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リアクション
(3)マンボ(地下水道)−2
一方こちらは集合地点から北東に500mと進んだ地点、もちろん地下である。
「さぁさぁみんなー、アゲて行くわよー★」
五十嵐 理沙(いがらし・りさ)がクルクルと回ってからポーズをキメた。
マンボのリズムなんてお手のもの、理沙は見事にリズムに乗った踊りを披露してゆく。
「アイドルに必要なのは対応力と応用力だもんねっ★」
掘削作業を行うのにマンボの音楽と踊りが不可欠なら、私が踊るしかないでしょう、と理沙はまるでここがスポットライトの当たるステージかのように堂々と。そんな理沙を優しげな瞳で見つめているのは、
「(ふふ。とっさのお勉強が役に立ちましたね)」
パートナーのセレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)だ。
今回の依頼を聞いてから現地に赴くまでの僅かな時間の中で予習をする理沙の姿をセレスティアは見ていた。真剣な理沙の瞳をすぐ隣で見守っていたのだ。
「そろそろ私も穴掘りに加わっちゃおうかなー★ ユンボ♪とマンボ♪でマンボ修復、きゃっほ〜♪」
「あ……理沙、その事なのですが……」
「へ?」
ユンボを借り入れられれば作業効率も大幅に上がると考え、「アナグマ」の面々に提案してみたのだが、地上ならともかく地下でそんな機械は使えない、と言われてしまっていた。
「えぇー、使った方が絶対に早いのにー?」
「だ、大丈夫です、そのためにわたくし『匠のシャベル』を持ってきてますので。掘りますわ、本気だしてサクサク掘り進めますわ、ほほほほほ。」
「んー、そう? ん、まぁそれでも…………あっ! そうだセレスティアっ!!」
「なっ、なんですっ?!」
「一緒に踊るわよっ」なんて言われて強引に誘われるんじゃないかと、掴まれた手を、つい引き退いてしまったが、
「これ、アナグマの人に渡したいんだけど、誰が良いかな?」
「……これは」
手の中にあったのは理沙の『銃型HC』だった。
「彼らとも情報は共有しておいた方が良いでしょ? 私たちはセレスティアのがあるし」
地下でも縦穴の真下ならば微弱ながら電波は届く。だれこれ制限つけずに携帯やHCで受け取ることが可能のはずだ。
「わかりました。前線で作業をされている方にお渡ししてきますわ」
「うん。お願いね」
セレスティアが向かったはここから少しと先。北東へと掘り進める最前線部。
「う〜〜〜〜〜ん」
清泉 北都(いずみ・ほくと)が工具で掘り掘りしながらに唸っていた。
「そうか〜、う〜ん、まぁそんな予感はしてたんだけどねぇ〜」
「どうかしましたか?」
パートナーのクナイ・アヤシ(くない・あやし)が手を止めて訊いた。彼は北都が砕いた岩盤を袋に詰めている。もちろん指定の場所まで運び出すためだ。
「マンボを踊るってね、休憩中だけだと思ってたわけでね〜」
「お気に召しませんか?」
「お気に召さないというか〜、集中できないというか〜?」
作業開始の時から今の今までずっとに「ジャズ」音楽が流れされていた。もちろんマンボを踊るためなのだが、『超感覚』で周囲を警戒してる北都にしてみれば気が散ることこの上ないものとなっていた。むしろ……嫌がらせ?
「そもそもさ〜、ずっと踊ってる意味あるのかなぁ〜」
「確かに……必ず一人は踊っていますよね」
「そうなんだよ〜、人手が足りないって言うから手伝いに来たのにさ〜」
それでも今日は契約者ダンサーズたちが居るので一人だが、普段は工員の中から二名が踊りを担当するらしい。ローテーション制だと彼らは言うが、そういう問題ではない。
「踊っていては休息にもなりませんしね」
「そうだねぇ、というか踊ってるときの方が生き生きしているような気もするし」
「ってオイこら。グチってねぇで働きやがれ」
背後からソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)の声がした。大いに機嫌が悪いようだ。
「口なんざ動いてたって岩塊は減らねぇんだよ。さっさと手と、体を動かしやがれ」
自分の体ほどもある大きな岩塊を軽々と持ち上げては、肩に担いだ。『奈落の鉄鎖』の効果は抜群のようだ。
「ったく、何で俺が手伝わないといけないんだっつの。あ、オイそこ! 崩れるかもしれないんだ、もっと慎重にやれよ」
岩塊が転がっているという事は岩壁も崩れる可能性があるということだ。ソーマはスッと近寄り、そして岩壁の上部に手のひらを向けた。
「二分だけだぞ。俺の手が疲れちまうからな」
岩塊が落ちてきても『奈落の鉄鎖』で軽くすれば被害は小さい。「アナグマ」の工員も「おうよ、助かるねぇ」なんて言いながら手際よく岩塊を撤去していった。
「あれで口が悪くなければ……ねぇ?」
北都は優しげに、またクナイはどうでも良いと言わんばかりに、
「それが彼の個性なのでしょう。興味はありませんが」と呟いた。そうしてソーマの様が気に障ったのか、
「あの程度のことなら、先程からずっとしていましたよね」
と、クナイは帯同させた『オリヴィエ博士改造ゴーレム』を見上げて言った。その巨体を生かし、ゴーレムは掘削面の上部を巨腕と頭部で支えている。
「おっ、こいつは良い岩じゃねぇか」
クナイの背後から、ゴーレムにも劣らない巨体をしたラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)が顔を覗かせた。
「運び甲斐があって嬉しいねぇ。よっと」
転がる岩塊の中でも特に大きなそれを軽々と持ち上げてみせた。彼はその自慢の肉体と腕力で岩盤の撤去を行っていた。
「よっほほっ、ほほほっとぉ」
鳴り響くマンボのリズムに合わせて……いや、正確には微妙にズレているが、それでも実に軽快な足取りで岩盤を運んでゆく。
「楽しそうだねー、ずいぶんと」
マカラスをふりふり、しゃかしゃん。桐生 円(きりゅう・まどか)が声をかける。
「完全になりきってるねー、どっからどうみてもガテン系だぁ」
ヘルメットにタンクトップ、ニッカポッカというスタイル。確かにラルクのそれはガテン系あんちゃんスタイルだった。対する円は体操服にジャージという出で立ちだった。
「ボクもそれが良かったなぁー、汚れるの嫌だし。作業服とか貰えたらやる気も出るんだけどなー」
「なに言ってやがる、十分楽しんでるじゃねぇか」
しゃかしゃかしゃんしゃん、マラカスふりふり。
「んー、不思議だよねー、そんな気なかったんだけど、やってると妙に気分が良くなってくるんだよ。不思議だねー」
とりあえず義理で来たってだけだったのだが。リズムに合わせてマラカスを振っていたら、次第に自然と腰も足も勝手に動き踊り始めていた。表情だけはやる気なさげ、動きはノリノリという構図は妙にシュールで面白い。
シュールと言えば、
「マンボー! うっ!!」
傍で踊る樹月 刀真(きづき・とうま)の様も実に奇異だった。
いや、予め言っておこう、普段の彼を知っているからこそ奇異と感じるというだけで、彼は実に真面目に、しかも実にリズム良くステップを踏んでいる。実に楽しげに、笑みまで浮かべて踊っているのだ、しかもかけ声まで、ほら。
「マンボー!!」
殺伐な雰囲気を纏う彼の面影は、また冷酷な目つきをした彼はここには居ない、居るのはただ無邪気に目一杯にこの場を楽しんでる一人の好青年だ。
「そこ、ステップが逆」
そんな彼のパートナー、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が彼に指摘した。刀真のステップ、足を出す順序が左右逆になっていたようだ。
「そう、そう、そうそこ、よし」
予め『記憶術』で覚えてきたマンボの踊り方を、「アナグマ」たちのそれに合わせて修正、そうして刀真に伝授したもの。厳密に言えば「アナグマ」たちの踊りもガチガチに決まっているものではない、がしかし、それでも要所要所に外してはならないキメのフレーズがある。月夜はその点を細かくチェックし、伝えていた。
「月夜ちゃん」
しゃんしゃかしゃんしゃん。マラカスふりふりの円が鋭い瞳で月夜を呼んだ。
「来るみたいだよ」
「……わかった」
最前線で『禁漁区』を張っていたクナイが、そして「アナグマ」の何名かがそれに気付いた。その僅かな「ざわめき」を円は見逃さなかった。
月夜はすぐに「アナグマ」が持参したラジカセの元へ、そうしてつまみを回して一気にボリュームを上げた。
反響音が余計に音量を増幅させる。思わず耳を塞ぎたくなるほどの音が地下水道内に響き渡った。
時間にして30秒。しかし体感ではもっとずっとに長く感じた。
トントン、と円に肩を叩かれて月夜は初めて気がついた。
「行ったみたい」
「……そう。思った通りだったわね」
音量を上げる、それだけで地中に潜む「鰐土竜」は退散した。物音に敏感だというのは本当のようだ。
「つまんないー、せっかく銃も用意してきたのにー」
気付けば円はマラカスを『ドラグーン・マスケット』に持ち代えている。どうやら戦う気も満々だったようだ。
「残念だったわね、せっかくの機会だったのに」
言っている月夜も『ラスターハンドガン』を構えていたが、どうやらそれも使わずに済みそうだ。
つまみを回して適正音量へ。ジャズのリズムが始まるとすぐに、再びに掘削作業の開始である。
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