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黎明なる神の都(第1回/全3回)

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黎明なる神の都(第1回/全3回)

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 第6章 ルーナサズ

「馬鹿って高いところに居たがるわよね……」
 暴君というからには、城があるだろう。
 ならば城に潜入して探りを入れてやろう、と伏見 明子(ふしみ・めいこ)は思ったわけだが、果たして城はあった、あったのだが、その場所を確認して、思わずそう呟きを漏らした。
 テウタテスの城は、断崖絶壁の上にあったのだ。
「地球にある、天空の遺跡とやらを思い出すわ……あそこまで高くはないけど」
 しかも鋭意建築中ときている。
「……ほんっと、気に入らない!」
 ヒソヒソと、声を立てることを怯えるように密やかに囁かれる、テウタテスへの怨嗟の声。
 気配を消し、身を隠してルーナサズを探ってみれば、それは嫌でも耳に届いた。
「私ゃ、暴君とか個人的に大嫌いなのよね」
 城の内部に潜入できるだろうか、と見上げて思う。
 とりあえずやってみるか、とすぐに決断した。

「それにしても……圧巻ね、あの卵」
 城が建設中の断崖には、巨大な卵型の岩がある。
 ここから見ると、上下の崖にサンドイッチ上に挟まれた状態だ。

 断崖の上へ至る長い階段も、夜の間は無人だ。
 夜の闇に紛れ、明子は強引に小型飛空艇で駆け上がる。
 だが、流石に城の周囲は無人ではなかった。
 小型飛空艇は無音ではない。明子は、飛空艇を止める前に、警備の騎士に気付かれた。
「侵入者か!?」
「ちっ、しまったわ!」
 駆け寄ってくる騎士達に、一瞬戦おうかと迷ったが、ここは逃げだと判断した。
 飛空艇で一気に断崖を飛び下りる。

「……ここは、イルヴリーヒって人と合流した方がよさそうね」
 振り返って追っ手の無いことを確認しつつ、一人で調べるより、その方が合理的なようだ、と明子は思った。


 タルテュの手引きで密かにルーナサズ入りした呼雪達はそれを免れたが、旅人を装って正面からルーナサズへ入ったセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)らは、街壁を入る際に、街門で法外な通行税を取られた。
「……ビタ一文まからんかったわ」
 あまりに法外だったのを抜きにしても、泰輔は勿論税を値切ろうとしたのだが、役人はまるで泰輔の言葉が聞こえていないかのように、顔色ひとつ変えずに全額を要求した。
「確かに酷い額でしたが……税を値切ろうとする人って初めて見ましたよ」
 パートナーの英霊、フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)が困ったように笑う。
「ちなみに、出る時は更に三倍の税が必要になるらしいぞ」
 にやにや笑う讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)の言葉に
「何やて!」
と泰輔は悲鳴を上げた。
「そしたら、もう一生ここにおるようやんけ!」
「そうならないよう、努力しなくてはなりませんね」
 剣の花嫁のレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)が苦笑する。
「さて……それでは、酒場にでも行きましょうか?
 ちょうど日も沈みかけて来ましたし、酒が入れば、余所者に対しても、人の口も軽くなるでしょう」
 十年前、一体何があったのか。
 酒場の看板を探して、フランツが周囲を見渡した。


「物価が高いわねえ」
 都市、と言われる程度の規模の街ではある。
 街並みから外れて奥に、そそり立つ断崖があり、その断崖には、巨大な卵が埋め込まれているのが見えた。
 高い通行税を払ったのだからと、二人は堂々と街を歩かせて貰う。
 セレンフィリティは、昼日中の街中を、露出も激しい格好で、旅人を装いつつブラブラしながら、あちこちの店先の値札を半ば呆れたように見た。
 通行税の高さから判断しても、仕方の無い額なのかもしれないが。
 パートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)もまた、セレンフィリティほどではないにしろ、似たような格好で共に歩く。
 狙ったことだが、恐ろしいほどの注目の的だ。
「一応釘を刺しておくけど、こんな状態で騒ぎなんて起こさないでね」
 目立つほどではないが、街のあちこちに、衛兵と思しき者の姿もある。
「解ってるわよ」
 セレンフィリティはぷいとそっぽを向く。
「それにしても、元気の無い街ね」
「疲れ果ててるという感じがするわ」
「ええ」
 これでは、もしイルヴリーヒがテウタテスを討つ為に蜂起したとして、それに従う民は少ないのではないだろうか。
「手勢が少ない、って言ってたのは、こういうことかもね」
 恐らく、イルヴリーヒもこの状況を解っていて、最初から期待をしていないのだろう。
「イルヴリーヒの作戦次第では、決行を遅らせた方がいい、ってアドバイスすべきかも。
 急いてはことを仕損じる、ってね」
 十年待ったのだ。もう少し待った方が、事態は良い方向に進むかもしれない。
 だが失敗したら、次は100年待たなくてはならないかもしれないのだ。
「会えればいいけど」
 軽く溜め息を吐くセレアナを、セレンフィリティが不思議そうに見る。
「だって私達目立ちすぎよ。
 イルヴリーヒは恐らく身を隠して密かに潜んでいるだろうし」
 それが、自分達が彼等に会うことによって、テウタテス側に居場所が知れてしまうかもしれない。
「……どうしようか」
 セレンフィリティは困り、とりあえず宿を取ろうとして、その値段に目眩を覚えたのだった。


 ルーナサズの都市の中に埋もれた、何の変哲もない、普通の家屋。
 朝霧に紛れてタルテュが帰還を果たしたその家の中には、数人の騎士達の中で一際目立つ、波打つ金髪と碧眼の青年が待っていた。
 後で聞けば、歳は23だという。兄イルダーナの2つ下だ。
 しかし成程、数人の騎士の中でも一人異彩を放っている。
 人の上に立つ者のオーラというものだろうか。
「タルテュ! 無事だったか」
「申し訳ありません、イルヴリーヒ様。
 不甲斐ないことに、使命を果たすことができず……」
「仕方がない。機会はまだある。先に奴を討ってからでも」
「いえ、ですが、事情を聞いて下さったシャンバラの方が、捜索を引き継いで下さっているのです。
 こちらの方々は、私を護って、ここまで一緒に来てくれました」
 タルテュの言葉に、イルヴリーヒは呼雪達を見た。
 フードの下から現れたファルの姿を見て、少し驚く。
「貴方方は……」
「我々は、微力ながら貴方に力を貸したいと思って来た。
 詳細を聞かせて頂けないか」
 呼雪が言うと、イルヴリーヒはタルテュを見てからもう一度呼雪を見、微笑んだ。
「まずはタルテュを助けてくれたことに礼を言います。
 ありがとう。とても心強い」


 イルヴリーヒに力を貸したいと申し出た者は他にも居た。
 独自にルーナサズに侵入した、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)もその一人である。
「腹の探り合いはしたくないから率直に言うが、俺は実のところ、ここでの協力を足がかりにして、戦争が集結した後の、エリュシオン本国への友好への足がかりにしたいと思っている。
 利用されると思われるかもしれないが」
 打算的かも自己満足かもしれないが、本心を隠したままでいるよりはいい。
 イルヴリーヒの居場所を探り当て、自己紹介の後でそう言ったエヴァルトに、彼は苦笑した。
「シャンバラも今は大変な時にあると聞きます。
 大事な時にここまで来てくれたことに感謝します。
 大帝も、平和の為に尽力されていらっしゃることと思うが、ここでのことで、何か良い方向に進むことがあるのなら、活用していただきたいし、我々もできる限りのことはしましょう」
 エヴァルトは、何か探りたいことがあればと申し出たが、それは特に無いと言われ、逆に知りたいことがあるなら答えますと言われた。
 とりあえず、疑問点を探すべく、ルーナサズを探ることにして、情報を仕入れることにした。

「――あんたに会いたいって言っている人物が複数いる。
 皆シャンバラの者達だが……昼間散々街で目立っていたから、危険が無いとも限らない」
「ここまで来てくれたのです。
 会いましょう。是非」
 夜半過ぎ。
 帰って来たエヴァルトの言葉に、イルヴリーヒは少し微笑んで、そう答えた。



「酒場が無かったよ」
 肩を竦めたフランツに、イルヴリーヒは申し訳無さそうに苦笑した。
「飲酒は禁止されているのです」
「現領主様とやらに謁見を願い出てもみたんやけど、門前払いやったわ。
 この街の役人、皆冷たいで」
 泰輔が深々と溜め息を吐く。
「この街の役人や騎士は、テウタテスによって選び抜かれた精鋭です。
 ちょっとやそっとのことで人情が戻ったりはしません」
 忌々しげにそう言ったのは、タルテュだった。

「テウタテスとは、どのような人物なのですか?」
 レイチェルが、静かにイルヴリーヒを見て、訊ねる。
「民の為にならない男ですか、彼は?」

 イルヴリーヒは、じっとレイチェルの顔を見つめた後、寂しげに笑った。
「……民は疲弊しています」
 ですが、と、彼は目を伏せる。
「……ただ私は、私の幸せを奪ったあの男を許せないのです。
 父を殺し、兄を追い詰め、そうして今、民までも苦しめているあの男を。
 ――確かに、ただの、私の我侭に、皆を巻き込んでいるのかもしれませんが」
「そんなことはありません!」
 タルテュが叫んだ。
「少なくとも我々は、マナウィザン様に従い、イルヴリーヒ様に従ってここにいるのです。
 ルーナサズは、テウタテスのものでは、決して……!」
「……落ち着け、タルテュ」
 イルヴリーヒはタルテュを宥める。
「彼等は、何も知らないのです」
「だからこうして訊ねているのだ。
 我々は、協力してくれるという彼等に、何も隠してはならない」
 毅然と言い放ったイルヴリーヒに、タルテュは項垂れる。
「……はい」
「お前の気持ちは嬉しく思う。よく仕えてくれて感謝する、タルテュ」
 続く言葉に、タルテュは益々項垂れた。


「ところで、あの巨大な卵は何なの? 直径1キロ以上はあるんじゃない?
 ちなみに断崖の上には城があったけど」
「……解り易いでしょう」
 明子の問いに、イルヴリーヒは苦笑した。
「城の護衛の中には、龍騎士並の実力を持った者もいたようだが」
 エヴァルトもまた、同じところを探っていたのだろう。そう言葉を継ぐ。
「あれは、龍の卵です。
 五千年前から、孵化の時を待っている」
「五千年前!?」
 龍の卵、という言葉に反応したのは、ドラゴニュートのファルである。

「あれが孵化した時、生まれる龍は既に成体であり、その性質が善であるならば、世界の全ての悪を滅ぼし、悪であるならば、世界の全てを滅ぼす、という伝説があります。
 あの卵を中心として、この都市は生まれたのです」
 そして、その卵の上に城を建てることで、テウタテスは自分の力を象徴しようとしたのだ。
 断崖の上の城は、テウタテスがこの都の政権を握った十年前から建造が始まり、現在も建築中なのだという。
「居住には問題ないはずですが……テウタテスの望む通りに完成するまでには、まだあと十年以上必要でしょうね」
「地球にもあったな、何十年も建設途中な寺……」
「で、それに民が労働を強いられてる、ってわけね」
 確かに解り易いわ、と明子は溜め息を吐きつつ肩を竦める。
「給料はナンボなん?」
 これだけ物価の高い都市だ、気になる。泰輔が問うと、イルヴリーヒは首を横に振った。
「あの労役に対する賃金はありません。納税の一部とされているのです」
「はあ?」
「誰も文句を言わないのか」
 エヴァルトが訊ねる。
「治水工事も含まれている、と、民は言われているのです。
 この都市は水の便が悪く、あの工事が終わればそれが解消されるのだと、テウタテスは説いてます。
 ……信じている民は、あまりいませんが」
 水の便が悪いのは、立地が悪いからである。
 既に民は疲れ果てていて、辛い旅を耐え抜いて他の都市まで逃げ出せる力は無いのだろう。

「この街は、どうやって生きておるのだ?」
 彼等の会話を黙って聞いていた顕仁が、不思議そうに問う。
「龍の卵です」
 イルヴリーヒは答えた。
「労役の半分は、あの龍の卵を削り出すことです。
 ルーナサズは昔から、それを産業としてきました。
 龍鉱石、と呼ばれ、銀や鉄の精製の際に混ぜて武器などを作れば、より強度の高いものが鍛えられ、造り手によっては強力な魔法剣などに仕上がることもあります。
 ルーナサズでは、龍鉱石を産出するだけで、加工は他の都市が担っていますが」
 生まれる前から、かの龍は民に恩恵を与えている。
 五千年の昔から、ルーナサズではあの卵を崇め、その恩恵にあやかって生きてきたのだ。



 謁見を願うのではなく、彼と同じ思想の下、テウタテスの護衛の一人としてつき従いたいのだと申し出れば、長い時間を待たされた後、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)とパートナーのヴァルキリー、シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)はようやくテウタテスに目通りが叶った。
 建設中の城の中、そこは教会で言う礼拝堂のように見えた。
 中央、一番奥に、不思議な色合いの、大きな球体がある。
 静謐な空気を感じる。何かの存在感を感じた。

「シャンバラの契約者だそうだな」
 ピンと澄んだ空気が、割れたような気がした。
 現れたのは、三人の騎士に護られた、痩せた、神経質そうな顔の男だった。
 歳は50代半ば程だろうか。
「何が目的だ?」
「目的なんて……。そうね、強いて言えば、歌姫として、少しでも神に近いところに居たい。
 そんなところかしら?」
「わざわざルーナサズに来る理由には足らんな」
 リカイン達を見るテウタテスの目から不審げな色は薄れない。
「確かに、実は神ならどれでも良かったけれど。
 ちょうど、シャンバラに来たルーナサズの人に、ここのことを聞いたのよ」
 それがきっかけ、と言うと、テウタテスは、ぴくりと眉を寄せた。
「それは誰のことだ」
「名前までは知らないわよ。旅人だったわよ?」
「…………そうか」
 じろりと二人をねめつけた後、テウタテスは決めたようだ。
「監視を二人ずつつける。お前達を信用するかどうかは、今後の働きで決める」
「ありがとう。期待に応えるわ」
 微笑むリカインの隣りでシルフィスティは、見事な演技力だこと、と内心舌を巻いていた。


「リカ姉ちゃん、大丈夫かな〜」
「ま、ちょっとやそっとのことじゃあのバカ女の息の根は止まらねえだろうさ」
 イルヴリーヒの隠れ家に残された、吸血鬼の童子 華花(どうじ・はな)と剣の花嫁のアストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)は、しみじみと語り合う。

「これ以上シャンバラとエリュシオンに軋轢が生じない方法を探ってみるわ。
 とりあえず本気でテウタテス側についてくるから、アストライトは私がトチ狂ったって報告しといてね。
 ハナのこと、頼んだわよ」

と言うなりリカインは、二人を置いて行ってしまったのだった。
「ちょ、待て、正気の沙汰じゃねえぞオイ!」
と、アストライトが止める暇もなかった。
 というわけで現状、二人は留守番である。

 初対面で華花はイルヴリーヒに
「初めまして、だぞ、イル兄! オラと友達になってくれるか?」
と挨拶(?)をして、
「無礼な……!」
とタルテュを怒らせていたが、「構わない」と苦笑してイルヴリーヒはそれを止めた。
「どうやらシャンバラの人には、私の名前は発音しにくいようだしな。
 ただ、兄上の名も、上にイルとつくから、イルヴと呼んでくれたらいい」
と。
 それも呼びにくい、と、華花の呼び名はイル兄から変わることはなかったが。