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誰がために百合は咲く 前編

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誰がために百合は咲く 前編

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第3章 フランセットとの対面


 海軍提督──シャンバラ海軍ヴァイシャリー艦隊所属、海軍中将・フランセット・ドゥラクロワ(ふらんせっと・どぅらくろわ)はこの時、船内の一室に設けられた司令部にいた。
 彼女の前には、今日の警備を担当するうちの一部が残って、相談を続けていた。
「生徒担当の警備箇所には現在のところ問題ありません。それからご希望の……ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)及びパートナーステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)ですが、今のところ不審な様子はないそうです」
 百合園生から報告を受けたミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が、フランセットに報告する。
 今日のミルディアは、生徒側の警備の指揮を執っている。
 他校生──国軍である教導団の生徒も多く参加してくれた今回の警備だが、百合園主催のため、生徒の指揮は百合園生が適任だろうと、任されたのだ。
(従妹殿が気にするな、と言ったから監視に留めてはいるが……)
 実は、ウゲンと繋がりがあったブルタは、いつシャンバラの軍に捕まってもおかしくはない状況、らしい。
「そうか」
 フランセットは頷くと、机に広げた見取り図に目を落とした。
 ミルディアのパートナーの和泉 真奈(いずみ・まな)が練った、生徒用の警備プランがそこには記されている。
 生徒が重点的に配置されているのは、外部からの侵入が容易である甲板と、デッキ部分。
 それにフランセットが指揮する海軍は男性が多いため、女生徒にはヤーナラズィーヤ、百合園生のための準備室や化粧室などが割り当てられていた。
 ミルディアはフランセットの端正な横顔を、ちょっとだけ緊張しながら見守る。
 いつもなら生徒会役員や執行部の面々が上司になるところだが、今回警備は海軍に任されているため、その下での指揮となるのだった。
「名がはっきりと記されていないが……?」
「えーっと、それは……」
 ミルディアが真奈を見やると、彼女が代わりに返答する。
「流動的なものですわ。今回は警備兼スタッフの生徒もいますので」
(この見取り図はきっと周囲の方もご覧になるでしょう。その『上』の方々が全員味方とは限りませんものね……)
「そうか。……まぁ、海軍がいるのだ、重大な問題は起きないだろう。私としては、例えば迷子などの──そういったトラブルに対応してくれると嬉しい。来賓やスタッフも、君たちになら話せることもあるだろうからな」
「はい、問題が発生したら、すみやかに、かつ最善の策で対応します!」
 任せてください、というように、ミルディアは胸を叩いた。そして、
「それで、更衣室や化粧室、百合園生の準備室などはこちらが責任者です」
 ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)とその三人のパートナーを示す。
「初めまして、ロザリンド・セリナと申します。パートナーは現場に常駐させ、私は司令部との繋ぎ及び見回りを担当いたします」
 ロザリンドは一礼をしてから、実はフランセットさんからいろいろと学ばせていただきたいのです、と言った。
 彼女は将来、白百合団として、今後も学生として──認定専攻科が必要に応じて設立することが決定されたからだ──上を目指したいと思っていた。
「宜しく頼む」
「初めまして、私はシャンバラ教導団中尉兼龍雷連隊隊長兼西シャンバラロイヤルガードの松平岩造と申します」
 教導団の松平 岩造(まつだいら・がんぞう)が、ぴしっと海軍式の敬礼をする。
「私は旧大日本帝国海軍の家系出身で、私の代々は明治から海軍の軍人として務めて参りました。ですので提督には親しみを感じております。国軍の作戦に、今後も共闘できることを期待しております」
「ヴァイシャリー艦隊は、他の国軍の部隊とは毛色が違う。戸惑うこともあるかもしれないが、会場内の警備を宜しく頼むぞ」
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)のパートナー、ホレーショ・ネルソン(ほれーしょ・ねるそん)もまた海軍式の敬礼をした。
 なお、ローザマリアは現在、水中に潜っての警備任務に就いている。
 海中では、特に不審なことは今日は起こらず、図らずも美しい海の海中散歩を楽しむことになった。
「イギリス海軍提督──の英霊殿か。私は海よりは湖上にいた時間の方が長くてな。そうでなくとも、色々と教わることになるだろう」
 ホレーショは、かのナポレオンすら退けた人物である。
「私は立場上、この選挙に関してコメントをするものではありませんが」
 と、彼は前置きをして。
「生徒会長ともなればその学校を代表する人間です。シャンバラ王国がそうした各学校生徒の契約者で成っている事を考えるに、彼女らもまた国軍を御すべきシヴィリアンである事に変わりはありません。誰が選出されるにせよ、我々海軍の、善き御者であり、また善き隣人たらん事を望みますよ」
「そうだな。だが……従妹殿は、私や軍人の命を粗末にするようなことはすまい」
 フランセットの所属する海軍ヴァイシャリー艦隊は、ヴァイシャリー軍(ヴァイシャリー家の私軍)が、ほぼそのままスライドしたものである。彼女が中将という地位についているのが、軍人の家系でなおかつラズィーヤの従姉妹という血縁のためであるのも明らかである。
 だから純粋な国軍(シャンバラ教導団)所属の生徒達とは違って、活動範囲も、彼女の忠誠と利益の中にも、ヴァイシャリー家とラズィーヤのため、という側面が大いにあった。
 教導団団長をトップとする通常の指揮系統とはまた少し離れたところにあるのだった。
「そして我々もまた、彼らの善き隣人であらねばならぬな」
「同感ですな」
 二人がシビリアン・コントロールについて話し合っていると、扉が開いて派手な雰囲気の──決して恰好は派手ではなかったのだが──女性が顔を出した。赤チェックのレトロな水筒を頬に当てて微笑んでいる。
「──ごきげんよう、ごきげんよう、フランセット・ドゥラクロワ様」
 甲板の見回りをしていたはずの雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)だ。
「ティーカップもティーセットも用意せずに申し訳ございません。美味しいお茶を、ご一緒に楽しめたらと」
「ありがとう。せっかくだから、招待にあずかろうか」
 リナリエッタは水筒の紅茶をこぽこぽとカップに注ぐと、フランセットと自分の前に置いた。
「うむ、これは落ち着くな」
 フランセットはそれを美味しそうに飲んだ。
「意外か? ……従妹殿と違い、私は優雅なティーセットとやらにはあまり興味がない。メイドにはがさつだと、いつも叱られるのだが」
 二人はお茶を楽しみながら、窓の外、港に目をやった。
「パラミタ内海も何れは大きな港が出来て、交易が盛んな場所になるんでしょうねぇ」
「そうだな、まだ港は少ないが……港が大きくなれば、きっと大きな街もできることだろう」
「でも私……ちょっと、不安なんです」
「何がだ?」
「漁業を営んでいる集落の若者が大きな港に移り住んで集落を離れたり、無理な開発でその場所に住めなくなったり……地球では、よくある話ですわぁ」
 地球はパラミタと違って、古代テクノロジーの類はない。が、まんべんなく文明が発達しているとも言えるだろう。開発が進みすぎ、資源の枯渇なんていう話も聞く。
 ……というより、それで行き詰って政府がパラミタへの進出を後押ししているのだ。
「なので……この海をよく知っていらっしゃる、フランセット様達に提案がございますの。
 出来れば、賊を取り締まるついでに、パラミタ内海に住んでいらっしゃる人と交流して、何か不満な不安な事が無いかどうか調べておく、というのはいかがでしょう」
「海賊は、確かに近海にも出没しているな」
「不満や不安の種は、早く見つければ簡単に切り取れますわ。治安維持にも最適じゃないかなぁって思うんですが」
 ふむ、と。フランセットは考え込むように目を細めた。
「治安維持は交易の発展を促すからな。ただ問題は、領海という概念が、地球より薄いということだ。シャンバラは“新興国”だ。繁栄を誇ってきたエリュシオンはともかく、この内海でシャンバラがここが自分たちの海だ、と、言い張れる範囲がまだ狭いのだ」
 それはカナンなども同じことで、内海にある群島はそれぞれの小さな勢力が治めていることも多い。そして彼らは周辺の海(さほど広くない範囲であるが)を自分たちのものだと主張もする。
「従妹殿としては、交易を起点に交流をしたいそうだ。取引できる海軍の任務には、交易船の護衛も含まれる。調査は、その時になるだろう。
 商人は耳ざといし、交易品から彼らの需要も分かる。海賊が脅威であれば、寄港した海軍が退治した、となれば──」
「信頼も得られますわね」
「だから君たち百合園生には期待している。この交易の始まりは確かにヴァイシャリー家と商人だが、百合園生にも今後手伝ってもらうことになるだろうから、な」
 二人の会話を聞きつつ、メモしつつ。丁度話が途切れたところで、ロザリンドは代わりに部屋を出た。
「では、見回りに行ってきます」
(本当は「対話」だけで争いそのものを回避するのが、百合園にとって最強の武器と盾かもしれません。いつかはその高みに行きたいですが、今は自分のできる事を)
 フランセットにとってできることもまた、そうなのだろう。
 彼女はおそらく、自分たち海軍は政治の一手段であると、駒であると認識している。だが同時にラズィーヤの方法をも信用している。そこは、百合園生と変わらなかった。
 ところで、ロザリンドのパートナー達は、この時巡回途中だった。
「エリュシオンの人と喧嘩してたけど、仲直りしたの?」
 メリッサ・マルシアーノ(めりっさ・まるしあーの)が、会場へと運ばれていく美味しそうなお菓子に視線を向けて、つい鼻をクンクンしながら聞いた。
「喧嘩……喧嘩ねぇ。うーん、仲直りはしたけど、これから大変なのかなぁ」
 テレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)が頭をかきながら唸る。
「西シャンバラはともかく、東シャンバラ時代のこっちは帝国の支配下だったしねぇ。ヴァイシャリーは喧嘩もしてないっていうか」
「そうだねぇ。そーとくは百合園のアイリスさんだったもんねー。あ。こんにちはー」
 メリッサは、角に立つ警備の海軍の軍人に向かって手を振る。さすがに女子トイレの中にはいないが、海軍は埠頭は勿論、デッキや続く通路、角に会談と、要所要所に配置されていた。
 軍人特有のきりっとした雰囲気だ。一方、連れ立って女子トイレの中に入ろうとするテレサたちは、仲良しこよしの女生徒にしか見えない……かもしれない。
「でも百合園生以上に、大帝の娘でしたわ。アイリスさんは」
 シャロン・ヘルムズ(しゃろん・へるむず)が厳しい口調で答える。といっても、彼女の言葉は大抵、真面目で手厳しいのだが。
「それに、喧嘩なら西シャンバラの方々ともしたでしょう」
 寺院や闇龍と戦っている時、ヴァイシャリーは一つの領主家として、建国を目指して他の家・学生たちと共闘していた。
 それが、建国直後に女王の保護という名目で、闇龍と戦い弱り切った女王を帝国に拉致されてしまう(白輝精自身がそれをどんな気持ちで行ったかは別として)。テレサもその場に居合わせていたのだ。これは覚えている。
「それでシャンバラができたんだよね。ヴァイシャリーが首都で」
「東西分かれての、東シャンバラの首都、ですわよ」
 同時に、帝国に恭順することになり──、西シャンバラ、地球の核の傘に入った勢力とはバックグラウンドを異にすることになってしまって。
 帝国が、シャンバラに宣戦布告をして。それからヴァイシャリーは戦場になった。女王は死に、新女王が誕生し……。
「激動、だったねぇ」
 テレサが感慨深げに息を吐いた。
「……何で最近地上に出られた私の方がここの情勢知っているのですか」
 シャロンはテレサに呆れ顔で、こちらはため息を吐いた。