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リアクション
約束の七日目
約束の日。
まだ日が昇って間もない頃に、神官とその護衛と見られる兵が正門前にやってきた。
「おや、意外そうな顔をしていらっしゃる―――こちらか伺うと言ったはずなのですがね。さぁ、開けていただきましょう。それとも、交渉は決裂だと受け取っていいのでしょうか?」
見張り台の兵士は大慌てで、伝言を伝えるために走る。その報を受け取ったアイアルと、その場に居た日比谷 皐月(ひびや・さつき)は慌てて正門まで向かった。
正門はすでに開かれていて、先頭には一週間前に現れた神官、そして護衛と思われる兵士が二人、そして荷車を引く兵士が居た。荷車はとても一人で引けそうに無い大きなもので、しかもそれが三つ不恰好につなげられている。荷車に乗っているのは、石化された人々だ。
「早すぎましたかな。まだ歓迎の準備も整っていないようだ」
ウルはくっくっく、と笑ってみせる。何事かと人は集まってきてはいるが、まだこの状況をよく理解していない人達が大半だ。武器も鎧も持っていない。
「アイアルさん俺の後ろに。何かしてくるかもしれないんで」
皐月が一歩前に出て警戒を張る。だが、ウルは皐月に目もくれずにアイアルに視線を向けた。
「さて、ウーダイオスを引き渡してもらいましょうか?」
「最初から、こちらが受けると思っているようですね」
「あなたならそうするでしょう? まさか、ヘシュウァン家の人間があの男をいつまでも手元に置きたいなどと思うわけがない」
「どうやら、貴殿は何か勘違いをしているようだ………だが、今それを話し合う場ではありませんね。彼なら連れてきていますよ」
朔がウーダイオスを連れてやってくる。
「よろしい。では、彼をこちらへ」
「待て、先にそっちが開放しろ」
皐月が言う。
「ふむ………いいでしょう、ムシュマフ離れなさい」
ウルに声をかけられて、返事もせずにムシュマフと呼ばれた男は荷車から離れていく。そこへ、恐る恐るといった様子で兵士達が集まっていく。
「さぁ、どうぞ。重いですから気をつけて運んでくださいね。ふふふ、さぁ、彼をこちらへ」
朔がうーダイスの背中を押し、ウーダイオスはゆっくりとした足取りで仲間の元へと戻っていった。
そんな様子を見ていた人の中に、王城 綾瀬(おうじょう・あやせ)の姿があった。
彼女の視線の先には、たった今やってきた神官と護衛らしき兵士が三人いる。一人は大男でハンマーを持っている、もう一人は荷車を引いてきた奴で背格好は普通武器は無し、もう一人は細身で腰からこれまた細そうな剣をさげている。
気になるのは、あの大きな荷車を引いてきた男だろうか。大男の方が力はありそうなのに、何故あいつが引いてきたのか少し興味がある。大男も、ハンマーは柄だけで二メートルはあるし、叩きつける部分は持っている大男のお腹ぐらいの大きさがある。あんなものを振り回すのだから、そうとうな力持ちなのだろう。
「あの細い奴はなんか弱そうでダメね………っ!!」
いきなり、綾瀬に向かって短剣が飛んできた。サイコキネシスで受け止めたが、額にほんの少し傷がつき、そこから血が流れてくる。口元まで流れてきた自分の血を一舐めし、綾瀬は飛んできた短剣を投げ返した。
投げてきたのは、細身の奴だ。投げ返した短剣をこともなげに掴むと、剣を抜き綾瀬に向けた。
「貴様、いま私のことを愚弄しただろう?」
「あら、随分と耳がいいじゃない。あーあ、知らないわよ。あたしに喧嘩売っておいて、そのまま帰れると思ってるの。トライブが煩いから、今日は値踏みだけにしといてあげようって思ってたのに」
「ルブル貴様何をやっておる!」
ウルが声を荒げる。ルブルと呼ばれた兵士の肩を掴もうとして、ウーダイオスが先にウルの肩を掴んで制止する。
「貴様っ!」
「いいじゃねぇか、少しは遊ばせてやろうぜ? ただし、ルブル、相手は丸腰だ。お前も剣は鞘に収めろ。それなら少しぐらい遊んでも許してやる」
「わかりました」
ルブルは剣を鞘に収めると、さらにフルフェイスのヘルムを取った。
出てきた顔は、恐らく相当の美人だったと思われる女性の顔だった。髪は美しいブロンドで、顔も小さくすっきりとまとまっている。それだけに、左頬のほぼ全て覆うように残されている火傷らしき傷跡が異彩を放っていた。
「で?」
しかし綾瀬は一切火傷の跡に目はくれない。
「狙う場所を用意してやったのだ。貴様の細い腕でも、顔を殴れば倒せるかもしれないだろっ―――」
言い切る前に、綾瀬がその顔をぶん殴る。多少ふらつきながらも、ルブルは堪えて綾瀬に向き直った。その顔に、綾瀬が指をさす。
「決めたわ、あんたを一番最初に殺してあげる」
「くそ、滅茶苦茶じゃないか!」
エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は、現状を見てそう吐き捨てた。
敵が人質交換に出向いてきた時に、やってきた奴等を捕える。それが彼の目的だったのだが、本来さっさと帰りたいと思っているはずの敵の方から喧嘩を吹っかけてきて、今は綾瀬とルブルと呼ばれた兵士が殴りあっている。
「………いや、待てよ。今みんな二人の戦いを見ているところだ。周囲を警戒してない今こそ実は絶好のチャンスじゃないか」
見れば、ウーダイオスは愉快そうに、神官ウルは渋い顔をして二人の殴り合いを見ている。大男も同じだ。もう一人の兵士は人形の突っ立って、どこを見ているのかわからないが警戒をしている様子は無い。
今なら、いや、今こそチャンスという奴だ。
そうと判れば、ぼうっとしている暇は無い。狙いは神官、ウーダイオスのからの情報でも重要な事を知っているのはあいつだけだ。
「来いっ!」
降霊をしつつ、非物質化していたアーミーショットガンを取り出し、人垣を飛び越えて一気に神官まで詰め寄る。護衛の兵士の数は少ないのだから、一気に神官を抑えた方が早い。
しかし、エヴァルトを巨大なハンマーが出迎える。大男が手にもっていたものだ。完全に不意打ちだったはずだというのに、反応されるのは想定外だった。ぶつかる瞬間、多少の危険を承知でハンマーを押し返し、ハンマーごと地面に叩きつけらるのだけは避ける。
「おまえ………だめ………この人………俺………守る」
「喋るのはゆっくりなくせに、なんて反応だ」
地面に落とされてついた砂埃を払い落としながら、エヴァルトは大男を見据えた。
長い柄のハンマーは、長い分だけ遠心力を乗っけられる。まともに直撃すれば相当なダメージを受けるだろう。だが、その破壊力よりそれをまるで剣を振るかのように扱ってくる事が危険だ。大男だからのろま、というわけではないらしい。
先ほどの一撃も、龍鱗化が無ければこうして立ち上がるのも難しかっただろう。
「なんだ、ドウズ。お前も遊び相手を見つけたのか」
と、ウーダイオス。
「こいつ………気配………危ない」
どうやら、殺気看破かそれに近い特技を持っているらしい。ともかく、神官を捕えるのはこの大男にはどいてもらわないといけないようだ。
「よし、お前も少し遊んでやれ。自分達がどんな奴と戦ってんのか、見せてやって損は無い」
ウーダイオスは相変わらず楽しそうにしている。自分の手のうちを見せる事など、損以外の何物でもないはずだというのに。それとも、敵わないとでも思っているのだろうか。
「ふざけるな!」
「俺………ふざけて………ない。お前………少し………頭冷やす」
「まだやっているようだのう。間に合ったようじゃ」
「朝早くからみんな元気だな」
桜葉 忍と織田 信長の二人は、神官達がやってきてからおお慌てで兵士達を集めていたのだ。訓練の最中に目をつけた、精鋭十六人。彼らを率いて、神官とその護衛どもをとっ捕まえてしまおうというのである。
「騒ぎが大きくなってくれて助かったのう。来て真っ直ぐ帰られたら、準備損になるところじゃった」
「しかし、何やってだろ………」
戦っているのは、四人。それぞれ、一対一の形になってやりあっている。一つグループは女同士で殴り合っていて、もう一つは武器を使って戦っている。
「そんなのあとで問いただせばよい。さぁ、皆の衆、やつらをひっとらえるぞ」
「えー、そんなのめんどくさいから嫌だよ」
「キキキ、皆の衆とはこいつらの事かい?」
見知らぬ声に、忍と信長は振り返る。
二人の後ろで構えていた兵士達は、みな石像になってしまっていた。そして、代わりにマッシュと、もう一人、全身を黒い包帯のような布で覆った小さい男の姿があった。
「なっ、いつの間に」
「そんな事、どうだっていいじゃん? 大事なのは―――」
「あんたら用意した兵隊は意味が無いって事さ、キキキ。なぁに、心配すんな、俺達だって騒ぎを大きくしたいわけじゃない。あんたらが何もしなけりゃ、キキキ、俺達だってこれ以上のことはしない」
「そういう事。なんだけど、あっちは勝手に騒ぎを大きくして楽しんでない? 人にはあれだけ注文つけてきたってのにさ」
「キキキ、腐るな腐るな。穴ぐらに戻ったら、お前のことは俺が太鼓判を押してやる。そしたら、次は自由に遊べるさ、キキキ」
「そ、じゃあ今回だけは我慢してあげようかな」
マッシュと共に現れた、この男が監視役のギルその人だ。見た目からして禍々しく、遠くで戦っている兵士とは違った意味で危険な空気を纏っていた。
「おっと、背の高いお兄さん。変な事をしようとしたら、某この石押しちゃうよ? ドミノみたいに次々倒れちゃうだろうねぇ………キキキ、知ってるかい、石化魔法で作った石像って結構もろいんだ。倒れただけで、腕が取れたり、キキキ、首が取れたりしちゃうかもしれないねぇ?」
「ぐっ」
気配も敏感にみているようだ。二人で話し込んでいるので、その隙を突こうとした忍を動く前に牽制する。
「ま、あっちが外に出ていくまでの短い時間ぐらい、じっとしているこった。キキキ、子供じゃあるまいし、じっとしているぐらい簡単だろう?」
「泥仕合になってきたな。しゃーない」
綾瀬が突っ込んでいった時から、ずっと傍観してたトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)はやれやれと頭をかいた。
先日の戦いからずっとイライラしている綾瀬のガス抜きになるかな、なんて思って放っておいたのだが、あの細身の鎧の女、ルブルと呼ばれてた奴も結構な腕があるようで、殴り合いでは互角のようだった。
恐らくルブルは剣を持って戦うタイプだろうから、殴り合いは専門外のはずだ。といっても、綾瀬は綾瀬で全くスキルを使っていない。頭の血管が切れて忘れているのか、それとも彼女なりにフェアのつもりなのかはわからない。どちらにせよ、二人ともだいぶ体力を消耗しているようで、これ以上は見てて痛々しいだけだ。
「よし、そこまでだ」
綾瀬の首に抜き身の刃を添えて制止しようとするが、綾瀬はそれを手で掴んだ。当然、掴んでいる手から血があふれ出す。
「邪魔よ。あいつは今ここで私が殺すの、だから邪魔しないで。むかつくのよ、あいつ。だから殺す。今ここで、殺す。絶対に殺す。だから、どけて、これ邪魔よ」
「おいおい………見ろよ、あっちも制止が入ってる。いくら気張っても、あっちはもう帰る気らしいぞ?」
見れば、ルブルもウーダイオスに腕を掴まれて静止させられている。どうやら、向こうも痛々しい泥仕合はお気に召さないらしい。さすがに、綾瀬よりはあちらさんの方が納得が早いらしく、自分で捨てたヘルムを拾っていた。
「………っち」
だが、その途中わざわざ聞こえるように舌打ちをしてくる。
どっちもどっちだなこりゃ、とトライブは思わずにいられなかった。
一方、エヴァルトと大男ドウズの方にも仲裁が入っていた。横薙ぎに繰り出されたハンマーの一撃と、それを掻い潜って間合いに入ろうとしたエヴァルトの両方を、今まで人形のように突っ立っていた男が制止している。
「おい、女」
よせばいいのに、ルブルが綾瀬に声をかけてきた。
「逃げるなよ、貴様は戦場で殺してやる」
「冗談、おまえが私に殺されるのよ。逃げても、隠れても、あたしが殺してあげる」
「やっと出てきたか………」
佐野 亮司(さの・りょうじ)は、神官一行が正門から出てきたのを見て思わずそう呟いてしまった。こちらは人質交換を受けるという話で決まってたし、向こうだって敵地に長居したいとは思わないはずだ。だから、すぐに出てくるもんだと思っていたのだが、待てども待てども出てこない。中の奴らいきりたって捕まえちゃったのかな、なんて考えた頃になってやって彼らが姿を現したのだ。
亮司は光学迷彩・隠刑の術を使用して姿を消しブラックコートで気配を遮断して、足跡をつけないように宮殿用飛行翼で空から出てきた神官を追う。
「それじゃ、拠点まで案内してもらおうか」
敵の拠点は地下にあるという話だ。最後の最後まで尾行は恐らく不可能だろう。しかし、出入り口さえわかってしまえばそこを抑えることはできる。
下手な原因でばれないように、亮司は高度を気持ち高めに取って砂地を歩く彼らの姿を追っていった。
「本当にこっち来るんですかね?」
「しっ………敵の伏兵が居ないとも限りませんわ」
「は、はい。ごめんなさいです」
冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)とエンデ・フォルモント(えんで・ふぉるもんと)は、前に神官達を追った兵士が見失った地点が見える小高い砂の丘を陣取って、監視を続けていた。危険を少しでも軽減するため、エンデは魔鎧となって小夜子を守っている。
随分とドラセナ砦に神官達は長居してくれたようで、先回りをするのはさほど難しくなかったが、大事なのはこれからだ。
息を殺し気配を消して、じっと待っていると遠くに神官達の姿が見える。
「来ました」
「………立ち止まったようですわ」
兵士から聞いた見失った地点とは少しずれているが、あの辺りに話にある地下への入り口というものがあるのだろうか。
「………っ、小夜子様!」
地面により近い位置に居たエンデが慌てた声を出す。小夜子もすぐに異変をさっちして、その場から飛びのいた。
そこを、いつしか見たモンスター、サンドワームが飛び出してくる。
「バレてしまっていたみたいですわね」
「どうします、小夜子様?」
「逃げたいとろこなのですが………、砂地では彼らの方が足は速いかしら」
サンドワームと砂漠で追いかけっこはどちらに分があるか、あまり考えたくはない。しかし、こいつが飛び出してくるのは想定外だった。バレる可能性は考慮していたが、それでもモンスターを送り出してくるとは。
「棒手裏剣だけでは心元無いですわね」
「来ます、小夜子様っ!」
卸し金みたいな歯での噛み付き攻撃を避け、視線を神官一行に向けるともう見えない。尾行は失敗してしまったようだ。
「女の子ばかり狙う変態ミミズにはおしおきが必要だな」
そこへ、亮司がかけつける。空中からの奇襲を受けて、サンドワームは諦めたのか地中へと戻っていった。少し周囲を警戒したが、どうやら遠くへ逃げていったらしい。
「助かりましたわ。けど、肝心の尾行が」
「それなら、俺がばっちりこの目で見た。砂の中からヤドカリが出てきて、そのヤドの中に入っていった。臭いんだろうな、鼻をつまんでるところまでちゃんと見たぜ。砂の中を移動できるモンスターを乗り物代わりに使ってるってわけだ。そりゃ、追いかけても見つからないわけだ」
「でしたら、地下に拠点があるというのも」
「嘘じゃないってわけだ」
人質を取り戻し、ウーダイオスはドラセナ砦から去っていった。
この砦の誰もが、そう時間も置かずに戦いが始まるだろうと予感する。
一週間という短い時間のうちに、誰もができる限りの事はしてきたはずだ。
あとはもう、今日まで過ごした日々と、自分自身の力を信じるしかない。
そう遠くない未来、彼らは必ずここにやってくるのだから。
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