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学園生活向上! 部活編

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学園生活向上! 部活編

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 春を感じたと思えば急に寒くなったり、美しい花々が咲いたと思えば雨が降ったり。
 今年の春は例年以上に気分屋で、ゆったりと楽しむことは出来なさそうだ。
 けれども、青い空を見せる日にはぐんと温かくなる空気と小鳥が元気に羽ばたく姿が、なにか新しいことを連れてきてくれる気もする。
 春は出逢いの季節とも言うけれど、新年度を迎えた生徒たちはどんな1年を過ごすのだろう。
 真城 直(ましろ・すなお)が企画した3校合同の新入生歓迎会は、結局新設された学舎からの参加希望者はいなかった。
 とは言え新入生が参加していないと言うことは無く、既存校の新入生が心を弾ませて訪れてくれた様子を端から見ていた直はホッと息を吐く。
(在校生に向けての部活勧誘会なら、もっとみんなのパフォーマンスも変わっただろうしね)
 運動部や文化部、はては飲食店まで集まったが、普通な物もあれば独創的なものまで様々だ。
 新入生や在学生の学園生活が向上するべく、この新年度から新しい物にチャレンジしてみる切っ掛けになれば。
 そして、多くの部活動が今後も活躍するように新しいメンバーを獲得することが出来れば。
 そんな思いの直は、一般生徒に紛れて様子を伺いに行こうとしたのだが、ヴィスタ・ユド・ベルニオス(う゛ぃすた・ゆどべるにおす)に止められてしまう。
「そうやって隠れて様子を見るより、堂々と見て回る方が下手なことをしようと思う奴等の抑制に繋がるだろ」
「けど、そういう人の油断を誘うためにも一般生徒と同じ格好の方が――」
 有無を言わさずに直から帽子と学ランを取り上げたヴィスタは、さっさと見回りに出かけてしまう。
(……派手なイエニチェリの制服を脱げるチャンスだったのにな)
 溜め息混じりに見上げた空は、春らしい柔らかな青空。
 ここ数日の悪天候が嘘のように晴れ、霧に包まれることの多い薔薇の学舎も校舎やそれを彩る薔薇たちが柔らかな日差しに輝いている。
 新歓会場ではしゃぐ新入生たちの笑顔はそれらに負けないくらい輝かしい物になればいいなと、直はそのまま会場を見て回ることにするのだった。



 数々の部活動の勧誘を前に楽しげに笑う初々しい生徒。
 エミリー・オルコット(えみりー・おるこっと)エドガー・オルコット(えどがー・おるこっと)は、仲良く手を繋いで新歓の会場を訪れた。
 2人はほとんど地球で生活していたので見る物全てが珍しく、そして特徴のあるものを見付けては指さして笑う。
 特にエミリーは、男子校である薔薇の学舎に入れるチャンスだとばかりにはしゃいでいて、会場外にも行ってしまいそうだ。
「すごいなー、派手派手の薔薇薔薇だー」
「すごいねー。あの人、薔薇薔薇のマントだよ。ここの生徒かなぁ?」
 キョロキョロと辺りを見回していたエドガーの視界に入ったのは変熊 仮面(へんくま・かめん)にゃんくま 仮面(にゃんくま・かめん)
 どうやら、今年度より薔薇学へ通うことになったにゃんくまの新歓へ付き合っているようだ。
 変熊はにゃんくまを隠そうとこそこそしているが、2人揃ってみっしりと薔薇があしらわれたマントを着ていれば嫌でも目立ってしまう。
「師匠〜小手調べにあの子たちへアタックしてくるにゃ!」
「小手調べって……待てにゃんくま!」
 変熊が止めるのも聞かずにエミリーたちのもとへ走って行くにゃんくまは素早い。さすが猫だと関心している間に2人の前で仁王立ちをする。
「にゃ〜っはっは!」
 薔薇のみっしりしたマントと赤マフラーを靡かせて、仮面をつけてた子猫が腰に手をあて仁王立ち。
 師匠と慕う変熊の真似をし、新歓会場を阿鼻叫喚へ陥れようとしたのだが、愛くるしい瞳にふわふわの毛並みのにゃんくまには難しかった。
「おめんにゃんこだー! なんか生意気なポーズしてるっ!」
 エミリーがきゃあきゃあとにゃんくまに歓声を上げる中、彼の本性がバレる前に変熊が回収しにきた。
「こっちのへんたいおめんの人は全裸だよ、薔薇学って自由な校風なんだねっ」
(『へんたいおめん』ではなく、俺様は『へんくまかめん』だっつーの!!)
「師匠〜、なんかこの2人バカッぽ――モガッ!!」
 本当は散々注意されているが、さすがの変熊もキラキラとした新入生の瞳に勝てず、無言でにゃんくまの口を塞いで一気に走り去る。
 取り残されたエミリーたちはと言えば、面白いものが見れたとメモを取ったりしながら会場を散策することに。
 そうして、その騒ぎに小首を傾げながらヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)は屈んでエーギル・アーダベルト(えーぎる・あーだべると)の頭を撫でた。
「いいかい、えーくん。ここは人が多い、走らず俺の手をしっかり握っていること。お利口にしてたらおやつがあるからね」
「わかった! えーくんはね、おりこうさんだからね、ヴィナ・アーダベルトとおやくそくするの。ぜったい、ぜったいなんだよ!」
 にこにことヴィナの手を握るエーギルを見て、いやに子供の扱いが慣れているなと感心するクレタ・ノール(くれた・のーる)
 けれど、そんなことは当然だと知るロジャー・ディルシェイド(ろじゃー・でぃるしぇいど)は苦笑する。
「そりゃあヴィナは娘の世話で慣れていますからね。クレタは安心して楽しんで下さい、今日の主役なのですから」
 自分より年下の若者が、子供の扱いに慣れてしまうくらいの大きな子供がいる。
 都会に来ることなど無かったクレタにとってはそれも驚愕なのだが、何よりこの派手な催しも驚いてしまう。
 クレタが新年度から通い始めたこの薔薇の学舎は、至るところが派手で特殊なのだと思っていた。
 けれど、どうやら入り口で配布されていたパフォーマンスのラインナップを見ると、派手好きなのはこの学舎だけに留まらないらしい。
「……人に酔わない程度に、楽しんでみるか」
 静かに笑うクレタを気遣いながらロジャーも隣を歩き、4人仲良くどこを見に行くかと相談している後姿を見付けたのは嵯峨 詩音(さがの・しおん)
 自分と同じ薔薇学の新入生を見付けたと嬉しそうに嵯峨 奏音(さがの・かのん)の白衣を引っ張た。
「兄様、あの人たちも薔薇学生よね? やっぱり入試の基準が私にはわからないわ……」
 眉目秀麗な男性ばかりを生徒にしていると名高い薔薇の学舎へ今年度から通うことになった詩音だが、自分が入学出来た理由が全くわからずにいた。
 その自信のなさは、容姿が悪いことではない。
 むしろ人から褒められるくらいには整った顔つきをしているのだが、その口調と相まって美少女扱いされてしまうことも少なくなかった。
 そんな自分が合格出来たことが、男として認めて貰えて嬉しい反面、詩音を複雑な気持ちにさせてしまっているようだ。
 目の前にはピクニックセットを詰め込んだ少女趣味なカバンを持ったロジャー。長い髪と儚げな容姿は一見すると男装の麗人にも見える。
 薔薇学の男の子らしさとは何なのか疑問に思ってしまった詩音は、学制服の襟に手をかけてポツリと漏らした。
「……私も、あんな風にシャツをはだければ女の子に間違えられないかしら」
 詩音の専属医師を務める奏音がその言葉をスルーするわけもなく、コツンと軽く彼の頭を叩く。
「私の仕事を増やしてくれるな。体の弱いおまえがそんな格好をすれば、結果は見えてるだろう」
 もちろん、自分の我が儘を聞いて先生として赴任してきた奏音に迷惑をかけるつもりはない。詩音は苦笑すると、少し先を走り始めた。
「大丈夫だよ! そんなことしなくたって、カッコイイ男の子だって言われるような部活を見付けて見せるから」
 はしゃぐその姿に、少しの異変も見逃さないようにしなければと危なっかしいものを見るように奏音も後に続く。
 薔薇学には珍しい女性たちの姿。ルディ・バークレオ(るでぃ・ばーくれお)は契約したばかりのパートナーと共にやってきた。
 ルディ・スティーヴ(るでぃ・すてぃーぶ)オブジェラ・クアス・アトルータ(おぶじぇらくあす・あとるーた)が、少しでも学園生活に馴染むきっかけになればと思ってだ。
(……教導団だと学園というものではないかもしれませんが、だからこそ良い機会かもしれません。女性同士になりましたし)
 いつのまにかいなくなっているパートナーに関しては、むしろそれが良いとばかりに清々しい表情で女の子同士を楽しんでいるようだ。
「っと、申し訳ありません。お怪我はありませんか?」
 開放感のあまり話に夢中になっていたのだろう。
 百合園から来ている火御谷 暁人(ひみや・あきと)とぶつかってしまい、パートナーのルディは頭を下げる。
 新入生でありながら物怖じすることなく新たな人脈作りにと参加した暁人は、屈託のない笑顔を見せる。
 今まで散々人混みに揉まれてきたが声をかけてくれたのは初めてで、しかもそれが色っぽいお姉さんとあれば人脈にするのに申し分ない。
(とにかく今日は、飛び抜けた何かを持っている人を集めなくちゃねぇ)
「それでは、本日はお互いに楽しみましょうね」
「え、あ、待っ……!!」
 やっとのことでチャンスを掴んだのに、彼女たちは雑踏の中に紛れ込んでしまった。
 これでは後を追えるわけもなく、暁人は次なるターゲットを求めて会場全体に目を配りながら歩くのだった。
 新入生がはしゃいでいる人ばかりかと言えば、そうでもない。
 スウェル・アルト(すうぇる・あると)は初めての薔薇の学舎に驚くことなく、名前の通りの校舎を穏やかな表情で見上げて小さく呟いた。
「薔薇の学舎に入るのは、初めて。……本当に、薔薇」
 その声をヴィオラ・コード(びおら・こーど)が聞き逃すわけもなくて、彼女だけに向けられる笑顔を見れば理由は容易く想像がつくだろう。
「いっくら薔薇の学舎だからって、こんなにも薔薇まみれにすることは無いよな。もっとスウェル好みの花もあればいいのに」
(つか、百歩譲ってあの仮面の連中の服ならまだしも、校長の服のセンスは理解出来ないな……)
 あんなセンスの持ち主が建てた学校だ、そりゃあ派手な薔薇ばかり目につくわけだ。
 心の中で悪態をついても一切彼女に伝わることはなく、紫陽花が無いことを残念がってくれているのだろうと思うだけ。
「せめて、スウェルが好きそうな甘いものとか沢山あるといいな? 疲れたらいつだって俺を頼れよ」
 あまり感情を表に出す彼女ではないけれど、良く見れば些細な変化を知ることが出来る。
 いつも通り光条兵器を用いたお気に入りの日傘をさして、のんびりと歩くスウェルが楽しめるように、ヴィオラは周囲に気を配るのだった。