空京大学

リアクション

■今はただ、無事を祈るのみ■


　移動式住居。
　正式名称はやたらと長く、土星くん　壱号（どせいくん・いちごう）が制御を司っているものに関しては、彼の名にあやかって誰もが弐号と呼んでいる。
　正確に言うならば土星くんの本名はコーン・スーであり、弐号もコーン・スーピオンバクーム……なんちゃら、らしいが……。
　最初は名前に一々訂正をかけていた土星くんも、最近は諦めたのか慣れたのか。反論することもなくなっている。
　実は土星くんという愛称に愛着すら感じ始めていることを、本人は密かに悩んでいる。

　と、話がそれてしまった。
　そんな移動式住居、もとい弐号であるが、初めて見たものはまずその巨大さに驚く。
「たしかにこれを守るにはイコンが最適、か。倉庫だけでコレだけ広いとは」
　弐号内へ物資の搬送をしていたセリス・ファーランド（せりす・ふぁーらんど）は呟いて倉庫内を見回す。
　弐号の外観は大きな岩の塊で、その上にちょこちょこと小さな家がある、といった程度だが、実のところその地下（岩？）部分が実際の住居部分となっている。
　今セリスがいるのは、生活するための物資が保管される場所。倉庫だ。
　街としての規模を持つ弐号を支える場所といっても過言ではない倉庫は、弐号の一部分だというのに広大だ。しかもこんな倉庫が一箇所だけではないというのだから、住居の巨大さが伺える。
　その倉庫に、今は次々と荷物が搬送されている。自分達乗組員の水や食料。衣料品や生活用品。また、住居の燃料などなど多岐に別れたそれらを分別して、綺麗に積ませていく。
　いざというときにどれがどこにあるのか分からなければ困るからだ。

「とはいえ、早さもいるんだがな」
　セリスの眉間に皺が寄る。準備は早急に済ませる必要があるものの、それだけ巨大な住居ゆえ、必要物資も大量だ。
　元々ある程度はつんでいたが、救助対象が何人いるか不明。不足の事態のことも考えれば多めに積んでおきたい。でも早く向かわなければ救助者がどうなるか……。
　ん〜っと悩むセリスだが、実のところ悩みはそれだけじゃなかった。

（最近どうもマネキの様子がおかしい。また何かとんでもないことをしでかさないといいんだが）
　以前少し拘束された後、反省の証として慈善事業らしきものをやっているパートナー。マネキ・ング（まねき・んぐ）の言動が気になっていた。

「『かつての同朋を救助する為』に我も協力しようではないか。エネルギー面や物資での不安はあるだろう……我が、立て替えておいてやろう。ククク」

　などと言い出し、セリスも手伝わされることになった（今回に関して、手伝うこと自体はセリスも賛成な）のだが、今までのマネキの行動を思い返せば、素直に受け止められない。
　きっと何かしでかすに違いない。
　自分は一体どうすべきなのか……セリスの頭は、しかしそれ以上そのことを考えるのは止めた。今はとにかく、準備を進めるべきだろう……いや。やはりマネキを阻止すべきなのだろうか？
　悩みは尽きない。

「セリス、どうだ？　順調か？」
「ん。まあ、順調と言えなくもないが」
　悩んでいる彼の元へハーリー・マハーリーと土星くん　壱号（どせいくん・いちごう）がやってきて声をかける。
　２人ともあまり顔色が良くない。ここ数日、彼らは多忙を極めている。土星くんにいたっては、心配で心落ち着ける日もないだろうから、なおさらだ。
　本音を言うと今すぐにでも飛び立ちたいだろうが、急かした結果乗組員たちまで危険にさらすわけにも行かない。理性で必死に何かをこらえているような顔をしていた。

「……随分と、不景気な顔してるわね。２人とも」
「それは、結構凹むな。元・商人、現・アガルタ責任者としては」
「あらそう？　でもま。そういい返せるってことは、あなたは大丈夫そうね」
　そんな２人の後ろから声をかけたリネン・エルフト（りねん・えるふと）は、艶やかに微笑み、黙ったままの土星くんに向き直った。そして、彼女いわく、不景気な顔をした土星くんに言う。

「あなたたちはすぐに出発して頂戴」
『なん、やて？　じゃがまだ準備が整って』
「物資のことでしょ？　それなら大丈夫よ。アイランド・イーリに支援を頼んだから」
「アイランド・イーリ？」
　首をかしげる２人に、リネンは「輸送艦よ」と短く言った。安堵させるように「腕の良いパイロットと指揮官が乗ってるから、安心して先に行って」と笑い、土星くんを軽くつついた。
　土星くんは、一度口に力をこめたが、やがてため息を吐くように小さく返した。

『ありがとな』

　こうして土星くん達は、予定よりも大分早く出発することになった。

　弐号を見送ったハーリーは、同じく見送りしたリネンに向き直り、ある提案をした。
「実はな……と、思うんだが」
「……なるほど。ええ。もちろん、協力させてもらうわ」
　何やら話し合っていたが……はたしてなんの話であったのか。それはまた、後日明らかになる。

　今はただ、彼らの無事を祈って。