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リアクション
第三章:住めば都の無人島
「さようなら、レオーナ様。あなたのことは忘れません、きっと……」
その頃……。
この島に流れ着いたクレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)は、ずいぶんと長い間密林を見つめながら佇んでいた。
彼女のマスターであるレオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)は、もう帰ってこない。何という喜ばしいことだろう……。
「ジャングルでもお元気で……。私もこれで平穏な暮らしに戻れます……」
いや、そうじゃなくて……、とクレアは首を横に振った。
探しに行かなければ。密林の奥へと入っていったレオーナを連れ戻して……、いや連れ戻さなくてもいいか……。いいんだけれども!
「他人様にご迷惑をおかけしてはいけませんよね」
それは、ペットのライオンや虎を野良化させるのと同じことで大変なことになる。
クレアの足元には、レオーナがそれまで纏っていた衣装が脱ぎ散らかされていた。必要がなくなり捨てられたものだ。
この島に着くなり、レオーナは野生化した。心にビビっと電流が走り、環境に感化され、彼女の心に秘められたものが呼び覚まされたのだ。まるで獣のような、心が!
そして、そのまま獣になり密林へと消えていった。
「ああ、気が重いですわ」
クレアはレオーナを追って密林へと入っていく。
そして、それは浜辺に辿り着いたメンバーは知らなくてもいいことだった。
彼女らの行方は後ほど追うことにしよう。
○
『緊急特番! ダイパニック号、沈没スペシャル!』
「あ〜、やっぱり本当に沈んだみたいね。乗船名簿にも名前載ってるわ」
場面変わって、ここは無人島から遠く離れたツァンダにあるハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)の実家。
彼のパートナーのソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)は、子供をあやしながらTVニュースを見ていた。昨日、変な短文投稿サイト風のテレパシーを受信したので気になっていたのだが、どうやらハイコドは本当に海難事故に巻き込まれたらしい。
「まあ、やけに羽振りのいいバイト料と船の名前からこうなるんじゃないかと半ば予想はしていたんだけどね」
ソファーでまったりくつろぎながらハイコドの仕事用携帯に電話をかけてみる。
「うん、繋がらないね。ケータイは今頃海の底か。……風花ー、ハコにつないでみて?」
ソランは、一緒にTVを眺めていた白銀 風花(しろがね・ふうか)に言う。ハコというのは、ハイコドの呼び名らしい。
「わかりましたわ。少し待ってくださいね」
風花は、『テレパシー』でハイコドの行方を追ってみた。これは、地味に便利なスキルだ。
「ハコ兄様ー、大丈夫ですかー?」
風花が呼びかけると、程なく返事が返ってくる。
「無人島なう。ぼっちだよ(´・ω・`) 」
「あ、無事みたいですわ。よかったですぅ」
安堵のため息をつく風花に、ソランは半眼で答える。
「結構余裕そうじゃない。どうして、昨日からこのノリなんだろう?」
「私たちが心配しないように、気を使ってくれてるんですよ。ハコ兄様優しいですわ」
素直な風花は、いい方向に解釈することにした。ソランも、まあいいかと頷く。
「とりあえず、生きていたんだから良しとするか。……って私たちが生きているんだから当たり前なんだけどね」
「海きれいすぎ、ワロタwwwwwww。これから魚取り用のビク作るわwwwwww」
「また無人島ですかぁ? とりあえず元気そうで何よりですわ」
「 うん、元気出てきた。(`・ω・´)」
なんだかハイコドの様子が少しおかしい気もしたが、テレパシーの状況がおかしいだけだろう。いや、脳から変な電波が出ているのかもしれない。
「とにかく、安心したわ。……もぅ、これでまた行方不明になんてなったら今度こそ許さないからね?」
「 ( ・∀・)b 」
「え〜、何よそれ? ……ええ、シンクもコハクも大丈夫よ。元気良すぎて困っちゃう」
「 (*≧∀≦)ノシ 」
「もう……。帰ってきたら心配掛けた罰としてコブラツイスト、スカイツイスタープレス……。それと夜のプロレスだから覚悟してね(はあと)」
「 wktk 」
「(*´д`*) ハァハァ……」
「あら、ソラ姉様まで。よほど嬉しかったのですわね」
満足げに微笑む、風花。
「「 誰か、キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━━!!!!! 」
プツン。
ハイコドからのテレパシーはそこで途絶えた。
「さて、そうと決まったら押さえ込みの練習しておこっと。3カウントでキメてあげるんだから」
うきうきしながら隣の部屋で夜のプロレス練習を始めたソランを見やって、風花は思った。
「なんだかよくわからないですけど、絆って大切なのですねぇ」
彼女の純粋な笑みが眩しかった。
「ネ申、降臨! ktkr……ぐはっ!?」
ツァンダの実家とテレパシー通信をしていたハイコドは、何者かとの遭遇を知らせた後、側頭部を強打してその場に倒れ伏した。彼がしゃがみ込んでいた浜辺近くの岩場の陰から、丸太を抱えた大男が突然姿を現したのだ。無人島で自分以外の人物と出会えた喜びから振り返ろうとして立ち上がりかけた彼は、勢いのまま頭から大木に突進していた。
ごろごろ……、どぶん! ぶくぶくぶく……。
そのまま、岩場を転がり落ちて海に帰っていくハイコド。
「よく見たら海坊主だった……\(^o^)/」
「をや? 今何か当たりましたか?」
手元に衝撃を感じたルイ・フリード(るい・ふりーど)は、丸太を抱えたまま視線をめぐらせた。物陰になっていてよく見えない岩場の向こうから何者かが飛び出してきたらしい。
ここは無人島。誰もいないはずだった。獣でもいたのだろうか……?
辺りを見回したが、視界に入ってくるのは晴れ渡った空と島に打ち寄せる波だけだった。
「……ふむ」
ルイは、満足げな笑みを浮かべたまま、しばし大海原の光景を眺めていた。
なんという心地よさだろうか。澄みきった青い海と、頬をなでるさわやかな風。昨夜まで嵐だったのが嘘のような絶景だった。
事故に巻き込まれて、こんな孤島に難破してしまったが、これはこれで普段の街中では味わえない体験が出来そうだ。
「この感動は皆で分かち合わなければ」
一緒にこの島に流されてきたメンバーたちを元気づけるために、ルイは快適空間を確保しようとしていた。小屋でも作ろうと、木を切り倒して運んできたのだ。きっと喜んでくれるに違いない。
「……なんですかっ!?」
ベギベギ……。
ルイは、抱えていた丸太を膝で叩き割っていた。不意に、水中から怪しげな物体が出現して、ちょっと驚いたのだ。それは、ついさっき海へと沈んでいったハイコドだった。頭からワカメをかぶり、ヒトデまでがたかっている。
「扱いひどすぎるだろゴルァ 凸(゚Д゚#)」
「おお、あなたはもしや……。こんなありさまになって可哀そうに」
ルイは、ハイコドの姿を確認すると、手を差し伸べて水中から引っ張り上げた。水も滴るいい男だった。濡れ細った姿が痛々しい。ルイは、お詫びと親愛の情をこめて、ハイコドを力いっぱい抱きしめた。変な気があるわけではない。ルイもまた、新しい仲間が見つかって嬉しかったのだ。
「先ほど、私が丸太ぶつけてしまったのは、あなただったのですね。申し訳ありませんでした。力いっぱいお詫びをいたします。お一人で心細かったでしょう。私のキャンプに招待いたします。ぜひ一緒に来てください」
ボギボギボギ……。
「ぐはぁ……!」
ルイの力一杯の抱擁で、ハイコドは白目をむきそうになった。マッスルパワー炸裂だった。
「さあ行きましょう。仲間が増えれば百人力ですよ!」
「……もうなんか、色々と死ぬかと思ったわ。二度と船になんざ乗らねえ」
ハイコドとルイは合流することになった。
「思わず抱きしめてごめんなさい」
「海坊主なんて言ってごめんな」
二人は、がっちりと握手をする。
「あ、お義父さん、おかえりなさい〜」
ルイたちを出迎えてくれたのは、パートナーのマリオン・フリード(まりおん・ふりーど)だった。遭難は初めての体験で珍しかったのか、海をぼんやりと眺めていたのだが、ルイの姿を見ると駆け寄ってくる。
「なんか、みつかった〜?」
「いい子にしていましたか、マリオンさん。私は、丸太を失った代わりに仲間を見つけてきました。……偶然ですけど」
ルイの紹介でハイコドが軽く目礼するとマリオンはにっこりと笑った。
「お義父さん、エライ!」
「えっへん!」
「あたしたち、もう一人じゃないんだね?」
「最初から、一人ではなかったでしょう? 私がいつもついています。安心してください」
そんなことを言うなんて、マリオンはよほど心細かったのだろう。ルイはそう察して彼女の頭を撫でた。えへへ……、と気持ちよさそうにマリオンは笑う。
「ところで、ちょっと気になったのですが。何を食べているのですか?」
マリオンが手に持っているとても香ばしいにおいのする尖った食物は、もしや……。
「いか焼き」
「……一人で取ったのですか?」
「あっちのおねーちゃんがくれたの」
マリオンの指さす方向を見てルイは、目を丸くした。
彼らがキャンプを張ろうとしている入り江からさほど離れていないところに、すでに陣取っている面々がいた。
先ほど、刀を手にいれて本気を出した神凪 深月(かんなぎ・みづき)とその仲間たちだった。パートナーのクロニカ・グリモワールは通風孔の行き届いた部屋でくつろいでいるようだったし、御神楽舞花は、取ってきた食材を調理しているようだった。
ルイに気づくと、手を振ってくる。
なんと、よほど縁があったのか、特に探してもいないのに他の遭難者たちとこんなにあっさりと出会えるなんて思ってもみなかった。
「これは、心強いですね。皆で力を合わせて楽しく暮らしましょう!」
空にこぶしを突き上げるルイに皆も連られて、おー! と手を挙げる。
「合流なう」
ハイコドが、どこかに向かってぽつりと呟いた。
彼らの、無人島ライフは案外簡単に幕を開けたのだった。
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