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秋の 大 運 動 会 !!

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第二話 トラック競技!




第一競技 短距離走 100M走



「理沙さーん、頑張ってー!」
「理沙ー、ファイトー!」
「理沙しゃーん!」
 チェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)愛海 華恋(あいかい・かれん)チョコ・クリス(ちょこ・くりす)の声援を受けて、100M走の第一走者、白波 理沙(しらなみ・りさ)は手を振った。
「ええ、やるからには勝つわよ!」
 理沙は腕を伸ばしながら叫ぶ。チェルシーたちは「その意気ですわ!」と、さらに声を上げた。
「エイカー、ちゃんと走るんだよー」
 同じく第一走者のエイカ・ハーヴェル(えいか・はーゔぇる)を応援するのは風馬 弾(ふうま・だん)だ。が、エイカはあまり乗り気ではないらしく、大きく息を吐いている。
(……弾、本気? あたしに走ったり跳ばせたりする気? もうあたし21歳よ? 筋肉痛とか三日後よ? 体育の能力値なんて、たったの10よ? 準備体操で足が攣るほどよ?)
 スタート前で選手たちが入念にストレッチ等をしている中でも、エイカだけが微動だにしない。
(仕方ないわね)
 が、決心したのかふう、と一つ息を吐いて、胸元に手を当てた。


『オンユアマーク』


 スターターが声を上げる。スターティングブロックに足を乗せて手を地面に置く。


『セット』


 息を吐き、足を伸ばす。いつでも飛び出せるように、低く身構える。
 そして、破裂音が響いた。勢いよく選手たちが飛び出す中、
「ううっ!」
 誰かが妙な声を上げて倒れた。
「ええ?」
 理沙を含め、選手たちは思わず立ち止まる。
 振り返ると、エイカが倒れ込んでいた。胸元を抑えている。
 彼女の胸元からは、真っ赤な液体が流れていた。
「エイカっ!?」
 弾が立ち上がる。
「早速出番かい?」
 九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が慌てて、エイカの元へと駆け寄る。
「一体なにが!?」
 理沙がスターターを見る。スターターもなにが起きたかわからないらしく、ピストルを眺めて首をぶるぶると振った。このピストルは破裂音を出すだけのものだが……
「あれ、なんともないね」
 ローズが彼女の胸元を見て、そう言う。真っ赤に染まってはいるものの、服に穴も開いてないし傷もない。
「エイカ……」
 弾が嫌な予感に小さく呟いた。理沙ももしかしてと思って床についている赤い液体に手を伸ばす。指ですくって、ぺろりと舐めた。
「……ケチャップ?」
 周りを見回していた視線が、一斉に俯いたままのエイカに集まる。
 エイカは先ほどまで苦しそうにもがいていたが、下を向いたまますっと立ち上がった。
 そして、


「てへぺろ♪」


 軽く舌を出してそう口にした。



「離してー! 離してよー!」
 エイカは屈強な男に担がれて運ばれていった。


『こほん、さ、さあ、やっと第一種目が始まります!』
『楽しみですネー』


 実況MCと、解説のキャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)も気まずい空気をなんとかごまかそうとする。
「うあー、もう、集中よ私!」
 選手たちもそのようで、理沙がそう鼓舞するように叫ぶと周りも飛び跳ねたりなど準備を始める。
 スターターも自分のせいではないと安心したのか、息を吐いて笑みを見せた。


『オンユアマーク』


 そして、改めて始める。理沙はスターティングブロックに足をかけた。


『セット』


 お尻を上げる。前を見据える。ゴールをイメージする。


 そして、破裂音。選手たちはブロックを蹴り、地面を引っかき、前へ、前へと進んだ。


「いよっし!」
 理沙は前半から安定した走りを、中盤からは更に差を広げ、首位でフィニッシュした。二位以下だった選手たちに健闘を称えられる。
「すごいですわ、理沙さん!」
「ナイス理沙ー!」
 観客席から響く応援の声に、理沙は再度手を振った。


『あの白波という選手、素晴らしい走りでしたネ』


 実況席からも賞賛の声が漏れる。
 こうして、なんだか妙なこともあったが、運動会が始まった。




 100M走 ルール説明
 
・男女混合。

・スタートには公式のスターティングブロックを使用する。(使用しなくてもよい)

・紅組と白組は大体半々。

・一レースごと、早い順にスコアが所属している組に入る。

・スキルの使用は禁止





「よっし、行くわよ!」
「セレンさん、負けないよ」
「ふふん、こっちだって負けないわよ」
 第二走者にはセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)酒杜 陽一(さかもり・よういち)がいた。二人とも紅組なのだが、二人は互いに敵意をぶつけ合っていた。


『セット』


 破裂音が響き、走者たちは飛び出す。最初はセレンが飛び出したが、陽一が中盤に追い上げる。最後には二人がほぼ並んだ状態でゴールした。
「どっちだ!?」
 観客席から声が響く。
 タイムは……百分の一秒ほどの差で、セレンの方が上だった。
「やったあ!」
 セレンは飛び跳ねて喜びを表現する。
「負けたか……行けたと思ったんだけどなあ」
 陽一は膝に手をついてそう言う。
「あたしも、負けたと思ったわよ」
 セレンが伸ばした手のひらに、陽一は少し強めに手をぶつける。
『彼女が着ているのはろくりんピックの西シャンバラ公式ユニフォーム。気合の入り方が違いますネ』
 実況席のキャンディスがセレンを見て言う。
『セレンフィレティ選手、気合とスタートダッシュで一位をキープ! 二位は酒杜選手となりました! 二人とも紅組です!』
 紅組に大きなスコアが入った。


「羽純くーん、見ててね〜!」
 手を振るのは第三走者である遠野 歌菜(とおの・かな)だ。ゴール付近では彼女のパートナーである月崎 羽純(つきざき・はすみ)が、「いいから集中しろ」と素っ気なく答えていた。
「かかか、運動会とはな。童のお遊びに参加するなどとは思わなんだのう」
 同じく第三走者の織田 信長(おだ・のぶなが)が笑みを浮かべて言う。
「しかし、勝負事には手を抜けないタチでのう……悪いが、本気でゆくぞ?」
 誰にとも言わずそう口にし、信長は鋭い視線を前へと向けた。
『すごい速さです! 織田選手一位でフィニッシュ!
『スタートからダントツですネ!』
「かっかっかっか!」
 余裕の表情を浮かべ、信長はゴールで笑い声を上げた。
「ふえぇ、全然追いつけなかった……」
「相手が悪かったんだよ」
 羽純からタオルを受け取って、歌菜は息を吐いた。とはいえ、歌菜も大健闘の二位だ。
「すごいですね、かっこいいです……」
 ゴールで次の走者である竜斗を待っている黒崎 ユリナ(くろさき・ゆりな)は二人に憧れの眼差しを向けて言う。
(竜斗さんも、頑張ってください!)
 思いを込めてパタパタと手を振る。


「すごい奴ばっかりだな……」
 次の走者である黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)は手を振り返しながらそう呟いた。
 スキルの使用は禁止だ。純粋に自己の肉体のみで戦わないといけない。
(でもま、出るからには勝たないとな!)
 竜斗はにやりと笑みを浮かべてスターティングブロックに足をかけた。
 破裂音と同時に飛び出す。
 二人の選手と最後の最後まで熾烈なデッド・ヒートを繰り広げ、最後の最後に竜斗は、ほんのわずかに一歩、彼らよりも前に出ていた。
「やったあっ! 竜斗さん一位です!」
 ゴールの近くでユリナが飛び跳ねた。
「はあ……はあ……やったぜ!」
 思っていた以上の筋肉の疲労に少々息を荒くしながら、竜斗は拳を握り締めた。
 周りの選手と手を叩いたり握手をしたりし、跳ねるように近づいてきたユリナとも手を合わせる。パチン、と心地よい音が響いた。
「竜斗さん、一番ですっ!」
「おう、一番になってやったぜ」
 ぐ、っと拳を握りしめて、竜斗は言った。
「ひぃ、ひぃ、フハハハ! ま、まだまだ余裕だぞ!」
 竜斗たちに遅れて四位でフィニッシュしたドクター・ハデス(どくたー・はです)も高笑いを上げた。







 第二種目 長距離走 3000M走


 ルール説明

・一般的な3000M走。トラックを7,5周。

・水分補給等はなし。

・トップがラスト一周になると鐘を鳴らす。




「きゃぁぁ! ダントツの一位よ! セレアナ!」

 セレンと同じくろくりんピックの西シャンバラ公式ユニフォームを着用しているセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は、安定した走りでトップにいた。表情にも余裕がある。
 体力にも自信があるのか、呼吸も乱れていないようだ。真っ直ぐ背筋を伸ばした姿勢で、足を運んでいる。
 ……ある場所を通るときを除いては。


「セレアナ、あと五周よ! 頑張れ頑張れセレアナ!」


 ゴール付近に陣取ってセレアナを必死に応援しているセレンが、彼女が通るたびに声を上げている。
 その声援は俗に言う黄色い声援というような感じのもので、セレアナはセレンの近くを通るときだけ顔を赤くして俯いている。

「あと四週! まだトップよセレアナかっこいい!」
「………………」
「あと三周! すごいわセレアナ素敵よセレアナ!」
「………………」
「あと二周よ! きゃあ、美しいわ! トップでゴールしたらキスしてあげちゃう!」
「もうちょっと応援の仕方を考えなさいよー!」
 ラスト二周になってやっとセレアナはそう言った。
 が、結局最後の最後まで彼女の声援は変わらず、ダントツの一位ではあったが、それ以上に恥ずかしかった。


「ふう、ふう……」
 チェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)も長距離走に出ていた。運動が苦手な彼女は瞬発力が必要な短距離よりは向いているかと思ったが、思っていた以上に距離が長くて大変そうだ。
「チェルシー! あと三周よ! 頑張って!」
 観客席からは理沙たちが声を上げている。
「あと三周もあるんですの……」
 その事実にチェルシーは足が重くなるが、
「チェルシー頑張れー!」
「チェルしゃんー!」
 華恋とチョコの応援が、彼女の背中を押した。
「ふう……頑張らないとですわ。理沙さんたちの足を引っ張るわけには行かないですもの!」
 彼女はそう声に出した。スピードこそ上がらなかったが、みんなの応援が彼女の足を、わずかに軽くしていると感じた。
 そして三周を走りきり、順位こそ下位のほうではあるが、しっかりと完走した。
「チェルシー、お疲れ様」
「ええ……疲れましたわ」
 ゴールすれば疲労も心地よいものだ。わずかに体重を理沙のほうへと預け、彼女は静かに息を吐いた。


「あと四周! 遅れてるぞ、忍!」
 上位争いから少し遅れた桜葉 忍(さくらば・しのぶ)に、信長が声をかける。
「ええい、どうしたのじゃ! おまえの力はそれほどではないはず!」
「無理を言うなあ……」
 走りながら、桜葉 忍は悪態をつく。信長はなにをやらせてもものすごい能力を発揮するが、こちらは決してそうではない。正直、先頭集団にこれまでついていけただけで自分を褒めているくらいだ。
「お父さーん、頑張ってー!」
 が、信長の近くにいた桜葉 春香(さくらば・はるか)の声援に、桜葉 忍は考えを改める。娘の前で格好つけるわけではないが、いつも口にしている「何とかなるさ」の精神で、もうちょっとだけ頑張ってみようと思った。
「かっかっか! できるではないか、忍!」
「お父さんすごーい!」
「へへ……」
 肺は悲鳴を上げているが、声援が心地いい。
 彼は最後まで、先頭集団から離されずにゴールした。



「はっ、はっ……」
 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は余裕の表情で走っていた。彼女も着用しているのは西シャンバラ公式ユニフォームだ。
 コスプレアイドルとして激しいステージをこなしている彼女は、スポーツ万能で基礎体力もある。長距離走とはいえ、このくらいの距離なら問題でもなんでもなかった。
「さゆみ、あと二周ですわ!」
 ゴール付近でタオルを持って待っていてくれているアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)にも、余裕の表情を向ける。アデリーヌもそのあたりは心配していないようで、微笑みながら見ていた。
「ふ、ふ……」
 後ろの荒い息が少しペースを上げた。さゆみは離されぬよう、同じくペースを上げる。それでも後ろの人物は離れず、しっかり後ろをついてきている。
 ラスト一周の鐘が響いた。それを聞き、さゆみは更にペースを上げた。後ろの人影が離れていくのを感じた。
「ひぃ、ひぃ……」
「ハデスさん、お先にっ」
 何周か遅れのハデスを追い抜き際、そのように口にする。ハデスは喋る余裕もないのか、あごを突き出したまま荒い息で走っていた。
 そうしてさゆみはトップでゴールした。ゴールした際、後ろに振り返ってお辞儀をする。表情にはまだ余裕があった。
「ふう……ダメだ、追いつけなかったよ……」
 ラスト一周まで彼女についていっていたのは風馬 弾(ふうま・だん)だった。最後には離され、結局は100Mほどの差がついてしまった。
「お疲れ、弾」
 ゴール付近にはエイカが立っていた。
「エイカ……さっき追い出されたのにどうやって」
「魔道書モードになってスタジアム外のベンチの上にいたら落し物と勘違いされて運ばれたのよ」
 えへん、と胸を張って彼女は言う。
「それにしても、長距離とかよく走れるわよね」
「まあね。なんていうんだろう、無心になって足を動かすとか、そういうのはそれなりに得意なんだ」
「ふーん。バカね」
「ひどい一言だね!」
 荒い息を整えながら、弾はエイカに突っ込む。
「ひぃ、ひぃ……ち、長距離走……などと、な、なんという恐ろしい種目だ……」
 ハデスがゴールを過ぎて座り込んだ。
「ハデスさん」
 ハイコドが現れ、ハデスに声をかける。
「は、話しかけないで……くれたまえ……なにも答え、答えられん……」
 乱れた呼吸のまま、口にする。そんなハデスの肩にハイコドは優しく手を置いて、言った。
「あと一周だよ」
「……は?」
 ハデスの周回はまだ残っていた。







 障害物競走 ルール


・陸上競技としての3000M障害(ハードル等のある3000M走)ではなく、純粋な障害物競走。

・転がってくる障害物を避け、平均台を渡り(落ちたら池)、網をくぐり、落下物を避け、急斜面を上ってゴール。

・スキルの使用も可。





「ふっふっふ……やっと、自分の出番でありますね!」
 葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が飛び跳ねるようにスタート地点に向かい、よく通る声でそう口にした。
 目の前に広がるのは障害物の数々。だが、彼女は特殊部隊に所属し、トラップに関してはエキスパートといっても良い。目の前に広がる障害の数々は、彼女のとってはオモチャ意外の何物でもなかった。
「行くでありますよ!」
 スタートと同時、吹雪は全速力で駆け抜ける。丸太やら樽やら転がってくる障害を必要最低限の動きで踊るように避け、あっという間に平均台にたどり着く。速度を落とさずに人工池を渡り、網の中をほふく前進ですり抜ける。その時点で、結構な差が出来ていた。
「行かせるかよ!」
 が、猛追する人影が一つ。スタッフの手伝いもしているハイコドは、この種目にエントリーしていた。【超感覚】を使用してしっぽと耳を生やし、吹雪にもう少しで追いつけるところまで追い上げている。
「ふふ、そうでないと、面白くないでありますよ!」
 吹雪が楽しそうに叫ぶ。左右に高い壁で覆われた地点に入る。そこの天井にはタライやらバケツやら、いろいろなものがぶら下がっている。吹雪がそこに入ると、たちまちそれらが落下してきた。
「ほい、ほい、ほいっと」
 吹雪はくるくるとステップを踏んで避ける。彼女のポニーテールがくるくると揺れた。
「おっと、く!」
 ハイコドもスキルによって底上げされた反射神経でそれを避けるが、スピードはわずかに緩んでいた。
「残念でありますね、そんな程度じゃあ、」
 振り返って吹雪がハイコドに言う。が、そうやって余裕を見せたからか、彼女はちょうど真上に落ちてきたバケツに気がついていないようだ。
 逆さまに落ちてきたバケツが吹雪の頭に被さる。
「よそ見してるから」
 ハイコドは言うが、吹雪はバケツの隙間から、にいっと笑顔を向けた。
「そんな程度じゃあ、自分には追いつけないでありますよ!」
 そう叫び、彼女は前を向いた。バケツを被ったまま落ちてくる障害物を避け、次のエリアでも高い斜面を両手両足をフルに使って駆け上がる。
 圧倒的速さで、彼女は一位になった。
「あっはっはっは! 軽くこんな程度でありますよ!」
 ハイコドも斜面上りを飛び跳ねるように抜け、二位。それでも、悔しそうだった。
「スキルを使ってもこれかよ……すごいな、吹雪さん」
「ふふん、それほどでもあるでありますよ」
 バケツを僅かに持ち上げて隙間から笑顔を見せる。その姿が大画面に表示されると、観客席から大きな賞賛の声が上がった。
『なんと葛城 吹雪選手、バケツを被ったままゴールです!』
『前が見えないのにあの速さ。素晴らしいですネ』
 実況席も盛り上がる。キャンディスも手をペチペチと叩いて彼女を称えた。
 

 吹雪とハイコドだけが別格で、他のメンバーは苦戦しているようだった。
 転がってくる障害はランダムだし、平均台は結構長い。網はかなり強めになっているようで、四つん這いにならないと進めない。モノが落ちてくるエリアも長く、登る斜面は直角に近い。
「うわ、うわ、ビー玉とか危ないし!」
「落ちてたまるか……う、うわぁ!」
「絡まって……抜けないですぅ」
「うわぁー、目が、目が〜!」
 そんなこんなで大騒ぎだった。吹雪の真似をしてバケツを被った男は、逆走して池に突っ込んでいった。


「んしょ、んしょ……」
 そんな過酷な障害物競走に桜葉 春香(さくらば・はるか)が参加したのだから、桜葉 忍(さくらば・しのぶ)としては気が気でない。
 春香はなんとか転がってくる障害を避け、今は平均台をゆっくりと渡っていた。
「おい、あの子大丈夫か」
「落ちないでー!」
 観客席も彼女の一挙一動に注目していた。平均台を渡っているときは息を呑む声が聞こえ、平均台を渡り終えるとため息が漏れた。
「あ、あうう」
 背は低い春香でも、網くぐりは苦労していた。服の一部が引っかかったのか、前に進めずにいる。そのうち気づいて絡まった部分を解き、ゆっくりと進み始めた。
「頑張ってー!」
「春ちゃん! お兄ちゃんたちがついているからね!」
「あんな妹が欲しい!」
 観客席の応援も盛り上がってきていた。今や全観客が、彼女に注目している。
「はうぅ」
 網を抜け、次のエリアで彼女は金ダライを頭上に受けていた。「誰だあんな仕掛け作ったのは!」と怒りの声が上がる。
「だ、大丈夫です、えへへ」
 春香は笑って答え、観客席から拍手が起きた。それから一歩ずつ、罠にかからないように彼女は進む。
「う……うーんっ」
 そして急斜面も頑張って登りきり、彼女はゴールした。すでに他の選手はゴールしていて最下位ではあったが、この日一番の大歓声が彼女を包んだ。
「お父さん、私、頑張りました!」
「ああ。ちゃんと見てたぞ。よくやったな!」
 ゴールで待っていた忍は春香の頭を撫でる。
「春ちゃん、ゴールおめでとう!」
「すげえな! よく頑張ったぜ!」
 観客席からは絶え間無い春香コールが沸く。春香は少し恥ずかしそうに笑い、手を振った。
「頼む! 一回でいいからお兄ちゃんと呼んでくれ!」
「お父さん! これからはお父さんと呼ばせてください!」
「アメを買ってあげるよ! 僕と一緒に行こう!」
「やかましい!」
 一部の不純な声に忍は怒りの声を上げた。春香がくすくすと笑った。



「よいしょ、よいしょ……」
 そんな過酷な障害物競走にもドクター・ハデスは参加していた。
 ハデスはなんとか転がってくる障害を避け、今は平均台をゆっくりと渡っていた。
「おい、あの男大丈夫か」
「落ちちまえー!」
 観客席も彼の一挙一動に注目していた。
「う、うわあああ!」
 そんな中ハデスは派手に池に落ちた。白衣が水に浸かり、メガネがずれる。会場の一部からは笑い声が漏れた。
「おーい! 男がそんなでも嬉しくもなんともないぞ!」
 ヤジも飛ぶ。
「全く、そもそも運動音痴が全種目参加なんてするんじゃねえよ、開催側も、あんなのが全部出てたら迷惑……ゴバっ」
 ヤジを飛ばしていた男が、なにかに殴られて倒れていた。
「ご主人様をバカにしないでください!」
 やってきてたのはヘスティアだ。ヘスティアがウェポンコンテナを物理的に扱って男を殴り飛ばしていた。
「なにするんだ!」
「ご主人様は頑張っているんです! せめて応援してあげればいいじゃないですか!」
「殴ることないだろう!」
「やりますか!」
 一触即発だ。男が身構え、ヘスティアも構えた。


「ヘスティア、よせ」


 通る声が響いた。水浸しのハデスが、メガネを直しながらこちらに向いていた。
「彼女の無礼は俺が謝る。やめていただけないか」
「ご主人様……」
 ハデスの声に、場が沈黙する。ヘスティアはコンテナを仕舞い、男も構えを解く。ハデスはふう、と軽く息を吐くと、そのまま歩いてその場を去った。
「ち……」
 男が舌打ちする。
「ヘスティアさんの言うとおりですわ」
 そこに別の声が響く。アデリーヌが、近くに立っていた。
「面白おかしく笑うなんて、無礼にも程がありますわ。頑張っている人は、応援する。それが、こういうイベントでは必要ではなくて?」
「そりゃあ……まあ、そうだけどよ」
 男が息を吐く。
「そうよ。ヤジを飛ばすにしても言い過ぎ。ハデスさん、頑張ってるんだから」
 さゆみもアデリーヌに続く。
「わかったよ。悪かった、悪かったって」
 男はそう言って軽く頭をかいた。
「ハデスさんに言って……じゃなくて、応援してあげて。彼は誰もやらないようなことを、やろうとしてるんだから」
「ああ、そうするよ」
 最後に男はそう言った。


「あの……ご主人様」
「ふん、あのような輩に怒りの声を上げるなど、まだまだだぞ、ヘスティア」
 濡れたままでハデスはスタジアムの奥へと歩いていた。少し後ろを、ヘスティアが歩く。
「ごめんなさい……」 
 ヘスティアは素直に謝った。
「ふん……でもな、俺だって悔しいのだよ」
「え?」
「ふ、ふふ、フハハハハ! この程度で挫けるドクター・ハデス様ではないということだ!」
 いきなりハデスが笑い声をあげ、ヘスティアは驚いた。
「見ていろ……必ずや全種目を制覇し、俺はこのスタジアムの中心に立って見せる! そのためのサポート、しっかり頼んだぞ、いいな、ヘスティア!」
「は、はい!」
 なにはともあれ、ハデスは復活した。
「かしこまりました、ご主人様……じゃなかった、ハデス博士!」
 ヘスティアは嬉しそうに、そう声を上げた。


 結果、ハデスはこの種目失格。それでも、彼のなにかに火がついた。