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リアクション
さて。
早くもこの島で色々と騒ぎがあったことなど露知らず、浜辺では雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)が、膝を抱えてぼんやりと海を眺めていた。
「そろそろ、私死のうかな……」
その呟きには説得力があった。
すでに、この無人島にはそれなりのメンバーが上陸しているというのに、どうして彼らと遭遇できないのだろうか。
それも、災厄少女の特異体質の一つだった。驚異的なすれ違い。雅羅が浜辺にいる時には、キャンプしていたメンバーは、狩りに出かけていたり他の準備をしていて不在だったりしたのだ。そして、雅羅が密林に様子を見に行った時には、彼らは浜辺へ帰ってくるのだ。
そんなことが繰り返され、いまだに彼女は一人ぼっちだったのだ。
ぐ〜、と腹が鳴った。遭難してから何も食べていない。
「……お魚が取れなかったら、死のう……」
雅羅は決心した。もはや運命は彼女の手の中にはなかった。神に委ねてみるのもいいのかもしれない。最も、神の決定が今の彼女の境遇なのだろうが。
「誰もいないし、いいよね」
雅羅は、少し考えてから着ていた制服を脱ぎ始めた。海に入るのに衣装を纏ったままでは不自由だ。
『ダイパニック号』の船上パーティーには制服姿で参加していたのだが、そのまま着の身着のまま無人島に流されてきたのだ。すでに、着ていた制服は、海水で激しく痛みところどころほつれたり破れたりしている。もはや捨て去るのに躊躇いはなかった。
「私は、今までなにをうじうじと悩んでいたんだろう……!」
下着類までぽいと脱ぎ捨てた雅羅は、急に自分が自由になったことを知った。
衣装は、社会の鎖だ。多くの人々が縛られ苦しみながら生きていく。雅羅の災難も、もしかしたら古くから連なる因習や因縁に囚われていた結果なのかもしれない。硬く凝り固まった常識や慣習が、彼女を不幸にしていたのだ。
その鎖を、雅羅は今断ち切ったのだった。
「なんだか、身体の底から幸福が沸き起こってくる気がするわ! 不幸体質じゃない、新しい私がこの島から始まるのね!」
それは、単に腹が減りすぎていたのとショックな出来事に遭遇して頭がちょっとハイになっているだけ、と誰も突っ込んでくれない。
「やるわ、私!」
生まれたままの姿で、雅羅はじゃぶじゃぶと海へ入っていく。
なんて気持ちがいいんだろう、生きているってなんて素晴らしいんだろう!
雅羅は、浜辺を一人走る。両手を広げて自由を満喫するのだ。もう死にたくなることはない!
「!!」
その視界の片隅を、見覚えのある人影が通り過ぎた気がして、彼女は足を止めた。
「……あれ、雅羅じゃない。あなたもこの島に来ていたのね」
じっとこちらを見つめていたのは、雅羅と親しい知り合いの白波 理沙(しらなみ・りさ)だった。彼女は、食材の魚を取りにやってきていたようだった。同じ浜辺にいたのに、どうして気づかなかったんだろう
「え、え〜っと……」
雅羅が、どう言い繕おうかと考えをめぐらせていると、理沙はずばりと聞いてくる。
「……服どうしたの?」
「捨ててきたわ。新しい自分になれるかと思って」
雅羅は、思い出して恥ずかしそうに言った。さっきは他に誰もいないと思っていたから普段出来ないことをやっただけだった。今になって後悔ひとしおといった様子だった。
ふ〜ん、と頷く理沙。
「なれたの?」
「なる前に、恥ずかしさと自己嫌悪で死にたくなったわ」
「そう悲観したものでもないわよ。不幸っていっても今回も無事に私たち生きてるんだから気にしちゃダメよ。ぱんつ履いてなくても雅羅は雅羅なんだし」
「あうう……、服着てくるからちょっと待ってね」
「いいわよ、私は気にしないし」
「気にしてよっ!」
「せっかく裸になったんだから、魚を取るのを手伝ってよ。どうせ、雅羅何も食べてないんでしょ?」
理沙は呆れた様子だったが、ふと何かを思いついたように自分の服をつまんで見つめた。
遭難してからこの島に辿り着くまで長時間海水に浸かったせいで着てた服の生地が傷んでしまったことが一番気になっていた。それは、雅羅も同じはずだった。
「そう……。それで捨てたのね、なるほどなるほど」
「お願いですから、真似をするのだけは絶対にやめてくださいね。私、どうなっても知りませんよ」
先回りをして釘を刺したのは、理沙のパートナーのチェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)だった。彼女もまた、理沙と共に食材を探していたところだった。
「ただでさえ、椰子の実を素手で叩き割ったり魚つかみ取りしたり、野生化しているのに」
「人間は、文明の利器に頼りすぎていたのよ。ここに来て、私は初めて自分のなすべきことを悟ったわ」
「悟らないでください!」
チェルシーの必死の制止にもかかわらず、理沙は痛んだ服を下着ごと思い切り脱ぎ捨てた。雅羅に対抗するごとく覆うもののなくなった胸を張ってみせる。
「どうよ?」
「どうよ、じゃありません! 早く服を着てください!」
「もう流れていったわよ。それより、何よチェルシーこそ。ちょっと服を着てるからって、文明人気取りで上から目線なの」
「わけのわからない理屈でインネンつけないでください」
「あなたも脱ぎなさい!」
「きゃーー!」
理沙の尋常じゃない目つきに恐怖して、チェルシーが悲鳴を上げて逃げ出す。そのまま二人は、浜辺の向こうまで走り去って行った。誰かに見つからねばいいけど……。
「そうよね。こだわることないよね。私たちしかいないんだし」
二人を見送った雅羅は、気を取り直して頷いた。
「私も、お魚取ろうっと」
雅羅は、深いほうへ入っていく。
今なら、魚なんか簡単に取れそうな気がした。鎖を断ち切った新しい雅羅なのだ。魚の側から取られにやってきそうだった。
魚はやってこなかった。
変わりに大きなタコが迫ってきていた。
「……えっ! なにこれ……? きゃあああああっっ……!」
タコリマの自慢の触手に絡め取られ、雅羅は悲鳴を上げた。
「やだっ、やめ……っ!」
ゴボリ、と雅羅は大量の海水を飲み込んでいた。タコリマのぬめった触手が、彼女を海中へと誘ったのだ。
存在を確認するように、触手が雅羅の全身を撫で回していた。彼女は、すぐに抵抗をあきらめなすがままにされる。
(ああ、そうか……。やっぱり私、ここで死ぬんだ……)
これで本当に、全てから解き放たれる……。これも神の思し召し。雅羅は、静かに眼を閉じた。
「迎えに来たぜ、雅羅」
「え?」
何者かに抱き上げられる感覚に、雅羅は薄目を開ける。
鮮やかに映えるピンクのモヒカン、鍛え上げられた力強い体躯。“自称”夫に目覚めたゲブーが、雅羅の身体をお姫様だっこで助け出していた。
「……え?」
雅羅は、もう一度目を見開く。
「やあ、元気だったかい?」
ゲブーの瞳はキラキラと輝いていた。バラがなかったので、口には昆布を銜えている。浅瀬で堂々の仁王立ちの姿は、ヒロインを迎えに来た王子様さながらだった。
「……」
雅羅は、頭を整理するのに時間がかかった。
ゲブーは、むき出しになった雅羅の胸を揉み解しながら耳元で囁く。
「愛しているぜ、雅羅。俺たちの子供を作ろう」
「き、き……きゃああああああああっっ!」
状況を把握した雅羅が、全力で悲鳴を上げる。
腕の中でばたばたと暴れ始めた雅羅をいとおしむ様に見つめながら、ゲブーは足だけで器用に自分がはいていたズボンとパンツを脱ぎ捨てた。
「俺様の極太椰子の木が、南の島に屹立しているぜぇ! ヒャッハーー! では合体!」
「っ!」
雅羅は、観念して目をぎゅっと閉じる。
ゴン! とものすごい音が頭上で鳴り響いた。
雅羅の身体を戒めていた強力な腕から拘束が解かれ、ピンクのモヒカンはゆっくりと後ろに倒れていく。
「げふぅ……」
「てめぇ……! 少し目を離している隙に、何してやがるんだ!?」
これ以上ないほどの激しい怒りの表情を浮かべていたのは、雅羅を助けようとしていた蔵部 食人(くらべ・はみと)だった。その手には、こんな時のために作っておいた木製の大きなハンマーが握られている。その渾身の攻撃で、たった今海の悪魔ゲブーを倒したのだ。
「だ、大丈夫だったか……」
食人は、雅羅を直視できずにそっぽを向きながら、片手で鼻を押さえていた。指の隙間から鼻血がつつーと流れ出る。
「あ、あ……」
前を両手で隠してその場に虚脱状態でへたり込んでいる雅羅が、まさか全裸だとは思わなかったのだ。
「ごめん、雅羅。私がちょっと目を離している隙に、なんてことを……!」
向こうから理沙が帰ってきた。チェルシーは捕まらなかったらしい。なんてうかつな。そんなことをしている場合じゃなかったのに……、理沙は悔しげに呟く。
「大丈夫よ、雅羅。私がついているから」
理沙は、小さい子をなだめるように雅羅を抱きしめながら背中をさすってやる。
「あ、ありがとう……」
雅羅は潤んだ瞳で呟いた。
「……あれ、食人じゃない? こんなところで何をしているのよ、あなた?」
食人に気づいた理沙が近寄ってくる。
「……なんでもない」
食人は、不要になったハンマーを投げ捨てた。思わずその場にかがみこみながらも、自分の着ていた上着を雅羅に羽織らせる。
「……」
本当は……。食人は、そのまま雅羅を安全な場所まで優しくエスコートしてあげたかった。目の前にいる酷く傷ついた少女は、彼のかけがえのない学友なのだ。
だが、立てなかった。
「……どうしたの? 怪我でもしたの?」
苦しそうに前かがみで俯く食人の顔を理沙が心配そうに覗きこんできた。
(やべぇ……、俺の股間で南国バナナが成熟しやがった……っ!)
間違いない、これは終わると思った。
女体に対して耐性が低く、女性特有のあんなところやこんなところに触れたり、そういう部分がポロリする場面を目撃したりするだけで、鼻血による大量出血を起こす程なのだ。そんな彼に雅羅の乱れた姿は刺激的過ぎた。おまけにやってきた理沙まで全裸とはどういう了見だ? ちょっとは恥じらえよ! 心の中で毒づく。
その時だ。海の悪魔が再び襲いかかってきた。やられ慣れているゲブーがあの程度でくたばるはずはなかった。
「げははははははっ! 子作りーーーーーっ!」
<……>
彼の心強い相棒のタコリマも触手をわななかせながら、海中から姿を現す。
「私、怒ったわよ。海に帰ってもらうんだから」
ぽきぽきと指を鳴らしながら、理沙が立ちはだかる。
「ここで己の保身のために、何も出来ないくらいなら! 終わったほうがマシだ!」
食人は立ち上がった。ズボンがパンパンに張り詰めている。緊張の証だった。
「うおおおおおおおっっ!」
食人は咆哮をあげた。自分の全人生を賭けて、雅羅を守る!
『超高度キック』! 必殺技の一つで、片をつける!
食人はスキルを放った。空高く飛び上がろうとして。
ぐきっ。
足をくじいた。普段は『魔鎧装備』で変身してから使う技なのだ。相棒の魔鎧を連れてこなかったことを、食人は今日ほど後悔したことはなかった。生身だったため失敗したのだ。
「ぐあっ!?」
タコリマの怒りの触手が食人を捕らえていた。ぎりぎりと締め上げながら、力任せに海に引きずり込もうとする。
「……」
理沙は、そんな食人をちらりと見ただけだった。ゲブーと戦っていて、自分のことは自分で始末をつけろと言いたげだった。
(溺れる……!)
食人は藁にも縋る思いで、雅羅の方へがむしゃらにもがきつつも近付いた。
「雅羅、無事か。モヒカンがそっちへ!」
彼は、呼びかけつつも、死への恐怖から『女体への耐性』など頭をよぎらず、とにかく彼女の胴体へ全力で抱きつこうとする。
ずるり。
食人の背後でいやな音がした。
「!?」
何が起こったのか理解するのに、食人は数秒を要した。
タコリマの触手が、彼を海底に連れ去ろうとして。予想外の抵抗に、食人のズボンのベルトが引きちぎられチャックを破壊し、ズボンとトランクスだけを剥ぎ取ってしまったのだ。
「雅羅!」
食人は、必死で雅羅にしがみ付いていた。胸の二つの弾力が、食人の顔を挟み込む。
下半身に何もつけていない状態で。隠されていた南国バナナが、雄々しく弧を描き無人島で存在感を主張した。
「もう、いやああああああっっ!」
押し倒してくる食人に、雅羅はもがきながらマジ泣きする。
「誰か、助けて!」
そして、その声は届いた!
「『氷術』!」
どこからともなく現れたのは、何があっても雅羅を守ると誓った勇者。どんな時にでも駆けつけると雅羅と約束した雅羅の騎士想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)だった。
夢悠は容赦なく食人の南国バナナを氷術で冷凍バナナにし、次なるパンチで彼を殴り飛ばす。
「ぐああああっっ!」
食人は、冷凍バナナを提げながら四つんばいで逃げた。これは死ぬ。絶対死ぬ!
「げははははははっ! 子作りーーーーーっ!」
理沙の攻撃に追い詰められたゲブーが、やぶれかぶれで飛び掛ってきた。
「『チェインスマイト』!」
夢悠のパートナーの想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)のスキルが命中する。
「これで、終わりだ!」
夢悠は、転がっていたハンマーを手に取るとゲブーに全力で叩き込んだ。男の娘の彼の、込めたる思い! 雅羅を苦しめた。雅羅を泣かせた。絶対に許さない!
本来持ちうる夢悠の能力を遥かに上回る破壊力が、ゲブーを確実に粉砕していた。
「げぶぅぅぅぅぅ!」
ゲブーは、きりもみしながら吹っ飛んで、慌てて逃げ去ろうとしていた食人に激突しながら、重なり合うように倒れた。
「!」
雅羅が、とっさに顔を両手で覆う。
「アッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
「アッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
ゲブーと食人の口から同時に悲鳴が上がった。
子作りに執念を燃やしたゲブーの熱い思いが、四つんばいの食人に突き刺さっていた! 衝撃で、冷凍バナナが折れたかもしれなかった。
<……>
合体したまま硬直して動かなくなった二人を、タコリマが優しく海へとつれて帰る。その姿は、青い海に飲まれ見えなくなった……。
ああ、終わった。ゲブーも食人も。そう、全ては終わったのだ……。合掌しながら見送るしかなかった。
「ちょっと待ちなさいよ、タコ! あなたも落とし前つけるのよ」
理沙が追いかけていく。
「ごめん、雅羅。遅くなった……」
夢悠は、思わず雅羅を抱き寄せていた。
展開の都合上とはいえ、こんなに憔悴するまで雅羅を見つけ出せなかった自分に腹が立つ。夢悠は内心で自分を責めていた。
「ううん、大丈夫。あなたが来てくれたんだもの。来てくれると信じていたんだもの」
そんな内心を推し量ったように、雅羅が痛々しい笑顔を作った。
「助けてくれてありがとう、夢悠。私、あなたになにもあげられないけど……」
「いいんだ、雅羅。俺が好きでやってるだけだから。雅羅のことが大好きなのに全然届かない俺が、自分のために好きでやってることだから」
夢悠は本心を隠すことなく告げる。ずっとずっと、雅羅に届くまで伝え続けるつもりだった。
「こんな私を好きでいてくれて、ありがとう。私も、ちょっとだけあなたに届くといいな」
雅羅は、今度は素直に微笑んだ。ちょっと頬が赤くなっていて、抜群に可愛い! 夢悠が見とれている隙に。
「今は、これが精一杯よ」
雅羅は……。夢悠の頬に唇をつけていた。
「え?」
驚くより先に、雅羅は立ち上がる。少し元気が出てきたようだった。
「さあ、行きましょうか王子様。みんなのところに連れて行ってくれるんでしょ」
「あ、うん……」
夢悠も立ち上がり、雅羅を皆がいる元へとエスコートする。
「何を見てるんだよ!?」
夢悠は振り返った。パートナーの瑠兎子がニヤニヤ見つめていた。
「もちろん、ここでビビって回れ右なんてしないわよね?」
「あ、当たり前だよっ! 俺は、雅羅をいつでも守るって誓ったんだから」
瑠兎子に手を引かれて、夢悠は雅羅と共に歩き出す。彼の顔を見て、ふふっと悪戯っぽく笑う雅羅。
頬には、まだ雅羅の感触が残っていて……。
「誓ったんだから!」
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