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リアクション
四
刀を手に九十九 雷火が歩いていると、そこに田中某と名乗る武芸者がいた。廊下の柱に寄りかかり、徳利を口に当てている。使い捨てとして雇ったはずだが駒にすらならず、昨日は女とずっと飲んでいたらしい。
ギリ、と雷火は歯噛みした。
「役立たずめ」
ぼそりと呟くと、田中某は徳利を持ち上げ、「なら、貰った金の分だけ仕事するか」と言った。
雷火は足を止めた。食いついたな、と【田中太郎】こと武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)は、にやりとする。
「些か派手にやりすぎたと思うぜ、俺は」
「余計なことは口にするな」
「まあ、聞けって。どう考えても、このままじゃ葦原藩どころか、幕府にまで話が飛び火しかねないぞ」
「……根回しならしてある」
「葦原藩に、だろ? 幕府には関係ないだろ?」
「だからこそ、早急に解決したいところだがな」
言外に働け、と雷火は言っている。
「もし幕府が知ったら、そうだな、葦原藩に無理難題言いつけるだろうな。責任取って、甲斐家と諏訪家はお取り潰しと」
じろり、と雷火は睨めつける。牙竜は無視した。
「ここまで来たら、下手に隠すよりど派手に騒ぎ立てる方がいいぜ。そうすりゃ、幕府も手出しできなくなる」
「どういう意味だ?」
「ちょいちょいとお涙頂戴の物語でも仕立てるのさ。民衆が号泣するようなな。つまり、世論を味方につけるんだ。幕府も下手なことは出来まい?」
ふむ、と雷火は寸の間考え込んだ。
「……面白いな」
「だろう? だが、こいつを片付けるには最低限の犠牲が必要になるかもしれないぜ?」
「そこまでお前が考える必要はない」
踵を返す雷火に、肩を竦めて牙竜は尋ねた。
「お出かけか?」
「ドジを踏んだ諏訪の奴らを迎えに行く」
その諏訪の侍たちが、牙竜の【根回し】で今も囚われたままだということを、無論、雷火は知らない。
ちょうど同じ時間帯、呉服問屋【久我内屋】の久我内 椋(くがうち・りょう)は、那美江の前で反物を広げて見せていた。地球から取り寄せた、京友禅である。
「これはよいのう……」
ほう、と那美江が息をついた。うっとりとした吐息だ。
「で、ございましょう? この気品感じさせる黒を基調に、実に大胆に冴えた色彩が目を引きます。艶やかな赤、くちなし、朱鷺羽に蘇芳香……」
「朱鷺――」
椋はハッと息を飲んだ。素早くその反物を畳むと、次を出す。
「こちらはいかがでございます? 地色としては珍しい洒落柿色を基調にしております。溢れんばかりの色彩で、橘に菊花と雪持ち笹竹……」
「それを貰おう。前のもな」
「よろしいので?」
「気に入った。仕立ても任せる」
「ありがとうございます」
「――さて」
反物を片付ける椋に向かって、那美江は僅かに開いていた扇子を、ぱちりと閉じた。大きな音だった。笑みを浮かべながらも苛立っているのが分かる。
「小僧はどうなっておる?」
「現在、探索中と聞いております。九十九様も無論、ご家中の方々も……」
「時がかかるの」
「あちらに味方する者も多うございますから」
「忌々しい!」
那美江は扇子で掌を強く打った。
侍が一人、部屋の外にそっと現れた。「殿への面会を望んでいる者がおります」
「殿はご病気じゃ。これへ通せ」
現れたのは、赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)と凪 優喜(なぎ・ゆうき)だ。
「失礼」
椋は霜月と優喜の背後に回り、二人の武器をさっと奪った。
「ナニヲスル!」
優喜が振り返って、椋を睨む。
「奥方様の御前です。武器をお渡しするのが、筋じゃありませんか?」
「なるほど」
霜月は頷き、「妖刀村雨丸」や「海神の刀」、それに「狐月」を椋に手渡した。
「ソウゲツ!」
優喜の責めるような口調に、霜月はゆっくりとかぶりを振った。
「まずは話をするのが先決だから」
優喜は渋々、己の武器も椋に渡した。
「殿に何の用じゃ?」
「むしろ奥方様にお伺いしたい」
「申してみよ」
「なぜ、当麻くんを殺したいのです?」
そのものズバリの質問に、椋は内心声を上げそうになった。那美江は切れ長の瞳を更に細くし、すうっと霜月の顔を見つめた。
「見た目より、肝の据わった男よな」
「単に冷静なだけです」
「その度胸に免じて教えてやろう。わらわは、殿を深く深く、心よりお慕い申し上げておる」
「はい」
「その殿が他の女子に心奪われるなど、あってはならぬ。この短刀と」
那美江は帯に挟んだ短刀にそっと手を触れた。それはヒナタから奪った、当麻の守り刀だ。霜月は一膳飯屋の騒ぎに巻き込まれた後、その場にいた同じ蒼空学園の桜庭 忍から大体のあらましを聞いていた。故に、守り刀の情報までは得ていなかった。
「――その子さえおらねば、なかったことに出来る」
霜月は唖然とした。たったそれだけのために、この事態を引き起こしたという事実に。
「そんな……これ以上騒ぎが拡大すれば、甲斐・諏訪両家共にお取り潰しになるかもしれないんだぞ!」
「おお、案じてくれるのか。それは嬉しい。だがな、その必要はないぞ。うまくいく。必ずうまくいく」
根拠があって言うのか、それともただそう信じているのか、那美江は自信たっぷりだった。
「ダメダヨ、ソウゲツ」
優喜がぼそりと言った。
「ああ、そうだな……」
「ナラ、ヤッテモイイネ?」
言うが早いか、優喜は那美江に襲い掛かった。武器はないので素手だ。那美江相手なら十分なはずだった。
だが襖が開き、するすると二人の人物が現れ、その攻撃を塞いだ。椋の「武官」だ。戦闘経験を持つ従者である。
「武官」二人に塞がれ、更に反撃を食らう。【歴戦の防衛術】や【スウェー】でかわしながら、霜月と優喜は庭へ飛び出した。すると一匹の犬が塀を飛び越えてきた。
「槲!!」
霜月のペットだ。外で待たせていたのだが、腹を空かして主人を迎えに来たらしい。
「ニゲルヨ!」
「武官」二人にワンワン吠える槲を置いて、優喜は塀に飛び上がった。霜月も後に続き、最後に「槲!」と呼ぶと、マイペースな犬は忠犬よろしく主人を追った。おそらく、餌をくれると思ったに違いない。
「あの塀は、もっと高くせねばならぬの。昨日も乗り越えてきた輩がおる」
「いい店を紹介いたしましょう」
「久我内屋、なかなかやるの」
「恐れ入ります」
椋は悪意のない笑みを浮かべ、頭を下げた。
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