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過去という名の鎖を断って ―愚ヵ歌―

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過去という名の鎖を断って ―愚ヵ歌―

リアクション

 5.――『過去という名の地獄絵図 〜思い出〜』



     ◆

 海たちはひたすらに歩いていた。目的地は皆同じ――とある遺跡である。
「それにしても、ウォウルさんが案外元気そうで良かったよね」
 ミシェルは隣を歩く佑一や、他の面々に向けてそう呟いた。
「本当だよねぇ。何だかんだ言ってもあの人だって人間だしさ、もしかしたら――なんて思っちゃったけどね」
「美羽さん、それちょっと冗談になってない気がするんですが……」
「皆で盛り上がってるところ申し訳ないんだけど、誰かこっちにくるわよ」
 話をしながら歩みを進めていた一同は、プリムラの言葉で足を止める。各々、いつ何が起こっても良い様にと構えを取っていれば、そこに現れたのは氷室 カイ(ひむろ・かい)。彼の後ろには清泉 北都(いずみ・ほくと)リオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)の姿も会った。
「なんだ、皆はこれから遺跡に行くのか?」
「こんにちは、皆さん」
 カイの言葉に続いて北都が挨拶をすると、一同と共に歩みを進める。
「今までウォウルさんと会ってたんだ。遺跡の事とかちゃんと聞きたくてさ」
 海が返事を返すと、リオンがやや心配そうに彼等へと目をやる。
「ウォウルさん、大丈夫でしたか?」
「問題ないみたいだよっ! なんか元気そうだったし。なんならホックンたちも来ればよかったのにね」
「いや、話聞いてたら一緒に行ってたと思う。でも、誰も教えてくれないんだもん」
「ん? 昨日電話、入れたんだが……」
 北都の言葉を聞くや、後ろから追いついてきたレンがそう呟く。
「あれ、あれってレンさんの番号だったんだね。いきなりかかってきたからビックリして出なかったんだ」
「そうか、それはすまない事をした…」
「それに確か、私たちその時は別の用事があった気がしますよ? 用が済んで携帯を確認しましたから」
 リオンが更に説明すると、北都は「そう言えばそうだったかもねぇ」とその言葉に返す。
「まぁ、なんにせよ、だ。ウォウルは無事だと言う事がわかっただけでもありがたい。それに後で、今回の協力者に説明するんだろう?」
「あぁ。一応そのつもりだ。ただ、なぁ……」
 どうしたのか、と尋ねようとしていたカイ、北都、リオンの三人に、柚と三月が声を掛ける。
「なんだか込み入った事情があるみたいです。私も細かく聞こうと思ったんですけど、触れられたくない、みたいなそんな感じでしたので、何も聞いてませんよ。ねぇ、三月ちゃん」
「うん。そりゃあ、昔話だっていいお話だけじゃないしね。なんだろう、やっぱりウォウルさんやラナロックさんのあんまり見られたくない過去、なんじゃないかな」
「見られたくない過去、か」
 カイは何やら思うところがあるのか、そっぽを向きながらに口ずさむ。
「だったらもしかして、今日の探索ってあんまり中身を見ない方が良い感じかな…?」
「どうですかね?」
「それも後でカイカイ(海)から話があるよっ! なんだか色々制約があるみたいだったからねっ! 私結構適当に聞いてて覚えてないのっ、ごめんねっ」
「……そう言えば今日、凄く早起きしてましたもんね。お見舞いに何もって行けば良いかってずっと考えてたみたいでしたし」
「あ、ベアちゃん! それ内緒って言ったのにぃ…!」
 ケラケラと笑いながら、一同は一路、協力者が集まる集合場所へと歩みを進めるのだ。



     ◆

 大勢のコントラクターが集まるそこは、廃墟の群れの中核に位置していた。
『遺跡』と言う認識ではあるが、一帯から受ける印象はすなわち「廃墟」やら、「旧研究所」の様なニュアンスが近い。
大勢が集まっている彼等の前に海がやってくると、全員に聞こえる様に声を張って叫んだ。
「皆、協力してくれて、まずはありがとう。これは俺からもそうだけど、多分ウォウルさんの言葉でもある。本来ならきっと、この機会に少しでも交流があればいいと思うが、きっとそんな時間はないだろうから、さっそく本題に移る!」
 ざわついていた彼等は口を閉ざし、懸命に声を張り上げる海に意識を集中させている。
「今日の目的は遺跡の調査でもあるんだが、本来の目的はラナロックさんの情報の収集にある。各自それらしきものを収集し、戻ってきて欲しいんだ」
 明確とはいえ、それは曖昧な注文なのだ。此処にある情報のその全てがラナロックの女王法である、と言う確証はない。故にその一つ一つをよくよく理解したうえで回収をしなければならないのだ。
「目当ての物は、ラナロックさんの封印されていた棺の近くにある本、更にその事に近い本など。あとは施設内に残っている、彼女に関連するデータやその他の情報だ。注意する事は、トラップが多いって事らしい。正確な場所はわからないそうだ」
 その言葉に、一同は再びざわついた。
「でも、恐らくはみんなの力があれば大事ない程度だと思う。これはウォウルさんからの情報ではないけど、俺はそう思ってる」
 その場を鎮める様に海がそう言うと、一番前にいたヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)が海に向けて言葉を放った。
「ならばいっその事、三つのグループに分けるのはどうだ? 先行班が主にトラップの処理をしながら進行。メインの班が後ろからついていき除法を回収する。最後に後発班が拾い残しを探して回収する」
「それもそうだな……うん、良い案だと思う、ありがとう」
「なぁに、礼には及ばんよ」
 笑顔を交わし合う二人。と、海が大きな声でヴァルの案を述べ、班を作る事を提案した。
「因みに俺は先行班に入るぞ。トラップなどをなるべくどかすとしよう。皆が安全に進める様に、皆が安全に帰れる様に」
「あぁ、頼んだ」
 二人が会話を交わし、ヴァルは海から少し離れたところで大きく手を上げる。
「先行し、共に進路を切り開くものは俺の元に来い! これからの話をしよう」
 何ともまぁ頼もしい物だ。などと思いながら彼等の動きを見ている海の元、柚と三月がやってきた。
「私たちは海君と一緒に行きます。今日も精一杯、頑張りましょうね」
「よろしく頼むよ、海」
「あぁ! こちらこそ、だな」
 改めて挨拶を交わす三人。と、彼等の元に
雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)を連れて茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)レオン・カシミール(れおん・かしみーる)茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)がやってきた。
「皆さん、遅くなっちゃってすみません! 今日は頑張りましょうね!」
「わぁ……凄い人数。って、まぁ探し物するならこのくらいの人数がいた方が良いのかしら。って、あれ? 海じゃない、あんたこんなところで何してんの?」
「おう、雅羅も来てくれたのか。いや、ウォウルさんからお願いされてさ、探索してくれって」
「へぇ……ウォウルさんがねぇ(何で私には話してくれなかったのかしら。ま、良いけどさ)」
 雅羅と海が簡単に話をしている横、衿栖はレオン、朱里とやや深刻そうに話していた。
「ラナさんの為、ですよね。ウォウルさんだってあんな事、したかった訳じゃないでしょうし……私たちが頑張らないと」
「衿栖、あまり気を張りすぎるなよ。適度なのは良いが、気負い過ぎると怪我をする元だぞ」
「大丈夫よね、だってちゃーんと、私が守ってあげるもん!」
「ありがとう、朱里」
「まぁ、故に俺たちもこうやってついてきた訳だしな」
 改めて、と決意を固める三人。と、今まで黙ってみていたレンが一同の注意を集め、声を上げる。
「これは無理な事かもしれん。これはある意味不可能な事かもしれないが、聞いてくれ。今から俺たちが向かうのは、言ってしまえばあの二人のブラックボックス、パンドラの箱だ。開ければ最後――になるやもしれん。だから、出来るだけ中身を確認しないままの回収を頼みたい。俺たちだけの問題ではなく、あの二人の為に。出来ればで良いんだ」
 誰しも、人には見られたくない過去があって当然だ。そしてそれは、ウォウル、ラナロックの二人にとっても例外なく存在するのだろう。だからレンはそう言った。そして続けるのだ。ウォウルから直接頼まれた言伝を。
「最後になるが、良いか? 海」
「え、ああ……」
「大体班も分かれてきた様だし、それぞれ出発するだろう。だから、ウォウルからの約束と願いをみんなに伝える。

 『生きて帰れ、危なくなったらすぐ逃げろ、これが終わったら、皆でパーティでもしよう』

だそうだぞ」
 ウォウルを知らぬ者は首を傾げる。
 ウォウルを知る者はただ苦笑した。
ただただ、それだけの話である。



     ◆

 皆に見送られて足を進める先行班は、かくして遺跡に足を踏み入れるのだ。
「いやぁ、やっぱりこういうところは血が騒ぎますねぇ! こう『冒険だっ!』みたいな空気、わくわくしますよ」
彼等の中の一人、レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)は隣を歩くミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)にそんな事を言いながら、何やら意気込みの姿勢をポーズで表現している。
「レティ、一応みんな真剣なんだから、そんな事言って怒られても知らないわよ」
「なぁに言ってるんですか。皆真剣なのはよぉく知ってますよ。ただねぇ、皆で仏頂面ってはいただけないでしょう? 少しは元気がないと、ただでさえこういうところですからねぇ、空気が淀んで持ってかれちゃいますよ」
 言われてみれば、などとでも言うかの様に、ミスティは辺りに立ち込める嫌な空気を見回した。
「それもまた一理。大助、良い事を聞いたな」
「はい! 母上!」
その近くを歩いていた柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)は、レティシアの言葉に関心したのか、真田 大助(さなだ・たいすけ)にそう声を掛ける。
「確かに此処は良くない。死地の匂いしかしないとはな。その『ラナロック』とやらには会った事ないが、どういうやつなんだ?」
「怒るととっても怖い人、だよ……! 我も一度だけあった事があるけど、怒ってる時は鬼の形相だよね、孝高」
「ん、そうだな。あぁ、そう言えば俺、あの人の腕ずっと抑え込んでた気がするぞ……結構力は強ぇし、厄介な役回りだった気がするな」
氷藍の質問に天禰 薫(あまね・かおる)熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)が答えた。ふぅん、と、氷藍が返事を返すと、大助は興味深げに二人に尋ねる。
「ならば怒っていない時は、どのような方なのですか?」
「んー、そうだなぁ……我たち、あんまり長い事いなかったけどね、そのあと誕生パーティやったんだよ。その時に見たラナロックさんは、凄く優しそうで、凄く綺麗だったよ」
「同一人物か、正直わからなかったってのが、率直な感想だな」
 孝高は自身の顎に手を当てて、何か思い出す様に大助へと言った。
「そうなんですか……母上、大助もその人に会ってみたいです!」
「んー? まぁ、そうだな。機会があればあってみるのもまた一興、だな。に、しても――だ。この遺跡、本当に妙だな」
 氷藍は周りを見回しながら呟いた。誰もいな筈のそこには、至る所に誰かがいた痕跡が残ったままのだから。さも、つい最近まで此処で誰かが生活しているかの様な風景が一同を包んでいる。
「此処は全部で地下二階まで。合計で三フロアあるらしが、一階はこの大広間の様な場所、だけなのか?」
 ヴァルが首を傾げながら先頭を進んでいる。無論、会話を交わしている一同は一切において警戒を怠って等いない。
「いやいや、此処が大広間だってのはどうにも気に食わんなぁ……おっと、誤解しなさんなよ? 何もあんたの見分にケチをつけてるってぇわけじゃねぇよ。ただよ、なんてんだ、違和感があんだよな。広間なら広間で意味があんだろ? なのに何もねぇのは、どうもなぁ」
ヴァルの言葉に反応したのは、今まで口を閉ざしたまま、詰まらなそうに歩いていた後藤 又兵衛(ごとう・またべえ)
「ぴきゅう!」
彼の頭に乗っていた天禰 ピカ(あまね・ぴか)が声を上げると、ヴァルたちの足が止まる。
「なるほどねぇ……随分と手の込んだ仕掛けがあるみたいですねぇ…これはちゃんとまわり見回さないと、『大事ない』なんてこと言ってられそうにないですねぇ…」
 それはプラグの様な物だった。どうやら設置式のトラップらしく、原理は虎鋏のそれと同じようなものらしい。踏んだら発動し、対象に電流を流す、と言う仕組みの物。それは地面にあったがしかし、可動式なのかレールの上を移動していた。音もなく。
「初めからこれ、とはまた、随分粋な事してくれるんじゃあねぇか」
「一層我等が目を光らせねばなるまい」
 孝高が苦笑し、ヴァルは更に意気込みを見せた。
「よし、そろそろ罠が多くなるかもしれんからな。気を引き締めていこう」
 それぞれが『殺気看破』、『トラッパー』を発動しながら罠を警戒し、先へと進む。
「毟って、毟って……うん。こんなところかな」
 一同の最後尾、薫は何やら不思議な物を千切ってそれを地面に放り、また千切っては放りを繰り返して後に続く。
「薫、何してるんだ?」
 どうやらその行動に興味を持ったのか、氷藍が彼女に尋ねる。
「こうやっておけば、我たちが進んできた道がわかるでしょ? 後からくるみんなが効率良くトラップを踏まないで進めるように目印をつけてるの」
「ほう、それは名案だな。どれ、俺もやらせて貰おう」
 口調や態度とは裏腹に、どうやら氷藍、自分もやりたかったらしい。そう言いながらも瞳をキラキラと輝かせながら、薫が持つ謎の物体を受け取った。
「うわっ! ……何だこの感触。若干癖になりそうだ……わぁああ! 面白いっ!」
 テンションが上がったらしい。思わず声のトーンが上がり、二人は毟っては放り、毟っては放りを繰り返している。