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追ってっ!ロビン・フッド

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追ってっ!ロビン・フッド

リアクション

 
 4
 回廊には十一枚の絵が飾られていた。
 うち一枚が贋作の『熊と狼』であり、残りの十枚が『展覧会の絵』における十の絵画のレプリカである。
 第2プロムナードに続いて二枚目の絵画――ローデリヒ・エーヴェルブルグ(ろーでりひ・えーう゛ぇるぶるぐ)によって古城が演奏される。
 中庭へ飛び出したテラスにおかれたグランドピアノの黒が、月明かりを怪しく跳ね返す。
「これで既に概ね五分経過したことになります」
 ヒルデガルド・ブリュンヒルデ(ひるでがるど・ぶりゅんひるで)が微動だにせず口を開く。
「噂の大怪盗も、この騒ぎに戸惑っているのかもしれないな」
 武崎 幸祐(たけざき・ゆきひろ)が答えた。
「本物の額縁の納められた地下金庫へは、この回廊裏の階段を使わなくては行けません」
「諦めたかもしれない、ってわけだ」
 言いながらも、ロビン・フッドが現れない――という可能性は無いと踏んでいた。
 どうにも得体の知れないその大怪盗のことだから、どんな警備があっても十分だとは思えなかった。
 ふいに、美術館の外周がざわめき立った。
 回廊近辺で警備についていた御神楽 舞花(みかぐら・まいか)は、HCを経由してユビキタスによりロビン・フッドの過去の行動を炙り出していた。
 ディスプレイから視線を上げる。
 ちらと、大時計の壁に、人影が見えた。
 防衛計画によって過去のロビン・フッドの行動から今夜取り得るだろう侵入・逃亡ルートを割り出そうとするが――
「ダメね……チェックしなくちゃいけないポイントが多すぎる」
 それこそ、まるで幽霊のように『有り得ない』場所に出現しては、消えるらしい。
 少なくとも人間の身体能力や図体では通過できないはずの場所までも防衛ポイントに指定されてしまう。
「これではまるで、獣か何か、人外のようですね」
 ノア・リヴァルが舞花が向けたディスプレイを長め、呟いた。
「ロビン・フッドが単独犯ではないのは確かでしょう――出遅れましたが屋上に待機します。時計台の様子も見えるでしょうから」
 舞花が三体の機晶犬を連れて駈け出したのを見送ってから、
「俺らは裏へ向かおう。あの騒ぎが陽動かもしれない」
「はい。そうしましょう。理沙さんにも連絡をしておかないと――」
 カイルとノアの二人が舞花とは逆の方向へと向かって行った。

 
 5
「ただ待ってるだけじゃ、大怪盗なんかと出会うことすらできないわ」
 だとしても、ここまでリスキーな真似をする必要はないじゃない。セレアナは張りきるセレンを横目に、ぼんやり考える。
 脱ぎ棄てたコートの下にはぴったりのボディスーツをまとった上で、HCで周囲をサーチしながら密偵。
「これではまるで泥棒ね」
 と言ってみても、事実として泥棒を装っているのだから世話が無い。
 最終的にはロビン・フッドを捕えることが目的だとしても、共犯と間違えられては堪らない。
 だが、それでも。
 結局はセレンのことを放ってはおけず、同行してしまう。
 警備の網を潜り抜けながら美術館裏手に回ったが、ここから侵入する手段を欠いていた。
「ここからどうするの。どうやら地下室があるらしいことは分かってるけど」
「中庭経由の侵入経路は?」
「それ、殆ど正面突破よ」
「適当な窓からとか――」
「……セレン、大胆と無謀は似て異なるものよ、判る? 判ってたら最初からこんなことしないわね……」
 セレアナがため息を吐く。
「まずはロビン・フッドの所在を掴むべきなのよ。ロビン・フッドならこんな状況の切り抜け方も知っているはず」
「元からロビンありきのプランだったのね……」
 話を聞かないセレンに目を細めた。
 大丈夫よ、と。セレンが笑って答える。
「さっきから気配の無いはずのところから微弱な熱量を感知しているんだけれど――」
「――そう」
「ロビン・フッドさんかしら」
 銃型HC弐式を構えて、言い放つ。
「っていうことは」
 何もないはずの空間が揺れて、黒髪黒眼の少女が――<エルファバ>が姿を現した。
「あなたたちもロビン・フッドではない、ってことね」
 気配は消せても熱までは消し切れないのか、少女が漏らす。
「物好きがセレン以外にも居たってことでいいのかしら」
「もう一人隠れているでしょう」
 セレンが少女に言うが、
「シャイなんだ。姿を現したがらない」
「まあ……そういうことにしておくわ」
 熱感知する限り、もう一人居るだろうというのは事実であるし、少女もそれを否定しないのだから追及しても意味は無い。
「ロビン・フッドを探しているの」
「奇遇ね。アタシも」
 <エルファバ>がセレンに答える。  
「っと――不味い! 悠長にしてる場合じゃないわ、見つかってるかも」
 セレンがHCのディスプレイを見て、頬を引きつらせる。
 セレアナは予想通りとも言えるような状況に苦笑を浮かべていた。
「とっとと逃げましょう。何人くらいなの」
「二人? それくらい。サーモのデータだから過信はできない」
「折角だから協力しよう。このままじゃアタシたちが単なる陽動要員になっちゃう」
 <エルファバ>がエンドレス・ナイトメアを牽制として放ち、ピッキングで素早く窓の鍵を――外側から開錠してしまう。
 警報が鳴り響く。
「騒ぎになっちゃった以上、いっそぐちゃぐちゃに掻き回すのも良いんじゃない?」
 カモフラージュのスキルで身を潜めるようにして、<エルファバ>に続いて窓に飛び込みながらセレンが言う。
 その笑顔に内心呆れながらも、
「……分かったわ。大胆で、なおかつ無謀なのね。それもみんな揃って」
 普段と変わらぬ調子で答えるセレアナだった。


 6
「三人? ロビン・フッドって三人組なの?」
 カイルとノアからの連絡を受けて、白波理沙が館内を駆ける。
「裏手って、警備は」
「はっきり言って無防備だったのよ。単純に人員不足だけど……侵入される『だけ』なら、問題ないから」
 隣で雅羅が答える。 
「だから私たちが遊撃部隊ってわけかぁ、しんどいなあ。しかも相手は三人」
 警備を一点に固めている以上仕方の無いことだったが、それでも怪盗を名乗る者が複数現れた現状、苦しい状況なのは否定できない。
「カイル、そっちどうなってるの」
『追ってるが――ダメだ。二手に分かれたせいで追い切れない。ノアには応援を呼んでもらってバックアップに回ってもらった』
「分かった。ホール突っ切って裏手の廊下に回るけど問題ない?」
『ああ。一方はホール内に逃げ込んだ』
「了解、っと――ホールの出入り口を固めておこうか」
 応答して、理沙がHCを手にした腕を下げた。
「展示品が多いせいで隠れるのにはもってこいね……しかもこっちは展示品に気を使ったら迂闊に動けない」
「三人見たら十人くらいいる覚悟じゃなきゃダメかもよ。これも囮かもしれない」
「嫌なこと言わないで」
 雅羅が眉をしかめる。
「多ければいいってものじゃないでしょう」
 言いながらも二人はホールに掛け込む。
 同時に雅羅が片方の扉脇にしゃがみ込み、理沙が反対側の扉脇へ駆け寄る。
「居るんじゃない? この中」
 理沙がホール内の気配を察して声を上げる。
 同時に、ホール内に濃い闇が立ちこめる。
 死霊術師の術だなと察知しながらも、理沙は対処に迷い身を強張らせる。
 暗さに目が慣れると共に、頭の中がぐるぐると揺れて混ざり合って行く。
 視界の端にこちらへ駆けてくる姿を確認して、身構えるが――背後で音がした。竪琴の音色。
 眠りの竪琴の音色――咄嗟に振り向いたと同時に、光術によるめくらましが理沙を襲う。暗順応しかけた視界に光が容赦なく広がる。
「――ッ! きっつぅ」
 両手で眼前を覆いながらも周囲を感覚することに集中。
「大丈夫なの、理沙!?」
「ダメ、雅羅! 出入り口から離れちゃダメ!」
「わ、分かってるけど……」
 スッと、背後の気配が自分の真横を通過しようとするのが感じ取れる。
 煙幕ファンデーション。光が濃い煙幕を浮かび上がらせる。
 何も見えはしなかったが、殺気看破によって感じたままに相手の位置を把握する。
 素早い動きを見せる敵の動きを予測し、足払いを繰り出す。
 踵が丁度何かに当たったのを知って、理沙はホッと胸を撫で下ろした。
 流れるように繰り出した足を踏み出し、倒れ込んだ何者かの背中を押さえる。
「危ない危ない……。さ、観念しなさい」
 ホール外に誰かの気配があるのは察知していたが、そこまで気を回せる余裕はなかった。
「どうして額縁を盗もうなんて思ったの」
「……う、うぅ。ひっく、ごめんなさい、ちょっとしたできごころなんですぅぅ」
「へ? 出来心で、怪盗騒ぎ……?」
「というか、アタシはロビン・フッドじゃないんですよぅ」
「は?」 
 理沙が唖然としている隙に――
「なーんてね」
 <エルファバ>が再びエンドレス・ナイトメアを放つ。
 依然、聞こえ続ける眠りの竪琴の音色にぼんやりした頭が、反応を一瞬躊躇した。
「わっ、ちょっと、待ちなさい!」
 理沙が手を伸ばすが、空を切る。
「アタシは<エルファバ>、明日の大怪盗、<エルファバ>よ!」
 言うと、少女はホールを飛び出して行った。
「……あー、逃げられた」
 エルファバって何よ、と呟きながら、理沙は足元に落ちているウィッグに気が付いた。
「大丈夫なの、理沙……」
「大丈夫。大丈夫だけど、ロビン・フッドじゃないわよ、アレ」
「ロビン・フッド、じゃない?」
「うん。だけど、なんかウィッグ落としてったし、変装できないとなれば、さすがに諦めるんじゃないかなあ」
 って、希望的観測。と、理沙が欠伸をしながら、雅羅の胸に寄りかかった。