、発進シークエンスへ。
 航空科を目指す彼にとって、このシミュレーターは夢のまた夢なのだ。
「湊川 亮一、こちらは準備が整いました、カウントダウンをお願いします」
 コンソールにいっぱいあるボタンのうちの一つが光る、システムのサポートが入ったのだ。
「これか、次はそっちのスイッチを入れるんだな」
 システムのサポートで、シャトルを目覚めさせていく。手ずから巨大な乗り物を動かすという興奮、これ以上ないロマンである。
「次は、このレバーか」
 エンジンの調節をするらしいレバーのメモリが途中まで光っている、ここまで動かせということだろう。
 シミュレーターだしね、と悪戯心を出して、必要以上にレバーを動かしてみた。
 ―何をしているんです、デイブ。
 お、怒られた! 亮一はびくっとしてレバーをあわてて戻した。幸いログアウトはされず、そのままフェイズは進んだ。
 いくつかのレバーとボタン、計器を調節し、カウントダウンがはじまる。
 さまざまな機構が接続し、エネルギーを満たし、エンジン音がボルテージをあげていく。
 ―3、2、1、
 ―リフトオフ!
 最後にひときわ大きく光る大きなレバーを押し込み、シャトルは地面を離れた。
「…ぐぅっ!!」
 3秒で時速160Kmに達する猛烈な加速に、亮一はシートに押し付けられた。
 いや押し付けられたどころか、叩きつけられ間髪入れず踏みつけられ続けたようなものだ。
 訓練をしていない一般人ならここで、加速によって眼球にまで血液が送り出せず、視界が暗くなっていくところだ。振動で脳を揺さぶられて気絶するだろうところで、なんとか意識も保っていた。
 しかし、大気圏離脱の加速は、実に10分以上も続くのだ。
 轟音の中で自動で外部燃料タンクが切り離される音を聞いた、指先の感覚までなくなるような振動の中でも、切り離した質量の変化がもたらす船体の軋みを感じた。第一宇宙速度の呼び声が近くなる。歯を食いしばって、沸きあがってくる正負全ての感情をこらえた。
(もっと、はやく、まだか…!)
 突如、放り出されたように圧迫がなくなった。
 加速が終了し慣性飛行に入ったのだ、引力と遠心力との釣り合いが取れ、無重力を感じる。今の自分達は第一宇宙速度というものを超えたのだ。
「…は、ははっ…やった…!!」
 全身を叩きのめされて、まだ細部の感覚を取り戻せない、内臓が浮き上がるような違和感にも必死に耐えているが、本物はきっともっとすごいのだ。

 しばらく無重力に身を任せて疲労を回復していたが、次に亮一はごそごそと宇宙服を脱いで軽装に着替えた。
 シャトル全体は今重力的に安定した姿勢で、後部を地球に、機首をまっすぐ宇宙に向けているので、宇宙から地球を見るという願いを叶えられないからである。
 狭い通路を後部フライトデッキへとなんとか這っていく。訓練していれば、もっと楽に体が動かせるのだろう。
「いつか、現実世界でもここまで上がって来たいな」
 太陽が昇り、日夜境界線が地球上を走って行くのが見えた。青く光る領域が増え、この地域では朝日が訪れている。
「おお!ここまで再現出来るとは大した物だ」
 心行くまでその光景を楽しみ、しかし振り切るように彼はコンソールに戻った。
「湊川 亮一、帰還シークエンスに入ります」
 ―了解、正しく宇宙服を装着し、安全を確保してください。
 またサポートに導かれ、シャトルの姿勢変更と減速を根気よく行い、慎重に突入角を計算して亮一は大気圏突入の際の空力加熱の恐怖にも耐えた。
 すりこぎ運動と呼ばれる強烈な横軸のぶれをも経験し、行きとはまた違った衝撃にも耐えた。
 すべての荒行は、今や亮一が現実でこれを成し遂げる意思をつき固める力になっていた。
 雲を抜けると、あの島が見えてきた。行きの時は見当たらなかった滑走路が島の横までつけている。
 空力制御とパラシュートでさらに減速して、彼は無事に帰還できた。
「コイツは面白い装置だぜ」
 最後に、もう一度宇宙に飛び出したい衝動にも耐えて、亮一は地に足をつけた。

 彼はふと思い出した。
「…そういやデイブって…だれ?」
 もっとよくコンソールを調べていたら、彼はもしかするとアルファベット三文字と四桁の数字のロゴを見つけたかもしれなかった。


 ―あたしはガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)、キャプテンハー○ックとお呼び…ちょっと!なんでそこで伏せるんですか!
 こほん、やりなおしますよ。
 ―あたしはキャプテンハーレック、宇宙海賊の頭領。47人の宇宙の荒くれどもを率いて、宇宙嵐を突っ切れるのはあたしだけだ!

 普段はスーツだが、やっぱり宇宙海賊というからには、露出の高い服にマントを羽織り、ムチを振りかざして、部下どもに渇をいれる。
 計器の読み方はさっぱりわからないが、そういうものは部下に任せる。なんだかそういうものに囲まれると、すごくキャプテンという気持ちがして、キャプテンハーレックはうっとりするのだ。
「なにをやってる!星屑にしてやるぞ!」
 へまをした部下をムチで殴りつけたりしても、時々心の中は、
(ごめんなさい、宇宙海賊って、多分そういうものなんですごめんなさい!!)
 というものだったりはしているが、おおむねなりきって堂々たる海賊ぶりである。

「キャプテン!遠方に民間船の信号をとらえたでヤンス!」
 部下の口調も、彼女がそういうものだと思っているからだ。
「よし野郎ども、丁重にお出迎えしてやんな!」
「「「アイマム!!!」」」
 乱暴な口調だけどちょっと楽しい、自分が自分ではなくなったみたいだ。
 スクリーンには青い地球が美しく輝いていた、宇宙空間にいるのだという思いがせまる。
 声一つでどたばたと人が走り回る、メーター(たぶん松○)の数値がそれっぽく動き、原子力エンジン(たぶん)の唸る振動が伝わり、宇宙海賊の実感がキャプテンハーレックの心を満たす。
「キャプテン! 獲物を見つけやした! パラミタ星の豪華客船、しかもこのクラスはほんとに上物ですぜ!」
「よし逃がすなよ、宇宙パトロールはいるか?」
「信号とらえやした、5秒後に中間地点にワープホール開きやす!」
 きっかり5秒後、ワープホールが開いて宇宙パトロールが現れた、宇宙海賊船ハーレック号はパトロールの出現にそなえ、すでに砲撃をスタンバイしていた。
 銃撃と応戦、バリアごとがんがんと船体が揺さぶられるが、それしきのことにキャプテンは微塵も揺らぎはしない。
「本丸きやした!」
 いままで相対していたパトロールは、本隊が到着するまでの時間稼ぎだったのだ、現れた本船はさっきまでやり合っていたパトロールより、獲物である豪華客船よりもでかかった。まさしくこのハーレック号の獲物にふさわしい。
「上等だねぇ。よし野郎ども、覚悟はできてるな!?」
 海賊船の先端にとりつけてある超硬度物質(たぶん)でできた回転衝角を頭に、船全体を質量弾と化して特攻する、それがハーレック号最大の攻撃方法である。今こそそれを使うときなのだ。キャプテンハーレックはにやりと艶やかに笑った。
 もちろんクルーもボルテージはMAXだ、キャプテンがムチを振りかざして号令をかけるのを待っている。
 キャプテンハーレックは、すうと息を吸い込んだ。ムチを持ち直し、気合一閃―
「突っ込めぇー!!!」
「「「アイマァァァァム!!!!」」」

  ◇ ◇ ◇

「皆、いろんな夢があるものねえ」
「皆様におおむね喜んでいただけているようです」
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は、ヒパティアに屋外のカフェを再現してもらいながら会話をしていた。
 宙に浮かぶスクリーンでは、他のプレイヤーが思い思いに夢を叶えている。
「ヒパティアにとって、歓喜とは何?」
「知識を蓄え、それを実感することです」
「それなら、ネットで知識を蓄えることができるわね」
「しかし学術的な意味での知識は得ることができますが、それによる実感、いわゆるあなた方がリアリティと呼ぶものを、私は得ることができません、そういうものを私は求めています」
「これらの紅茶の味はどうして再現しているの?」
「実際にそれを味わった人に、シミュレートで記憶を再現していただき、感覚のパターンを模倣させてもらいました、そういったものをいくつも重ねて、皆様側の体験にフィードバックしています。もちろん全ては忠実には行きませんが、実は皆様側でかなりの修正が行われています。思い込みといった部分に私は助けられているのです」
 それは多分、宇宙海賊の彼女のことだろう、面白かったがかなり見ていてめちゃくちゃだった。同じ宇宙をシミュレートしていても、ロケットの彼の方は見ていて普通にドキュメンタリーのようだった。
「じゃあ愉悦とはどういうものだと思う?」
「それは歓喜の一形態では?」
「愉悦っていうのは、感情と本能が求める利己的な喜びで、実は明るいものとも限らないの。人の悲しみや苦しみが歓喜だという人もいるのよ」
 ヒパティアは考え込んでいる。彼女は今まであまり表情がなく硬い言葉ばかり使っていたが、そうしていると少し寂しがりの年相応の子供のようだ。
「ヒパティアが知りたい人間というのは、明暗あればこそのものなのよ」
 彼女にとって人間を知りたい欲求というのは、ひどく切羽詰ったものなのかもしれない。
 ヒパティアはじっと祥子を見上げた、その瞳の真っ直ぐさは、祥子には決意と見て取れた。
「ちなみに私にとっての愉悦は、姉妹と過ごす一時よ」
「姉妹、ですか」
「んー…ヒパティア、あなた今日から私の妹ね。人間により近づきたいならモニタリング以外にも体験もしなくちゃね」
「そうだ、人間により近づきたいなら、感情をよく知ることが重要なんだ!」
 そこに突然エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が割って入った。さっきまでスクリーンでロケットでの大気圏離脱や、宇宙海賊のシミュレートを見ていて、やたらと興奮している。その興奮状態のままこちらに来たらしい。
「どうされましたか?少し心拍が亢進されているようなのですが…」
「大丈夫、これが俺が生きてるという証拠だからだ!」
「そうね、元気すぎるのがよくわかるわ」
 興奮のあまり、流れも読まずにど真ん中ストレートの剛速球の質問が飛ぶ。
「ヒパティアさん、君が生まれた理由が俺は知りたい」
「それは私の製作者が、限りなく人間に近くあれとして制作しました。人間は成長するものです、それと同じように、私も学習によって自らを更新します」
「それでは、人間はあくまで学習対象であって、特別な存在というものはいないのか?」
「それは製作者です」
「じゃあ言い方を変えるか、俺のことをどう思う?そこの彼女とか」
「宇都宮 祥子です」
「あ、ども改めましてエヴァルトです」
「エヴァルトさんはとても興奮しておられますね。祥子さんには、人間についての考察を学びました。どの方も皆ユニークで得がたい存在です」
「あの、ごめんなさい、いつもはもっと静かなんです、女性にはもっとやさしいんですよ」
 ミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)が後ろで謝っている。
「ロートラウトさんもくればよかったのに…って、それだときっとエヴァルトさんと一緒になってはしゃぎますね…」
「まあ前置きはこれくらいにして、俺はオススメの教材を持ってきた! ヒパティアさんに見てもらいたいと思う!」
 ディスクを取り出し、小さなスクリーンを手元に立ち上げると、映像が始まりとたんに鳴り響くファンファーレのようなBGM、いやこれはオープニングテーマというものだ。
「…これ、ロボットアニメ?」
「そうだ!感情を学ぶには、こういう熱い展開をするアニメを見るのが一番だ!」
 今の俺みたいに、こう胸がどきどきするものを見るのがいいんだと力説する彼は、もうすでにどっかりと視聴体制に入っている。
「…見るの?ヒパティア」
「はい、今の私には、全てが得がたい教材です」
 エヴァルトの、熱血ロボットアニメへの思い入れと、微に入り細をうがった解説が始まった。
 当のヒパティアというと、ぐっと画面を見つめて、画面と解説の一致を行っている。
 ミュリエルはそっとヒパティアにたずねた。
「…あの、さっきエヴァルトさんが特別な存在はと聞きましたけれど、それとは別に好きな人はいるのですか?」
「好き、とは人間関係ノードにおいてのプラス面でのベクトルの偏りのことですね、それもある種の特別ということです。先ほどエヴァルトさんの仰ったことの真意は、それだったのでしょうか」
 あ、なんか難しめなこと言われた、けどエヴァルトさんのは多分そうじゃないようとミュリエルは思った。
「おります、その方がいなければ、私はここであなた方と話もできなかったのです、私は感謝しています」
「へえ、その人はきっと素敵なひとですね、どんな人かなあ」
 ミュリエルはその人が、自分のエヴァルトさんみたいな人だったら、本当に素敵だと思った。