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第七章 黒服「某国から来ました」

「……ふぅ」
 疲れた表情で借りたスパ施設の一室から出てきたマイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)が溜息を吐く。
「お疲れ様でした。どうでした?」
「まあ、その様子じゃ芳しくなかったみたいね」
 橘 舞(たちばな・まい)がマイトに話しかけるが、その様子を見て察したようにブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)が言った。
――施設の一室を借りてマイトが何をしていたのかと言うと、取り調べである。
 刑事(ただし自称)であるマイトは先程の推理の直後、【警察手帳】を片手に乗り込み容疑者とされた人物(小暮とアッシュを除く)を片っ端から取り調べていたのである。
「はーカツ丼美味しかったー」
 マイトに続いてななながほくほく顔で部屋から出てきた。手にはカツ丼が入っていた丼がある。
「それじゃ食器片付けちゃいますねー」
 なななから丼を受け取ると、ボニーが他の丼と一緒に施設のレストランへと持って行った。全て取り調べ中に容疑者に食べさせたものだ。
「それにしても、何故カツ丼なのかしら?」
「そりゃ取り調べと言ったらカツ丼だろ?」
 食器を見て首を傾げる舞に、マイトが言う。すると何故か舞が『ああ、成程』と納得したように頷いた。あれなんでなんだろうね。
「あんなに頼んで貴方お金大丈夫なの?」
 今度はブリジットが食器の量を見て言った。容疑者(小暮とアッシュは除く)の数はそれほど多くないが、全員頼むとなると料金はそこそこになる。
「大丈夫だ、問題ない。代金は全部容疑者持ちだからな」
 マイトがドヤ顔でサムズアップ。実際取り調べ中に出前で食事はできるらしい。そしてその代金はその人が取り調べ後に払う、というシステムだそうな。
「まあいいわ、それより一応成果は聞いておこうかしら」
 ブリジットに言われたマイトが、笑みを浮かべた。
「ああ、それに関してだが……奴はとんでもない物を盗んでいったのがわかったよ」
「とんでもない物? 何を?」
 舞に聞かれ、マイトが遠い目をしてこう言った。

「――俺の時間です」
「時間の無駄だったってわけね」

 ブリジットに言われ、マイトが遠い目をしたまま頷いた。

「だから私は言ったじゃない。そもそも犯人なんていないのよ、この事件は」
 ブリジットの言葉に『やっとまともな思考をしている人が』とアゾートが安堵の息を吐く。
「ねえブリジット、さっきからそう言ってたけどどういうことなの?」
「そうだな、その辺り詳しく聞かせてもらおうか」
 舞とマイトにそう言われたブリジットは目を閉じ、一拍置いて口を開く。
「この事件は殺人事件ではない――小暮秀幸の自殺だったのよ!」
 アゾートが『ああ、この人もまともじゃなかった』と落胆の溜息を吐いた。
「自殺……だ……と……!?」
 マイトが驚いたように呟く。ブリジットは頷き、言葉を続ける。
「――小暮秀幸。教導団参謀科少尉という立派な肩書を持っている。しかし彼はイベントの魔王役の方が知名度が高いわ」
「ああ、そう言えばあの方魔王役の俳優でしたっけ」
 ぽん、と舞が手を叩く。『俳優じゃないって』とアゾートが突っ込むが例の如くスルーだ。
「人気投票を行えば票数は1……計算好きで教導団参謀科に入った少尉がやらされることと言ったら関係ない魔王みたいなことくらい……まるで報道の仕事がしたくてアナウンス部に入ったのに、いつのまにか芸人扱いの女子アナじゃない。彼は、自分の将来を悲観して自ら命を断ったのよ」
「そんな……小暮君……なんで一言相談してくれなかったの……?」
 ブリジットの推理に、なななが哀しげに目を伏せる。
「……ねえ、人気投票って何? 教導団ってそういう事やってるの?」
 アゾートが首を傾げる。その問いになななが首を横に振った。
「そういうわけじゃないよ。以前ななな達が知らないところで色々あったんだよ」
 ふーん、とアゾートが興味を失ったように相づちを打つ。深く関わってはいけない、と察したようであった。
「推理を続けるわ。そんなこんなで自ら命を絶つ事を決意した小暮は実行――しかし彼はそういう星の下に生まれたのか、それとも神が要求したのか、まるで芸人の様に逆さまになって発見されてしまった……これが真相よ……何とも言い難い事件ね」
 言い終わるとブリジットが哀しげに首を横に振る。
「哀しい……哀しすぎる……そんなのってないよ……」
 なななが涙を堪えるように顔を伏せた。
「さすがブリジット……まさか自殺というのは考えもしませんでした」
 舞が感心したように頷いた。
「哀しい事件だな……俺も同じ立場だったらと思うとぞっとする」
 マイトも溜息を吐いた。
「この言われ放題の状況を知ったら、多分死にたくなるだろうね」
 多分このアゾートの言葉が正解に近いんじゃないだろうか。
「あの、刑事さんでしょうか?」
 そんなやり取りをしている中、クロス・クロノス(くろす・くろのす)伏見 九藍(ふしみ・くらん)を伴い歩み寄ってくる。
「ん? いかにも刑事のマイト・レストレイドだが、何か用か?」
 そう言って自称がつく刑事、マイトが頷く。
「ええ、実は御伝えしたい事がありまして……話そうか迷ったのですが、事件が起きたというのでもしかしたら関係があるかもしれないと思って」
「事件と関係している? 話してくれないか?」
 クロスは頷くと、ちらりと九藍を見た。
「私は彼とこの施設に来たのですが……入る時にエントランスと言いますか、ロビーで奇妙な格好をした人物を見かけまして」
「うむ、珍妙な格好をしておったな」
 クロスに続いて九藍が頷くと、マイトが身を乗り出さん勢いで詰め寄る。
「詳しくその話聞かせてもらおうか」
「ええ。その人、上下が真っ黒な服装でして、靴まで真っ黒だったのでよく覚えています。後ろから見たので顔まではわかりませんが、歩き方から男性だと思います」
「身長はわしより低くてのぉ……おお、御主マイトと言ったかのぉ? 丁度御主くらいの背格好じゃ。よもや、御主じゃなかろうな?」
 からかうように九藍が言うと、少しむっとした表情をマイトが見せる。
「刑事の俺が犯人なわけあるか。大体格好も違うだろ?」
「えー、ミステリーで犯人は刑事ってよくあるパターンだよ? そうやって容疑者から外れるって」
「話が進まないから黙っておこうね」
 口を挟んだなななをアゾートが止める。
「冗談じゃよ、気を悪くするでない……そうじゃ、何かあやつが落としたんじゃったな」
「あ、そうでした。これです。施設の係員に渡そうとしたのですがすっかり忘れてしまって」
 九藍に促されるようにしてクロスが差し出したのは、生徒手帳であった。空京大学の物である。
「一応中身を確認したのですが、特に何も書かれていなくて……私のは自分で確認したので違います」
「わしも違うぞ。手帳は持たぬ主義でな」
 手帳を受け取りマイトが中をペラペラとめくるが、クロスの言う通り中には目立ったことは書かれていなかった。
「臭うな、そいつ……」
「ええ……後歩き方で気になったのですが、独特な歩き方をしてまして」
「独特な?」
「ええ、隙を見せない歩き方と言うか……武道を嗜んでいるように感じました」
「ますます怪しいな……そいつ」
 顎に手を当て、考えるマイトにブリジットも頷く。
「私の推理が間違っているとは思えないけど、そいつが関与していないとも考えられないわ」
「よし、これからスパを徹底捜索だ! 手伝ってくれ!」
 そう言うなり、マイトとブリジットが駆けだす。その後ろを「待ってくださいよー」と舞が追いかけていった。
「……ふむ、御主らは行かないのかの?」
 その後ろ姿に「行ってらっしゃーい」と手を振るなななを見て九藍が意外そうに言った。
「そうだよ、行かないの? 真っ黒な服装した人ってちょっと前に散々出てきてたよ?」
 アゾートも同意したようになななに聞く。具体的には第四章辺りで散々デッドリスト入り者を作った奴が出て来ていた。
 だがなななは首を振る。
「行く必要が無いよ。だってこの事件と関係ないから」
「関係ない? あなた、あの人物を知っているので?」
 クロスの言葉になななが頷く。
「うん、ただの野良MIBだよ」
「野良でそんなのいるわけないよ!」
「えー、ゴロゴロいるよそこいらに」
「ゴロゴロいられちゃたまらないよ!」
 アゾートの言う通りだ。そんなのゴロゴロいられちゃたまったもんじゃない。
「あの、MIBというとあの宇宙人関係で有名な黒服の方々ですか?」
 クロスの問いに、なななは首を横に振って答えた。
「違う違う。『目に余る(M)いけない行為やいちゃついていたりしている奴らを(I)爆発させたり撲殺したりする会の人達(B)』だよ」
「そんなのいないよ! いたら困るよ!」
 否、現実には結構いる。
「あの某国の後ろにも彼らはいるんだよ? 無断で某国のキャラを使用すると『ハハッ、勝手に使うだなんて良い度胸してるね!』って甲高い声で」
「それ以上そのネタは危ないからやめて!」
 このネタ、結構冷や冷やしながらやってる。だが反省はしないし後悔もしない。
「おっと、そろそろななな達も行こうか」
「行くってどこにさ」
「そりゃ尺も後僅かになってきたから、もうちょっと潰しにかからないと。ほら、行くよー!」
「いやだから何処にってちゃんと説明してぇー!」
 無理矢理手を引く様にして、ななながアゾートを連れて行った。
「……騒がしい奴らじゃのぉ」
「ええ、全く」
 嵐が過ぎ去ったように静かになった中、九藍とクロスが小さく呟いた。