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リアクション
十四
――ええ、あれはとても恐ろしい体験でした。何しろ空から人が降りてきて、中に入れろと言うんです。わしらに何が出来ますか?
甲斐家の門番は後にそう語った。
噂というものは伝わるのが速い。白馬に先導された妙な一行がこちらに向かっていると門番が聞いたのは、午前九時頃のことだ。何がどう妙なのか、と彼は首を傾げたが、すぐにその意味を知った。
白馬に乗った信長の後ろに、ワイバーンと空飛ぶ馬がいた。顎が外れそうになった。
「門番か! 当主に会いたい! 門を開けい!」
「い、いやしかし」
パニック状態の上信長に命ぜられても、門番は職務を全うしようとした。しかしその時、
「開門を要求します」
とヒルデガルド・ブリュンヒルデ(ひるでがるど・ぶりゅんひるで)が言った。武崎 幸祐のパートナーである彼女は、当麻を小七郎の下へ案内するという役目を担っていた。しかし肝心の小七郎が屋敷を留守にしていたため、当麻の後をずっとついていたのだった。いざとなれば、いつでも確保できるように。
「タフな女子よの。馬にずっとついてくるとは」
「信長、その女がいるのを知っていたのか?」
オーロラハーフに乗ったまま、桜葉 忍が驚いて尋ねた。
「おまえたちは空にいたから分からんかったろうが、こやつはずっと私たちを追っていた。いや、正確には当麻をか。危害を加える様子がなかったので、放っておいたがな」
「開門を要求します。後の方はお引取りください」
「馬鹿言うな。おまえなんかにこいつを渡せるか!」
忍はヒルデガルドを睨んだ。当麻とトーマを庇うように立つ。
「障害を強制排除します」
「待て、そこな機晶姫。いくらおぬしが強かろうと、ワイバーンの炎には勝てぬであろう。ここは大人しくわらわたちを中に入れるがよい」
「ワイバーンの炎は、周囲を消失させる可能性が五十パーセント以上あります。よって、あなた方には実行不可能です」
「読んどるな」
と信長。
「やむを得まい。ならば一人だけ、このトーマだけ連れて行け」
「おい、エクス!」
驚いたのは忍である。ヒルデガルドはトーマを見た。トーマは睨み返した。
「状況確認。……理解しました。ターゲットを二名に変更。中へどうぞ」
ヒルデガルドに誘われて、当麻とトーマが扉の中へ消えていく。振り返った当麻の顔には不安と、感謝と、決意があった。
扉が閉まり、忍はエクスに怒鳴った。
「案ずるな。中にはわらわの仲間がおる」
「え?」
「忍よ、それにトーマがついておる。あれはなかなかやるぞ?」
信長はにやりとした。
ヒルデガルドに案内されて屋敷の奥へと当麻たちは案内された。
「当麻!」
障子が開いた途端飛んできた声に、当麻はハッとした。声の主を見つけた当麻の顔が、見る見るうちに歪む。
「母さま……」
「当麻……」
「母さま、母さま!」
当麻はヒナタの腕の中に飛び込み、泣きじゃくった。
「当麻、当麻、よく無事で……」
「母さま、会いたかった! よかった! 会いたかったんだ!」
「うん。うん……」
ヒナタも当麻を力いっぱい抱きしめた。もう二度と離さない。たとえ何があろうとも。
グズ、と声がしてミシェル・ジェレシードが見ると、トーマが鼻を擦っていた。目元が赤い。
「泣いてるの?」
「目と鼻にゴミが入っただけだいっ」
ぷいっ、とトーマが外を向いたとき、廊下にレン・オズワルド(れん・おずわるど)の姿があった。ヒルデガルドは既にいない。どこからか見張っているのかもしれないが。
「誰あれ?」
「うん、どうやって中に入ろうかと思っていたときにね――」
忍び込むかいっそ殴り込むかと棗 絃弥が提案したとき、レンが現れた。彼は屋敷内へ向かって叫び続けた。ヒナタが会いに来たぞ、と。本来なら追い返されるはずが、こうして中へ招き入れられた。それから一時間ほどになる。
からり、と襖が開いた。久我内 椋が顔を出す。
「おまえは?」
とレン。
「久我内屋と申します。奥方様の依頼で、第三者として立会い致します。皆様、何卒理性を持って話し合いくださいませ。ああ、武器はもうお持ちではありませんね?」
部屋に入る前に、椋の【身体検査】に引っ掛かった武器は、取り上げられていた。
奥の部屋から那美江が入ってくる。着物の裾が畳の上を滑る音だけがする。
誰も頭を下げなかった。ヒナタは当麻を抱き寄せた。
上座に音もなく座った那美江は、じっとヒナタを見つめた。冷たく、氷のような瞳だった。
「久しいの、ヒナタ。少し肥えたか。いや、それは昔からであったか」
ヒナタは当麻を離し、深々と頭を下げた。
「ご無沙汰しております。奥方様に置かれましては、ご機嫌――」
「麗しうない。よもやそなたにこのような形で裏切られようとはな。それも、これだけの時を経て知らされようとは」
「申し訳ありません! なれど、私はご当家に一切関わるつもりはございませんでした! まことでございます!」
「そなたにその気がなくとも、殿が知らばそうなる」
「そうとは限らないでしょう」
優しげな声音で言ったのは、諏訪 小七郎だった。土雲 葉莉と武崎 幸祐が後ろに控えている。
「小七郎!」
那美江は驚きの声を上げた。しかし、小七郎を見る目は限りなく優しい。同一人物とは思えぬほどだ。「そなた、何故ここに?」
小七郎は答えず、那美江よりやや下座に座った。当麻に目をやり、
「そなたが当麻殿か。従弟ということだね。私がこの家に養子に入れば、義兄弟だ。仲良く頼むよ」
当麻はきょとんとし、よく分からないまま頷いた。
「小七郎、そなたが当家に養子に入るためには、その子は邪魔なのじゃ」
「ヒナタ殿、ご子息を甲斐家に入れたいか?」
「いいえ!」
ヒナタは即答した。「お家の道具にされるのは、嫌でございます!」
「ほら叔母上、問題ございませんよ」
「そなたは知らぬのじゃ。殿はその子を見れば――」
「わしが、何じゃ?」
那美江の息が止まった。顔から血の気が引く。
水心子 緋雨と天津 麻羅に両側を支えられ、きちんと正装した主膳だ。那美江はさっと席を譲り、頭を下げた。主膳は上座に座った。
「お久しぶりでございます、叔父上」
「父上はお元気かな、小七郎?」
「はい」
主膳は微笑み、当麻に目をやった。
「そなたが当麻か」
当麻は恐る恐る頷いた。
「ヒナタ、よい子に育てたの」
「はい……母親思いの子でございます」
「なるほどな……那美江が案ずるのも無理はないの」
主膳は当麻と小七郎を見比べ、そう言った。
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