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第六章 村人たちを救え!
 雷撃が迸り、魔物たちを吹き飛ばした。
「んっふっふ〜♪ だいぶ片付いて来たかな〜。ララ、高台の周りはどんな感じ?」
「えっとね〜、あっ、あっちのほうから来る魔物がいるよ」
「あっちの崖は階段状になってますからねぇ……少し器用な魔物なら昇ってくるでしょうね……」
 波音たちは、魔物たちの追跡を何とか撒いて、村はずれの高台まで来ていた。
 高台への入口に来たときには、追ってきていた魔物は気絶させられるなり纏っていた瘴気が消えるなりして姿を少なくしていた。また、森からも離れていることが幸いしたのだろう、後から高台へと迫ってくる魔物も少なかった。相変わらず村の家屋を破壊してはいるが。
 それでも、避難は概ね成功したと言って良い。
「よ〜し、それじゃその魔物をちょちょいと脅かしてきてやるわ」
 崖のほうへと、波音たちは向かっていった。
「まだ、絶対安全というわけではないんですねぇ――はい、どうぞ」
 熱い紅茶を注いだティーカップと、切り分けられたショートケーキを村の少年に配りながら、警戒の言葉を口にする北都。
「ありがとう、おにいちゃん」
 子供らしく顔をほころばせると、そのまま去っていった。
(村人とか、他の人は大丈夫かなぁ……)
 囮になってどこかへ走っていったリアトリスが、北都の脳裏を過ぎった。


(行き止まりじゃないように――よし!)
 囮を続けて走るリアトリス・ウィリアムズ。
「もうそろそろ、囮はいいかなぁ……」
 立ち止まって呼吸を整えていると、突撃イノシシの群れが猛突進してきた。
「げっ!」
 うんざりしながら、フラメンコのポーズを取ると、アレグリアスのリズムで足を鳴らし始める。
 目の前に迫る一匹目の突撃イノシシを、華麗なパソとブエルタでかわすと、すかさず重心を移し、二匹、三匹と続けて回避していく。
 戦闘をしているとは思えない、まるで舞台の上にいるようだった。
 トケやハレオが聞こえてきても不思議ではないほど、リアトリスは踊りと回避行動を融合させていたのだ。
 それでも、長時間の逃亡は確実にリアトリスから体力を奪っていった。
 超感覚とヒロイックアサルトを使って強化された身体能力も、そろそろ限界に近づいている。
「逃げるだけじゃ、ダメですよ」
 ふと声がした。そこには、マスクを付けた朱宮 満夜(あけみや・まよ)と、ミハエル・ローゼンブルグ(みはえる・ろーぜんぶるぐ)の姿があった。
「ここは我輩たちがなんとかするから、おまえは離脱してもらってかまわない。たった一人で、よく囮をやりきってくれた。礼を言おう」
「こっちこそ……助かるよ。それじゃ!」
 そのまま、リアトリスは姿を消した。
「さてと――おまえたち、大人しくしろ。でないとボタン鍋にしてディナーだぞ」
「こらこら、ミハエル。瘴気で凶暴化してるだけなんですから、そんな物騒なこと言ってはいけませんよ」
「んじゃあどうするんだ?」
「とりあえず、威嚇して逃がしちゃいましょう。獣系の魔物が苦手そうなのは――」
 エンシャントワンドを構え、呪文の詠唱を開始する。
「其は破壊の仮面をかぶる煉獄の使者、而して誕生を寿ぐ聖なる存在――我が呼び声に応え、魔法となりて顕現せよ!」
 杖の先に、猛炎が灯る。
「それっ!」
 杖を振るうと、その炎が突撃イノシシたちの方へ飛来していく。それはイノシシたちの近くの地面に着弾した。
 爆発音が起こる。それに続いて、煙が上がった。
 突然の音と熱に驚愕してその場をバタバタする突撃イノシシ。
「なるほどな……。わかった。我輩も協力してやるとするか……」
 ミハエルもまた、エンシャントワンドを構え、火術を唱える。
「赤き焔よ! 猛るその力を以って、灼熱の鉄槌を下せ!」
 杖を振り、再び敵に向けて炎を投げつける。
「殺しちゃダメですよ。このまま村の外へ出しちゃいましょう」
「わかったよ」
 人気のない道を選んで、二人は突撃イノシシの群れを上手く誘導していく。


「逃げ遅れた人とか、いませんかね……」
 夜住 彩蓮(やずみ・さいれん)は、家屋が立ち並ぶ場所を見回りしていた。
 静けさから判断して、ほとんどの村人が高台へ避難したとみえるが、まだ油断は出来ない。少なくなったとはいえ、まだ魔物もいるのだ。
「彩蓮……」
 ふとパートナー、デュランダル・ウォルボルフ(でゅらんだる・うぉるぼるふ)の声が聞こえたため、そちらに目を移す。
 すると、デュランダルが半壊している家の中を覗き込んでいるのが見えた。
「まだ人がいるんですか!?」
「ああ」
「瓦礫をどかして助けることは出来ますか?」
「……やってみよう」
 ガラガラガラ、と壁を崩し、家の中に入る。
 そこには、まだ小さい子供を抱える母親の姿があった。
「大丈夫ですか? 助けにきましたよ」
 務めてゆっくりと、そして優しい口調で話す彩蓮。
「ああ。助かりました……」
 安堵の声を漏らす母親。しかし、腕の中にいた子供はまだ震えていた。その様子を見た彩蓮は、頭を軽く撫でて、諭すようにあやした。
「ボク、もう大丈夫だからね。お母さんと一緒にここから逃げようね。すぐ怖いのはなくなるからね」
「彩蓮っ! その人たちを連れて逃げろ!」
 デュランダルが切羽詰った様子で叫ぶ。何事かと彼の方へ振り返ると、そこにはデュランダルに爪を振り下ろすワイルドベアの姿があった。
 何とか処刑人の剣で防いでいるものの、人間とは比べ物にならないくらいの膂力だ。このままでは押し負けて、家の中へと侵入されてしまう。
「デュランダルさん!」
「いいから、早くっ!」
 この人たちを逃がさなくては。
 瞬間的にそう考え、母親を立たせる。
「裏口とかありますか?」
「は、はい……こっちです」
 家から飛び出していく三人。
 その足音を確認した後で、ワイルドベアの腕をいなす。
 バランスを崩し、屋内へと転がり込むワイルドベア。すぐに立ち上がり、デュランダルへと肉薄する。
 今度は、デュランダルの身体へとそのまま跳びかかってきた。タックルともボディプレスとも呼べるその攻撃を受け、そのまま倒れてしまうデュランダル。
「なっ――うおおおおおっ!」
 気合を込め、剣で薙ぐ。吹き飛ばすことに成功し、何とか距離を取ることができた。依然として危険であることには変わりは無いが……。
「ここで逃げるわけには……いかない」
 剣を振りかぶるデュランダルを見て、再び迫撃してくるワイルドベア。
 爪が振り上げられた――そのとき。
「今だっ――」
 タイミングを見計らい、刃ではなく柄頭を、ワイルドベアの喉元に突き出した。
 ゴスッ、という鈍い音の後、ワイルドベアは糸の切れた人形のように倒れ伏した。
「危なかったな……さて、彩蓮のもとへと急ぐか……」