葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

パラミタ百物語 肆

リアクション公開中!

パラミタ百物語 肆

リアクション

 

トイレの影

 
 
「さてと、そろそろ私の出番でしょうか」
 クロセル・ラインツァートが、よいしょっと重い腰をあげた。
「今です。おトイレタイムが来ました」
 まるで、これからCMタイムだと言わんばかりに、ティー・ティーが立ちあがった。
「貴仁さん、すみませんけれど、イコナちゃんのことをお願いします」
 禁書写本河馬吸虎を畳に綺麗にめり込ませて上にぺたりと座っているイコナ・ユア・クックブックをさして、ティー・ティーが鬼龍貴仁に頼んだ。
「……まあ、いい……ですよ」
 イコナ・ユア・クックブックがちんまりとした女の子だったので、鬼龍貴仁が二つ返事で承諾する。
「うううっ……、俺様はいったい……」
 踏まれて気を失っていた禁書写本河馬吸虎が、不意に息を吹き返した。
 なんだか、表紙の上に柔らかい感触がある。イコナ・ユア・クックブックのお尻だ。
「な、なんということを。う、うらめしい〜。う、うれしい〜」
 イコナ・ユア・クックブックのお尻の下で、禁書写本河馬吸虎が呻いた。
「ひー、何か声がしましたあ〜」
 ちょっと油断していたイコナ・ユア・クックブックが、悲鳴をあげる。
「ティーは……、はあああ、緑茶がいないいっ!? 食べられちゃったですか!?」
 パニックを起こして、イコナ・ユア・クックブックが叫んだ。
「イコナちゃん、イコナちゃん。ここ、ここ」
 そんなイコナ・ユア・クックブックを見かねて、鬼龍貴仁が自分の膝をポンポンと軽く叩く。
「チョコあげるから助けてくださいですわー」
 禁書写本河馬吸虎の天狗面を吹っ飛ばして、イコナ・ユア・クックブックが鬼龍貴仁の膝に頭から飛び込んできた。
「むふふー」
「まあ、主様ったら、わらわよりエロエロじゃのう」
 ちょっと満足そうな鬼龍貴仁をみて、なんか勘違いした医心方房内が言う。
「そんなにチョコが好きなら、わらわのを少しわけてやろう」
 そう言って、医心方房内が、バレンタインチョコ詰め合わせをイコナ・ユア・クックブックに差し出した。
「えー、雪だるま型蝋燭はないのですかあ」
 クロセル・ラインツァートが、自分が使う蝋燭の形で何やら巫女さんと揉めている。
 その間に、ノルニル『運命の書』がツンツンと神代夕菜の巫女服を引っぱった。
「どうしましたか、ノルンさん?」
「ちょっとアイス食べ過ぎたです……」
 ああ、トイレかと、すぐに神代夕菜が納得する。
「大丈夫です。今回は、準備万端整っています。さあ、行きましょう」
 替えのパンツの入ったポーチを手に取ると、神代夕菜はノルニル『運命の書』の手を取って廊下へとむかった。
 立てつけの悪い戸を引き開けて廊下に進み出るが、廊下はほとんど真っ暗だ。
 突き当たりには、くみ取り式のトイレがある。
「ここで待っててくださいです」
 トイレの前で、軽くお腹を押さえながらノルニル『運命の書』が言った。
「はい。戸は開けておいてくださいね」
「ちょっと、夕菜さん、いつからそんな変態になったです……」
 予想外の神代夕菜の言葉に、ノルニル『運命の書』がジト目を返す。
「変態じゃありません。だって、こんな暗い廊下に一人残されたら怖いじゃないですか」
 神代夕菜が必死に訴えた。
「それを言ったら、中の方が怖いです」
「だから、扉は開けたままで……」
「変態です」
「もう、どっちでもいいですから、早く済ませてきてください。私の方も、その、もよおしてきちゃったじゃないですか……」
 ちょっともじもじと身をくねらせて神代夕菜がノルニル『運命の書』を急かした。
「もう、夕菜さんは、手が焼けるです」
 言いつつノルニル『運命の書』がトイレの戸に手をかけようとしたとたん、悲鳴と共に戸が勢いよく開いた。
 中から、必死にパンツを引き上げながらティー・ティーが飛び出してきた。
『その反応は理不尽だ』
 トイレの個室の暗闇の中に、ぼんやりと白い影が浮かんでいた。行方不明になっていたソア・ウェンボリスのぬいぐるみ妖精だ。
「おば、おば、おばき……」
 腰の抜けたティー・ティーが、濡れた床を這いながらノルニル『運命の書』に近づいてくる。
「こ、怖いです!」
『この光景を恐怖と思うのなら、君たちには本質がまったく見えていな……!』
「その後ろの者、立ち去りなさい!」
 ぬいぐるみ人形をつまんで立っている剣士ふうのフラワシに対して、見えないながらも存在を感じた神代夕菜が気丈にも叫んだ。ありったけの力を振り絞って浄化の札を投げつける。
『!』
 直撃を受けたフラワシの姿が崩れて消え去った。
『神代夕菜、君はいったい……』
 ぽっちゃん。
 何かを言いかけて、ぬいぐるみ妖精がぽっとんトイレの中へと落ちていった。
「あ、あんなトイレ、もう入れません……」
 ポーチを握りしめながら、神代夕菜がつぶやいた。