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第一章:トラベラーズ・ハイ


 ヒッチハイク。それは、世界は優しさ=愛でできていることを肌で感じることのできる旅である。……らしい。どこぞに書いてあったので、まあそうなんだろう。
 見ず知らずの人が、純粋な好意、優しさだけで車に乗せてくれる。
 そこから生まれる出会いや会話によって、ふれあいの大切さ、感謝され感謝する心の尊さ、世界の本当の素晴らしさ、旅の楽しさなどが実感できるのだ。
 因縁や後腐れがないのもこれまたいい。短い間の出会いだからいいことだけを見ることができるし、見せることもできる。ひと時だけの大切な思い出。
 それはヒッチハイカーたちの心に鮮明に残るだろう。その魅力は、人を再び旅にいざない、多くの絆を作り上げていく。
 ――で。
 気が付いたら、もみワゴンはただの乗合バスになっていた。停留所もないのに道端で待っていたらやってきて、全員乗せてくれたのだ。
 もはやヒッチハイクってレベルじゃねーぞ、これ。と誰かが言い出さないところが不思議だった。
「まあ、たまには時刻表のないバスの旅も悪くないですわ。面白いイベントも企画しているようですし。ねえ、運転手さん」
 すでにもみワゴンの中でくつろいでいるイングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)が優雅な笑みを浮かべて千種 みすみ(ちだね・みすみ)に視線をやる。
「“Defeat me if you dare!”とは大きく出たものですわね。わたくしに対する挑戦と見てとりましたわよ。受けて立つ準備はいつでもできていますから、そちらこそどこからでも掛かってきて、わたくしを倒してみなさい!」
「悪くないわね。どこでやろうか……」
 前を向いたまま、みすみは答える。その口調に臆したところはない。視線はあっていないのに、バチバチと闘気がぶつかり合った。
「……?」
 どうして、この二人出会っていきなりけんか腰になってるんだ? 乗っている誰もが呆気にとられる。
「まあまあ、ゆっくりしようよ。ちょっと落ち着こうね、イングリットくんも」
 空京からこのバス、もといワゴンに乗り込んできていた桐生 円(きりゅう・まどか)が、隣の席で諌めるように口を開く。
「歩ちゃんがトランプ持ってきてるから、後ろでやろ?」
「後ろって……。このバス、こんなに広かったでしたっけ?」
 イングリットは座席から身体をよじらせて後ろを見て、目を丸くした。
「細かいことは気にしないの。たまにはこんな、な〜んにも考えない旅もいいでしょ」
 ヴァイシャリー行きと聞き円と共にこのワゴンに乗り込んできていた七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は、すでに後部のラウンジ席に陣取ってトランプを広げていた。それにつられて、何人かの同乗者たちも寄ってきている。
「ラウンジ席って……、え、あれ……? もしかして、これ突っ込んだら負けっていうゲームか何かなのですの?」
 釈然としない表情のイングリットに、円は素知らぬ顔で続けた。
「どこか不思議なところ、ある? ボクとしては、みすみくんがワゴンの運転をできることのほうがびっくりなんだけど」
「運転免許なんか飾りです。偉い人にはそれがわからんのです」
 と答えてくれるみすみ。
「小さいころからお祖父ちゃんのお手伝いで種もみ配りをしていたから、運転には自信があるの」
「うわぁ、無免許だ。なんか豆腐屋親父の手伝いをしていて峠下りが上手くなった86少年みたいだね」
「あの時代には種もみも豊富にあって入手に困らなかったらしいわ。ヒャッハーのモヒカンももっとふっさふさだったって話しだし」
「そのころから、モヒカンいたんだ……。っていうか、種もみが豊富にあったら強奪する必要ないと思うんだけど」
「でも、世界が核の炎に包まれてからは……」
「何の話をしているの? 核戦争なんてどこでも起こってないよ」
「……あ、あれ? 私の存在意義が……」
 戸惑った様子のみすみに、歩が力強く元気づける。
「歴史を直視しちゃだめよ。ついでに現実も直視しちゃだめよ。みすみちゃんは、妖精みたいな存在なんだから」
「なんか、私だめな人みたいな扱いなんだけど……」
「深く考えないで。今大切なのは何? 種もみ配りとモヒカン退治でしょう? あたしたちはワゴンの後ろでトランプしながら応援してるから、安心して」
「……うん。ありがとう」
 なんだかよくわからないまま、みすみは頷いた。
 ちょっぴり頭のほうは残念なんじゃないだろうか、この娘。だが、そのおかげですぐに元気を取り戻す。
「実はこのワゴン、防弾性があってヒャッハーが来た時には要塞になるわ」
「つまり、安心してトランプができるってわけだね。さ、イングリットくんも納得したところで一緒に後ろに行って遊ぼう」
 手を引いて席を立った円に、イングリットはうぐぐ……、と歯をかみしめる。
「……色々と言いたいことはありますけど、これ以上は聞いてあげませんわ」
「相変わらず負けず嫌いだよね。そういうところで勝負しなくてもいいと思うんだけど」
「イングリットちゃんはともかく、みすみちゃんも意外と好戦的よね。種もみゲッター挑戦待ちって、気合入ってるなぁ」
 トランプを配りながら言う歩に、みすみは運転席からちらりと視線だけを投げ返してくる。
「巻き込んでごめんね。死してしかばね拾わせるなかれ。ただ苗床になるのみだって、ご先祖様からの言い伝えだから」
「みんな伊達と酔狂でつきあってるんだから、恐縮することはないわよ。のんびり行きましょー」
 本当にのんびりまったりと、歩は円たちと遊び始める。
「仕方ないわね。暇だから私も付き合ってあげるわ」
 ほどなく雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)がその輪に加わった。彼女は不敵に笑う。
「言っておくけど、私、大富豪ならちょっとしたものよ。3が四枚とかすぐに手元に来るし。革命で荒らしてやるわ」
「言うじゃない。本物のブルジョワジーの力を見せてあげるよ」
 ジョーカー二枚持ちの大富豪の円はニイッと目を細めて迎え入れる。
 女の子ばかりでワイワイ仲良くトランプ遊び。、かと思いきや、この濃いメンバーならば、荒れるのは必至。
「あはははっっ、搾取搾取ぅ! 貧乏人は永遠に貧乏人だよ! 地べたを這いずり回れ、ド貧民!」
「うぐぐぐ……、成金大富豪のくせにっ! 食らえ、革命返し返しよっ。……これで、私の残りカード一枚になったわ! ざまあ見なさい!」
「ふふん、カスカードしか残ってないくせに。中産階級を侮らないでいただきたいわ。醜い争いをやり過ごしてから、じっくり殺してさしあげますわ!」
 誰もが憧れる有名なお嬢様がたが、勝負に熱くなって人格が変わり始める。
 乗り合わせた男子たちは、女の子たちとお近づきになりたいものの少々輪に入っていきづらそうな様子だ。そんな中、堂々と彼女らの間に挟まれてプレイを楽しんでいる男子が一人。
「あはは……、ちょっとエキサイトしてきましたかね? 頭を冷やしましょうね」
 勝負に負けてぷくぅと膨れる雅羅に視線をやって、白星 切札(しらほし・きりふだ)は楽しそうに言う。
「雅羅、こういうのは肩の力を抜いてプレイするといいですよ。旅は長いですし、仲良くしたもの勝ちです」
「……なによ。私たちはいつだって真剣勝負なんだからねっ」
「負けず嫌いですねぇ……」
「あわわわ……、ちょっと怖いよ……」
 雅羅とともにこのワゴンに乗り込み、一緒に遊び始めた白星 カルテ(しらほし・かるて)は、イングリットたちに睨まれて首をすくめた。膝に乗せてくれている切札に助けを求める。
「どうしよう、ママ。凄くいいカードが来たんだけど。あの様子だと、勝ったらどんな目にあわされるか……」
「遠慮せずに大富豪になって、搾取してやればいいですよ。そのうち熱も冷めてくるでしょう……」
 容赦のない台詞をはく切札。意に介さずプレイを続ける女子たち。いや、それよりも……。
「……あの、ママって、失礼かもしれないけど、あなた既婚者なの? ずいぶん若いのね」
 背後でぼんやりとプレイを眺めていた真理子が聞いてくる。
「どんな恋愛があったのかしら? 大変だったでしょ?」
「いやいや、突っ込むところ、そこじゃないだろ!?」
 我慢できずに男子生徒の一人が言う。
「どう見たって男じゃん、こいつ。もしかして、アレか? モロッコかどこかへ行ってきたのか?」
 空気を読まない思い切った発言に、みんなはよくやったと賛同したように頷く。
 切札は苦笑して。
「失礼ですね。ノーマルですよ」
「ママはママだよ。お兄さんにママはいないの?」
 珍しく、カルテが答える。
「いや、いるけどさ。ちょっと違うというかなんというか……。大丈夫なの、キミ?」
「ワタシはキミじゃなくて、カルテだよ。見てのとおり、元気だよ」
「そうか、元気か。よかったな、カルテちゃん。……って違〜う! どうして膝の上に載ってるんだとか、突っ込みどころ多すぎて、お兄さんどうしたらいいかわからないよ」
「あ、お兄さん顔真っ赤」
「……む、馴れ馴れしく呼ばないでください。お兄さんなどと言ってほしくないですね」
 ムッとした表情の切札。
「はいはい、少し頭を冷やしましょうね、切札」
 雅羅が言い返してくる。さっきの難しげな表情から柔らかく微笑んで、
「もう大丈夫よ、カルテ。今の会話で場が和んだわ。一緒に楽しみましょう」
「……そう。だったら上がりだよ。今度はワタシが大富豪だね」
「きゃー、なにしてくれんのよ、あんた!?」
「さて、搾取搾取……」
「お、覚えていなさいよ。ギタギタにたたんであげるんだから」
「……クスリ」
 リラックスムードになった車内では、楽しい時が流れていく……。