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リアクション
三
子供が釣り糸を垂れていた。この川は時折大物がかかるので、近所ばかりか遠方から釣りにやってくる人もいる。
その子供たちの前を、小船がゆっくりと流れていく。と、それがゆらゆら激しく動くと、突如何か大きなものが起き上がった。
「ぎゃああ!」
子供たちは叫び声を上げ、化け物が出たと口々に言いながら走って逃げた。
「ム……何やら今、子供の叫び声が聞こえたような気がしたでござるが」
それはナーシュ・フォレスター(なーしゅ・ふぉれすたー)だった。昨日、諏訪家に忍び込んであっさり捕まり、簀巻きにされて小船で流された彼は、ようやく自由の身となった。
「フフフ。縄抜けの術、大成功でござる」
実は全然術でも何でもなく、でたらめに動いているうちにどうにか抜け出したのだった。どうやら縛った人間が緩めておいてくれたらしいが、無論、ナーシュはそんなことは知らない。腕に擦り傷をたくさんこさえていた。
ナーシュは諏訪 帯刀(すわ・たてわき)こそが諸悪の根源と考えていたが、そうではないらしかった。ナーシュを簀巻きにした女性は、雇い主に問題なしと報告せよと言ったが、生憎彼は単独行動だった。――これもナーシュを救うための方便だったのだが、気づいていない。つくづく助け甲斐のない男である。
「つまり……どういうことだってばよ。で、ござる」
ナーシュは船の上に胡坐をかき、腕を組んで首を傾げた。ポク、ポク、ポクと木魚の音が脳内で再生される。
チーン!
「正義の味方は子供を護るものでござる。当麻は拙者が護るでござる!」
目的の決まったナーシュは、とうっと川に飛び込み、上流へ向けて泳ぎだした。
この近辺で、小船に乗った青い一つ目お化けの伝説がまことしやかに囁かれるようになったのは、この日からだった。
日がすっかり高くなっていた。当麻はようやく我が家へと辿り着いた。駆け出しかけた当麻を、隣のトーマが止めた。
「オイラが先に行く」
「でも、トーマ」
「当麻はそこにいろって」
トーマは「さざれ石の短刀」を抜き、ゆっくりと長屋の入り口へ向かった。
「あ、もしかしてキミ、当麻くん?」
からりと戸が開いて、ビキニの上に軍服という極めて変わった服装の女性が顔を出した。
「誰だ?」
トーマは怪訝そうに眉を寄せる。
「あたしはセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)。教導団の者よ。キミが消えたって聞いたから、待ってたの。きっと家に帰ってくると思って」
「待ってセレン、その子、獣人よ。当麻くんじゃないと思うわ」
セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が言った。
「ホントだ。耳と尻尾がある」
「オイラ、トーマだよ」
トーマは悪戯っ子のように、にやっと笑って見せた。「でも当麻じゃない」
「え?」
「どういうこと?」
「トーマ?」
当麻がトーマの後ろから、セレンたちのいる部屋を覗いた。
「お姉さんたち、誰? ここは、秋庭さんちだよ」
セレアナがじっと当麻の顔を見つめ、「この子ね」と言った。
「その秋庭さんって人がどうしたかはよく知らないけど、昨日、私たちが来たときには、もう誰もいなかったのよ」
「どういうこと……?」
当麻の顔がさっと青ざめた。
セレンとセレアナは、事の次第を語って聞かせた。昨日、彼女らがこの長屋へやって来たときには誰の姿もなかったこと、当麻の家で敵に襲われたこと、ヒナタが逃げ出したこと、そこから行方が分からなくなったこと……。
「じ、じゃあ、じゃあ、母さま、いないの!?」
「もしかして、知らなかった?」
セレンの問いにこくこく頷いたのは、トーマだ。あちゃあ、とセレンは額を叩いた。
「私たちはね、九十九とやりあった後にあなたとあなたのお母さんが消えたと聞いて、ここに戻ってきたの。きっと、長屋に帰ってくるだろうと思って」
「一晩ここにいたけど、残念ながら誰の出入りもなかったわ」
「嘘だ……嘘だ!」
「当麻!」
駆け出した当麻の後を追って、トーマも走り出した。
部屋の戸を開けると、そこに母の姿はなく、着物や漬物の入っていた瓶が割れて散乱していた。
「母さま……」
「んん? もしかしてキミ、当麻くん?」
先程のセレンとほぼ同じセリフを口にしたのは、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)である。百合園女学院の制服を見て、当麻とトーマはぽかんとした。後から入ってきたセレンたちも呆気に取られた。
「あんたたち、いつの間に!?」
「え……ボクたちご飯食べに一膳飯屋に行ったら物凄いことになってて、子供が行方不明になったって噂もあって、無事なら家に帰ってくるだろうと思ってここに来たんだけど」
「どうやら私たちが離れている間に入り込んだようね」
とセレアナ。
「不法侵入はよくないかとも思ったんだけど、この長屋全体の様子がおかしいし。ここが一番荒らされていたから、犯人ももう来ないんじゃないかな、と」
「割と頭切れるわね、あんた」
感心したようにセレンが言った。
「それはともかく当麻くん、こういう事態だから、明倫館に戻りましょう」
「でも母さまは?」
「きっとみんなが見つけてくれるわ」
「でも」
当麻は俯いた。と、その時、【隠れ身】で姿を隠していたカムイ・マギ(かむい・まぎ)が屋根裏から部屋に飛び込んできた。
「怪しい連中がこちらへ!」
全員がはっと息を飲んだ。
「当麻!」
トーマが当麻の手を握り、外へ飛び出す。セレンたち、レキたちも続く。そこにごく普通の着物姿の男たちが立っていた。
「何だ、長屋の人たちじゃないの?」
と些か呑気にトーマが言った。
「違う。見たことない人たちだ」
「決まりね」
と、セレアナ。
「そこのお二人さん、あたしたちがこいつら引き付けるから、そこの子供二人を明倫館に送り届けてくれる?」
「了解だよ!」
レキは挙手の敬礼をし、当麻たちを促した。
「水着のねぇちゃんたち、頑張れよ!」
トーマは走りながら、ぶんぶんと手を振った。それにセレンが苦笑する。アサルトカービンを構え、
「名前を覚えてもらえなかったわね」
「仕方がないわ。この服じゃインパクト強いだろうから。次はちゃんと覚えてもらいましょう」
セレアナはシュッとランスを扱いた。「来なさい、忍者さんたち」
忍者たちは二手に別れた。一方の忍者たちは、邪魔者を直接排除すべく向かってきた。セレアナはセレンの前に立った。
ランスを構え、【ディフェンスシフト】を使用する。向かってくる忍者に一閃させたランスで、セレアナは地面にざっと音を立て線を引いた。
「この問題を解決するためには、あの親子が話し合う必要があるのよ。だからここを一歩たりとも通すわけにはいかないわ!」
同時に一方が当麻たちを追おうとするのを、
「させないわよ!」
と、セレンが【弾幕援護】で遮る。更に敵の道を塞ごうと、【破壊工作】を使用し、長屋の屋根や壁を崩した。
忍者であれば屋根の上を行くことも出来たが、それすらも不可能となり、敵はセレンへと向かった。
「待ってました!!」
セレンはにんまり笑い、ここぞとばかりに【スプレーショット】で弾をバラまいた。
「ここを通りたかったら、あたしたちを倒していくのね!」
セレンフィリティ・シャーレット。人呼んで「壊し屋セレン」。彼女の自己犠牲により当麻たちは守られ、長屋は全壊した――という。
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