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リアクション
【三 災害と謀略と】
現在、クロカス災害救助隊の本隊は、先の群発性衛生竜巻(F4クラス)の直撃を受けて壊滅したブリル集落に拠点を置いて活動している。
シャディン集落の被害も相当なものだが、このブリル集落は衛星竜巻とはいえ、直撃を受けて壊滅しただけのことはあり、被害の規模は寧ろ、シャディン集落を上回っているといって良い。
そういう訳だから、シャディン集落の方は支隊に任せ、本隊はブリル集落の復旧・復興作業を急ごうというのが、隊長たるレティーシア・クロカス(れてぃーしあ・くろかす)の判断であった。
ところが、このブリル集落を訪れているのはクロカス災害救助隊だけではない。
クロカス災害救助隊、というよりも、レティーシア個人との面会に訪れている人物が居た。かつては某人材派遣会社のツァンダ支店長であり、現在は何故か漫画家として日々の糧を得ているネオ・ウィステリアが、レティーシア直々の呼び出しに応じて、このブリル集落を訪れていたのである。
そして更に、このネオとの面会を希望して何人ものコントラクター達が、ブリル集落に足を運んでいた。
「やっほ〜、ネオさん! お久しぶり〜!」
「こないだの特番以来だね〜!」
クロカス災害救助隊のスタッフ用テント内で、次の原稿に向けて、必死にネームを練っているネオのデスク前に、月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)とひっつきむし おなもみ(ひっつきむし・おなもみ)が賑やかに足を運んできた。
それまで小難しい顔でうんうん唸っていたネオも、ふたりの姿を認めるや、ぱっと表情を明るくして、相変わらずの低い腰で出迎えた。
「いやいやぁ、その節は本当にお世話になりました。おふた方とも、お元気そうで何よりです」
ネオを漫画の世界に引き込んだのは、誰あろう、おなもみである。
今や互いに切磋琢磨するライバル同士といえなくもないが、ネオにとっては新たな境地を開かせてくれた恩人という意識が強いらしく、おなもみに対しては常に目上の貴人に接するが如く、物凄い低姿勢で応じるのが当たり前となっていた。
しかし、あゆみにしろおなもみにしろ、ネオの低姿勢に対して増長するような性格ではない。ふたりは寧ろ、ネオを対等の友人として考え、そのように接するのが当然だという意識を持っていた。
「あのさ、風の噂に聞いたんだけど……ネオさん、もしかしてオブジェクティブについて、詳しかったりするのかな?」
「もし良かったら、おなもみ達に教えてくれると嬉しいな〜、なんて。あ、そうだ。仕上げのお手伝いなんかするから、ギブアンドテイクってことでっ! ついでに、ごーごーわんの肉まんなんか食べながらお話してくれると、すっごく嬉しいな」
おなもみがデスク上に広がる原稿を覗き込みながら、あゆみが持参した差し入れ用の肉まんの箱を開ける。美味そうな匂いが、テントの中に充満した。その匂いに釣られるようにして、三人揃って腹の虫が鳴いた。
あゆみとおなもみが、ネオと一緒にデスクを囲んで肉まんを頬張っていると、別段、美味そうな匂いに惹かれた訳ではないのだろうが、森田 美奈子(もりた・みなこ)、コルネリア・バンデグリフト(こるねりあ・ばんでぐりふと)、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)の三人が、決して広くはないスタッフ用テントの中に踏み込んできたものだから、結構な人口密度となってしまった。
実のところ後から入ってきた三人も、あゆみやおなもみと同じくネオとの面会を希望して足を運んできたのであるが、肉まんが丁度人数分余っていた為、総勢六人で仲良くデスクを囲みながら、肉まんにありつく運びとなった。
「えぇと、はじめましてネオさん。こちらはコルネリアお嬢様、そして私は美奈子といいます」
幾分ぞんざいな調子で、美奈子がコルネリアと自身を紹介したのだが、ネオは別段気にした風も無く、相変わらずの低姿勢でへこへこと頭を下げるばかりである。
美奈子がネオに対してぞんざいな態度を見せたのには理由があり、ひとことでいえば、レティーシアの知り合いにしては、随分と怪しさ大爆発の中年親父であり、疑惑の目を持って接すべし、という妙な先入観が頭の中で凝り固まってしまっていたからである。
一方のコルネリアは美奈子とは全く異なる思惑を持って、ネオのもとを訪れた。即ち、ネオがオブジェクティブについて何らかの情報を持っているとの噂を聞きつけ、その知識を披露することで、多くの命を救ってもらう――思想としては、美奈子などよりも遥かに崇高なのだが、主人と従者が、これ程までに思考的な部分で乖離しているというのも珍しいといえば、中々珍しい。
それはともかく、オブジェクティブに関する情報を求めに来たのは、コハクとて同じであった。
「単刀直入に聞きます……僕のパートナーが、オブジェクティブ・オポウネントという妙なコードの認証コマンドを視界の中で目撃した、というんですけど……それってやっぱり、ネオさんが何かしたから、ということで間違い無いでしょうか?」
「あぁはいはい、その通りですよ」
コハクの問いかけに対し、ネオは随分、あっさりと認めた。
五人の訪問者達は、余りにも簡単にネオが真相を告白したことに肩透かしを食った気分ではあったが、折角教えてくれるというのを聞き逃す手は無い。
コルネリアが後に続き、半ば畳み掛けるように発現する。
「ネオさん……あなたが過去に何をされたのかを問い詰めるつもりはありませんが、あなたにしかできないことがある筈です。あなたの行動で、多くの命を救えるのです。どうか詳しい情報をお聞かせください」
真剣な眼差しで迫るコルネリアに、ネオはいささか困ったような表情を見せた。
「いやぁ……そんなね、姿勢を正して話す程の、大した内容じゃないんですけどねぇ」
白髪混じりの頭を掻きながら、それでもネオが五人に話した内容は、結構な衝撃を持って彼ら・彼女らの耳に飛び込んでくることとなる。
オブジェクティブ・オポウネント。
それは、以前ネオが引越しの際に手伝ってくれたコントラクター達に、お礼がてらにこっそり仕込んでおいたという、対オブジェクティブ用のクロックダウン・シンクロ波形の認証コードであるということらしい。
そもそもオブジェクティブ・エクステンションは、立体映像の擬似物質化技術だが、物質化による恩恵を全てのユーザーが希望するとは限らない。そこで、擬似物質化した立体映像に対し、クロックダウンのシンクロ波形を投入することで、オブジェクティブ・エクステンションの機能そのものを低下させる――それが、オブジェクティブ・オポウネントの開発思想であるのだという。
「オブジェクティブ・オポウネントは脳波に常駐させる特殊波形ですので、特別な器具等はいりません。ただ、認証コードを付与するだけで機能します。開発者の間ではオブジェクティブ・オポウネントの認証コードを持っているひとを、その頭文字を取ってダブルオー資格者、と呼んでましたけどね」
「ダブルオー資格者かぁ……いい回しだけ聞いたら、ちょっと格好良いかも」
自身もオブジェクティブ・オポウネントの認証コードを付与されているあゆみが、少しばかり嬉しそうに、鮮やかなピンク色の髪が流れる頭を掻いた。
ネオはかつて、ウィンザー・エレクトロニクス社の社員だったという。彼は主任として、オブジェクティブ・エクステンションの開発に携わっていたのだが、技術的な限界と予算面の問題で、結局プロジェクト自体が打ち切りとなってしまった。
その後、ウィンザー・エレクトロニクス社とは古くから技術提携面で強い繋がりのあったマーヴェラス・デベロップメント社が開発権利を買い取り、目覚しい程の技術発展を成し遂げ、オブジェクティブ・エクステンションをほぼ完成させるところまで漕ぎ着けたらしい。
ところがその後、マーダーブレインをはじめとする謎のコンピュータウィルスによって、オブジェクティブ・エクステンションの基本ロジックが盗まれ、脅威の怪物オブジェクティブが誕生するに至っている。
「その認証コードって、もう貰えないんですか? そんな凄いものなら、他にももっと配布しても罰が当たらないんじゃないですか?」
「あぁー、生憎もう、ライセンス数が残ってませんでねぇ。これ以上ダブルオー資格者は増やせないんですわなぁ、これが」
身を乗り出して勢い込んだ美奈子だが、ネオにあっさりかわされてしまい、がっくりと肩を落とした。
ここでネオは、ところで、と話題を変えた。
「オブジェクティブ達ですが、狙いは、バックドアにあるんじゃないでしょうかねぇ」
「バックドア?」
聞き慣れない用語に、コハクが変な顔を見せた。美奈子とコルネリアも、電子技術にはあまり詳しい方ではない為、コハクと同じような反応を見せている。
バックドアとは、そのまま直訳すれば『裏口』もしくは『勝手口』という意味を指し、防犯・犯罪学上では、『正規の手続きを経ずに侵入可能な裏ルート』という意味合いで使われる言葉である。
コンピュータの世界では、本来ならばIDやパスワード等を使用して通信を制限したり、或いは使用権を確認する機能を無許可で利用すべく、コンピュータ内に(他人から知られること無く)設けられた通信接続の機能を指す。
ネオ曰く、オブジェクティブはXルートに直結するルーターマシンの中に、バックドアが残されているものがあるのだという。
「バックドアか……そんなものを使われたら、Xルート内はオブジェクティブ達の思うがまま、ってことになっちゃうよね」
コハクが腕を組んで渋い表情を見せると、あゆみは手の甲のレンズをじぃっと覗き込む仕草を見せて、小さくかぶりを振った。
「うぅーん、それだけかなぁ……何か、もっとこう、違う意図を感じなくもないんだけど……」
「あの、おっしゃる意味がよく分からないのですけど」
コハクやあゆみの思案顔の隣で、コルネリアが危機感を漂わせる。彼女もまた、貴族としての教育を受けてきている以上、話の筋から物事を判断する読解力を身につけているのである。
「要するにあのオブジェクティブとやらが、良からぬ企みを持って行動しているのは間違い無い、ということですわね? きっと今回の件も、何かその、バックドアとやらに繋がる行動であると考えて相違無い、と」
「実はここだけの情報なんですがね」
コルネリアの思いを受けて、ネオが珍しく声を潜めて、幾分真面目な表情を浮かべて一同を見渡す。
一見冴えない風貌のこの中年親父だが、実はその情報能力はコントラクター達が思っている以上に秀逸であるらしい。
「対ピラー特別救済措置規定が発動した際の、受け入れ先となる領地にはですね、ウィルビングルというルーターマシンがありましてね……実はこれ、ちょっとした欠陥がありまして、近々納入業者による交換手続きが取られる予定になっているんですよ」
その欠陥というのが、納入メーカーが開発段階で意図せず残してしまった、バックドアなのだという。そしてこのルーターマシンウィルビングルは、Xルートに直結しているサーバーでもあった。
一同は、息を呑んだ。
オブジェクティブによるXルート侵入が、今まさに、現実のものになろうとしている――ピラー出現を目の当たりにしたことで、巨大な災害現象ばかりに目がいってしまっているが、その裏では、恐るべき企てが静かに進行しようとしているのではないか。
恐怖にも似た戦慄が、彼らの心臓を鷲掴みにしていた。
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