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第2章 タリスホルンにて


 一方、乙女達よりも、ひと足先にタリスホルンへ到着した者達もいた。
 疑惑の館へ忍び込もうと、前日から村で情報を集め準備を整えていたリオン・ボクスベルグ(りおん・ぼくすべるぐ)は、輝く笑顔で両手を広げてポーズを決め、パートナーのマホロバ人、蓮城 紫(れんじょう・むらさき)を振り返った。
「どうだい、僕の変装は。我ながら天才的だと思わずにはいられないよ!」
 リオンは麦わら帽子を斜めに被り、豆絞りの手ぬぐいをマフラーの様に首に巻いている。そして、いつもの服の上からぶかぶかで古びた不格好なチュニックを着こみ、腰には荒縄のベルトという出で立ちだ。しかも、仕上げにとばかり羽織っているのは、上質なマントだった。リオンの姿を見た紫は、うーんと唸りながら、思ったままを口にした。
「そうね、とりあえず、あんた浮いてるわ」
 紫の言葉に、リオンはふと淋しげな表情を見せる。
「ああ、やはり、僕の気品は完璧な変装をもってしても隠しきれるものではないのか。僕は今、この高貴な血が憎いよ!」
 そう言って己を抱きしめるリオンは、館に出入りする食料品屋の村人に変装したつもりだった。集めた情報通りの服装をきちんと身に着けたはずだったのだが、普段、下々の事など眼中にないせいか、色々と間違っていた。
「とりあえず、行くだけ行っとく?」
 紫の言葉に、リオンは自信満々に頷いた。
「もちろんさ。この僕がここまでやったんだよ? 後に引くわけにはいかないじゃないか」
「……そうね」
 紫は、村娘に変装した自分の服装をチェックしながら、軽くリオンに同意した。
「よし、ではミッション開始と行こうじゃないか!」
 先を歩くリオンの後を追いながら、紫はひそかに闘志を燃やしていた。
(リオンが怪しまれて入れなくても、あたしの変装なら入れるはずだわ。タダで葡萄を死ぬほど食べられると思って、世界で一番美しい乙女であるこのあたしが直々に足を運んであげたって言うのに、20歳未満限定だなんてふざけた条件を出して門前払いするなんて…っ! 上等だわ、メアリ・ミラー。あたしを敵に回した事、きっちり後悔させてあげるから、首を洗って待ってなさい!)
 そう企む紫の心は、無意識に漏らした哄笑として、不穏に村に響き渡っていた。

「困るんだよなぁ。噂が広まって、ああいうのが増えてきちまってさぁ」
 紫の高らかな笑い声を聞きながら、村一番の酒場兼食堂兼宿屋の中で、店主はため息をついた。
「まあ、娘っ子が心配で困っているのも事実だし、村長から腕っぷしの強そうなのが来たら、依頼しておいてくれって頼まれてもいるしなぁ。どうだい、引き受けちゃくれないかい?」
 村長の依頼というのは、館を調べ、娘達が危険な目にあっていたら救出して欲しい。万が一、連絡の取れなくなった娘達が命を落としているような事があれば相応の報復も頼みたいというものだった。イルミンスール生で『冒険屋』の鬼崎 朔(きざき・さく)は頷いて承諾した。
「夫人が、本当に娘達に手をかけたのならば…裁かれるべきだ…」
 呟く朔の隣に、同じ『冒険屋』でシャンバラ教導団の琳 鳳明(りん・ほうめい)が、パートナーの強化人間、藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)と並んで腰を下ろした。
「その件、私達も頭数に入れてくれない?」
 ツァンダでメアリの身元を調べたのが百合園にツテのある鳳明達だったのだが、調査終了後も、ツァンダでの情報とタリスホルンでの噂とのギャップが気になった鳳明は、天樹を連れてタリスホルンまでやって来たのだ。
 鳳明の申し出に、朔がちらりと店主を見る。
「こっちは構わねぇよ」
 店主の言葉を受け、朔は鳳明に向き直った。
「よろしく頼む」