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誰がために百合は咲く 後編

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誰がために百合は咲く 後編

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 選挙管理委員会の秋月 葵(あきづき・あおい)は、窓際に見本として飾られた、エリュシオンのティアラや小さな王冠にしばし見とれていた。小さなガラスをふんだんに使用した、キラキラ光るそれはとっても贅沢で豪華で、童話のお姫様が付けているようなものだった。
「……あっと、いけないいけない」
 葵は視線を戻す。
 ちょっと先のテーブルでは、候補者たちがおもてなしをしている。
 彼女はその候補者たちの言動をチェックしつつ、お客様には見えないように、こっそり簡単なメモを付けていた。
 念のため不正がないかチェックするため。それから、候補者が誰にどんな主張をしているか。
「……どうですかぁ」
 パートナーの魔装書 アル・アジフ(まそうしょ・あるあじふ)が、ひょっこり顔を出した。
 ゲストの接客は緊張して疲れると、葵の苦手な地味な作業を引き受けて、投票所で投票用紙の作成やチェックをしていたのだ。
「うん。アルちゃんは一人でも大丈夫?」
「一人は平気ですがぁ、重要なお仕事で緊張しちゃいますぅ……」
 アルは葵から今までのメモを受け取ると、パソコンに打ち込みに、投票所へと戻っていった。
 葵は彼女を見送ると、再び候補者に視線を戻した。
 丁度、副会長候補のキュべリエ・ハイドン(きゅべりえ・はいどん)が、自身の考えを語っているところだった。
「わたくしが副会長に立候補したのは、より強く美しい百合園にしたい、と思ってのことです」
 それは賓客への言葉ではなく、百合園生への提案だった。
「まず、エリュシオンとシャンバラは和平への道に向けて歩みだしたばかりなので、ヴァイシャリーがその先導をきるべきだと思っています」
 いや、百合園生の中でも、パラミタ出身の生徒……そしてラズィーヤに対する言葉だったのかもしれない。
「五千年前のようにパラミタと地球の繋がりが途絶えた場合の事も考えパラミタ最大の国家であるエリュシオンと友好関係を築いておけばいずれ、パラミタから去るであろうコントラクター達がいなくなってもシャンバラは安泰だと見ています。シャンバラにとって真に頼るべきは地球人や地球ではなくパラミタの国々でなのではないでしょうか」
 それを進めるために、と、キュベリエは続ける。
「手始めに……すでに行われているかもしれませんが、アイリスをはじめとした、エリュシオン帝国との交換留学生制度を確立して今まで以上に活発に行い互いに良い部分を学べれば双方にとってメリットになると思います。百合園の希望者にはエリュシオンへの留学を可能にさせたいと考えています。
 それは神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)のような短期留学から、将来的に姉妹学園、都市の締結と発展していくのではないでしょうか。
 加えて気軽に旅行に行ける友好関係に発展すれば、エリュシオン、シャンバラ双方が互いの国に領事館を置く方向に話が進むと思うのですが──ヴァイシャリーに領事館を誘致できないでしょうか?」
 そして金死蝶 死海(きんしちょう・しかい)が、キュベリエに続いて主張する。
「すでに神楽崎優子は教導団に短期留学の意向を示しており優子が帰ってきた際に玩具の軍隊ではなく本物の軍隊を作っておきたいという考えがあります。
 百合園の外交力はシャンバラでも一目置かれていますが、良く言われるとおり軍事力と外交力は車の両輪でありどちらが欠けても問題です。軍事力の多くを教導団に任せきりになっている現状を打破したいという想いがあります。
 そうなれば虎の威を借る女狐と陰口を叩かれる事無く発言に更なる重みと現実感がプラスされると考えます。
 具体的には……ヴァイシャリーに生息する海竜を飼いならして配備したい考えです」
「お茶会自体は、そういったご主張をされる場所ではないのですけれど……キュベリエさんの疑問には、わたくしがお答えした方が良さそうですわね」
 生徒達を見守っているように発言を控えていたラズィーヤだが、再び口を開いた。
「順番にお答えしますわ。お一つ目の、交換留学生。これは……今の段階ではない、言えませんので、あるかもしれませんわね。
 次に、領事館のお話ですが……これは、エリュシオンに限らず各国の領事館は現在準備が進められていますの。エリュシオンについては、総領事館がヴァイシャリーに置かれることになっていますわ」
 次に、死海さんのご質問ですわね、と話題を移す。
「まず海竜については、大型の海竜は飼い慣らす以前にヴァイシャリー湖には殆ど生息していませんので、イコンのように配備できるような戦力としては使用できませんわ。フタバスズキリュウのような、小型の種を乗り物にするくらいですわね。
 そして軍隊ですが──、既にシャンバラは、一つの国です。ヴァイシャリー独自で“本物の軍事力”を持つ必要はございませんわ。百合園はシャンバラの女官、次代のシャンバラを担う女性たちを輩出するために設立されましたのよ。
 国軍の方がその言葉をお聞きになられたら──例えば日本の自衛隊に、都道府県が自分たちで自衛隊を作ると言ったら、信用されていない、と、悲しまれるのではなくて?
 もし国軍の方が、自分たちも女官を育成すべき、となったら……キュベリエさんと死海さんは、どのように感じられますの?」
 そういうことですわ、と、ラズィーヤは言って、それ以上は語らなかった。