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過去という名の鎖を断って ―愚ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―愚ヵ歌―

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     ◆

 外の空気を吸い、更には後を追っていた雫澄、コタロー、樹と章の言葉を受けて何とか冷静さを取り戻した託は、ウォウルの病室に向けて歩みを進めている。
「こう……なんだろう、素直になれないんだよねぇ……皆がいてくれて助かるよ」
 心配そうに後ろを歩く樹、雫澄らにそんな事を場を掛け、彼等が歩いているが、一階のエレベーターホールで、彼等はその異変に気付く。何やら大勢の人々が、病院の外へと向かっているではないか。彼等は首を傾げながらもエレベーターに乗り、二階を目指した。
扉が開き、エレベーターから降りた彼等はそこで、避難誘導をしているリカインたちに遭遇した。
「どうしたの?」
 雫澄がそう尋ねると、リカインは一同に説明する。自らパートナーの発言と、そして彼等が此処から去ってからの数分に起こった出来事を。
「屋上の方から何か凄い物音…かぁ。ウォウル君は大丈夫なのかい?」
「それが……そうでもないのよねぇ。怪我とかはしてないんだけどさぁ……」
「行ってみよう!」
 託の声に一同が頷くと、さゆみとアデリーヌも彼等についていく事にした。
「ヘラ男!」
 慌てて扉を開ける樹の前、一同の困った顔に、更なる困った顔を浮かべていたウォウルが彼等の方へと見やる。
「何やってんだよ、早く逃げろよ!」
「いや……だからそう言う訳にもいかないんですってば……」
 尚も困った様子の彼は、ため息をつく。
「逃げるべきは貴方達でしょう」
「なんです!?」
 昼食から戻ってきていたらしく、ルイがそう尋ねた。
「何故って、僕が此処から逃げれば、被害は更に大きくなるでしょうからね」
「何でそんな事言えるのさ!」
「何故……ですか、それはこの事件の発端が、僕を狙っているだろうから、ですかね」
 セラエノ断章の言葉に返事を返した彼。と、此処で託が静かに彼元へと歩み寄る。
「僕たちに少しでも悪い事をしたと自覚があるなら、もっと僕たちを信用してもいいんじゃないのかい?」
 真剣に、凄みを聞かせて彼はウォウルに詰め寄った。が、彼は別段動じるわけでも、真剣に返すでもなく、困ったなぁ、とでも言わんばかりに顔を歪めた。
「一応僕が此処に残るのも、皆さんを信用しての事なんですけどね」
「うん? それってどういう事だい?」
 その言葉に引っ掛かったのか、章が首を傾げた。
「僕が此処にいれば、相手は必ずこちらに来ますよ。僕を狙ってくる。そしておそらくは、その所在地は知っている。当然でしょう、ね。それはさておいても、ならば此処にいれば、敵を探す手間は省け、一般の人を逃がすのも、この部屋の近くを避ければいい」
「それじゃあ答えになってないわよ」
 さゆみが少しイラつきながら彼に言葉の真意を催促すると、苦笑したまま彼は平に謝った。
「要は、皆さんが此処で、その敵を倒せばそれこそ問題はない。そう言いたいんですよ。僕が囮になっても、皆さん程の力があれば、更にこの人数がいれば、恐らくは僕の身に危険が及ぶ事はまず、ないと言って遜色ないでしょう」
 その言葉には、絶句する。何を根拠にそんな事を言っているのか、とでも言いたげに。一同は言葉を失いため息をつくのだ。
「わかった……わかったよ。信用してくれるのはわかった。やっぱりウォウルさんは、いつものウォウルさんなんだね。動じず、慌てず、最短を進むわけだ」
 今まで真剣に考えていたのがばからしくなったのか、託はただただ苦笑を浮かべてそう呟いた。
「まぁ、そうですわね。やはり貴方様はそう言う方。だから私は面白い、そう感じるのかもしれませんわ」
 今まで口を閉ざしていた綾瀬も、思わず笑いだした。緊迫していてその場の空気には似合わない笑い声。そして一同は更なるため息をつき、決意をする。
「やってやろうじゃないの。おでんなんて食ってる場合じゃあねぇよなぁ」
 皐月が立ち上がると、ウォウルの元へと近づき、手を差し出す。
「見ず知らずだが、信頼してくれてありがとうな。俺たち何とか食い止めてやるから、あんたはそこでじっとして寝てな」
「えぇ。そうしますよ。せいぜい読書でもして、お待ちしますよ」
「よぉし! そうと決まれば私たちも退避させてるお手伝いしないと!」
 結がそう言うと、おでんを頬張っていたプレシアが立ち上がる。
「結はさゆみさんとアデリーヌさんと一緒にみんなを安全なところまで非難させて!」
「え? じゃあプレシアちゃんは?」
「大丈夫! 私にはトキちゃんもいるんだからっ!」
 拳を握って元気よくそう返したプレシア。二人は互いに頷いて、結は病室を後にする。
「さ、私たちも引き続き避難誘導よ」
「わかりましたわ!」
 結の後に次いで二人が部屋を飛び出して行く。と、それを見送ったプレシアの様子が徐々に変わり、『トキ』と呼ばれた存在、時の 魔道書(ときの・まどうしょ)が顔を見せた。
「さて、皆の衆。お初お目にかかるか。何とかこの場を乗り切るべく、その者を死守しようぞ」
 彼女の言葉をきっかけに、一同はそれぞれこれからの話をウォウルとし始めるのだ。



     ◆

 彼等のいる更に一つ上の階で、エヴァルトの前にハツネと春華が武器を構えていた。
「何だか周りが騒がしくなってきたの。でもそれは、こっちにしてみれば好都合なの」
「そうなんスか?」
「………春華、またゴチンてして欲しいの?」
 その言葉に、慌てて頭を押さえる彼女はしかし、へらへらと笑いながらエヴァルトを見る。
「まぁなんでもいいっす。この人やっちゃっていいんスよね?」
「思う存分なの」
「誰だ、君たちは……」
「名乗る必要はないの。貴方は此処で倒れてしまうから、別に名乗る気はないの」
 その発言で充分に、敵となる者と理解が出来る。故にエヴァルトが構えを取ると、彼の後ろから急に声がした。
「あらら、また来たんですね。御嬢さんたち」
「むぅ……邪魔しにきたの。それはこっちのセリフなの!」
「おやおや、随分な嫌われ様で」
「誰ッスか!? 誰なんスか!? もしかしてチュインの――うぎゃ!」
「それ以上言ったらさすがに怒るの! ゴチンなの!」
「もうしてるッスよぉ……痛いッスー……」
 二人のやり取りを見ていたエヴァルトと唯斗は、しかし慌ててその場から離れた。
「っと……何だ?」
「新手か!?」
 エヴァルトと唯斗が回避行動をとり、言い合いをしていたハツネと春華はそれを確認しないままに切って捨てた。
「あれ……なんか死んじゃったの」
「あーあ、こっちでお話してるんだから、出てきたら駄目ッスよー」
 平然と、それを目をやり呟く二人。何も思わず、何も感じず、命を奪ってもなお平然と、二人はそれを眺めるだけだ。
「犬……?」
 二人が切り捨てたのは、真っ黒な犬。牙をむき、真っ黒い液体を口から、切断された額から流し、それはどろどろと溶けて行った。
「生き物じゃないみたい。なぁんだ」
 が、そう呟くハツネの周りには、すでに四、五匹の犬が彼女を包囲し、唸っている。彼女だけではなく、その場にいる四人全てに、同程度の犬が取り囲み、威嚇する。
「冗談じゃない。俺たちが何をしたってのさ」
「来るぞ!」
「はいはい、わんちゃんはちょっと嫌いなんスよ。ほら、なんか可愛くないッスからね。特にこのわんちゃん」
「邪魔なんだから殺しちゃえばいいの」
 それぞれがそれぞれに武器を取り、飛びかかってくる犬にそれぞれの獲物を食いこませ掻っ切って行く。
「お嬢ちゃん、出来れば此処は停戦って事で、手を打たないかい?」
「むぅ……本当は嫌だけど仕方ないの。これじゃあ進むにしろ戻るにしろ鬱陶しいの! ……その誘い、本当に嫌だけど乗ったの」
「ひゃっふーい! なんならぜぇぇええんぶ、自分がぶっ殺しちまってもいいッスよぉ! っハハ!」
 何とも歪な笑い声と共に、春華が次々に黒い犬を切り裂いていく。
「此処までお預け食らってたッスからねぇ! 豪快に、爽快に、ばらんばらんの解体ショーッス! ヒャッハッハ!」