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幕間 ウーダイオスの一日(2)
「剣を振り回すのは好きだったからな。あの頃、俺より強い奴なんて居なかったが、今はゴロゴロいそうで楽しみだ」
ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)の、剣についての質問にウーダイオスはそう答えた。
「楽しみ、か。自分はここから出て行けると思っているような発言をするのだな」
「さてな。それに、別に出ていく必要もないかもしれない。ここに来てる奴にの中にも腕に覚えのある奴は少なくないだろうし、練習用の玩具を使って模擬戦ってのでも面白そうだ」
「意外だな………てっきり、人を切るのが楽しいと思っているのかと考えていたのだが?」
ジュレールの揺さぶりに対して反応したのは、ウーダイオスではなくポットを持って立っている可憐だった。本人は、そしらぬ顔をしている。
「相手が強いんなら、それも楽しいかもな。あいにく、今のところ切り殺して達成感を覚えるような奴と当った事がないんだ」
「ふむ、そうか」
頷きながらジュレールが視線を落とすと、自分の目の前にあったはずのクッキーが消えてしまっていた。視線を横に座っているカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)に向けると、口をもごもごとしている。
人が真剣に様子を伺っているというのに、お菓子に手を伸ばして、と思わなくも無いがとりあえず見なかった事にした。
このクッキーと、紅茶はウーダイオスの横に立っている可憐が用意したものだ。カレンが次々と手を伸ばしているところを見ると、おいしいようだ。ただ、まだ誰も手をつけていないマーブル色のクッキーはどうかわからない。
「んぐんぐ………それじゃ、今までに人を切った事はあるんだね?」
口の中のものを飲み込んでから、カレンが尋ねる。
「まぁな」
「どうして、人を切ったの?」
「そん時は仕事だったな」
「仕事? なんか聞いてた話と違うなぁ」
「聞いてた話? なんだ、俺の話なんか今でも残ってるのか?」
カレンとジュレールは、今の彼の発言に違和感を感じた。
聞いた話では、ウーダイオスという男は自分が楽しむために部下を殺し、それでも飽き足らず多くの市民を殺したはずだ。未だに残っているのだから、大きな事件になったはずだ。
だというのに、この男はまるで知らないという顔をしている。聞いた話と、本人の記憶では食い違いがあるのかもしれない。
「そういえばさ、どうやって今まで生きてたの? 二百年近く何してたのかな?」
「何って言われてもなぁ。俺は特に何もしてないんだよなぁ。気が付いたら、今の時代になってたんだ」
「タイムトラベルしたって事? 時空の狭間に吸い込まれて〜、みたいな感じ?」
「いや、あー、言っていいんだか………ま、いっか。どうも、俺はこの間まで石にされてたらしい。石化されている間は、体の時間は進まないからな」
「石化? なんで?」
「さてなぁ、俺もいきなり連れてかれた時は殺されるもんだと思ってたが………まぁ、命があるだけめっけもんだろ? 詳しい話は聞いてないんだよな、これが」
「普通、自分がどうなったかって気にならない?」
「そういうもんかね? 死ぬと思ってたら生きてて、しかも暇つぶしまで用意してもらってる。んなら、別に文句を言うところなんてねーんじゃねぇか?」
「随分と適当なのだな」
「そんな期待はずれみたいな顔すんなよ。考察するに、ずっと前から人を石にして大事に保管しとく文化があるんだろ。そうでなきゃ、俺が今ここに残っていることにつじつまが合わない。まぁ、推察だがね」
「そういえば、君も民を運び出すのに石化の魔法使ってたよね?」
「ああ、そっちは単にその方が都合がいいからだ。暴れたり騒いだりされたら大変だろ。人手不足をモンスターで補ってからな、下手に刺激されたら大変な事になる。幸い、その手の魔法は得意分野でね」
「人手不足か」
「文官が多くてね、肉体労働をやってくれる奴は少ないのさ」
カレンとジュレールの二人の次が、今日の最後の客人となっていた。
二人とお茶を飲んでいる最中に朔も戻ってきて、なんとも言えないのほほんとした空気に少し面を食らっていたようだが、すぐに自分の指定席に戻った。
ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)が部屋にやってきた頃には、しっかりと捕虜を監視している場所の空気ができあがっていた。
「他の人にした話は聞いています。随分とわからない事が多いんですね」
「有能で性格の悪い神官様が一緒だったからな、俺にはあまり情報を渡したくなかったらしい」
「てっきりあなたが神官だと思っていたのですが、どうやら違うようですね」
「俺は神様を崇めたりする趣味はないのさ」
「不思議な物言いですね。神官に組している者の発言とは思えませんが………まぁ、いいでしょう。聞きたい事はいくつかありますが、まずこの国の石化刑について知っている事を教えてもらいましょうか」
「石化刑?」
「まさか、ご存知無いなんてことは―――」
「そうかっ! そういう事か………なるほど、だから俺も………」
「何を一人で納得しているんですか?」
「ああ、悪い悪い。俺の体は特別製でね、色々と魔法や呪いに対して対策を施してあるんだ。だから、普通の石化魔法は俺には通じない………が、国規模でそんな事をやっていたなら、話は別だ。恐らく、イナンナの力を利用するかしてるもんなんだろう? つーことは、人間の作った対策法なんて意味を成さない。道理って奴だ。なるほど、合点が言った」
「まさか、石化刑すらご存知無かったと言うのですか?」
「ああ、初めて知った。恐らく、それはこの国の最重要機密ってところなんだろうな。殺さずに石化する理由まではわからんが、文化か風習か、とにかく神様もお認めになってやってる秘密の事業ってわけだ。はん、面白い」
「なら、この手の話をあなたに聞くのは無駄のようですね。では、もっと実のある事を聞きましょうか。あなたの本隊の居場所はどこに、そしてその規模は?」
「本隊の場所か………言ってすぐにたどり着けるものではないか。この辺りの地下ってのは、いくつも洞窟が通ってる。そこを大型のモンスターは巣にしてたりするんだが、そのうちの一つを間借りさせてもらってるんだ。地下はこっからも繋がってるんだろ? そこから恐らくたどり着けるんじゃないか」
「地下に、ですか」
「ああ、そうだ。だが、気をつけろよ。そいつ、砂蟹の仲間なんだが子が居る時に縄張りに近づくのは危険だ。口から強酸の泡を吐き出してくる。逃げ場の無い地下で泡で道を塞がれたりなんかしたらどうしようもないからな。対策は万全にな」
「随分と丁寧に教えていただけるのですね」
「嘘をついてもあいつに見抜かれるんだ。下手に隠し立てしても意味ないだろ。それに、あんたらは頑張ってこの砦を落としたんだ。頑張った奴にはご褒美を、は俺の中のルールってやつでね。そんで規模だが、人間は六百人強、モンスターは正直わからん。兵は少なくともここの奴らよりは頼れるぐらい、かな。まぁ、実際の戦は個々の兵より戦術だ。技量の差なんて微々たるもんだろう」
後ろに佇んでいる朔は、嘘を言っていないと合図を送る。
どうもこの男は想像以上に口が軽いらしい。脅しのための切り札を持ち込んできたのだが、どうやら出番は無さそうだ。このまま本当の事だけを喋り続けるのならば。
「では、各地域の神殿の中で、神官兵が一番いる神殿の場所はご存知ですか?」
「知らないね」
彼は真実を述べている。
「地域責任者の神官がいる場所は?」
「あー、そういうのは本隊と一緒に居る神官様に聞いてくれ。俺の持分じゃなかったんだ」
彼は嘘を言っていない。
「イナンナが封印されている場所は?」
「それもわからん。さすがにそんな重要な事はうちの神官でもわからんだろうなぁ」
嘘ではない。
「封印に使われている遺跡の場所も?」
「それも、恐らく知っているのはごくごく一部の忠誠を誓った奴らだけだろうな。どうも、あの大神官様は人を信用してないきらいがある。たぶん、本人に聞くのが一番だろうよ」
これも、嘘じゃない。
有用な情報はほとんど皆無だった。しかし、それもある種仕方ないのかもしれない。話を聞く限り、彼の立場は神官の補佐でしかない。しかも、担当は戦闘だ。どこの世界でも、護衛に機密情報をひけらかすような奴は居ない。
この男から聞きだせるのは、この男の目で見え手が届く範囲しかない。だが、この男がついていた神官が居る。そちらは恐らく、もっとましな情報を持っているだろう。そいつを捕えるために、今聞きだした情報は有用に活用できるはずだ。
ここで得た情報はマルドゥークへも送る手はずになっている。今回得た情報では少し心もとないものの、次の一手で神官を捕える事ができれば大きく前進できるはずだ。心苦しいが、次回の報に期待してもらうことにしよう。
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