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黎明なる神の都(第1回/全3回)

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黎明なる神の都(第1回/全3回)

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 第2章 ネヴァン

「ダメだあ。ここで足が止まっちゃう」
 途方にくれたように、クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)は言った。
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)のパートナーである彼の種族は、魔女である。
 結界を解いて欲しい、という話を聞きつけ、それが魔女を拒むものであると聞いて、実際どうなのかと、実地調査に訪れたのだ。
「結界と勝負だ!」
と、虚空をびしっと指差しつつ、ファリアスの郷土料理を楽しみに燃えていたクマラは、タラヌスからファリアスへ渡る定期便の飛空艇乗り場付近で、どうしても足が進まなくなってしまうのだった。
「まんまと敗北、というやつですか」
「ううう〜!」
 吸血鬼であるメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が言って、クマラは悔しそうに唸った。
「どんな気分なんだ? 体が重くなるのか?」
 エースが訊ねるが、クマラは困ったように首を横に振る。
「うーん、よくわかんないんだけど……うまく言えないんだけど……この先に何もない感じ」
「無理矢理担いで行くのは無理でしょうか?」
 メシエがそう言って、クマラを抱え上げる。そして眉を顰めた。
「……足が動きませんね」
 なるほど、と呟く。
「どんな感じだ?」
「クマラは言い得て妙だと思いますよ。無意識に避ける感じ……でしょうか」
 ここまで来て、この先に何かがあると知っているからそうと解るが、そうでなければ、そもそも近寄ろうとすら思わないだろう。
「うーん、それじゃ、クマラは無理か……」
 エースは腕を組んで考えこんだ。
「ルカルカ達はもう向こうにいるんだっけ?
 クマラのHC貸しておけば良かったな」
 シャンバラの果ての位置にあるこの町には、まだ電波塔も無く、携帯電話が繋がらないのだ。
 そもそも契約者自体、あまり訪れることはないらしく、契約者のことを知識として知っていても、彼等は町の者達に珍しがられていた。
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)達は既にファリアスに渡っていて、すぐには連絡できない。
「……置いて行くしかありませんね」
 メシエがエースの言葉を引き継いで言った。
「ええっ酷っ!」
 クマラは抗議する。
「ま、仕方ないよね」
 しかしあっさりとエースもそれに頷いた。
「酷ッ! オイラ要らない子!?」
「郷土料理はタラヌスのをどうぞ。留守番よろしくお願いしますね」
「何かあったら連絡しろよ」
 淡々とメシエとエースはクマラに言って、じゃあ行ってくる、と、飛空艇乗り場へ歩いて行く。
「はくじょーものー!」
 その背中を追うこともできず、クマラは二人を見送りながら叫んだ。



 ファリアスの結界を解いて欲しい、と言った少女は、探せばすぐに見付けることができた。
 比較的小柄な少女には不似合いなほどの、特徴的な長い木の杖を持っている少女は、船着場付近で、浮き島のある方向をじっと見ていた。
 島はこの町からでは、小さな点ほどにしか見えない。

「あなたが、噂の人ですか?」
 声を掛けられて、少女は振り向いた。
 長い巻毛を頭上で束ねた少女は、十代半ばほどに見えたが、もっと大人びているようにも感じる。
「誰?」
「あ、私、ソアと言います。
 イルミンスールから来たんですけど……あなたの、噂を聞いて。
 お名前、訊いてもいいですか?」
「……ネヴァン」
 少女は体をソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)に向けながら答える。
「結界の噂を聞いたんです。魔女だけを拒絶する結界、って」
「……ええ、そうなの。あなたに、何とかできる?」
 もしできれば、お礼は弾むのだけど。
 ネヴァンと名乗った少女は、ソアに一歩近付いて、そう言う。
「まずは調べてみないことには、今は何とも言えませんが……。
 何故、あの島に行きたいのですか?」
「あそこには」
 ネヴァンはソアに歩み寄りながら、ゆっくりと言った。
「……?」
 ソアは微妙な違和感を感じる。
 感じたような気がしたが、すぐに気にならなくなった。
「あたしの、大事なものがあるの」
「……大事な、もの……」
「そう、とてもとても、大事なもの」
 だから、結界を壊して、くれるでしょう……?

「ご主人!」

 突然割って入った声に、ソアははっとした。
 ネヴァンはぴくりと一瞬、表情を強張らせる。
「……ベア?」
「遅れて悪かったな。買い物に手間取っちまったぜ。
 ん? どうした、ボーッとして。
 んん? そいつ誰だ?」
 タラヌスの市場を見て回っていた、ソアのパートナー、ゆる族の雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)は、ネヴァンに気付いて訊ねる。
「え、えーと、ぼーっとしてました、私……」
 あれ? と首を傾げてから
「あ、こちらの人は、ネヴァンさんだそうです。
 ネヴァンさん、こちらは、私のパートナーの、ベア」
と、二人を紹介する。
「パートナー……」
 契約者に馴染みがないようで、ネヴァンは首を傾げたが、ベアににこりと微笑んだ。


 魔女だけを拒絶する結界なんて、珍しいね! とカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)はその話を聞いて興味を示し、パートナーの機晶姫、ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)は、いかにもカレンが喜びそうな依頼だな、と心の中で呟いた。
 探索に夢中になれば、カレンの注意力は一点集中となるので、護衛としてジュレールもついていくことにする。
「で、結界を解いて欲しいってことは、当然君は、魔女よね?」
 カレンに問われて、ネヴァンは頷いた。
「その結界って昔からあったものなの? それとも、最近張られたもの?」
「……昔、というのは、どれだけ前からのことを言うのかしら?」
 最近なのかしら? とネヴァンは呟く。彼女もそれは知らないようだ。
「あたしは、最近ようやく、ここを見付けたから……。
 ずっと、結界に遮られて、ここに気付かなかった……」
 ネヴァンは悔しそうに言った。
「それじゃ、結界の場所とか、それを解除する方法なんかも、解らないんだね」
 確認して溜め息を吐く。
「結局は、現地で調べてみるしかないようだな」
 ジュレールの言葉に、そうみたいだね、とカレンも言った。
「んー、てことは、結界を仕掛けた誰かについては、知らないの?
 その誰かって、要するにファリアスに魔女を近づけたくない意図があるんでしょ」
「……さあ……知らないわ。あたしには」
 ネヴァンは、薄く目を伏せた。


「結界かー。
 ファリアスの結界なら、ファリアスで一番偉い人のトコ調べれば早いんじゃね?」
 タラヌスの町を見て回る。
 鉱山の島ファリアスとの交易を主としたタラヌスでは、市に並ぶものも、宝石などが多い。
 それらが半分で、もう半分は、逆にファリアスへ売り込むことを目的とした交易品か。
 ファリアスではあまり食物が採れないのか、肉や魚介類、果物などの食料品が多かった。
 日比谷 皐月(ひびや・さつき)が、ファリアスの結界のことを聞き付け、気になる、と言った時、パートナーの剣の花嫁、如月 夜空(きさらぎ・よぞら)
「また皐月のお人よしが始まった」
と笑った。それでも、
「悪いことじゃないけどさ。ま、仕方ないか」
と言いつつ、付き合ってやることにする。毎度のことである。
 そして、夜空は冒頭の提案をした。
「何か、盗賊に入られたって話聞くしさ。タイミング的に怪しいじゃん」
「特に良いことでもありませんよ」
 そうばっさり言ったのは、守護天使の雨宮 七日(あめみや・なのか)である。
「私は皐月のようにお人よしではありませんので、働いた分はきっちり頂きます。
 ……無論、相応の結果も出すつもりですが」
「報酬は弾む、って言ってたらしいから、金は沢山持ってんだろ」
 皐月は苦笑する。
「それならいいですが。
 ところで夜空の提案は確証に欠けます。
 予測で行動するより、まずは結界自体を調べるべきかと思いますが」
「んー……それもだが、件の少女とやらにも話を聞きたいんだが」
 皐月は言った。まず詳細を確認しないことにはと思うのだ。
 「何だよ。だったら手分けすりゃいいじゃん」
 ぶちぶちと夜空が文句を言う。
 少女を探して町を歩いていた三人はやがて、ソア達に少し遅れて、船着場付近の少女を見付けた。
「よう、あんたが結界解除の依頼人か?
 護衛を雇う気はねえか? つっても料金を貰う気はねーけどな」
 顔を向けた少女に、皐月は自己紹介をして名前を訊く。
「――ところで、趣味なんかはあるのか?」
 色々と、結界のことを訊ねる会話の中で、ふと皐月が訊ねてみると、ネヴァンは首を傾げた後で微笑んだ。
「いいえ、特には」


「その結界は、どこで魔女とそれ以外を区別しているのでしょうね」
 ネヴァンと行動を共にしながら、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)は結界を解く方法を考えた。
 最も、少女は船着場付近から動こうとしなかったので、ザカコもその隣りで小さく見える浮き島を見やる。
 ネヴァンは、そこから先には行けない。足が竦んでしまうのだ。
 結界に興味もあり、先にファリアスに行って調べることも考えたのだが。

 何を以って魔女を判別しているのだろう。例えば魔力。
「……単純に魔力だけで判別されるなら、高い魔力を持った契約者は全員アウトですよね」
 これまでに、多くの契約者達がファリアスに渡っているから、その線はないだろう。
 例えば魔力を抑えるだけで結界を抜けられるなら、方法もありそうな気もするが。
「……不老不死の呪いを感知している、とか……?」
 よく解らない。やはり結界の方を解除する方が早いだろうか。


 ふと、船着場から、一人の少年が出てくるのを目にした。
 ここに立っていたザカコは、彼に見覚えがあった。
 この少年は先程、船に乗り込もうとしていたのではなかったか。
 ファリアスから船が着いたわけでもないし、今出てくるのは不自然だ。
「どうしました?」
 振り返った少年を見て、ふと何かに気づく。
 黒髪に、金の瞳。
 その特徴を、どこかで聞いたような、聞かなかったような……。
「船に乗れないんだ」
 7、8歳ほどの少年は、しょぼんとして言った。
「それはまた、どうしてです? 君は、魔女じゃないでしょう?」
「まじょ? 違うけど……船代が、高くて。
 あの島にはお父さんがいるはずだから、会いに行きたかったのに……」
 お父さんの居場所も解らないし、どうしたらいいのか解らない。
 と、少年はそう言ってうなだれた。