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第7章 子猫達の密談


 館に入ったものの、葡萄踏みに参加せず、内部から事情を探ろうとする者達もいた。
 アリアは、メアリの身辺調査に問題がないのなら、原因は館にあるのではと思い、とりあえず一番怪しい井戸を調査するべく、デジカメを構え、建物の影を伝いながら恐る恐るすすり泣くという井戸へ近づいて行く。
「ほ、ほんとに、なんか写ったらどうしよう……」
 井戸へ近付くにつれ、アリアの手には汗がにじむ。
 突然、肩を掴まれて物陰に引きずり込まれたアリアは悲鳴を上げようとしたが、ひんやりとした柔らかい手が、似つかわしくない強い力でアリアの口を押さえた。
「大丈夫です、味方なのですぅ」
 イルミンスール魔法学校生の咲夜 由宇(さくや・ゆう)は、もがくアリアの耳元に囁いた。
 由宇が視線で示す井戸の回りには、丁度、駆け付けた長槍を持つ数人のメイドの姿があった。
 アリアは動きも息も止めて、由宇達と物陰でメイド達をやりすごす。ようやく彼女達が姿を消すと、アリアの口を押さえていた由宇のパートナー、悪魔のアクア・アクア(あくあ・あくあ)が手を離した。荒く息をつくアリアに、由宇が謝る。
「乱暴してごめんなさいです。でも私達も井戸に近づこうとして、あの人達に長槍を向けられてしまって……。逃げなかったら、きっと捕まってどこかに連れて行かれてたですぅ」
 怯えながら語る由宇に、アクアはあきれながら言った。
「だから忍び込もうって言ったんですわ」
「だってぇ、入れてくれるっていうなら、目的の場所に近い方がいいかと思ったんですぅ」
 2人の話を聞いていたアリアが口を開く。
「でも、見張りがいるという事は、やっぱりあの井戸には何かあるっていう事よね?」
 そう小声で話す3人に、遠慮のない声が掛った。

「これは間違いなく事件よ!」

 振り返れば、シャンバラ人のブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)が、ポーズを決めて立っている。
 その後ろから、パートナーの百合園生、橘 舞(たちばな・まい)が顔を覗かせた。
「すみません、お騒がせして……」
 ブリジットは回りに構わず、独自の理論を展開する。
「いいこと? 怪しげな夫人、奉公に上がったまま帰ってこない娘、井戸の奥から聞こえてくる啜り泣き!……これらが示す物はただ1つ! 夫人は、奉公に上がった娘を虜にして地下室に幽閉しているの! 夫人の正体は悪魔か吸血鬼ね。身元調査済みって話だけど、そんなもの子爵夫人が実在するって程度でしょ?」
 調査にあたった鳳明のくしゃみがどこかで聞こえたような気がした。ブリジットは続けて言う。
「娘達が人が変わったようになったというのも、支配されて操り人形にされていると考えれば矛盾はないわ。きっとあの井戸は、娘達が幽閉されている地下室と繋がっているのよ!」
 語り終え、どうだとばかりに胸を張るブリジットに、由宇が小さく反論する。
「私は、秘密の人体実験だと思うんですぅ」
 ならばとアリアも口を開いた。
「この館に取りつく幽霊説も捨てがたいと思うんだけど」
 3人が無言で顔を見合わせていると、舞がまあまあと間に入った。
「皆、行方知れずの娘さん達が心配なのは一緒でしょう」
 舞の言葉にはっとしたブリジットは、改めて井戸の様子を伺った。
「そうよね。とりあえず、なんとかしてあの井戸を調べられないものかしら」
 そんな面々に、またもや声が掛けられる。
「あのぉ、皆さんそんなところに座りこまれて、どうかなさいましたかぁ?」
 見れば、イルミンスール魔法学校の神代 明日香(かみしろ・あすか)が、百合園女学院のロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)と、ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)、同じく百合園生で先ほどまでテスラと共に村で収穫祭を盛り上げようとアピールしていた美咲の3人と一緒に歩いて来た。
 護衛として館へやって来たロザリンドの緊張した雰囲気を感じて、逆にアリアが尋ねる。
「そっちこそ、何かあったの?」
 ミューレリアと明日香が顔を見合わせ、明日香が周りを気にしながら話し始めた。
「実は……」
 いつものメイド服で館に入った明日香は、皆が着替える中、お手洗いに行くふりをして館を調べようとしたと言う。
「いちおう、館の中はほとんど見たのですぅ。でも、特に怪しいと感じる部屋なんかはなくて。あとは、隠し扉とか、仕掛け扉とかですけど、昼間から、迷子の新人メイドの振りをして壁や床や階段下を調べるのは、さすがに難しいのですぅ。頑張って挑戦してみたのですけど、やっぱり見つかってしまって……」
 明日香の話を、ロザリンドが続ける。
「そこにちょうど私が通りがかったんです。数人で囲んでどこかへ連れて行こうとするような危ない雰囲気だったので、一緒にその場を離れました。間に合って良かったです」
 ミューレリアも気まずそうに笑いながら、こそっと付け加える。
「ま、私も似たような事で助けられたクチだ」
 いったいこの館で何が起こっているのか、そんな深刻な雰囲気を、美咲が一蹴する。
「でも、ここって貴族のお屋敷よ? 警備ぐらいいるだろうし、怪しい人間は連行して取り調べようとするのって、普通なんじゃないの?」
 同じように連行されかけた由宇が反論しようとするのを、美咲は片手で押しとどめる。
「私、今さっき合流したばかりだから、その現場は見てないけど、ちょっと過剰反応なんじゃないかな? 私にしてみれば、調べるとか連行とか物騒な話をしてる方が怖いなって思うけど。だいたい、あの噂のせいで皆、警戒しすぎよ。娘さん達と連絡とれないなんて、ケータイが圏外で、人が変わるほど楽しい場所ってことじゃないの? うろついてるって噂のアンデッドなんか、学校の購買でだって買えるじゃない。すすり泣く声だって学校の七不思議の定番だしね。正体は、ただの軋みってオチかな。20歳未満って条件については、到着する前は『おたふくかぜ』かなって思ってて…それは、まぁ、外れたんだけど。聞いてみれば、きっと、そんな他愛もない事よ。はい、これで問題なし!」
 言いたい事を言ってせいせいしたのか、美咲はふぅと息をついて、踵を返した。
「それじゃ、私は先に葡萄踏みの手伝いに行くけど、皆も早く来てね。あんまり物騒なこと考え過ぎてると、私が笑い飛ばしちゃいますよ!!」
 メアリを信頼しきり、収穫祭を成功させようと意気込んでいる美咲は、疑ってばかりの皆の態度に愛想を尽かしてこの場を去った。
 しかし、明日香は納得のいかない顔でつぶやく。
「確かにぃ、夫人にやましい事が何もないなら、私の行動はものすごく怪しいと思うので、反論できないところもあるのですぅ」
 でも、とアリアが言う。
「連絡とれないって、ケータイでって意味じゃないと思うけど……」
 由宇が頷く。
「アンデッドが購買で買えるといってもぉ、そこらの道でうろついているようなものでもないと思いますぅ」
 ブリジットはふんと鼻をならす。
「すすり泣きの正体が軋みかどうか、確かめてやろうじゃない」
 引き下がる気のない面々にロザリンドが待ったをかける。
「これ以上は、私達、護衛の者に任せてもらえませんか? 私は騎士として、皆さんの安全をお守りするのが役目だと思っています。それに、確かにミラー夫人が犯罪を犯している証拠もありません。もしかすると、ミラー夫人は館に現れるアンデッドを警戒して、預かっている娘さん達を表に出さないようにしているという可能性だってあるわけですし。とにかく、護衛としてなら警備の都合という理由であちこち調べられるかもしれません。何か分かり次第、必ず皆さんにお伝えしますから。どうか、それまで危ない事はしないで下さい」
 明日香が心配そうにロザリンドを見る。
「でも、おひとりで大丈夫ですかぁ?」
「大丈夫です、ひとりじゃありません」
 ロザリンドは明日香に頬笑み、向こうから歩いて来た、もう一人の護衛、シャンバラ教導団のルカルカ・ルー(るかるか・るー)に手を振って合図する。ルカルカは、その手に操られるように、ふらふらっとこちらへ近づいてきた。
「あにゃ〜? みんなれ、ろぅしらのぉ?」
 皆の目が点になる。ルカルカは酔っていた。あきらかに酔っていた。
「あ、あなたっ、まさか護衛の身で…いえっ、未成年なのにお酒を飲んだんですかっ!!」
 ロザリンドが声を荒げると、ルカルカはうひゃひゃと笑って手を横に振った。
「ちがうっればぁ…なんかねぇ…ぶどーふみのぉ…うふふ…においをねぇ…かいでたら、な〜んか、すご〜ぅく気持ちよくなっちゃっれ〜〜〜♪」
 ブリジットがびしりとルカルカを指差した。
「つまり、アルコールを摂取していないのに、葡萄の匂いだけで酔っちゃった…って事ね!」
 真相を突き止めたが如く言い放つブリジットに、ルカルカはまたもやうひゃひゃと笑った。
 ミューレリアが本当にアルコール臭がしないか確かめ、納得が行かないような顔をする。
「珍しい体質もあるもんだぜ」
 ルカルカが使えないと悟ったロザリンドは、あっさりルカルカを見なかった事にして話をまとめた。
「私一人でも大丈夫です。騎士として、必ずや皆さんをお守りしてみせます!」
 ロザリンドはルカルカ以外の皆に、葡萄踏みの行われている中庭の方へ戻るよう促す。
 ロザリンドと別れ、気の進まない様子で歩く者達に、ミューレリアが声を掛けた。
「なあ、このまま諦めんのか?」
 皆の足が止まる。
「昼間がダメなら、夜動くってのはどうだ?」
 ミューレリアの考えに、皆が乗り気になった。
「昼間は適当に葡萄踏みやなんかに参加して、深夜まで寝ずに待ってから動き出そうぜ」
 こうして、館の片隅で小さな作戦会議が開かれた。