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リアクション
【二 ひとか石か】
シャディン集落は、建築物や農場などの施設は壊滅したとはいえ、コントラクター達の活躍によって、領民は全員、奇跡的に生き永らえた。
勿論、自分達の土地や家屋が失われた以上、悲嘆に暮れる者が大半ではあったが、それでも生きている限りは明日に向かって、次の第一歩を踏み出さなければならない。
問題は、彼らがどれだけ早く立ち直れるか、というところであろう。
そういう意味では、ティー・ティー(てぃー・てぃー)とイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が主導する被災地での炊き出し活動は、被災者達に立ち直る為の勇気というか、次への第一歩を踏み出す為の気力を奮い立たせるには、微力ながらではあったが、確かに効果はあった。
「一杯ありますから、順番に並んでくださいね〜」
イコナが列の最後尾で、プラカードを掲げながら呼びかける。一方のティー・ティーは、寸胴鍋一杯に用意したシチューをスープ皿に手際よく注ぎ込んでいた。
ティー・ティーを手伝っているのは、偶然このシャディン集落に立ち寄ったジョン・カポネ(じょん・かぽね)であった。
柄に無く、といってはジョンに対して失礼であるかも知れないが、その強面の風貌とは裏腹に、ティー・ティーから受け取ったシチュー入りのスープ皿を、被災者たる領民達に手渡す動きは、意外と慣れた手つきであるように思われた。
これは恐らく、ジョン自身の生い立ちにも、少なからず関連があるのだろう。
「お手伝い頂いて、ありがとうございます。それにしても、炊き出しって意外な重労働なのですね」
「……貰う側は、必死だからな。ただの道楽で出来る程、甘くはないってこった」
ティー・ティーに答えるジョンの言葉には、不思議な重さがあった。この若さでこれだけの重み有る台詞が出るというのは、余程色々な人生経験を積んできているに違いない。
一方で、源 鉄心(みなもと・てっしん)はクロカス災害救助隊の隊員達と、今後の復旧・復興活動に向けての指針を議論し、ひとまずクロカス家支援による領民の自立復興を促す、という方向性でいこうという話になった。
当面の衣食住は、クロカス災害救助隊が用意した仮設住宅用のテントを用い、安全の保障に関しては、同じくクロカス災害救助隊の駐屯部隊を設置することで賄おう、という結論になっていた。
ひと通り各方面の今後の作業について段取りを決め、ひと息ついていた鉄心のもとへ、プラカードを抱えたままのイコナがそっと歩み寄ってきた。
「そっちの按配はどんな感じだい?」
「えぇと、一応領民の皆さんは全員、シチューが行き渡ったようです。あ、でも、おかわりが欲しいっておっしゃる方もいらっしゃるみたいですけど、そんなに人数が居ないので、行列管理は要りませんでした」
鉄心はちらりと、ティー・ティーとジョンが立つ寸胴鍋付近に視線を走らせた。
確かに、あのふたりだけで当分は手が足りそうな雰囲気ではある。であれば、イコナには次の作業を手伝ってもらおう――鉄心は座していた簡易ベンチからゆっくり立ち上がると、クロカス災害救助隊の面々が作業に入っている地点を指差した。
「これから仮設住宅の設営に入る。ひとりでも手が欲しい状況だ。一緒に来てくれ」
「あ、はいっ」
イコナは慌ててプラカードを簡易ベンチ脇に立てかけ、早くも踵を返そうとしている鉄心の後に従った。
被災地では、とにかく人手も時間も物資も、何もかも足りない。休息の時間など、ほとんどあって無きが如しであった。
* * *
復旧・復興活動が続くシャディン集落だが、その周辺の荒野では、五十嵐 理沙(いがらし・りさ)とセレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)が文字通り飛び回って、捜索活動を展開していた。
捜す相手は、先日のピラー接近の際に行方不明となった、ミリエル・リガンティとジュデット・ラヴィルの両名である。
それぞれ小型飛空艇を駆り、大声で呼ばわりながらミリエルとジュデットを捜索し続けている理沙とセレスティアではあったが、今のところ、全く手がかりらしい手がかりは得られていない。
一応、物は試しとばかりに、セレスティアがトレジャーセンスを発動してクロスアメジストの所在を探ってみたが、もともと反応が無い代物なのか、或いは近くには存在しない為に反応が無いのか、どちらともいえなかった。
「う〜ん、これだけ呼びかけても全然反応無しかぁ……もしかしたら、この辺には居ないのかも」
かれこれ半日以上、シャディン近くの荒野上空を飛び回っていた理沙は、流石に自信がなくなってきたのか、珍しく弱音を吐いた。
地上数メートルの位置でホバリング停止している理沙の傍らに、セレスティアも小型飛空艇を寄せてきて、思案顔で小首を傾げる。
「矢張り、まずは捜索場所を絞り込むところから始めないといけませんかしらねぇ……」
セレスティアもここまで成果が出ないと、ついつい弱気になってしまっていた。やり方に、問題があるのだろうか――そんなマイナス思考ですら浮かんでしまう。
この後も、続けて今と同じ方法で捜索を続けるべきか、或いは別の手段を考えるべきか。前者を取るにしても捜索場所を変えるべきか否か。変えるとすれば、どこを捜すべきか。
とにかく、手段だけは明確ではあったが、肝心の捜索場所を何も考えていなかった為、全くといって良い程に手探り状態に陥ってしまっている。
今のままでは成果が出ずに終わってしまうのだけは明らかであった。
「う〜ん、考えても埒が明かないし……やっぱり、今のやり方を続けるしかないかしら……」
幾分自信無さげに呟く理沙だが、その時、小型飛空艇の通信機に、シャディン集落からの着信が入った。連絡を入れてきたのは、鉄心だった。
『やぁ、お疲れさん。暑い中、大変だね』
「まぁね……成果が出ないと余計に暑く感じるから、不思議だわね」
軽いやり取りの後、スピーカーの向こうから聞こえてくる鉄心の声が、それまでとは微妙にトーンが異なり、幾分の緊張を孕む色に変化した。
『実はさっき、クロカス災害救助隊経由で、連絡が入った。クロスアメジストらしい反応が、バスカネア付近で検出されたそうだ』
「えっ、それじゃあ……」
理沙は一瞬、言葉を失った。
鉄心のいっていることが本当なら、理沙とセレスティアはまるで見当違いの場所を必死に捜索していたことになる。
鉄心の声は更に硬い調子へと変じ、理沙達により強い緊張を与えた。
『更に付け加えると、オブジェクティブとやらの存在も検知されたようだ……あのミリエルとかいう子が居るのは、ほぼ間違い無いだろう』
鉄心からの連絡が終わるか終わらないかというところで、理沙とセレスティアは小型飛空艇の操縦桿を握り、領都バスカネアに向けて、一気に疾走を始めていた。
* * *
クロカス災害救助隊経由で鉄心にクロスアメジストの反応がバスカネア近辺にあり、との連絡を入れたのは、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)とメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)のふたりであった。
もともとふたりはクロスアメジストに焦点を絞って捜索していた上、ピラーの豪風によって遠くに飛ばされた可能性を考慮して、相当広範囲に亘ってトレジャーセンスを仕掛けながら走り回っていた成果が出た格好となった。
単にクロスアメジスト、というキーワードだけではトレジャーセンスに反応したかどうか怪しかったが、既に多くのコントラクターが形状とサイズを目撃しており、それらの情報を統合してから改めてトレジャーセンスを発動してみると、意外と簡単に反応してくれたのは、嬉しい誤算でもあった。
早速バスカネアに入ったエースとメシエは、カルヴィン城内のゾーデ家で厄介になっていた経緯から、カルヴィン城を基点にしてミリエルの捜索に入っていたエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)にまず連絡を取ってみた。
するとエヴァルトは、エースとメシエが待ち合わせに指定した、商店街外れのオープンカフェに、物凄い勢いと必死の形相で飛び込んできたものだから、エースとメシエを驚かせると同時に、呆れさせもした。
「……そんなに慌てて飛び出してこなくても良かったのに」
エースが苦笑を浮かべてオープンスペースのテーブルで迎えると、エヴァルトは鬼気迫る表情でテーブル上に乗りかかる程の勢いを見せた。
「そんな呑気なこともいってられん! 良いか! 吐き気を催す邪悪とはッ! 何も知らぬ無知なる者を利用する事だッ! 自分の利益だけの為に利用する事だッ! 俺はそんな奴らを、断じて許しはしない!」
昔どこかで読んだ漫画の一節をそのまま、自分の台詞に置き換えているようにも思われたエヴァルトだが、とにかくその確固たる意思だけは、一本筋が通っているようである。
エースとメシエは、思わず顔を見合わせた。
今まで色んなコントラクターと出会ってきたが、これ程までに熱い(暑苦しい)思いを真っ正直から吐露する者は、中々居なかった。
「……実に見事な意気込みですが、そのぅ、こういっては何ですが、いささかロリコ……」
「ロリコンとかいうんじゃないッ!」
メシエの評を、相手がいい終える前に猛然と否定するエヴァルト。何かやましいところでもあるのかと、ひとに疑問を抱かせる彼ではあったが、ここはメシエが大人しく引き下がった。
「まぁ、それは良いでしょう……ところでクロスアメジストですが、どうやらカルヴィン城内にありそうな雰囲気なのです。何か、お心当たりはありませんか?」
メシエから意外なひと言が飛んできて、今度はエヴァルトが面食らう番であった。
まさか、クロスアメジスト、即ちミリエルの所在が、つい今の今まで自分が居たカルヴィン城内にある、というのが、にわかには信じられなかったのである。
「おいおい、ちょっと待ってくれ。幾らなんでも、話が急展開過ぎやしないか? 聞いた話じゃ、ミリエルさんが居なくなったのはシャディン集落の筈じゃなかったか?」
「それはそうだけど、彼女の失踪から、もうかれこれ数日は経っている。どういう経緯でかは分からないけど、カルヴィン城内に移動するだけの猶予はあるよ」
確かに――エースの説明には、エヴァルトも納得せざるを得ない。
では、一体誰が、どのようにしてミリエルを、カルヴィン城内に連れ込んだのか。だがその疑問には、少なくともエースはひとつの仮説を持つに至っていた。
「恐らく、例のオブジェクティブって奴が、一枚噛んでるんじゃないかな?」
「……奴らか。成る程、その線はあり得るか」
神出鬼没にして、コントラクター複数人分の能力を、同時に発動するという曲芸に近い技を発揮する連中である。可能性は大いにあった。
「良いだろう。幸い今は、城内に大勢のコントラクターが、臨時応対スタッフとして潜入している。彼らと連携して、ミリエルさん捜索に当たろう」
「頼むよ。俺とメシエは、ナラカ・ピットの方に視点を変えてみる」
かくして三人は、それぞれの目的に向けて新たな活動へと入った。
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