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リアクション
第14章 猫、逃がされる
「ああぁ……猫ちゃんみんな、集まって……天国ですぅ……」
「ああもう、完全に天国行き寸前ね日奈々ったら。さすがに帰ってきてよ〜? 帰ってこないとあたし泣くよ〜?」
指定された時間よりも4時間は早く、合計60匹の猫は空き部屋に入れられた。猫たちは思い思いに動き回り、ある猫は爪とぎの柱に爪を立て、ある猫は部屋の中にいる人間に構ってもらい、またある猫は猫同士でケンカを始め、またある猫は集団で暴れながらじゃれ合っている。
そんな状況下で、部屋の中心に陣取り、そこから1歩も動いていない如月日奈々と、そんな日奈々を愛でるのに忙しい冬蔦千百合コンビは、これでもかと言わんばかりにその頬を緩めていた。その内、緩んだ頬が垂れ下がってしまうかもしれない。人体の構造上、さすがにそこまでは現実問題として無いと思うが。
「うわぁ、あの2人すごいことになってるなぁ……」
「文字通りの猫まみれですね。あれでは後々洗濯が大変そうです」
そんな2人を遠巻きに眺めるのは、最後に猫を放り込んだ葵とテスラである。部屋に入り、猫のナンバープレートと番号リストを確認し、60匹の猫が放り込まれたのを確認すると、部屋の隅に陣取り、その様子を眺めていたのである。
部屋にいるのは葵とテスラ、及び日奈々と千百合を含め、合計15人。それらがそれぞれの形で猫と遊んでおり、非常に和やかな空気が漂っていた。
「ありゃ、てっきり静香校長と弓子ちゃんもいると思ったんだけど」
「いません、ねぇ……。まだ別の所を探していたりするんでしょうか」
「ちょっと心配だなぁ……」
「後で、探しに行ってみますか?」
「そうだね。……まあ、もうちょっと猫ちゃんたちの相手してからでも……」
「時間はありますしね」
しばらく猫の相手をしてから静香たちを探しに行こう。ひとまずはそう決めた2人だった。
その静香と弓子だが、やはりのぞき部としての性(さが)が抜け切れず再びのぞき活動に動いた弥涼総司、それを阻止するという名目で総司を追いかけた小鳥遊美羽&ベアトリーチェ・アイブリンガー、ちょうど所属コミュニティの友人がいたために空き部屋に残った椎名真――と、真に憑依している椎葉諒――と別れ、2人で1階廊下を歩いていた。
「う〜ん、もうあらかた探し終わっちゃったのかなぁ。あんまり人の姿見ないね」
「他を探し続けている可能性もありますよね。他には、あの部屋に残って猫の相手をしていたりとか、どこかでお昼ご飯を食べていたりとか」
「……そういえば今日動きづめだったから、ご飯食べるの忘れてた……」
「あら、それは一大事ですね。私はともかく校長先生が大変。一旦外に出ますか?」
「そうだね。まだ食事会が開かれるまでは十分時間はあるし、食べに行こうか」
そうして数歩歩いたところで、ふと静香は思い出した。
「……そういえば弓子さんはご飯食べられないんだっけ」
「まあ幽霊ですから。お腹は空きませんから気になさらなくて大丈夫ですけど……」
「さすがに気にしちゃうよ。僕だけ食べててもう1人が食べないっていう構図はちょっと、ね」
「……ふふ、そうでしたね」
そんな会話を繰り広げながら、2人は屋敷の外に出た。
だが結局2人はこの後食事に出かけられなくなる。
「あ、あのっ!」
「ん?」
外に出たところで静香と弓子は目の前にいる女性から声をかけられた。百合園女学院の制服を着ているが、静香はこの赤いロングヘアーの女生徒に見覚えが無かった。
「えっと、どちら様?」
静香が女生徒に問いただす。女生徒の名前はアルカ・アグニッシュ(あるか・あぐにっしゅ)。百合園女学院の新入生なのだそうだ。
「不躾とは存じておりますが、その、弓子さんとお話がしたくて、こうして依頼に参加させていただきました」
「あら、そうだったんですか。てっきり校長先生に用事があるのかなと思ったんですが」
「あ、え、えっと……もちろん静香校長のこともお慕いしておりますけども……」
アルカと名乗るこの女生徒はどうしても弓子に用事があるらしい。態度からそれを察した弓子は、静香に断りを入れ、アルカの話がしたいという要望を受け入れることにした。
「あの、ところで」
「は、はい?」
「ちょっと、歩きながらお話しませんか? この後少しばかり外へ行こうと思いまして」
「あ……。は、はい。もちろん喜んで……」
その言葉に従い、アルカは静香と弓子の2人と共に、庭を歩き出す。
道中、アルカはしきりに弓子に話しかけていた。話の内容のほとんどは弓子が今後どうするつもりなのか、及び本当に成仏することを考えているのか、といったものだった。
「その、弓子さんは本当に成仏なさるおつもりなのですか? ……その気になれば、奈落人になってでも現世に留まれるかもしれませんのに……」
「……似たような話をされましたけどね」
道すがら、弓子は自身の考えを話して聞かせた。
今の時点では、どうしていこうとは考えがまとまっていないこと。ただし、少なくともひとまずは成仏しなければならないであろうこと。そしてそれは、絶対に捻じ曲げてはならない法則であるということ。
「奈落人になるか、150年かけて英霊になるか、その辺り細かいところはまだ考えていません。ですが、どちらにせよ、私は一旦成仏してナラカに行くつもりでいます」
「そんな……」
「人は死んだらあの世に行くものなんですよ? ただでさえ私はそのルールを破っているのに、これ以上それを無視するなんて、さすがにできません」
人はいつか死に、そして死ねばナラカへと落ちる。これが世界のルールなのだ。弓子のように個人の勝手な都合で現世に留まるなど、本来ならばあってはならないことである。だから弓子は、せめてこの依頼が終わるまで、と期限を設けた。今度こそそのルールは守らなければならなかった。
自然の摂理に反する方法で死に追いやられた人物もいるだろう。そういった存在が復活を求めるのはあってしかるべきだと弓子は考えていた。その一方で弓子は、自分は交通事故で死にはしたが、そこに運命的な作為が働いていたとは思っていなかった。だからこそ、弓子は自分が死んだという事実を受け止め、ナラカに行くべきなのだ。
「ですから、私は行かなければならないんですよ」
「……あなたの様な素晴らしい方とお別れなんて……私、嫌です……」
「まあ、気持ちはわかりますけども、ね……」
こればかりはさすがにどうしようもない。そう弓子は笑おうとしたが、彼女は笑えなかった。突然、屋敷の方から悲鳴があがったのである。
「校長先生、今のは……!?」
「なんだろう……。僕らも行こう」
悲鳴の理由を確認するために屋敷の方へと足を向けようとしたが、それをアルカは防ごうとする。
「だ、ダメです2人とも! どんな危険があるかもわからないのに……!」
「だからって、それを放っておくわけにもいかないだろう?」
「ですが……ッ!」
腕を掴んでくる新入生に向かって諭すように静香は微笑むが、新入生の方は怯えたように動かない。
「……すみません、静香校長、弓子さん。実は、犯人に心当たりがあるんです」
「へ?」
アルカの突然すぎる告白に、2人は逆に驚きで固まってしまった。
「私の知っている人です……。ついてきてください。そうすれば、犯人に会えますから……」
「…………」
明らかに奇妙な話だった。屋敷の方で悲鳴をあげさせた張本人を知っており、ついていけば会える、などというのはあまりにも話ができすぎてはいないか。
だが逆に、それが犯人を知るほぼ唯一の道であるとするならば、その誘いに乗らないわけにはいかない。
「弓子さん……」
「……この際です。少々不安ではありますけど、乗りましょう」
危険を承知で、弓子と静香はアルカの誘いに応じた。
2人はそのままアルカの指示に従い、庭の林方面へと急いだ。彼女によれば、犯人はここに来る予定なのだという。
「飛び込んでおいて聞くのもおかしいですけど、アルカさん、あなたはどうして犯人の行動なんかを知ってるんですか? 知ってる人、というのも気になりますけど……」
「…………」
静香と共に林の中に入り込んだ弓子のその疑問にアルカは答えず、沈黙で返した。
「アルカさん?」
「答えられるわけないよ。だってアグニッシュさんはボクのパートナーなんだから」
「!?」
林の中から別の人間の声が聞こえたかと思うと、突然静香の体が糸のようなもので縛られる。
「なっ! 校長先生!?」
「おっと動かないで。校長を縛ってるのは『ナラカの蜘蛛糸』さ。下手に動くと、校長の体はバラバラになっちゃうよ」
言葉と共に声の主が姿を現す。
現れたのは、先日も弓子と静香を襲い、百合園生によって叩きのめされたはずの横倉 右天(よこくら・うてん)と、グレゴール・カフカ(ぐれごーる・かふか)の2人だった。
「やあ、幽霊さん」
「……またお前らか」
右天の姿を覚えていた弓子は、こっそり毒づいた。