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リアクション
五
「また騒がしいの」
天津 麻羅(あまつ・まら)は部屋の外に目をやった。と言っても障子が閉まっているので、何が起きているかまでは分からない。
「大方、奥方へ直談判しに来た者がいるのでしょう」
眉一つ動かさずに応えたのは、プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)だ。
麻羅のパートナー、水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)はマホロバ前将軍側室・{bold御花実の名で見舞いと称して主膳を訪ねていた。そして具合が悪くなって……という理由で、昨夜は甲斐家に泊まったのだった。
一方プラチナムのパートナー、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は甲斐 主膳の食客としてしばらく逗留することにした。忍び込んだくせにどう言いつくろうんです、とプラチナムに突っ込まれたが。
「話を続けましょう。主膳様、当麻を跡継ぎにするつもりはない、と昨日おっしゃいましたね?」
うむ、と布団の上の主膳は頷いた。息をするたび、ゼッゼと余計な音が混じる。麻羅が背を擦ってやると、大分楽になるらしく、目元だけで微笑んで見せた。
「それならば、今後一切二人とは関わらないと、約束してください」
主膳は答えない。
「小七郎さんだって、可哀相じゃありませんか」
「……小七郎に跡を継がせるという考えは、変わらぬ。だが」
ふう、と主膳は息をついた。
「勝手なこととは思う。だが、息子がいるというなら、一目会いたい。いや、わしに出来ることがあれば、何であれ手を差し伸べてやりたい。そうであろう? わしはその子の父親なのだ」
緋雨にはよく分かった。彼女も一児の母である。親であれば、子のために何でもしてやりたいと願うのは、ごく自然な感情であった。まして主膳は、たった一人の息子を失くしている。もう一人の子に会いたい、手を差し伸べたいと思う気持ちを、どうして責められようか?
「じゃあ、会えばいいでしょう」
と、唯斗が事もなげに言った。
「あなたがそこまで望むなら、当麻はきっとここに来るでしょう。なに、味方は多いのです。当麻もヒナタも無事ですよ。その上で、どうするか決めればいいでしょう。もし当麻を跡継ぎにしたいと思うなら――」
「駄目よ! 主膳様は病床の身、何かあったら誰が彼を守るの!?」
「俺たちが」
にやり、と唯斗は眠そうな顔に笑みを浮かべた。
「【大奥・御花実様】が後ろ盾になり、俺が教育係になって傍にいましょう。奥方がどうしようが、絶対に手出しさせません」
「……マスター、ちょっとよろしいですか」
「何だよプラチナム、今大事な話を」
「こちらも大事です」
いつになく真剣且つ戸惑った顔のプラチナムに、唯斗は怪訝そうに眉を寄せた。ちょっと失礼、と部屋の外へ出る。いい考えかもしれん、と麻羅が頷いていた。
廊下と庭に誰もいないことを確認し、小声でプラチナムは言った。
「まさかと思いますが、当麻様のこと、気づいていますよね?」
「はあ? 何が?」
「……ああ、やはり」
プラチナムは嘆息し、更に聞こえぬよう気を配り、唯斗に耳打ちした。唯斗の目が、見る見る真ん丸になる。
「……はぁ!? それ、本当か!?」
「どう見ても、そうでしょう?」
「いや、俺には――そういうことは、早く言え!」
唯斗は携帯電話を取り出した。しかし電話はまずいと気づき、すぐメールに切り替えた。
パートナーの一人、紫月 睡蓮(しづき・すいれん)へ向けて、確認するよう頼む。手が震えて、文字を打ち込むのに時間がかかった。ややあって、睡蓮から返事があった。「どういうことですか?」という内容に、「いいから!!!!!」とだけ返した。
部屋の中では、「何をやっているのかのう?」と麻羅が首を傾げ、緋雨、主膳と顔を見合わせていた。
仕事を終えた人々が家路につく頃、影月 銀(かげつき・しろがね)とミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)、それに天真 ヒロユキ(あまざね・ひろゆき)は一膳飯屋へ急いでいた。
既に長屋に当麻とトーマが現れたという連絡はあったが、その後の足取りは掴めていない。二人の行動からヒナタに会いに行ったに違いなく、おそらく次は勤め先である位置全飯屋であろうと踏んだわけだ。
戸を開けると、
「すまんが今日は閉めている」
といきなりドラゴニュートに言われて、三人は凍りついた。
「ブルーズ、怯えてるじゃないか。中に入ってもらいなさい。多分、味方だ」
「知り合いですか?」
と、エッツェル・アザトース。
「御前試合で見かけた覚えがある。そちら、明倫館の人だろう?」
銀は胡散臭げな目を向けたが、ミシェルはああ、と頷いた。
「覚えてる。一回戦で負けた人だ」
グサ。
「……なんか今、音がしなかったか?」
とヒロユキ。
「ブルーズが傷ついた音だろう。さて、僕は黒崎天音だ。君たちはヒナタを探しに来たんじゃないか?」
「正確には彼女を探しに来た当麻を、だ」
「当麻がどうかしたんですか!?」
銀の言葉に、血相を変えて裏から出てきたのは、丸顔の女性――ヒナタである。
棗 絃弥、マクスウェル・ウォーバーグ、沢渡 真言、沢渡 隆寛、月・来香もぞろぞろ出てくる。
「探しに行かなかったのは、こういうわけか」
ブルーズが天音に囁いた。
「聞いた限りの彼女の性格からすると、一度は店の様子を確かめに来ると思ったからね」
「ではあなたが、朱鷺ヒナタか。我々は葦原明倫館の者だ。身元については、そこの棗が保証してくれるだろう」
ああ、と絃弥が頷いた。
「はっきり言おう。当麻は我々が保護していたが、逃げた。おそらくあなたに会いに行ったと思われる。長屋に一度現れているからな」
「何てこと――どうして――」
ヒナタはその場に崩れそうになった。慌てて絃弥が支える。蒼白な顔、血の気の失せた唇――そこに当てられた手は、カタカタ震えている。
ヒナタが危険を承知で一人離れたのは、一つには当麻が明倫館にいたからだ。自分に何があっても守ってくれる――そう考えていた前提条件が、全て崩れた。身体の力が抜け、足元が急に覚束なくなった。
ミシェルが屈み込み、その手を取った。
「当麻君には仲間がついてるから、心配ないよ。それより――これから、どうするの?」
「か、甲斐家へ……奥方様とちゃんと話をしなければ……」
「うん、分かった。私たちも行くよ」
「と言っても、ちょっとメンバー多すぎないか? 少し間引いた方がいいぜ」
ヒロユキが言うと、真言が「バトラーグローブ」を嵌めた手で、「ナラカの蜘蛛糸」を弾きながら言った。
「その必要はないようですよ」
「ああ、そうだな」
と絃弥も頷き、マクスウェルは「曙光銃エルドリッジ」を抜いた。
「この店は我が片付けたばかりだ。外でやれ」
ブルーズが鼻を鳴らして言った。
「皆さん……!」
「二手に別れよう」
天音は戸に手をかけた。
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