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リアクション
一時間後。ホール横に設けられた会談の席には、丸テーブルの上座にはハーララが、そしてその隣にラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)が既に着席していた。
ラズィーヤが席を長時間外してしまうため、ホールには会長の春佳が残り、会議だからだろうか、生徒会書記の山尾 陽菜が、文字通り書記とラズィーヤの雑用をするために同席していた。
そして向かい合うように、カイと桐生 円(きりゅう・まどか)、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が。二組の間には仲介のようなかたちで、フェルナン・シャントルイユ(ふぇるなん・しゃんとるいゆ)が着席している。
ハーララは気難しげな顔を、カイの姿を見るなり険しくさせた。
「差し出がましいことをいたしまして、申し訳ありません。本来招待客ではない彼を船内にお招きしたのは、私の独断によるものです」
口火を切ったのはフェルナンだった。
円とオリヴィアはそろって、ヤーナに教えてもらった、イルカ獣人の最上級な挨拶をハーララへと向ける。
「船外の見回りをしていましたところ、イルカ獣人の方が刃魚に襲われているのを見つけました。助けて事情を聞きましたところ、伝えるべき話が出ましたので報告します」
ハーララは首を振って息を吐く。
「……そうか、それはお礼を申し上げねばならないようだ」
「内容としては、原色の海への移住の話が部族内で出ているという話です。詳しい話は彼からお聞きください」
そして、カイへと厳しい目を向けた。
「──カイ。勝手にこのような大事な場に来るからには、それなりの話なんだろうな」
「はい」
カイはしっかりと返答をすると、父親が、すぐにでも移住の話を勧めようとしている旨を伝える。
「発言をいいでしょうか?」
円は考え込んでいたハーララが頷くのを待って、話し始めた。
「……ボクの考える限り、移住前提で話が進んでいる気がします。なので人間に支配うんぬんの話が出てる気が。移住しなくてもいい方法を提示してみてはどうでしょう?」
「……移住をしない、と? それができるなら有難いが……」
「ハーララさんが有益な取引をし、移住せずに済む技術を持ち帰ったという事実があれば、現状維持するための鍵になるかなと思います」
「ヴァイシャリー側としても、そう言った部族内で大変な時期に、無理に早く交渉を進めようとは思っていません。移住について結論がでてから交易をしたいと思っています、
もし移住することになれば特産品が変わるかもしれませんし……」
七瀬 歩(ななせ・あゆむ)がラズィーヤとフェルナン、双方の確認を取るように、視線を順に移動させながら。
「今の特産品の宝石や貝や、とっても綺麗でした。是非取引したいと思っているんです。だから、特産品が変わってしまう……そうならないための支援もしたいな、って思ってます」
オリヴィアが、歩の後押しをする。
「今回の刃魚の件ですが。普段は起こりえませんし、異常気象が此方の海にも影響が出始めているないでしょうか?
共同で異常気象の調査のため、ハーララ氏の海の海底を調査してはどうでしょうか? ついでに、海流が変化した理由も突きとめられるかもしれません」
「確かに共同での調査、及び協力をしていただけるなら有難いが……」
……が、それが部族の自治にどれくらい影響を及ぼすのか。どのような支援が得られるのか。
フェルナンは、彼の抱いているだろう疑問に答えるように、言葉を選んだ。
「商工会議所が調査団を派遣するにあたって、そちらに土地をお借りして、調査団の住む家を建てさせていただけるなら、こちらの建築技術がどの程度まで使用できるかも分かるでしょう」
「──あの、発言してもいいでしょうか」
ふいに手を挙げたのは、鳥丘 ヨル(とりおか・よる)だった。何故ここに、という表情を生徒たちが見せる前に、ラズィーヤが補足する。
「彼女もハーララさんの部族には興味をもっていらっしゃるの。カイさんに提案があると伺いましたから、同席していただきましたのよ」
ヨルはある疑念を確かめるべく、まず初めに質問する。
「始めにカイに聞いておきたいんだけど、お父さんがうまい話に乗せられたりとかはない?」
「いや、それはないと思う。どちらかというと、“受け入れてください”ってお願いしに行く方で、あっちには受け入れのメリットはない」
「うーん──ラズィーヤさん。船の進路をハーララさん達の島へと向けることはできないかな?」
このまま船を島へ。それは斬新な発想だった。
「部族内対立で、まとまりかけたこの交渉を台無しにしたくないし、ハーララさんの努力を実らせたいんだ。もし部族がばらばらになったら台無しになる。乱暴な案だけど、ハーララさんが帰ったら手遅れだったなんて事にはしたくないんだ。慣れない場で族長として頑張ってまとめた話だもん。
こっちの商談は成立の方に向かってるから、アダモフさんや商会の人達の現地視察ってことで。何もなくても、生産の場を見るのもいいかと。
それに船で行く事で、この交渉の成果を部族に認めてもらい、ハーララさんへの信頼が増したらいいと思う。明日島が沈むわけじゃないなら、引越しを急がなくてもいいんじゃない?」
ひとつひとつ、ヨルの挙げた理由は納得のいくものだった。
けれどラズィーヤは首を振る。
「わたくしは、この船で行くことには賛成しませんわ。アダモフさんも乗せていますし、一度港に帰らなくては」
「そうですか……」
残念そうな顔を見せるヨルだったが、その代わりに、とラズィーヤが提案したのは。
「ですがこのクルーズが終わったら、ハーララさんの帰りの船に、有志が乗せていただくというのは如何でしょう?」
「──だったら俺が先に行きます」
ラズィーヤの意外な提案に驚いたハーララを、更に驚かせたのは、カイだった。
決意を込めた表情で立ち上がり、ハーララを見つめる。
「お前が? 刃魚もいるかもしれんぞ?」
「族長、手紙を書いてください。それを持って俺が先に行けば、きっと親父が納得しなくても、他の住民に対して説得する、十分な材料になるはずです。まさか親父だって住民の多くが反対しているのに強硬はしないでしょう」
どうかしらハーララさん、とラズィーヤが促す。
なおも悩むハーララ。だが彼を後押ししたのは、ラズィーヤではなく扉からの声だった。
「お父様、お願いします!」
「ヤーナ……?」
振り返れば、そこに娘が立っていたのだ。
円の“テレパシー”で呼ばれた冬蔦 日奈々(ふゆつた・ひなな)が、タイミングよくヤーナを連れてきたのだった。
「お父様、彼は私に会いに来たのではなくて、嫌われてもなお、部族をまとめたいと願っているのです。どうか分かってください」
「……分かった、先に行ってくれ。交渉が終わり次第そちらに向かう」
ラズィーヤと商工会議所は水上建築関係の技術供与と共同の海域調査の協力を約束した。
この知らせを持って帰還したカイにより、カイの父親をはじめとした部族は移住の話を、族長の帰りまで一時棚上げすることにした。
後日と、ハーララと共に島まで言った彼女たちがラズィーヤに説明したところによれば、島は移住をしない努力を続けてみる方向で、ひとつにまとまりつつあるそうだ。
またヨルは今後の交易の参考にと、珊瑚礁の生態について、資料を島に送ったともいう。
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