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パラミタ百物語 肆

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パラミタ百物語 肆

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第玖拾壱話 扉の隙間

 
 
「次は俺か。エロ神様も、珍しくエロなしでちゃんと話してくれたようだし、ちょっと真面目に話そうかねえ」
 蝋燭を持った鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)が、前に進み出た。
「そうですね。霊感がなくても霊を見る方法は結構あるんですが、その中でも簡単なのを……。
 それはですね……。
 扉を半開きにしておくこと。これだけです。
 ん? なんでコレだけと思ったでしょう。
 実はですね、扉というのは一種の結界でして……。
 ちゃんと閉めないとまともに機能しないんです。
 んで、結界の綻び――つまりこの場合半開きの空間ですね。ここから別の世界や普段見えない世界が見えるそうですよ。
 ……ただ、此方から見えるということは彼方からも……。
 むこう側を覗き見る場合、くれぐれも気をつけてくださいね?
 むこう側から何か悪戯されるかもしれませんよ?
 ……さて、遠まわしに結界のむこう側は別世界に通じてるというお話なんでしたが、我々も少し前に結界の境界線をくぐっているんですよね……。
 そう、鳥居です。
 ……ここはどの世界なんでしょうかね?
 もしかしたら……フフフ……」
 笑い声と共に、鬼龍貴仁が蝋燭を吹き消した。
 会場が暗くなり、廊下からの月明かりが、戸の隙間から差し込んでくる。
「鳥居……。ああ、道に建っていたあれかな?」
 参道のそばにあった真っ赤な鳥居を思い出して、緋桜ケイがつぶやいた。
「それは、以前もくぐり抜けた気が……。そのとき、手招きされて……。ううむ、思い出せん!」
 なんだか凄く気持ち悪がりながら、悠久ノカナタが頭をかかえた。
「なあに、陰陽師になってしまえば、そのような結界など恐れることはありませんよ」
 智慧の蛇をお供に連れた陽龍陰龍を身体に絡みつかせた東 朱鷺(あずま・とき)が、その程度のことでと余裕を見せながら言った。
 とはいえ、彼女の周りには人が近寄っていない、身体に巻きついた蛇と龍がそれこそ結界として、特に女子たちを遠ざけているのだが、当人はよしよしと龍の頭をなでながらまったく気づいてはいないようであった。
「結界の隙間、そこは門とはなりえますが、だとすれば怪異が忍びよる場所が絞られるというものです。確実に退魔の行を行うことが、陰陽師ならば可能ですよ。そうでなければ、たとえ結界の中でも、自分の結界をはって身を守ることができます。さあ、今からでも遅くはありません、君たちも陰陽師になりましょう。怪異は友達、陰陽師。このフレーズさえ繰り返していれば安泰です」
 龍たちの鎌首をゆらめかせながら、東朱鷺が力説した。
 
 
空京神社

 
 
「別段、何も変わったような所は見えないけれど?」
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が、そばで地面を調べている空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)に言った。
「そうでしょうか?」
 指先でつかみ取った土を擦りあわせながら、空京稲荷狐樹廊が答えた。
 ここは、福神社である。
「たとえば、こんな物が」
 空京稲荷狐樹廊が複製版澪標をさっと一振りした。朱の飛沫が飛び散り、草むらで何かが炎につつまれて倒れた。
「な、何!?」
 遅ればせながらにリカイン・フェルマータが盾を構える。
 その足許に、丸い鏡餅が、みごとな焼き餅となってコロコロと転がってきた。
「これって、まさか、また鏡餅が暴れているの?」
「あの事件以来、お供え物などはちゃんとお祓いがされていますから、これは、空京神社本殿そばの屋台か何かの忘れ物でしょう」
 ツンツンと、焼き餅をつつきながら空京稲荷狐樹廊が言った。
「狐樹廊が、また何か出るかもしれないと言ったときは冗談だと思ったんだけど……」
「冗談の方がよかったですね。でも、何か、禍々しい氣が、この空京神社の下から噴き上げてくるような気がするのですよ」
 気分が悪そうに、空京稲荷狐樹廊が言った。そういえば、地祇である彼の守るべき土地もこの空京神社の一画にある。
「また、食べ物が暴れるのね。よし、食べましょう!」
 何か勘違いをしたリカイン・フェルマータが、任せておいてと自分のお腹をポンと叩いた。
「いえ、食べ物とは限らないようですよ」
 そう言って空京稲荷狐樹廊が指した方には、どこかで見たことがあるようなメガネが、つるを二本の足のように動かして、カサカサと逃げていくところだった。以前、鑑定団の会場から持ち出して空京稲荷に埋めたメガネに違いない。
「追いかけましょう」
 リカイン・フェルマータをうながすと、空京稲荷狐樹廊は妖しいメガネの後を追っていった。