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 第0章 - 『魔法の額縁を探せっ』

 1
「のっけから身も蓋もないことを承知で言うけど」
 ヴァイシャリーの洋館を尋ねたロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)七瀬 歩(ななせ・あゆむ)の二人に相対して、かつてレッキスと名乗った兎耳の少女が口を開いた。
「ソイツも画の中に居たんじゃないの」
 本日より二日後の深夜一時、『魔法の額縁』を頂きに参上仕ります。
 あのロビン・フッドが狙うという『魔法の額縁』。絵画の登場人物が飛び出すというその額縁。
 件の額縁に覚えのあるロザリンドと歩は、絵画の住人であるところの兎耳の少女たちを尋ねた。
「だとしたら、あなたたちの絵画――故郷の手がかりが得られるかもしれません」
 ロザリンドが言う。
 その額縁がどこから来たかが分かれば、あるいは。
「なにかそういう絵画のこと、知らない?」
「そういう、っていうと、ロビン・フッドみたいな?」
 歩の問いに、レッキスが首を傾げる。
「どう、ロップイヤー」
「…………あるかも、分からないけど」
「けど?」
「例えば、モナ・リザがそこの道を歩いていたとして、だからってそのモナ・リザが本当のモナ・リザかは分からないし」
 それは知っているか知らないかということとは、別だと思うから。ロップイヤーが囁くような声で言った。
「要するに額縁はその絵画の類に問わず、その物語を具現化する――と考えていいですか。例えば、贋作だとしても、落書きだとしても」
 ロザリンドの言葉に「たぶん」ロップイヤーは曖昧に頷いた。
「それじゃ、美術館に表われる狼や熊のモンスターっていうのも」
描かれていたから出てきてしまった、というだけ?」
 歩の言葉を、ロザリンドが続ける。 
「そしてひょっとしたら」
 レッキスが言う。
「そのロビン・フッドもそうかもしれない」
 まったく、噂の大怪盗相手に身も蓋もないけどね、と。
 苦笑いを浮かべるレッキスに対して、ロップイヤーは何か考え込むような仕草をする。
「あの――もし良かったら一緒に来てみませんか?」
 <お姫様に飼われた大勢の兎達>
 絵画の中から飛び出して、お姫様と離れ離れになった兎たち。お姫様を探している兎たち。
 その一匹に向けて、ロザリンドが手を差し出した。
「……行きます」
 と、ロップイヤーが小さく答えた。
 ロビン・フッドの求めている『魔法の額縁』が、兎たちの姫君に繋がっていることを期待して――


 2
「まったくアテも無いとなると、かえって手を付けない方が良いような気さえするな」
 佐野 和輝(さの・かずき)が額を押さえながら呟いた。収蔵庫の空気は冷たく乾いていて、喉に張り付いてくる。
 収蔵品の中に、いったいいくつの額縁があるのか。そしてそのどこに『魔法の額縁』が紛れ込んでいるのか。
 あるいは、至って普通の額縁がそれである可能性だってある。
「――ざっと五千だ」
「何がだ、リオン」
 禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)が無表情に和輝を見上げる。
「ここに収蔵されている絵画の類の総数に決まっているであろう」
「それを一つ一つ鑑定するのか?」
「――その必要は無いわねぇ」
 と、師王 アスカ(しおう・あすか)が和輝の言葉に答える。
「絵画が美術館の収蔵品になる時、その絵画に作家自身が選んだ額縁が付けられていたら、それは原則的に交換しないはずだから」
 それに。アスカが続ける。 
「額縁にも時代観が表われるし、そういった部分も含めての芸術作品、だものね」
「ああ……だとしたら、鑑定する前にざっと振いにかけられるのか」
「たぶん他の美術館で展示歴のある額縁、絵画は対象から外しちゃっていいんじゃないかなぁ」
「あとは絵画の入ってきたルートを確認しよう。似たような額縁が、どこぞにもあったらしいからな」
 和輝があまり感心の無い風に言う。
「兎に角、今はこの五千をどれだけ減らせるかだな。まずリストを作ろう」
「収蔵品のデータはあらかじめ美術館側から提供してもらえるよう手配した。すぐにリスト化できると思う」
 ホープ・アトマイス(ほーぷ・あとまいす)が収蔵庫隅のデスクに置いたパソコンに向きあったまま声を上げた。
「魔物が出没するって噂――まあ、あくまで噂だけど、その噂が聞かれるようになった時期と照らし合わせながら進めてる」
「了解。予告状には二日後とあったが、ヤツが事前に現れないとも限らない。俺たちは念の為、見回りをしてこよう」
「アニスも行くのだ〜♪ 閉館後の美術館って貸し切りみたいだよねぇ。わくわくするよ」
 アニス・パラス(あにす・ぱらす)が、和輝の元に駆け寄る。
 その背中に、
「そうは言うけれど、アニス。貸切って言う事は誰もいないってことなの」
 松永 久秀(まつなが・ひさひで)が声をかけた。
「へ?」
「放課後音楽室の肖像画の眼が動いて勝手にピアノが鳴り響くとかいう怪談だとか、それこそココの噂みたいに絵画から化け物が飛び出してきたりだとか――」
 アニスの動きが固まる。
「そんな事もよく言うわよ?」
「久秀がそんな学校の怪談のような話を引き合いに出すというのも、なんだかな……」
「けれど今回の相手は」
 そういうモノみたいじゃない? 
 言って、久秀も和輝たちに加わり、収蔵庫を後にした。


 3
「あとは何か手掛かりになりそうなもの――写真は」
 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)が後ろ手にオフィスの扉を閉めながら呟いた。
 魔法携帯【SIRIUSγ】のフォルダを確認して、目を細める。
「あー……こりゃ、どうだろうな……地下で撮った写真だからなあ、コイツ」
「これじゃ肉眼で同定できないよ」
 サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)が横から覗き込みながら、クスリと笑みを漏らした。
「なんか拍子抜けだぜ。館長なんか、むしろロビン・フッド効果で来場者が増えたとか言ってやがる」
「ヴァイシャリーのことは知らなかったみたいだけど」
「けど、有るんだと思う。例の噂も、噂じゃ終わらねーみたいだし」
 というのも。
 夜間回廊を徘徊する怪物というのは、確かに目撃されているらしい。
 今までは美術館側はこの噂が広まる様をについて黙視していたが――今じゃまるで逆だ。
 ロビン・フッドの話が持ち上がってからは、わざとらしく仄めかしをしている。
「そりゃ普通の美術館にゃ迷惑な噂だろうさ」
「ロビン・フッドも、普通のモノを盗むわけが無いからね」
「尤も、ここまでくりゃ『魔法の額縁』が有っても無くても、極端な話、ロビン・フッドが実在しようとしまいと、それは美術館からしたらどっちでも良いのかもしれないな」
「そう言ってたしね。嘘を吐いてる風でもなかった」
 嘘は――吐いていたみたいだけど。サビクが付け加えた。
「ん? なんだよそれ。嘘吐いてたってんなら、どうして追及しなかったんだ?」
「別に大事なことに思えなかったんだよ。館長の部屋にコリーが居たでしょ」
「ああ、大人しい、良い犬みたいだったけど」
「ボクたち二人してぼんやり眺めてたけど、そしたら館長は『三ヶ月前、とある起業家に譲って貰った犬だ』って言ったんだ」
「それが嘘だって?」
「そうじゃない。嘘は『三ヶ月前、とある起業家に譲って貰っただ』こっちだ」
「はぁ? ありゃ犬だろ?」
「そう思う。どう見たって、誰かが化けてるんじゃないってのは分かるし」
「ふぅん……そりゃ確かに、どうしようもない嘘だな」
 シリウスが首を傾げる。しかし、本題ではないと思い直したのか、すぐに顔を上げた。
 サビクが何事も無かったかのように口を開く。
「怪盗ってさ、何より先にエンターテイナーだよね」
 義賊だとか、そもそもが泥棒である以前に――むしろ役者に近いよね。
 こうして注目される内が華だし、だからここの館長だって、美術館に華が添えられる程度にしか思っていないらしい。
「そういえば、あの額縁の特性」
 絵画の住人を殺してしまうと、その絵画は灰に消えてしまう。
「『確かに目撃される』っていう怪物を殺しちゃえば、探しやすくもなりそうだよね」
「冗談」
 サビクの言葉に、シリウスが笑う。
「この特性、説明した時、館長の顔青ざめてたぜ」
「まあ、ひとまず回廊を見て来ようか」