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無人島物語

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無人島物語

リアクション

(ルシア……。聞こえますか、俺の可愛いルシア……。おとうさんはね、頑張ったんですよ……)
 夢の中で紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は、ずっとルシア・ミュー・アルテミス(るしあ・みゅーあるてみす)の名を呼び続けていた。
 当然ここは、唯斗の寝室ではなく、あの無人島。
『ダイパニック号』から流されてきた唯斗は、眠り続けていた。
 沈没した客船からの、決死の大脱出だった。船が海に飲まれようとしているのに甲板の上でわくわくしながら海を見つめていたルシアを連れて、荒波の真っただ中に飛び込んだところまでは鮮明に記憶がある。泳ぐために衣装を脱ぎだしたルシアに服を着直させ(おとうさんとして、ルシアの肌など誰にも見せません!)、身を挺して盾になった。台風の吹き荒れる大海原をルシアが迷子にならないようにしっかりと手を引いて、餌を求めて迫りくる海モンスターとも戦った。ここまでは確かにおとうさんだった。
 あの、沈没時に波に押しつぶされた『ダイパニック号』の巨大な装甲板さえ流れてこなければ……。自然の力は偉大だ。あの客船をただの鉄の塊にしてしまったのだから。
 硬くて大きい鉄板が、嵐で力を得た波の威力で唯斗の頭を叩き割っていなければ。
 ああ、でも良かった。ルシアは無事だったのだ。
 唯斗は、そのまま一緒に流され意識不明の状態でこの島まで流れ着いていたのだ。ハイナの忍者として、普段からハイナ関係で激務な上、全力出した後に気絶したのだ。すぐには目を覚ませなかった。
「……」
 ああ、ルシア。今頃どうしているだろうか。お腹をすかせて困っていないだろうか。
 だが、おとうさんがこの島に来たからには、もう大丈夫だ。食べ物も持ってきてあげよう。
「おとうさんが取ってきたパパイヤの実ですよ。さあ、お食べルシア。パパイヤだからといって、決してパパ、イヤなんて言わないでくださいね」
 意識朦朧としながら、唯斗は必死で手を伸ばす。ルシアにパパイヤの実を食べさせるために。
 パパイヤの実を……。
 むにっ。
「……ん?」
 唯斗の手に確かな感触が伝わってきた。パパイヤの実にしては柔らかい弾力を帯びた球体を、この手で確かに……。
 むにむに。
「んっ?」
 唯斗は違和感に意識を取り戻した。ゆっくりと目を開ける。
 目の前には、彼を間近で覗き込んでいるルシアの顔がはっきりと見えた。そして、唯斗の手は、あろうことかルシアの胸に……。
 彼女は、何が起こったのか理解できない表情で見つめている。 
「……」
 唯斗は伸ばしていた手を下ろすと、再び眼を閉じた。
 終わった。おとうさんは、今死んだのだ。間違いなく、地獄行きだ。地獄の業火に焼き尽くされて苦しむがいい……!
「……熱っ! 熱つつつつっっ! ……ごふっげふごふっ!」
 口に流し込まれる熱湯に、唯斗は飛び起きた。
 よく見ると、ルシアは湯気を立てた鍋を手に持っていた。気付けのつもりなのか何を勘違いしたのか、沸騰した湯を唯斗に飲ませようとしていたらしい。
「ああ、まだ起きちゃだめよ。怪我してるんだから」
 ルシアは何事もなかったかのようにニッコリ笑って言った。ゴホゴホ咳き込む唯斗の視線に気づくと、嬉しそうに鍋を見せびらかしてくる。
「ねぇねぇ、凄いでしょ。このお鍋拾ったのよ。きっとどこからか流されてきたのね」
「る、ルシア……無事だったか……」
「ところで、おとうさん。パパイヤどこ? 取ってきてくれたんだよね?」
「ごふっ!」
 純粋なルシアの呼びかけに、唯斗は口に含んだお湯ではなく、血を吐いた。色んな意味で、彼に致命傷を与えるに十分だった。
「まあ、大変! すごい血が出てるじゃない!」
「!!!?」
 この時、唯斗は自分が今どこに横たわっているのかに初めて気づいた。
 頭はルシアの膝の上! HIZAMAKURA! されていたのだ。
 普段お世話してるルシアに逆にお世話になるにしても、この状況はハンパなかった。口からも鼻からも血が出っぱなしだ。
「ちょっと待っててね。すぐに血を止めてあげるわ」
 ルシアは、膝枕した体勢で唯斗の向こうから何かを取ろうと身を屈みこませた。
「「!!!!!!!???」
(ちょ、ちょっとルシア……なにしてるんですか? 屈んだルシアのオパーイが目の前に! ちょ! 乗ってない!? 顔の上に乗ってなぁい!?)
「じゃーん!」
 そんな唯斗の心の叫びも知らずに、ルシアは得意顔で荒縄を取り出した。島の素材を使って一所懸命編んだらしい。
 その荒縄を、唯斗の首にぐるぐる巻きつける。
「え?」
 ぎゅ〜っ! と締め上げ始めた。
「血を止めるには、傷口の根元を強く縛ればいいって聞いたから!」
 真剣な表情ルシアだが、殺意はない。おとうさんを助けたい一心の止血だった。
 いや確かに、口と鼻の根元は首なんだけど……。唯斗の顔は青くなっていった。血が止まるより呼吸が止まりそうだ。
「ルシアちゃん。気持ちはわかるけど、そこまでにしておこうよ。さすがに死んじゃうよ」
 唯斗の命を救ったのは、ルシアの親友辻永 理知(つじなが・りち)だった。彼女もまた、この島にやってきていたのだ。ルシア変な事しようとする人が居たら守るつもりだったが、どうやらその必要はないらしい。唯斗は虫の息だった。
「ええっっ! だめだったの!? ご、ごめんなさいっ」
 驚いて手を離すルシア。
「い、いや……、知っててわざとボケてるんだよね? 今のちょっと本気入ってなかった?」
 一部始終を見ていた理知は、半眼で言った。ルシアが邪魔で攻撃できなかったのだが、ケリはついたらしい。一転、優しい表情になる。
「その人は、そのうち復活するだろうから、放っておいて遊びに行こ!」
「そうね、海で泳ぎましょう!」
 ルシアは気を取り直して、自分の膝から唯斗の頭をそろりとのけた。
 立ち上がると、唯斗などいないがごとく、その場で衣服を脱ぎ始める。普段から保護者感覚なので唯斗をおとうさんとはあまり意識していないようだ。
 だが、そんなルシアは、本当におとうさん思いの優しい子なのだ。
「そうだ……!」
 ルシアは、何かを思いついて着替えも途中で駆け出すと、太い棒状の山菜を持って戻ってきた。密林で採ってきたネギのような植物らしい。
「おとうさん、ずっと海の中にいて水浸しで冷たかったでしょ。風邪を引かないように」
 ルシアは再び屈みこむと、動かない唯斗をうつ伏せにゴロリと転がした。あまりの天然から恥じらいの気持ちも沸いてこないのか、唯斗のズボンをパンツごとずるりと無造作に下ろした。
 手にしていた太い山菜を、力いっぱい唯斗の尻をめがけて、捻り込む!
「アッーーーーーーーーー!」
 唯斗は、全身をびくんびくん痙攣させながら、悲鳴を上げた。
「ネギをお尻に刺すと、風邪が治りやすいんだって!」
 身体に気をつけてね、とルシアは親しみを込めた笑みを浮かべると、理知たちの後を追っていってしまった。
「……」
 唯斗は、完全に動かなくなっていた。だがその顔はなんだか満足げに見えた。