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少女に勇気と走る夢を……

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少女に勇気と走る夢を……

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「……少しいいかな」
 和深の分身が去った後、涼介は美絵華の前に屈み、そっと両足に触れた。『医学』と『博識』で彼女の足を診てみる。何か良い言葉をかけるために。

 そして、診終わった涼介は顔を上げ、

「今は歩けないけど、私の所見では手術をすればきちんと治るよ。ただ、前みたく走れるかは術後のリハビリを君がどれだけ頑張るかにかかってる。病は気から」
 自分の所見を言葉にした。本当に問題なのは美絵華の心だけ。安心したのは励ますためにやって来た人達だけだった。

「また頑張るの? 頑張るのはもうやだ。辛いのもやだ!」
 手術だけでも怖くて不安なのに辛いリハビリもやらなければならない。どれだけ頑張ればいいのかと苛立ってたまらなくなる。少しは甘えているのかもしれないが、まだ子供なので。

 そんな美絵華に

「それはそうだよな、今までよく頑張ったんだもんな」

 と、ダリルと裕樹達から事情を聞いたウォーレンが飛び入り参加した。

 突然、登場したウォーレンをじっと睨む。また頑張れなどと励まされるのではないかと。

「どんなに苦しくても辛くても痛くても。本当にすげー事だぜ。俺でも出来るかわかんねぇ。その間ずっと走りたいのを我慢してたんだよな。誰でも出来る事じゃねぇよ」

 ウォーレンは、にかっと笑いかけ美絵華の今までの頑張りを褒めた。

「……本当にそう思う?」
 まさか褒められるとは思わなかった美絵華は思わず聞き返した。

「あぁ、俺だけじゃなくてここにいるみんなもそう思ってる。偉いって」
 ウォーレンは自分達よりも先に駆けつけ、励ましていたみんなを見回しながら言った。

「俺はそんな美絵華ちゃんだから今度の手術だって大丈夫だと思う。勇気を持つ事も出来ると思う。それにこの騒ぎの事も気にしている優しい子だ」 
 見回してから美絵華に向き直り、言葉を続けた。

「……美絵華ちゃん、偉いよ」
 近くにいた二人のルカルカが撫で撫でと美絵華の頭を撫でていた。

「……この騒ぎについては確かに凄い事になったが、大丈夫じゃよ。日常茶飯事じゃからのぅ」
 ウォーレンの話が終わったのを見計らってルファンが励ましに加わった。騒ぎについてもそれほど心配はしてない。必ず、仲間が解決してくれると信じているから。

「……先ほど、そなたを担当する医者に会ったが、とても気にかけ、心配しておったよ」
 ルファンは院内でダリルに会った事を話した。

「私の担当のお医者さん?」
 もう来ているとは知らなかった美絵華は驚き、聞き返した。
 夕花も少し驚いていた。彼女はダリルが来る事は知っていたが、まだ会ってはいなかったのだ。

「手術はいつでも出来るが、美絵華ちゃんの心が今のままでは、無理だと」
 ルファンは、ダリルの言葉を美絵華に伝えた。
 美絵華はじっと聞いていた。

「本当は分かってるんだよな。手術をしないといけないって勇気を持たなきゃいけないって。だから、勇気を持とう。な? 足は絶対に治る」
 ウォーレンは美絵華が不安で苛立っている他に甘えている事も分かっていたのでほんの少しだけ喝も入れた。他の人にたくさん喝を入れられているだろうから少なめに。

「……」
 美絵華はウォーレンの言葉に答えず、顔を伏せていた。

「手術が成功したら美絵華ちゃんの行きたい所に連れてってやるよ。どこが良い?」
 ウォーレンは顔を伏せた美絵華を覗き込みながら、少しでも頑張る支えになればと約束を持ちかけた。

「……私とも約束して欲しいな」
 零も優しい笑みをたたえながら、ウォーレンに加わった。

「……美絵華ちゃんが手術を受けたら美絵華ちゃんのお願い何でも一つだけ叶えてあげる」
 小指を立てる零。

 この二人の約束で元気になると思いきやなかなか心が頑固な美絵華は、

「行きたい所なんて無い!! どうせ行けないもん!! お願いも無い!!」

 と言い放った。ウォーレンと零は突き放されても少しも怒りを浮かべなかった。ただ、どうすればいいのかそれだけだった。

「……ふむ。では、一つだけ聞いてもよいかのぅ。美絵華ちゃん、そなたの本当の気持ちを言って欲しい」

 ルファンは、二人が持ちかけた約束を台無しにした美絵華に問いかけた。
 美絵華はじっと黙っている。

「……手術の事は考えずに今、何がしたいか。ウォーレンもわしも他の皆も美絵華ちゃんの本心を聞きたいのじゃ」
 ルファンが何とか美絵華の本心、怒りや苛立ちの奥にあるものを聞き出そうとする。

「……走りたいよ! まだ行っていない所とか行きたいよ!! でも、約束したからって手術が上手くいく訳ないもん! お願いだってそれ以外無いもん!!」
 美絵華は苛立ちに任せながらもルファンに気持ちを言った。

「そうか。教えてくれてありがとうな」
 ウォーレンはくしゃりと気持ちを言った美絵華の頭を撫でた。

「それを聞いてわしらも安心した。なりたい未来を考えておると」
 本当に手術を受けたくない訳ではないと知ってルファンは安心した。彼女の様子から察してはいたが、彼女自身の言葉として聞きたかったから。

「……でも無理だよ。みんなの言うように頑張れない」
 美絵華はぼそりと弱気な事言い出した。情緒不安定のため怒ったり泣いたりと大変だが、考えている未来はただ走れる自分。

「それでも、君は走りたいと思っているんだろう」
 優が言った。
「ずっとずっと歩けなくてお見舞いに来る友達は走れて楽しそうにその話をするんだよ。マラソンの話とか完走できたとか楽しかったとか一緒に走ろうとか」
 美絵華は優の言葉に泣きそうに答えた。
 辛い入院生活でたまった鬱憤が今度は涙になる。お見舞いに来る友達はみんな自分を気遣ってくれるが楽しそうに自分がしたくても出来ない事を話す姿を見るのがたまらなかった。今では見舞いに来ても具合が悪いとか言って追い帰す事がほとんど。

「参加申し込みをしたのに足が悪くなって走れなくなって、ずっと楽しみにしてたのに!!」

 友達と一緒に出ようと約束して申し込んだマラソン。出られなかったのは自分だけ。それまでたくさん練習した事が水の泡となってしまった。それもこれも病気のせいで。

「……もう、戻る。病室に戻る!!」
 過ぎ去った辛い事を昨日のように思い出した美絵華はたまらなくなって離れようと車椅子を動かし始めた。
 それによって大変な事が起きるとは誰も思いもしていなかった。