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リアクション
(2)合流地点(地上)
西カナン中央部。エゼキエルの集落から北東2km地点。
地表は今も砂に埋もれ、草木は一本も見あたらないこの場所で、契約者たちは「アナグマ」の面々と合流した。
「……やっぱり、樹ちゃんが聞いてきた情報と違う部分もあるね」
緒方 章(おがた・あきら)が辺りを見回して、そう呟いた。
彼の手元にあるのは【カナン諜報室】を管理する武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)から得た地形データと実際の地図だ。
パートナーである林田 樹(はやしだ・いつき)が事前に問い合わせて取得したものだが、こうして現状と照らし合わせてみると、目の前に広がる光景はどこも砂、砂、砂に砂ばかり。地図に記されている道はもちろん、土地の起伏さえ変わってしまっていた。
「まぁ、こちらのデータを送信すれば修正してくれるだろうけど、」
その程度なら修正は現場レベルで十分に可能。「アナグマ」の集めた情報と合わせて地図を修正、地下に通る「マンボ」の道も地図上に書き記してゆく。
「思った以上に集まってくれたみたいでなぁ、感謝するぜぇ」
掘削集団「アナグマ」を代表して一人の男が言った。男は「ジル」と名乗ったが、現場では「お頭」と呼ぶよう指示された。「お頭って呼ばねぇと返事をしないぜぇ」などと笑って付け加えてもいた。
「作業は二手に分かれてやる。ここから集落までの2km、それから北東に3kmのルートだ」
「この場所から始めるという事は、この場所を境に崩落状況が異なっているって事かな?」章が訊いた。
「おっ、分かってるじゃねぇか。その通りだ、北東の道の方が崩落が酷い。縦穴も殆どが埋まっちまってるしな」
先に現地入りした「アナグマ」は真っ先に地形の変化と「マンボ」の状態を調べたという。作業工程の初手としては当然のことだが、半日もかけずに崩落の現状を調べあげた手腕は、さすがと言うべきだろう。おかげで修繕計画も人員配置および護衛計画を立てるのは思っていた以上に容易にできた。
お頭との相談の結果を章が樹に伝えると、彼女は早速「なるほど、それではまずは私たちもグループを二つ作ろうか」と指揮を執り始めたが、同時に、
「……ところで、一番張り切っていたはずの魔鎧はどこへ行ったんだ?」
と、同行していたはずの新谷 衛(しんたに・まもる)の姿が見えない事に気付いた。
「あれっ? 確かコタ君(林田 コタロー(はやしだ・こたろう))と一緒にアナグマの所に行ってくるって言ってたような」
「……すまんが、行って見てくる」
「あ、うん。お手柔らかにね」
嫌な予感しかしない。契約者たちの集まりの少し外れに瞳を向ければ、それは容易に見つかった。
「よっ、ほっ♪ おぅおぅ、よほほぉっと♪」
両手を広げ、フリフリと腰を振っている。気持ちとしてはゼリーのようにプルプリと体を揺らしたいのだろうが、どうにも節々がカクカク言っている。体が硬いのが原因だろうか。
「……お前達は何をやっているんだ?」
「あー、いっちー。聞いてよ、マンボって結構難しいのねー」
パアッと咲いた満面の笑みが余計にイラッとさせた。
「そんなに踊りたくば銃弾で踊らせてやろうか?」
「何でっ?!!」
有無を言わさずに銃口を頬に当てて、グリグリされた。
「うわー、やめていっちー、暴力反対!」
銃がリロードされている事を考えればもはや暴力という言葉さえ可愛く思えるが、とにもかくにも衛は必死に弁解した。樹の逆鱗は「修復作業の計画立てと準備をしているはずなのに、マンボを踊っていた」事にあるらしい。
衛は必死に「こうして踊りを習うことで彼らとの距離を縮めようとしたのだ」「結果として今後の作業効率を上げることに繋がるのだ」と説くことで、どうにかようやく銃を下ろしてもらえた。
「なるほど、そういう考え方もあったか」
「そ、そうよ。こうやって人の輪を作るところから、作業は始まるんじゃネェの?」
「まずは打ち解けることから……か、私はそういった事を考えたこともなかったな」
苦笑いを浮かべ詫びる樹にコタローが、
「……こた、めーなことやった?」と涙目で寄って来た。力無く垂らした両手にはマラカクが握られている。マンボのリズムに合わせてお尻をフリフリしている様は想像しただけで可愛らしかったが、シュンと落ち込む顔はコタローには似合わなかった。
「いやいや、コタローは何も悪くないぞ。むしろ、踊ってくれてありがとう、だ。でも今は、アキラ(章)の手伝いをしてくれないか?」
「あい! こた、あきのとこいっれ、おてつらいすう〜!」
パタパタと足音を立てて章の元へ戻ってゆく。それを見送ってから樹は「アナグマ」の面々に向き直ると、
「すまんな、驚かせてしまったようで。どうも私は、思考回路の柔軟性に欠けるようだ」
一番驚いたのは銃を突きつけられた衛だったろうに……。
「お頭と相談してな、修繕計画が立った。準備が整い次第お願いしたい」
お頭と立てた計画と人員配置を彼らに伝えた。それに沿って契約者たちも準備を始めた。
「拠点はこの場所という事でなるのだろうか」
クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)がお頭に訊いた。ここからは二手に分かれ、連絡は無線を使うという。もちろん地下では契約者たちの携帯は使えない。
「運んできた物資をどこに配置したら効率が良いだろう。分かりやすいのはこの場所になるのだろうが」
彼は振り向いて後方を指した。パートナーの島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)と島本 優子(しまもと・ゆうこ)が荷馬車と引いている。
依頼を聞いた彼はいち早く「エゼキエル」の集落に向かった。現場で必要になるであろう工具や資材などを調達し、ここまで運んできたのだ。「アナグマ」との連絡が取れなかったため、実際には不要な物も多く運んできてしまったようだが。
「物資の運搬は私たちが行おう。他にも必要な物があれば用意する」
一刻も早く地下水道を復旧するために、自分たちは「アナグマ」や契約者たちのバックアップに努める。それが自分たちの今回の役目。ちなみに馬はザルバから借り受けた西カナン軍の『パラミタホース』である。
「とりあえず工具の類をみんなに振り分けるよ」
優子が馬を下りて荷を解き始めた。契約者たちも各々に用意してきているだろうが、地下に入ってから「アレが足りない」「コレがない」なんてことになっては目も当てられない。
「わたくしはここで待機します。追加の物資がどれほどになるか集計しなければなりませんし」
「そうだね、アナグマの人たちにも訊かないと」
口振りでは一日で突貫、そして補工をして済ませるようだし。
「時間との勝負だよね。まぁ、集まった人数を見てそう言ったんだろうけど」
「ですが、建設工事にアクシデントは付き物ですからね。どうしても予定外の出来事は起きるでしょうから」
「戦場と同じってわけね」
その時に素早くカバーできるように、この場で態勢を作っておく。ヴァルナの話は最もだが、心配なのはやはり運搬方法だ。「エゼキエル」の集落にもトラックや『小型飛空艇』の類は見あたらなかった。こういう時こそあれば便利なのだが、それらがカナン全土に配備されるのには、まだまだ時間がかかることだろう。
「とにかく私は北東地点に向かうわ。向こう側からも掘り進めるみたいだから」
運搬は優子、追加物資の調達はヴァルナが担当する。ジーベックは物資の管理と配分を行ってゆく。
「…………やはり…………どうでしょう」
レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)が口を尖らせた。視線の先には「アナグマ」の面々と話すクレーメックの姿があった。
ザナドゥ戦線での彼の行動は聞いている。魔族の中でも特に卑劣な悪魔「ベリアル」の封印を解き、呼び出したばかりか、カナンの一部割譲渡を条件に戦いに向かわせたと聞いている。
そんな人物と共に働くというのは……。何よりそれらの事実を「アナグマ」の面々は知らないようだし……。
「レイチェル? レイチェルっ?」
大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)に呼ばれて初めて顔を上げた。実はその前から呼ばれていたのかもしれない。
「どないしたんや? 顔、怖いで」
「あ、いえ、少し考え事を……」
「考え事?」
レイチェルの視線を追って、泰輔も気付き、「なるほどな」と呟いて応えた。
「気に食わんのやろ? 僕かて確かにいけ好かん。気持ちは分かるで」
「それもありますけど。アナグマの人たちは何も知らないんですよね」
「まぁ、そうやろな。ってオイ、」
「警戒しなくて大丈夫でしょうか? 基本は任務に忠実な軍人のようですが、実は―――」
「やめとき。わざわざ火種放る事ないやろ、揉め事になったら厄介なだけや」
「ですが……」
「気持ちは分かる、せやけど、ここへは仕事しに来たんやで。効率下げるような真似はするべきやない」
「僕もそう思います」
フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)もこれに賛同した。
「ギスギスするのは良くありません。せっかくのマンボがテンポダウン、リズム気分も弾みません」
「………………」
「………………せやな」
手には『アコースティックギター』、眼球はルンルンに輝いていた。一刻も早く「アナグマ」たちと共にマンボを奏でたくてウズウズしているのだろう。せっかくの賛同のセリフが台無しだった。
「まぁ、僕らが警戒していればそれでええっちゅう話や。せやろ?」
「その通り! ノリノリでいこうよ、さぁさぁ、アミーゴ!」
「あっ、おいフランツっ!!」
言い切るより前に踊り奏で始めていた。周囲を見れば、準備を終えた契約者たちが続々と作業穴へと入りている。顔見せの為に地上に上がってきた「アナグマ」の面々も地下へと戻って行く。
「取り越し苦労でしたね」
魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)が小声で言った。聞こえたのはトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)だけだったろう。トマスも同じを見つめて「そうですね」と安堵した顔で返した。
不意に聞こえてきたレイチェルと泰輔の会話とその行方を二人は内心ドキドキしながらに聞いていた。
彼らも泰輔と同じく「アナグマ」に伝えることは無駄な揉め事を生むことにしかならないと考えたようだ。
「ここでの私達の任務は「マンボ」修復ですからね、カナン復興のためにもそれを第一に考えなくては」
その為にはとにかく揉め事は起こしてはならない、それは間違いなく作業を滞らせてしまう。「第一任務」達成の妨げになる事象は排除するに限る。
「まぁ、個人的にはいい感情を持てないけど……」
思いは泰輔らと同じでも、トマスたちは事情が異なる。それは彼らがクレーメックらと同じく「シャンバラ教導団」所属だという事だ。
「カナン復興の為に来て下さってるんだから、個人的な感情は押し殺すよ。……階級上の人だし」
「そうですね。礼を失しない程度に距離を置いておきましょう」
短時間で物資はもちろん馬や荷馬車を確保した手腕はさすがと言った所だろう。階級が上というのも頷ける。
「は〜〜〜、うっ!!」
地下に下りてみればパートナーのテノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)がノリノリでマンボを踊っていた。
「ほらほら二人も来いよっ! 暗い顔なんかしてたら腐っちまうぜ」
見様見真似でも、ステップはリズムに合っている。筋肉質な割に動きもなめらかだ。
「さぁ! 私たちも負けていられませんよー!」
「えっ、ちょっ待ってよ」
マンボの音楽に乗せられたのか、魯粛もまたノリノリで「アナグマ」たちの輪に入っていった。
郷には入れば郷に従え。彼らが行う掘削作業にマンボが必要不可欠ならば、まずはそれを習うまで。『匠のシャベル』を手に掘削を始めようとしたテノーリオも「よっしゃ、景気付けにまずは踊るぜ!」と言われ誘われ彼らと共に跳ね始めた。
陽気なマンボのリズムにはトマスの真面目すぎる動きはどうにもどこかズレて見えるようで、「アナグマ」の面々にも大いに笑われたが、おかげで雰囲気は一気に和やかに花咲いた。
掘削作業が始まるのは彼らへの教授が済んでから、そして一踊りし終わってからになるようである。
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