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リアクション
七
甲斐家と諏訪家は元はマホロバに屋敷を構えていたが、今は丹羽家同様、葦原島を本拠地としている。その際、葦原藩への忠節を表すためか、菩提寺も移していた。
といっても、マホロバにある菩提寺とその墓地は支院の関係にあったから、移す際も面倒はなかった。
ただ、墓石は新しい。
シャンバラ教導団の叶 白竜(よう・ぱいろん)と世 羅儀(せい・らぎ)は、その寺にいた。
なぜかと言えば、そもそもの発端である当麻襲撃事件の際、既に彼らは別件でこの葦原島にいた。それについては、機密事項なのでここでは記さないが、仲間から事件のあらましを聞いた白竜は、真っ先に菩提寺を探した。
仕事を終えて気楽な羅儀としては、余計なことに首を突っ込むのは不本意であったが、白竜の真剣な横顔を見るとそうも言えなかった。
白竜は住職に会うと、今は亡き甲斐 隼人(かい・はやと)と那美江がどんな親子であったか尋ねた。
「隼人殿は」
ズズ、と煎茶を啜りながら、七十を過ぎた住職は語り出した。この人物は元々、マホロバの本院に勤めていたが、隠居がてらにこちらへ移ってきたという。従って、甲斐家のことも諏訪家のこともよく知っていた。
「それはもう、主膳様、那美江様によく似て顔立ちもよく、勉強好きで気持ちも優しいお子で、まあちと剣術には難がありましたが、跡取りとして武士として申し分のない方でしたじゃ」
「母親とは仲が良かったんでしょうね」
「それはもう。孝行息子の鑑のような子でしたじゃ。那美江様もそれはそれは可愛がっておられてのう。あの方は元々険のある方でしたが、隼人殿の前ではいつも相好を崩されておりましたじゃ。それが――」
父に似ず健康優良児と思われていた隼人だが、流行り病で呆気なく逝った。十六歳だった。父の跡を継いで、僅か半年後のことである。
「確か諏訪家の小七郎殿が養子に入るとか」
「ようご存知ですな」
「仕事柄」
白竜の答えを、何やら教導団も関わる重大事と勘違いしたらしい住職は、重々しく頷いた。
親より先に死ぬのは不幸だ、と羅儀は思う。その上、必要のない争いが起こるなど、悲しい話だ。自分には既に家族と呼べるものはないが、
――白竜も色々背負っているからな。
聞こえぬよう、そっと呟く羅儀に、白竜は振り返って言った。
「那美江が小七郎に固執する理由が少し分かった。甲斐家の墓に行こう。小七郎が来ているらしい」
線香を上げて手を合わせる諏訪 小七郎(すわ・こしちろう)の後ろに、ちょこんと立っているのは土雲 葉莉(つちくも・はり)だ。
諏訪家を辞した後、携帯電話でご主人様・樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)――大奥にいるため、外出できない――と連絡を取り、小七郎の傍を離れないようにと指示された。そこで再度忍び込み、じーっと天井裏から彼のことを観察し、出かけるときに飛び降りて「お供します!」と立候補した。
どうやら若様は葉莉を気に入ったらしく、構わないよとあっさり了承してくれた。
「これは甲斐家代々の墓だ。当主は皆、ここに入ることになっているんだ」
「小七郎様もですか?」
「跡を継げばね。無論、隼人殿もいる。だから挨拶をしに来たんだよ。後はお任せ下さいってね。しかし」
と、小七郎はいったん言葉を切った。
墓参りの前に、小七郎は白姫と携帯電話で話をしていた。当麻の存在には大層驚いたようだった。
「甲斐家がそれを望み、当麻殿も望むなら、私は身を引きます。探せば他に養子先もあるかもしれないし、駄目でも一生冷や飯食い。少なくとも、食べてはいけますから」
と笑った。
「しかしそれでは」
居候の冷や飯食いは、所帯を持つことも許されない。飼い殺しに近い。さすがに白姫も彼の人生を奪うことには躊躇いがある。
「恩はありますが、叔母上の意見はこの際二の次です。私もね。肝心なのは、主膳殿と当麻殿。そうでしょう?」
それを葉莉は、ほぇーと聞いていたのだ。何だかよく分からないが、みんなが平和に暮らせればいいなと思う。
「違うな、間違っているぞ」
武崎 幸祐(たけざき・ゆきひろ)が口を挟んだ。彼は雷火の参謀役として動いている。このままいけばお家断絶。それは些か気の毒な上、無策で無粋な那美江の行動が気に入らず、こうして小七郎についてきた。彼に発破をかけるためである。
「君主に成る者は、実の兄弟でも命を賭けて競い争う事は必然的だ。たとえ冷や飯食いであろうとも、一度は甲斐の当主になろうと思ったなら、これは避けられない宿命だ」
「しかし私は、無駄な争いは好まないんだ」
「このままでは甲斐家も諏訪家も潰れるとしても、か?」
小七郎は答えなかった。
「話し合いでもいい、或いは果し合いになったとしても、おまえに当主として素質があるなら、名誉と武士道精神は守られる。それで取り潰されたなら、まだ納得もいくだろう。だがこのままでは、両家とも不名誉と、芝居のネタを残すだけだぞ」
「……私がもし当主を辞退したら、どうなる?」
「那美江が当麻と母親を殺すだろう」
「叔母上にも困ったものだ」
小七郎は嘆息した。
「そう言わないことです」
白竜と羅儀が近づくと、葉莉の傍らにいる忍犬・音々(ネネ)と呼々(ココ)が唸り始めた。白竜の傍には、機晶犬が二頭控えており、こちらも忍犬に警戒心丸出しの唸り声を上げた。
「機晶犬も犬なんだなあ」
と羅儀は感心したように言い、「お嬢ちゃん、こいつらは敵意がなければ攻撃したりしないから、ちょっと押さえててくれる?」
「は、はい。音々、呼々、大丈夫だからね。このワンちゃんたちは怖くないから、大人しくしてね」
葉莉が二匹を押さえると、白竜は自分たちの身分を名乗った。教導団という肩書きに小七郎は些か驚いたが、つまりこの件はそこまで大事になっているのかと、悟ったらしかった。
「これは私の想像にすぎませんが、那美江が他の誰でもなく、あなたに拘るのにはそれなりに理由があるのです」
「どんな?」
「それはあなたがご自身で確認されるのがよいでしょう。しかしどうであれ、甲斐家の当主となれば苦労することは目に見えています。たとえ逃げ出しても、あなたに責はない。それとも全てを抱えて、当主になる気はありますか?」
小七郎は黙って白竜の話を聞いていた。足元に音々と呼々が擦り寄ってくる。主人に似て、小七郎が好きらしい。彼はしゃがみこみ、犬の背を撫でてやった。
しばらくそうしていたが、やがて小七郎は立ち上がると行った。
「行こうか」
「どちらへ?」
と葉莉。
「無論、私がいるべき場所へだよ」
甲斐家の墓石を振り返り、小七郎はそう言った。
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