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パラミタ百物語 肆

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パラミタ百物語 肆

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第捌拾捌話 バケツの怪

 
 
『それでは、今度はオレの番だな』
 いまやバケツ男こと曖浜瑠樹が、蝋燭をバケツの上に立てて前に進み出た。
『ある学生が実際に体験した話なんだけど……。
 その学生は音痴でねえ……。
 校歌とかで、一人だけ音を外すのが恥ずかしくて、独りでこっそりと歌の練習をしてたんだって。
 あるとき「バケツを頭に被って歌えばうまくなる」って話を聞いてさ。
 こんな感じの不透明のバケツを買って……』
 そう言うと、曖浜瑠樹が自分の被っているバケツを、ボンと叩いた。頭の上の蝋燭の明かりが激しくゆらめく。その光に照らされて、何かの影が壁際で踊った。
『深夜、人気のない狭い倉庫で、頭にバケツ被って歌ってたら誰かの声が聞こえた。
 「おいで」って。
 そのまま振り返ると、暗くて物が散乱してる倉庫の隅の棚のむこうから、誰かが呼んでるのがはっきりと見えた。
 人間ほど大きなぬいぐるみ――ゆる族?――が、十体以上立ってて……。
 皆がこっちを見て「おいで」って手招きしてた。
 行かなきゃ……って走りだしたとたん、何かに足引っ掛けて転んで……。
 頭からバケツが外れて転がり落ちた瞬間……ぞっとした。
 今の今までバケツを外さず被ってたのに……。
 なんで物が「はっきり見えてた・聞こえてた」……?
 すぐにその場所を照らしたけど、ぬいぐるみはなかった。
 棚のむこうは壁しかなくて、わずかな隙間もなかったってさ……』
 語り終えると、曖浜瑠樹が被ったままのバケツの上の蝋燭の炎を吹き消した……。
 
 
第捌拾玖話 ぬいぐるみの怪

 
 
「それでは、次は俺の番ですね」
 笹野 朔夜(ささの・さくや)が、前に進み出た。
「これはとある寮の管理人さんから聞いたお話です。
 ある日の夜、とある寮に住んでいる青年が寝苦しさからふと目を覚ますと自分の枕元に見覚えのないぬいぐるみが一体おいてあったそうです。
 ですがその日はちょうど、実家住まいをしている妹が寮にある青年の部屋に遊びに来ていたので、青年は『妹が遊びに来たときに持って帰るのを忘れたんだろう、今度返せばよいか』と思って、さして気にも留めずに眠ったそうです。
 それから数日後、再び青年が寝苦しさから目を覚ますと、自分の枕元に一つしかおいていなかったはずのぬいぐるみが二つに増えていたそうなんです。
 いつの間にか増えていたぬいぐるみを不思議に思いつつも、また妹がぬいぐるみを忘れたのかと思った青年は妹に電話でぬいぐるみのことを聞いてみますが、妹は青年の部屋にぬいぐるみを忘れた覚えはないと言います。
 気味の悪くなった青年は自分の部屋に隠しカメラを仕掛けて、何が起こっているのかを調べることにしたそうです。
 そして、また人形が増えた次の日の朝、青年がカメラに写っている映像を見てみると……。
 そこには深夜、嬉しそうにぬいぐるみを縫っている自分の姿が写っていたそうです……」
 淡々と語り終えると、笹野朔夜が蝋燭を消そうとした。
 けれども、彼が吹き消すよりも一瞬早く蝋燭の炎が消える。
 その最後の薄明かりの中に、一瞬だけぬいぐるみ妖精と白熊パペットの姿が浮かびあがった気がしたのは、ただの見間違いだろうか。
『うっ、かわいい』
 バケツを被ったままの曖浜瑠樹が、ぽっと顔を赤らめて目をとろんとさせた。ぬいぐるみには目がない。
 ドン!
 いきなり壁で音がしたかと思うと、部屋中のあちこちからしくしくという微かな鳴き声が反響した。
 会場から、ヒッという短い悲鳴があがる。
『ぬいぐるみ作ったのが私だって知ってたくせに、よっくも私をよくある怪談話の材料にしてくれましたね!? うう……怨らめしぃい!!』
 周囲にどんよりとした障気を捲き広げながら、奈落人の笹野 桜(ささの・さくら)が恨めしそうに言った。
『こ、声まで聞こえる……。ひーっ』
 笹野桜の声を一人耳にして、木曾義仲が両手で耳を塞いだ。