葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

少女に勇気と走る夢を……

リアクション公開中!

少女に勇気と走る夢を……

リアクション

「え……なぜ私がもう一人いるの」
「カーリーが二人!?」

 楽しく空京の街を歩き回っていた水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)は目の前に現れた女性に驚いた。
 妖艶に微笑むその姿は紛れもなくゆかり。いつの間にか分身薬を浴び、本人の知らないうちにどこかに行ってしまい、今再会したのだ。

「ちょ、ちょっと! こんな所で何を……ああ……」
 驚いて無防備なゆかりの腕に分身の腕が絡められ、見知った漆黒の瞳を見つめているうちに唇を奪われてしまう。優しいついばむような口づけから深くそして時間さえも溶かすほどの甘く激しいキスに変わる。唇が味わっているはずの快感に身体の芯からとろけてしまいそうな錯覚に陥る。それなりに恋愛経験のあるゆかりの足を震わせ立つ力を奪ってしまった。それほどまでに今までしてきたキスとは比較にならないほどの快感。相手が自分だと分かっていながら。
 解放されたゆかりはキスの余韻に陶酔したまま立ち上がれずにいた。

「カーリー!!」
 分身の餌食となったゆかりを心配して近付こうとした瞬間、マリエッタにも魔の手ならぬ魔の口が伸びてしまう。

「えっ、やめてって、ちょっとぉ」
 何とか突き飛ばそうとするも無駄な抵抗に終わり、押し倒されそのまま快楽に満ちすぎたキスに溺れてしまう。
 そして、存分に楽しんだゆかりの分身は次なる楽しみを求めてどこかに行ってしまった。

「……って、自分にキスされてぼんやりしている場合じゃないわ!!」
 何とか我に返り、力強く立ち上がったゆかりは快感の余韻に支配されてぴくりとも動けずにいるマリエッタを見た。

「マリー!! 起きて!!」
 ぺしっとマリエッタの両頬を叩いた。

「……っ痛! カーリー!!」
 何とか我を取り戻したマリエッタはゆっくりと立ち上がった。

「こんな破壊力のあるキスを振りまく分身は放っておけないわ。早く分身を捕まえないと」
「……そうね」
 どこにも分身の姿が見えず、ため息をつくゆかり。そのゆかりの唇を見つめながらうなずくマリエッタ。分身とはいえ相手はゆかりだった。その事が嬉しかったりするが、そんな事を口にする訳にはいかないので黙っていた。

「……姿は自分だからあまり手荒な真似はしたくないけど……この有様は予想以上」
「カーリー?」
 辺りに広がる被害者の山。それを見つめ苦慮するゆかりの目に怒りがゆらめき始め、分身への対応を即決させた。

「もう、冗談じゃない! 私は誰それ構わずキスをするような安い女じゃないわ! マリー、空から捜索よ!!!」

 すっかりキレてしまったゆかりはマリエッタに捜索を指示しつつハンドガンを取り出した。

「……分かったわ」

 一度キレると手が付けられないのでマリエッタは指示通り『レビテート』で空からの捜索を開始した。
 ゆかりは周辺に目を光らせていた。
 しかし、そんな二人を小馬鹿にするように分身はなかなか見つからなかった。

 病院を飛び出し分身を追いかけて街を駆け巡る和深とセドナ。

「師匠、分身は?」
 追いついた和深は通りをきょろきょろしているセドナに訊ねた。
「見失った。足だけは速いようだ」
 忌々しそうにセドナが言った。

「近くにいる人に行方を聞いてみよう」
 そう言い、和深は行方を訊ねに言った。

「俺の分身を見なかったか?」
 近くにいたルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)に訊ねた。

「あなたの分身ですかぁ?」
 ルーシェリアはじっと和深の顔を見た。

「見なかったか?」
 セドナも訊ねる。

「見ましたよぉ、すごく怯えた顔であっちの方に行きましたよぉ。あっちは袋小路なのに」
 ルーシェリアは逃げた方向を指さした。

「あちらか!!」
 セドナは行方を聞くなり、駆け出した。

「ありがとう。助かったぜ」
「いえ、どういたしましてですぅ」
 礼を言って駆け出す和深を手を振りながらルーシェリアは見送った。

「さて、我に暴言を吐いた罪、償ってもらおう」
 袋小路に追い詰め、セドナは『光条兵器』を構え、ゆっくりと距離を縮める。

「ちょ、待ってくれ。今から口説くぜ」
 『威圧』を持つセドナの気迫にじりじりと後退する。そして、そのまま『光条兵器』の餌食となってしまった。

「ギャァァァァーーーーーーー」

 袋小路にこだまする悲鳴。

「師匠!!」
 自分の分身の悲鳴を聞き、和深は急いで現場に駆けつけた。

「……あぁ、師匠これぐらいで」
 自分も分身を止めようとしていたのにあまりにも可哀想になって逆にセドナを止める。

「ここまでにしておいてやろう」
 『光条兵器』を引っ込めたが、すでに和深の分身はボロボロの状態で気絶していた。

「……師匠を怒らせるとこうなるのか」
 和深は分身とセドナを見比べながらぼそりとつぶやいた。

「何か口にしたか? 和深」
「いや、何でもない。早く、解除薬が欲しいな」
 敏感に自分の方を向くセドナに和深は陽気に笑いながらごまかした。
 二人は解除薬を待つ事にした。

「すごい悲鳴が聞こえたり今日は賑やかですぅ」
 ルーシェリアはぶらぶらと分身で溢れる空京の街を歩いていた。先ほど自分の分身を追う和深とセドナに出会ったかと思うと悲鳴が聞こえたり。

「あっ」
 ルーシェリアの足が止まり、驚きの顔に変わっていた。
 視線の先には女性を見るやナンパをしまくっている和輝の分身がいた。

「……あれは和輝さん、ナンパしてるですぅ……」
 分身と知らないルーシェリアの胸には悲しみが溢れてくる。
「……ひどいですぅ、悲しいですぅ」
 ぎゅっと胸を握り締め、一生懸命に悲しみに耐える。
 耐えている間も和輝の分身はナンパをしまくっている。

「……許さないですぅ。私という人間がいながら……」
 胸を握り締めていた手にはレジェンダリーソードがあった。すっかり悲しみを乗り越え、沸いてきたのは怒り、ただ一つ。

「……少し痛い目にあっていただきましょうかねぇ」
 剣を持ち直すと共にのんびり雰囲気が機敏なものに一変した。

「この浮気者――っ!!」

 『ヴォルテックファイア』を放った。

「うわ!?」
 いきなりの攻撃に驚くも華麗に避け、逃げ出す和輝の分身。

「待つですよぉ。どこに行ったですかぁ」
 ルーシェリアは周囲を見回した。和輝の分身は『カモフラージュ』で身を隠しながら逃げていた。

 そこに

「確か、ここだな」
「いるかなぁ」

 朱鷺に行方を聞き、急ぐ本物の和輝とアニスが登場した。

「あれ? 和輝さん? 向こうに逃げたはずですよぉ……二人いても関係ないですぅ」
 ルーシェリアは、和輝の登場に驚きつつ和輝が二人いると分かるも怒りの感情が強く、剣を下ろさなかった。

「待って、待って、ルーシェリア、この和輝は本物だよ〜」
 和輝の横にいるアニスは必死にルーシェリアを止める。

「悪さをしているのは、ナンパになった俺の分身だ。今、街に分身薬が広がって大変な事になっているんだ」
 和輝も説明をする。

「それ、本当ですかぁ?」
 構えていた剣を下ろし、ルーシェリアは二人に訊ねた。
「本当だよ〜。今、和輝と追いかけてるんだよ!」
 こくりとアニスは力強くうなずいた。
「……信じるですぅ。だったら、私も一緒に行くですぅ」
 事情を知ったルーシェリアは二人に協力する事にした。

「……追いかけよう」
「……病院の方に行ってるよ」
 アニスの言葉通り三人は分身を追って病院に行き、美絵華のいる中庭に辿り着いた。

「……分身、先ほどの雨はもしや」
 エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)は空京の街で分身が続々と生まれているのを観察し、自分の隣を見た。

「……分身薬。どうやら、私の分身は作れなかったみたいですね……まあ、当然でしょうか」

 エッツェルはつぶやいていた。

 その時、向かいから美絵華を励まし終わった裕樹がやって来た。

「……エッツェル」
 裕樹の方が先に気付き、エッツェルに声をかけた。

「……御宮さん、妙な雨が先ほど降っていたのですが、何か事情を知りませんか?」
 知っていると思われる裕樹に訊ねた。

「事情か……」
 そう言って裕樹は今回の事件を話した。

「……そうですか。あの兄弟が、またロクでもないコトをしでかしているみたいですねぇ」
 エッツェルは双子と同じ学校のため二人の悪戯ぶりは知っているので呆れながら言った。

「……それで、解除薬は今捜索しているから俺達は美絵華ちゃんの話し相手をしていたんだ。俺は伝えるべき事は伝えたから撤退したところだ」
 今の状況を簡単に話しながら、病院の方に顔を向けた。

「……そうですか。二人はすっかり本来の目的を忘れているみたいですね。私も彼女と話をしてみましょうか。元気になって貰いたいですし」
 裕樹につられてエッツェルも同じ方向を見た。

「あぁ、そうしてくれ」
 エッツェルにそう言って裕樹はそのまま去った。

 病院へ向かう途中、

「……両足が動かない、ですか」
 エッツェルは美絵華の事を思いながら歩いていた。自分には足が動かなくなった時の事や入院してからの辛い彼女の気持ちが分かると。
 分身も出来ないこの身体。徐々に侵食されどんな治療法も秘術も効果を見せず、少しずつ感覚を狭めながら襲ってくる全身の激痛と底なしの絶望感。

 この瞬間も侵食の手は緩む事はないが、
「……あの子にはまだ」
 考えて誰かに手を差し伸べたいと思う心は消えていない。手術という希望があるあの子のために何かしたい。

「……希望があるのだから」
 エッツェルはゆっくりと美絵華達の元に急いだ。
 辿り着いた時はちょうど、返答に困るような事を美絵華が吠えている時だった。