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黎明なる神の都(第1回/全3回)

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黎明なる神の都(第1回/全3回)

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 第3章 ファリアス

 とにかく現地で結界を調べてみる。
 そう考えた葉月 ショウ(はづき・しょう)は、タラヌスから浮き島ファリアスへ渡り、結界を調べることにした。
 何も解らないうちから、安易に解除することには賛成しないが、誰が何の為に施した結界なのかは興味がある。

 ファリアスは、鉱山のふもとに存在する町だった。
 島に平地が少ない上、少ない平地の殆どは、町となっているので、つまり農作地が全く無いのだ。
 成程、これでは食料は輸入に頼らざるを得ないだろう。
 町の市場では宝石やその原石が、バナナの叩き売りのように並べられている。
「お兄さん、うちの機晶石どう? ファリアス産のは普通のヤツの三倍長持ちするよ!
 ヒラニプラでも高値で取引されてる。ウチなら、市場価格のニ割引!」
 威勢のいい声に呼び止められ
「いや、俺は」
と断って歩き出す。そんな町のどこにも、魔女の姿は見られなかった。
「魔女だけを拒む結界、か」
 魔女ではないからか、島にいても結界らしきものを体感することはできない。
「……さて、どこをどう調べるべきか……」
 ショウはちらりと鉱山地帯を見やった。

 草薙 武尊(くさなぎ・たける)は、町の中を聞き込みしてみたが、誰もファリアスの結界について知らなかった。
「結界? そんなものがあったのか?」
 町の人の反応はそんな感じで、しかも信じていない。
「……それはそうかもしれぬが」
 武尊自身、結界を感じられないのだ。
 もしもシャンバラ人としてここに住んでいて、結界があると言われても、素直にそうかと聞けるかと言われれば疑問だ。
「……しかし、実際この町に魔女はいないのであろう?」
「魔女? ああ……まあ、ファリアスでは見ないな。
 ここは魔女向きの町じゃねえしな」
 町の男は軽く肩を竦めて笑う。
 鉱山の町は、屈強な男で溢れている。外見的な話ではないが、町の女もどこか逞しい印象を受ける。
 必要なのは力で、魔法ではない。
 いや、魔法も利用されてはいるだろうが、確かに、華奢で、外見は幼い子供である魔女が好んで訪れる町では無いだろう。
 つまり、元々魔女がいなかった為に、結界があることに気付かれることはなかったのだ。
 勿論、結界がある為に近付かなかったという例もあったには違いないが。


 ルカルカ・ルーとパートナーの剣の花嫁、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、結界について何か知っていることはないかと、ファリアスの領主のもとを訪れた。
 領主は、ルカルカ達が屋敷の護衛の為に来たのではないのだと知ると、微妙に態度を変えたが、あからさまに邪険にはしなかった。
「ファリアスに張られている、結界の調査を許可して欲しいの」
 ぴく、と領主の背後に控える執事が微かに反応した。
「結界?」
 やや背が低く、やや腹部の張りの目立つ中年の領主アヴカンは、不思議そうに訊き返す。
「何だ、それは?」
「知らないの?」
 ルカルカは拍子抜けしたように声を上げた。
「知らんな」
「ならば勝手に調べても構わないな?」
 ダリルが訊ねると、
「……まあ、構わんが……。鉱山に被害を出さないようにしてくれよ」
 領主は流石に、契約者というものを知っているようで、気味の悪そうな目でルカルカ達を見ている。
 無論、あからさまではないが。
「そんな化け物を見るような目で見ないでくれる?」
と、ルカルカは言ってやろうかと思ったが、ダリルに肘で突つかれて思いとどまった。
「この屋敷には文献などは無いか?」
 気を逸らすようにダリルが言う。
「文献? 歴史書みたいなものか?
 あるにはあるが、昔からひたすら山を掘っていただけの町だからな。
 いつ何の鉱脈が見つかった、という記録くらいしかないぞ?」
 はあ、とルカルカは溜め息を吐く。どうやら無駄足だったようだ。

「何だかいけ好かないヤツだったわ!」
 領主の屋敷を出て、ルカルカはぷんすかと文句を言う。
「まあ、全く無駄だったというわけでもないだろう。ここには何も無いのだと解ったわけだから」
と、ダリルはルカルカを慰めた。
「……そぉね」
 うん、とルカルカも頷く。
「町に何もなかったら……あとは、あそこね」
 二人は、島の殆どを占める鉱山を見やった。


「やれやれ、俺はただのエンジニアなんだがな」
 ダリオ・ギボンズ(だりお・ぎぼんず)が、結界についてファリアスを調査しつつ、そうぼやいた。
 彼等はタラヌスで、どうやら冒険者と間違えたらしいネヴァンに、結界の解除を依頼されたのだ。
「報酬がいいならとホイホイここまで来ておいて、今更何を文句を言っておるのだ」
 パートナーの魔道書、エルティ・オリ(えるてぃ・おり)が呆れる。
「てめえも興味津々だったじゃないかよ。ま、小遣い稼ぎとしゃれ込むさ」
 それにしても、とダリオはネヴァンを思い出す。
「……あの嬢ちゃんは一体……。いや、考え過ぎか」
「魔法使いとは、古来より脅威を感じる存在であったからな」
 結界について考えながら、エルティが言った。
「……だが、魔術に対する防御なら、魔女だけを拒絶する理由にはならぬ、か……。
 全く以って、奇妙な話だ。それを解析する為に我々は来たわけだがな」
 何、案ずるな、とエルティは不遜に笑う。
「結界など、私の手にかかればチチョイのチョイだ」
 ハハハと笑ってから、
「だが何か出てきた時はよろしく頼む」
「おいおい」
 ダリオは苦笑して突っ込む。
「まあとにかく、さっさと結界をぶっ壊して、金を受け取って終わりとするか」
 そして2人はいくつも連なる鉱山を見やり、
「どれから行くか」
と肩を竦めた。


「ここは魔女だけ、みたいだけど、例えばシステムみたいなのを書き換えれば、違う種族を拒絶する結界になったりするのかな?」
 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)には、魔女のパートナーがいる。
 魔女を拒絶する結界と聞いて、一緒に来ることができずに地団太踏んで悔しがっていたパートナーを思い出しつつ、そう言うと、パートナーのゆる族、チムチム・リー(ちむちむ・りー)
「チムチムにはよくわからないアル」
と答えた。
「……ま、良いことに使われるならいいけど、悪用されたら困るからね、ちゃんと調べるんだよ」
「チムチムもお手伝いするアルよ」
「……あれ?」
 鉱山の中には大量に人夫がいるが、その外側にはいない。
 そう思われていたが、二人は、そこに佇む二つの人影を見つけた。
 人影も、こちらに気付く。
「……何だ、てめぇは」
 人影は、若い男女。
 20代前半ほどの白髪の女が先に振り返り、20代半ばほどの黒髪の男が、二人を睨み付けて訊ねて来た。
「……人に名前を訊ねる時は、まず自分から名乗るんだよ」
 左目を包帯で隠した青年に、レキは言い返す。
 男はムッと眉を顰めたが、女の方は、無表情に二人を見るだけで無言だった。
「てめえの名前なんざ興味はねえ。ガキはさっさと帰んな」
「ボク達は、島の結界を調べに来たんだよ。キミ、何か知らない?」
「はあ? 結界だ?」
 男は目を丸くし、声を荒げて訊き返す。
「てめえ、何でそれを知ってる!?」
 レキとチムチムは顔を見合わせた。
 この男こそ、誰も結界について知らなかったこの町で、何故それを知っているのか。
「……壊して欲しいと頼まれたアル」
 チムチムの答えに、男の表情はいっそう険しくなった。
「……はっ!」
 吐き捨てるように笑うと、歩き出し、ミアの横を素通りして、下山の道を下りて行く。
 白髪の女もそれに続いた。
「できるもんならやってみな。こっちとしても、都合がいいぜ」
 振り返らず、男はそう言い残した。

 二人が立ち去った後、付近を調べて、レキ達はやがて、そのプレートを見付けた。
 殆ど岩盤のような地面に、銀のプレートが埋め込まれている。
 そこには小さく、文字が刻まれてあった。


 この島では携帯が使えないので、空飛ぶ箒や小型飛空艇などを持っている者はこき使われることとなった。
 高低差さえなければ、外周を一周するのに小型飛空艇やバイクで2時間とかからないだろう小さな島だが、それでも、結界を調査する者同士、連絡を取り合うには不便だ。
「見つかったんだよ」
 箒に乗って近付いてくるルカルカに手を振りながら、レキがそう声を上げると、
「そっちも? こっちもだよ!」
とルカルカが答える。
「北に向かった組と落ち合ったダリルから連絡あって、そっちにもあったって!
 今、西組のトコ向かってる」
「ええ?」
 結界は、ひとつだけではなかったのか。レキとチムチムは驚いた。


 真北と真東と真南と真西。
 結界と思われるプレートはそこで発見された。
「合計4ヶ所か……」
 ダリルが唸る。
「叩いてみたらどうかな」
 手をチョップの形にするレキに、
「旧時代の壊れたテレビじゃないアルよ」
と、チムチムか突っ込みを入れる。
「面倒だな。壊して終わりってわけにはいかねえのか?」
 ダリオの言葉には、ショウやルカルカ達が反対した。
「まずは何の為の結界なのか知らないとなの。
 解らない内は無闇に手を出すべきじゃないの」
「……そういうもんかよ……」
 やれやれとダリオは肩を竦める。
「それだが」
 ダリルが渋い顔をして言った。
「誰か古代文字は読めないのか?」
「ダリルは読めないの?」
「古代文字、ということは解るが」
「ただの古代文字というよりは、魔術の儀式に使う時のような、少し癖のある文字のようですな」
 エルティも言って、ダリルは頷く。
「恐らくあれは、誰かの名前、だと思う」
「じゃあ、写し取って、誰か解る人に読んで貰うしかないね」
 ルカルカの提案に、反対意見は出なかった。