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【アガルタ】宇宙(そら)の彼方で待つ者

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【アガルタ】宇宙(そら)の彼方で待つ者
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■崩れ落ちそうな心■


『弐号の護衛は此方に任せて貰おう。救助は任せた』
 柊 真司(ひいらぎ・しんじ)がそう探索隊を送り出したのは、一時間ほど前のことだ。今はゴスホークヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)とともに乗り込み、弐号の護衛に当たっている。
 襲ってくる魔物たちは、道中よりも遥かに少ない。とはいえ巨大なその姿は、どうやっても目立ってしまう。しかも今は、停止中で無防備だ。警戒は怠れない。
「魔物の種類は、道中のものたちと似ていますね。さらに腐敗が進んでいるようですが」
 ヴェルリアの分析に、真司は「ああ」と短く返す。別に怒っているわけではなく、彼の素だ。
 いつ敵が襲ってくるか分からない緊張感と言うのは、神経をすり減らすものだが、彼らにその様子はない。

(俺の力で救える人がいるなら……)

 ただ静かに待ち構え、弐号からの通信のすぐにレーダーに反応した敵影へと向かう。
「BMIシンクロ率、82%。良好です」
「敵の数は?」
「小型のものが4。中型が1。おそらくリーダー格と思われます」
「まずはそいつを倒すか」
「はい。位置や方角から、私たちが相手するのが良いでしょう」
 真司は頷くや否や、『プラズマライフル内蔵型ブレード』をライフルモードにしてけん制射撃を行う。
 狼に似たそれらの攻撃の避け方、被弾した時の様子を、ヴェルリアが分析していく。敵が霧散し、他の仲間たちが対処に向かっているのを確認した真司は、レザービットを敵の周囲に張り巡らせる。
「……右前足の付け根付近に赤く光る物体を見つけました。そこを庇っているようです」
 周囲の様子を見ながら真司が注意深く言われた部分を見ていると、たしかに。そこには赤く光る球体のようなものが隠れていた。こちらに見えないようにしているらしく、中々発見するのが難しいが。
「やってみる価値はあるか」
 弱点である可能性が高いと判断した真司は、意識を集中させた。

 そしてタイミングを見極め、レーザービットで全方位から攻撃。残念ながらかする程度でほとんど避けられたが、動きを止めることには成功した。
 ライフルをブレードモードに切り替え、右足へ攻撃を

 仕掛けようとしたが、一瞬早く狼が動く。開かれた口がゴスホークに迫る。
「そうはいきません!」
 しかし、狼はゴスホークの横を通り過ぎた。狼は戸惑ったように動きを止めた。彼(女?)にはゴスホークの姿がそこに見えていたのだ――『ミラージュ』による幻影が。
 今度こそ動きを完全に止めた狼の右足を、真司が付け根から切り落とした。

 赤い球体に当たった瞬間、球体が弾けて中から黒々しい液体が飛び散る。

 狼は、一瞬顔を天へと向けた後、うめき声を上げることなく倒れ、動かなくなった。

「……次、行くぞ」
「はい」

 しかし真司たちに勝利の余韻に浸る時間などない。残った敵と戦う味方の援護へと向かっていった。


* * *


「ニルヴァーナの生き残り、か。どんな奴らなんだろう、なっ!」

 黒い巨木からの攻撃を星喰ので受け止めながら、恭也は救助隊が向かった方角をちらと見た。うっそうと生い茂る森が見えるばかりで、救助がどうなっているのかは伺えない。今のところ、何か見つかったと言う報告もない。
 その間にも手に持った巨大な斧で巨木を殴りつけ、怯んだところを触手で捕縛する。
「それじゃあ、イタダキマス」
 言葉通り、星喰は巨木を強靭な顎で噛み砕いた。枝を揺らして抵抗していた巨木も、やがて動きを止めた。
「さあ。……ニルヴァーナ人にもいろいろいるだろうし」
 恭也に答えるのは、隣で戦う唯斗だ。夜叉のビームソードで巨大な昆虫のようなものを一刀両断していた。
 そんな2人が乗っている機体は、元インテグラルナイト。ニルヴァーナを滅ぼした一因であり、その姿を見た土星くんがわけの分からない奇声を上げたのは記憶に新しい。

「………そういやニルヴァーナ滅ぼしたのってインテグラルだったんだな。
 救助された生き残り、ナイト系列の星喰やお前の夜叉見たら勘違いすんじゃねぇかな。インテグラルが自分達を殺しに来たって」
「ないだろ? といいたい所だが、土星くんの反応見ると否定もできないな」
 紛らわしい機体にするんじゃなかったか、と唯斗が苦笑する。

「ま、時間がなかったから仕方ないだろ」
「だな……そっち行ったぜ」
「ああ、大丈夫だ。見えてる」
 恭也の言葉と、唯斗の操る夜叉が動いたのはほぼ同時だった。
 襲い掛かってきた何匹もの小さな蟲が、デュランダルでなぎ払われる。ぼとりぼとりと地面に落ちたそれらを見て、恭也がわざとらしく口笛を吹いた。

「さすがだな」
「ま、これでも明倫館のエースではあるんだ。イコンの扱いなら任せとけ」
 今唯斗が倒したので、とりあえず周囲に敵影はなくなったようだ。
 恭也は星喰が噛み砕いた巨木の欠片を見下ろし、もう一度捜索隊の方角を見やる。木々が風に揺らいで動く……だけでなく本当にいくつかの木々が移動していた。
「しかし木まで襲ってくるとは……この森全部が動いたりしねーよな?」
「……さすがにそれはない、と思う」
 否定しきれないのが悲しいところだ。

『大きな反応あり! こちらへ向かってるわ』

「っとと、またきたか」
 通信が入り、意識を戻せば、たしかに視界に巨大な鳥の姿があった。例に漏れず、全身から瘴気のようなものが漂っている。目には知的な輝きがあり、先ほどの敵よりも強そうだ。
 しかし2人がそれに怯むことはなく

「来いよ宇宙怪獣、片っ端から叩き潰してやる」
「やれやれ。こりないですね。
 ここはひとつ、派手にやっちゃいましょう!! 助けに来たって知らせる狼煙がわりに」
「ははっそりゃいいな」

 じゃ、いくか。

 2人はその鳥に向かって、愛機を動かした。


* * *


『…………』

 ふよふよふよ。
 丸い身体を宙に浮かせ、弐号内を彷徨っているのは土星くんだ。目的地にたどり着いた今、戦いが不得手な彼に出来るのは、弐号内で吉報を待つことだけだ。

 たった十分。一分。一秒。それが彼にはとても長い時間だった。

「タマちゃん、少しは落ち着きなさいってば」
『誰がキ○タマや!』
「誰もそんなこと言ってないわよ。もうっ! 騒ぐなら輪っか外すわよ」
『……この、輪っか娘が』
 がしっと輪っかをレオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)が掴むと、土星くんはようやく大人しくなった。
 レオーナは彼女いわくの『輪っか同志』である土星くんが、仲間と再会したがっていると聞いて、同志として放っておけないと協力を申し出た。
 とはいえ、彼女も土星くんと同じで戦いは苦手としているため、探索隊からの情報を待つ土星くんを励まそうとここに残っている。

(実際、心情的にはじっと待ってられないと思うんだけどね。
 でも、お友達がどこにいるか分からない以上、無闇に動きまわってると、発見時にすぐ駆け付けられない可能性があるからね。
 じれったいけど、これが一番近道な気がするの)

 と、真面目に考えていることは口には出さず
「早○は良いことないからね。○漏我慢しようね」
 なんてことを言うものだから、土星くんのツッコミが飛ぶ。
『何度も言わんでええわ! まったく。ええ年頃の娘っこがなんつーことを……』
「土星くんって、結構古いわねぇ」
『何おっ! わしは最新型や』
 物々とレオーナに文句を言い合う姿は、たとえ空元気でもいつもと同じで。弐号内の空気が少し軽くなる。

「お茶が入りましたよ。コーン様もいかがでしょうか?」

 そこへ声と同時に芳しい香りが弐号内に広がる。目を向けると、穏やかに微笑むクレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)が、お茶の入ったポットをカートに乗せてこちらへ向かってきていた。
 レオーナが輪っかを掴んだまま土星くんを引っ張る。
「あんな妙ちくりんな森のなかに、童貞のタマちゃんが行ったらエラいことになって捜索の妨げになるわ。大人しく抹茶でも立てながら待ってて。
 ほらほら。クレアが折角入れてくれたんだから飲みましょ」
『いだだだだっひ、引っ張るな! 分かった。飲む。飲むから!』
「もうレオーナ様……」
 クレアはいさめるような声を出しつつも、責める響きはなかった。やや強引な手法だったが、そうでもしないと土星くんは素直に休んだりしなかったろう。
 だから優雅な手つきでお茶をいれ手渡したクレアに、レオーナを責めるつもりはない。ないのだが……不安ではあった。

(それにしても今回はレオーナ様が比較的まともで……豪雨が降らないか心配です)

 探索隊に悪影響を与えないことを願う。
 という不安を腹の底に隠しながら、レオーナはお茶を飲む土星くんを見た。

(コーン様があまりにも飛び出そうとする姿勢が強ければ、輪っかを外そうと思ってましたが大丈夫そうで……はっ! 
 いけない、これでは以前のレオーナ様と同じ行動になってしまいますわ)

『……? どないかしたか?』
「い、いいえっ? なんでもありません。それよりお代わりはいかがです?」
「いるいるー。ちょうだい」
「かしこまりました」
 心の中の台詞を首を横に振って否定したクレアは、平静を装ってお茶を入れた。
 土星くんたちだけでなく、その隣にちょこんと座っているレナリィ・クエーサー(れなりぃ・くえーさー)にも微笑む。

「はい。レナリィ様もどうぞ」
「わ、ありがとうぉ」
 レナリィは自然な笑みでカップを受け取った。香りを堪能してから一口。
「美味しい!」
「ふふ。ありがとうございます」
「あ、そうだ。僕、さっき売店でクッキー買ったんだ。みんなで食べない?」
「私もいただいてよろしいのですか?」
「もちろんだよ〜」
 レナリィがカバンからクッキーを取り出し、みんなに配る。
 そして配りながら、土星くんの様子を伺う。

(さっきより少しは落ち着いた、かな。でもまだ不安そう……って当たり前か。大事な人たちの命がかかってるんだから)

 そもそもレナリィがここにいるのは、不安で仕方ないだろう土星くんを励ますためだ。
 レオーナと漫才のような掛け合いをして一見元気そうな土星くんだが、時折目が外へと向いている。会話していても、意識はどうしたってそちらへ行ってしまうのだろう。
 よしっとレナリィは気合を入れた。
「きっと大丈夫だよ〜。 みんな強い契約者ばっかりだもん」
 下手にその話題に触れないほうがよい、と思っていたが、土星くんの様子を見るに、言ってしまった方が良さそうと判断して切り出す。
 土星くんの眉がピクリと動いた。
「ニルヴァーナの人達だって、今まで生きていたからレーダーに反応があったわけだし、その反応が……そのっ、緊急事態のモノになっちゃったのかもしれないけど、でも逆に考えてみてよ?」
『逆に?』
「そうだよ。
 土星くんが今まで頑張ってたからレーダーの反応をキャッチする事が出来た。だからこそ、緊急事態だと知る事が出来た。そして知る事が出来たからこそ『皆で助ける事が出来る』。
 違わない?」
『それは……』
 レナリィの言葉に、土星くんは口をへの字にした。それが同意の沈黙なのか、否定の沈黙なのか。レナリィには分からない。
 少し眉を下げながら、さらに告げる。

「僕は、そう思うけどな〜」

 土星くんは、黙っていた。何かをこらえるように。

『…………』
 声なく動いた唇は、一体何を語ったのだろう。
 それもレナリィに分からなかったが、土星くんの固まった表情が崩れたのを見て、柔らかく微笑んだ。

 大丈夫だよ。みんないるからねぇ。

 うん。うん。

 ただ頷きを返す土星くんに、レナリィもクレアも、あのレオーナすらも。何も言わずに彼の傍に寄り添った。