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過去という名の鎖を断って ―愚ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―愚ヵ歌―

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     ◆

 アニス・パラス(あにす・ぱらす)佐野 和輝(さの・かずき)の陰に隠れながらに廊下を進む。
「ね、ねぇ和輝……こういうところってなんか出そうで不気味だよね」
「そうか? 俺は特別感じないぞ?」
「それは恐らく和輝が鈍いからだろう」
スノー・クライム(すのー・くらいむ)を纏っている為、暗闇と同化しかけている和輝の姿を探しながら、禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)は、そうおどけながらに返事を返す。
彼等も海たちとは別口での遺跡調査にやってきたらしい。しかも彼等の場合は海たちに来ている事のそれ自体を伝えていない。どうやら和輝たちには何か別の目的があるらしく、それが為に先行している様であってあった。
「ねぇねぇ、何でみんなと回らないの?」
 アニスが尋ねると、和輝は近くにあったトラップを解除しながらに返事を返した。
「別に協力しないとかそう言う訳じゃないんだが、な。調べたからには気になるじゃないか。しかも、リオンが
調べた本に書いてあったこと、あれが事実かを確かめたいんだよ」
 「あぁ、あれだね」と、言うと、アニスは僅かに顔を曇らせる。
「私もやや気になるところがあるしな。まぁそういう訳だから、先に行って情報を誰よりも早く仕入れるのだ。ほれ、もしかしたら確認させてくれないままに持っていってしまうかもしれんだろう? が、どれほどの知識が残った遺跡なのか、興味があるんだ」
 ダンタリオンの書はアニスと共に箒に跨ったままにそう言った。
「兎に角、だ。今回の目的は誰よりも早く情報を集める事」
「もしも海たちが来て、その本が欲しいって言ったら?」
「向こうの出方にもよるが、何もこっちはそれを独占したい訳ではない、読み終わったら渡してやればいいさ」
「わかった」
 そう言って、彼女は箒の速度を速める。
「私たち、少し先に行って罠がないか調べてくるね」
「ああ、よろしく頼む。くれぐれも気を付けてな」
 その後ろ姿を見送る和輝は、近くにあった扉を開き、部屋の中へと消えていく。


 一同の前にそれらが現れたのは、先行班の面々が出発して暫くしてからである。そしてその姿を見つけた面々は、思わず言葉を失った。
「皆、お待たせ」
 鳳明の言葉の後、ラナロックの座っている車椅子を押しながら天樹が一同の前に姿を現したのだ。
「鳳明さん!? 何でラナロックさんを連れてきたんですか?」
「え、駄目だったかなぁ……ラナさんが道案内してくれれば、早く解決できるかなって思ったんだけど……」
「いや、それはそうだが……その、良くラナロックが了承したな」
「ホントよね、だってそんな体だしさ」
「私もね、ラナさんの家に行った時は躊躇ったよ、さすがにね。だって動けそうもないしさ、この前のままだし……あ、でも、本当はもう動けるらしいよ。手足もちゃんと組み立ててあるらしくって、動こうと思えば動けるらしの」
 鳳明はそう言うと、天樹の後ろに控えているカイナの方を見て言った。
「そうだよね、カイナさん」
「うん、まぁ俺は細かい事わからないけどなー?」
「ルカルカさんたちがやってきてね、説明してくれたんだよ。それにラナさんが持ってきてって言ったんだ」
「私も一緒に行くと決めた以上、力になれる事がれば協力しますわ。何せ、私たちの不始末なのですから」
「ラナさん……」
 元気のないラナロックの表情を見ながら、ただ淡々と、本当の機械になってしまったかの様に呟く彼女を見て、衿栖が顔を曇らせた。
と――。

「未散君、お待ちください!」
 彼等の元に響いた声。ハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)若松 未散(わかまつ・みちる)を懸命に制止しながら彼女たちの元へとやってきたのだ。
「煩い! ハルは少し黙ってろ!」
「未散君!?」
 彼女は真っ直ぐにラナロックの前までやってくると、彼女の事を見下ろした。これにはラナロック自身も不思議そうに首をあげ、目の前に立つ未散の顔を伺った。
「おい! どういう事だ」
「………はい?」
「どういう事だって聞いてるんだよ!」
「………ですから」
「私との約束はどうなったんだよ!」
「え?」
 心配そうにその光景を見つめる面々は、ただ静かにその様子を見守るだけしかできなかった。どうやら、未散とラナロックの間で何やら約束をしていたらしい事だけわかったらしく、ただただ黙って、見守っているだけ。
「早く良くなって、またあんときの続きするんじゃなかったのよ! なのに……なのになんなんだよこれ! 私との約束守って早く良くなれよ! これじゃあ、これじゃああんまりじゃないかぁ!」
 と、首を傾げ、ただただ困った表情を浮かべていたラナロックの瞳が、真っ黒に変色していく。
「ごめんね。約束、折角してくれたのにね」
「………あんた」
 そこにどれほどの意味があるのか、一同には理解出来た。ラナロックがこの体になった出来事に居合わせていた面々だからこそ、警戒するにたる事と理解していた。彼女たちは慌てて臨戦態勢を取り、彼女から数歩距離を置く。が、ハルと未散は何故周りが反応したのかわからないまま、しかし続ける。
「覚えては、いてくれたのか…?」
「勿論よ、覚えてる。あなたがしてくれた約束は忘れてない。でも、だけどもう暫く、待っていて頂戴な。あの男が私をこんな体にした。それははっきり言って恨んでないわ。でもね、それとはまた別、私にすれば忌まわしい大馬鹿者を、なんかしなくてはならないの。だからそれまで、待ってくれないかしら?」
「……それ、あんたまたボロボロになんのか」
「…わからない、わからないけれど、皆がいれば、皆がいてくれれば或いは――」
「じゃあ協力してやる。その代り、絶対に約束しろよ。また私と、今度は何の気兼ねもなくやりあおうって。だからあんたは、死んでも大怪我してもダメだ。これも約束だからな」
「……わかったわ」
 虚ろな瞳の彼女は、しかし次の瞬間に瞳の色を変色させ、項垂れる。元の銀色に戻って、彼女は沈黙した。
「……暴れなかったですね」
「今、目の色黒くなってたよね…」
「未散君、約束とは……」
 後ろからおろおろしながら近付いてくるハルに対し、未散はケラケラと、今までの怒っていた表情が嘘の様に笑いながら、ハルへと振り返った。
「内緒だよ。女の約束だからな、教えてやんねー」
 そう言うと、再び振り返って一同に挨拶し、会話を始めた。