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リアクション
第五話 午後の種目!
玉入れ
・参加したい人は全員参加。
・各組のカゴに玉を入れ、玉の数が最終的に多かったチームにスコア。
・他の組の妨害は禁止。
昼休み明けてすぐの競技は、腹ごなしも兼ねた軽い種目。
紅組、白組と分けられて、参加もほぼ全員が参加していた。
「えーい!」
「入れますわ!」
一つ一つ、丁寧に投げている綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)、
「えいえいえいえい!」
「腕が疲れるわ……ほいっと」
質よりも量の風馬 弾(ふうま・だん)とサボリ気味のエイカ・ハーヴェル(えいか・はーゔぇる)、
「えい! うう……また外れた」
「そりゃ!」
一喜一憂する白石 忍(しろいし・しのぶ)と、一個ずつ確実に投げ入れるリョージュ・ムテン(りょーじゅ・むてん)、
「見てて〜! えいえいえいえい!」
「はいっ!」
「よっと」
はしゃぎまわっているリゼルヴィア・アーネスト(りぜるゔぃあ・あーねすと)と、黒崎 ユリナ(くろさき・ゆりな)に黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)。
「なんて俺が白組に入っているんだ!」
「仕方ないだろ、黒を用意できなかったんだよ!」
「たあっ!」
ドクター・ハデス(どくたー・はです)に、ハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)も白組だ。ヘスティア・ウルカヌス(へすてぃあ・うるかぬす)も参加している。
「それっ、それっ、それーっ!」
「順調だな」
昼休みから上機嫌な遠野 歌菜(とおの・かな)、そして月崎 羽純(つきざき・はすみ)。
「投げ入れるのは得意でありますよ!」
「そりゃっ!」
葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)、酒杜 陽一(さかもり・よういち)。
「近いほうが有利!」
「えーい!」
カゴの近くから投げ入れているセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)とセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)。
「えい! えいえいえい!」
「かっかっか! いいぞ春香その調子だ!」
「ほら、どんどん投げよう!」
桜葉 春香(さくらば・はるか)を肩車している織田 信長(おだ・のぶなが)と、春香に玉を渡す桜葉 忍(さくらば・しのぶ)。
「それ!」
「えーい!」
そして白波 理沙(しらなみ・りさ)と、チェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)。
「そりゃそりゃそりゃそりゃ! 出番がなければつくるまで!」
「それー!」
九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)、冬月 学人(ふゆつき・がくと)も今回は紅組の助っ人として参加していた。
『いや、こうたくさんの人が参加していると、実況も難しいですね』
『賑やかで楽しそう。それだけでいいんですヨ』
キャンディスがMCに言う。
『うーん、紅組のほうがいっぱい入ってる感じですネ』
キャンディスがカゴを眺めて言った。白組のカゴよりも、紅組のほうが入りがいい。
『そのようですね! さあ、残り時間は半分を切りました! 白組、ここから逆転はあるのでしょうか!』
実況が大声で叫ぶ。白組のメンバーは、負けるかと息巻いてペースを上げた。
「いいぞーっ! その調子だよ理沙ー、チェルシー!」
近くで理沙たちの応援をしている愛海 華恋(あいかい・かれん)が声を上げる。チェルシーが気づいたのか、こちらを向いた。
「この調子なら、紅が勝ちそうだねチョコ!」
そう言って足元を見るが、足元にいたはずのチョコ・クリス(ちょこ・くりす)はいなかった。
「あれ?」
「華恋さん、チョコたんはどこですの?」
チェルシーが近づいてくる。華恋はふるふると首を横に振った。
「まさかチョコたん、小さいから踏まれてしまったのでは……」
チェルシーはおろおろしながら辺りを見回す。応援も多く、紅組の選手も近くにいるこの場所では足元を見ていても見つからない。
「それっ!」
そんな騒ぎに理沙は気づいていなかった。
白組に追いつかれてたまるかと、足元の玉を拾って投げた。
「あれ? 今投げたの……他の玉となんか手触りが違ったような?」
が、すぐさまその違和感に気づく。手をにぎにぎして首を傾げ、ふと近くにいたチェルシーがいなくなっていたのに気づいて周りを見回す。
「今、ピンクの玉が見えたような? 玉の数が足りなくて他の色もまぜちゃったのかなぁ……」
華恋と目が合うと、ちょうど理沙が玉を投げ入れるところを見ていたのかそう口にした。
「ピンク色の玉?」
「チョコたん……?」
チェルシーが言い、理沙はチョコがいなくなっていることに気づく。
「「まさかっ!?」」
そして同時になにかに気づいたのか、全員で同時に、ある一点を見つめた。
「た、たすけてくだしゃ〜い……」
理沙たちが注目した一点、紅組のカゴの中に、チョコは入っていた。
「ちょ、チョコ!?」
「チョコたん!」
華恋たちが叫ぶ。そのあいだにもチョコは四方八方から飛んでくる玉に巻き込まれてボコボコになっていた。
「いたいでしゅ……でれないでしゅ……」
なんとか体を引っ張り出そうとするが、次から次へと玉が飛んでくるため体が抜けず。それどころかチョコがいるせいで紅組のカゴから玉がポロポロとこぼれ落ちている。
「おい、なんかカゴに入ってるぞ」
「さっきからカゴに玉が入んないんないんだけど!」
紅組のメンバーもそれに気づき始めていた。チョコは周りの玉を押しのけて体を抜き出そうとするたび、カゴから玉が落ちる。
「ちょ、チョコたん! いいから大人しくしてて!」
「チョコたん! 危ないですわ!」
「あわわ……チョコーっ!」
理沙たちがカゴの近くまで来るが、カゴは結構な高さにある。チョコが体を動かすたび、カゴから落ちそうになっていた。
「ぴ……」
「チョコたん!」
カゴから落下したチョコを、理沙が地面を滑りながらキャッチした。
「で、でられたでしゅ……」
「ふーっ。危なかったあ……」
カゴのほぼ真下で理沙は大きく息を吐く。チェルシーと華恋も駆け寄ってきた。
『試合終了です!』
「あ」
そこで声が聞こえた。理沙が嫌な予感に周りを見る。
チョコが暴れたためカゴから落ちた玉が散乱していた。周りの視線が、こちらに向いていた。
「………………」
「………………」
「ご、」
視線が理沙ではなくその手に握られているチョコに向いていることに気づき、チョコは小さく、
「ご、ごめんなしゃいでしゅ……」
と、口にした。
「あはははは……」
紅組のメンバーはそんな小さなヒヨコを責めることはできず、なんとも言えない笑みを浮かべる。
「ごめん、私が気づかずにチョコを投げたから……」
理沙が立ち上がってそう言うが、
「別にいいわよ。仕方ないわ」
近くにいたセレンが理沙の肩を叩いて言った。
「今回は負けたけど、総合優勝は紅組がもらうんだから! さあみんな、これからの種目も全力でいくわよ!」
「おーっ!!」
セレンがそう叫び、紅組は声を揃えて叫んだ。
「ぴぃ」
チョコが手を精一杯伸ばして同調する。理沙はそんなチョコの頭を軽く撫でた。
結果、玉入れでは白組が大差で勝利し、ほぼ二チームのスコアは並んだ。
「く……負けた……私が、負けてしまった……」
「九条くん。荷物まとめて北海道に帰ろう」
助っ人参加したロゼは落ち込んでいるのか、俯いている。学人は彼女の肩を叩き、冗談めかしてそう言った。
「上等だ……」
「うん?」
「上等じゃねーかクソがっ! 負け!? 負けだと冗談じゃないぜ! 俺様の辞書に負けという単語はねーんだよぉ!」
「うわああ! ローズが暴走したあ!」
借り物競走(なぜか頭に無理難題と書いてある)
・箱の中から一枚の紙を引く。
・そこに課題が書いてある。課題に書いてあるものを持ってゴールする。
次の種目が始まった。第一走者には綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が名を連ねている。
「簡単な奴がいいわね」
さゆみがそう口にしながら、箱に手を入れる。
取り出した紙を、彼女は急いで広げた。
『カメラ小僧』
「っ……」
険しい顔でその文字を読み返す。カメラ小僧……?
「そんなのどうやって調達しろっていうのよ……」
顔を上げて辺りを見回すが、カメラを持っている人物は見当たらない。声援を送ったり、次の種目に向けて練習したりとしているものはいるが、カメラを持っている人物は視界には存在しない。
だからと言ってここで棄権するのは余りにもヘタレにすぎるというものだ。
もしかしたら、女子の運動着姿やチアリーダーのパンチラを盗撮しようとするカメラ小僧がいるかもしれない。
他の選手の応援をしているチアリーダー付近に、彼女は近づいてゆく。そして精神を集中させ、周りからの視線を巡る。
そうしていると、一人の男と目が合った。カメラを持ち、かなり低い位置からチアリーダーを撮影しているのは、知った顔だった。
「ば、バーストエロス!」
「SAYUMIN!」
男はさゆみの姿を見て立ち上がった。
「いかにも。俺の名は土井竜平(どい りゅうへい)。またの名を……瞬速の性的衝動(バーストエロス)」
「はいはい、わかったわかった」
メガネを持ち上げてバーストエロスは名乗るが、さゆみは息を吐いてそれを流した。バーストエロスは不満そうな顔をする。
「貴様の参加は気づいていた。すでに何枚か写真も撮っている」
「盗撮はやめなさいってば。全くもう……」
彼とは以前、お化けが出るとの噂がある屋敷を調査したときに知り合った。そのときは気づかれなかったが、自分が有名な人間だというのはすぐバレた。
屋敷で会ったお化けが成仏したときの写真を届けてくれたので一瞬いい奴だとも思ったが、「女子のきわどい写真を撮る」というのが趣味の彼はどうも好きになれない。盗撮するし。
「さすがはスポーツ万能、常日頃からトレーニングをしているだけのことはある」
「なんでそれを知っているかは聞かないわ」
さゆみは頭を抱えた。
「どんなの撮ったのよ、見せなさい」
さゆみは【雷術】で作った電気を手でパチパチさせながら言う。
「……見たら消すだろう」
「モノによっては」
「なら見せない」
「見せなさいってば!」
さゆみがバーストエロスに手を伸ばす。バーストエロスは一瞬でさゆみの背後に回った。
「俺の二つ名は伊達じゃない」
「……そのようですわね」
が、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)がすぐ近くにいた。バーストエロスの首根っこを掴む。
「く……」
「写真の腕は大したものですわ。でも、無許可でこういうものを撮るのは感心できません」
暴れるバーストエロスからカメラを没収し、データを確認する。
「アデリーヌはなんて書いてあったの?」
「これです」
アデリーヌの手にしている紙を見る。
『カメラ小僧に撮影された自分の恥ずかしい写真』
「私より具体的ね」
「……あまりの無茶振りに頭を抱えました。これを書いた人をどうしてこんなロクでもないものを出すんだと問い詰めたいですわ」
データを確認しながら、アデリーヌはそんなことを言う。
「こんなの……いつ撮ったんですの?」
データにはさゆみの長距離走前のウォーミングアップの様子が撮影してあった。
アデリーヌがさゆみの背中を押して、ストレッチの手伝いをしている。
「目の前に被写体があれば撮影する。それが俺のポリシー」
「許可を取りなさい」
アデリーヌは息を吐いて、カメラを掲げた。
「これは持っていきます。借り物競走ですので、協力してもらいますわ」
「く……ちゃんと返してくれ」
「データを見てから、そうしますわ」
「ではさゆみ、お先に」
バーストエロスを離し、アデリーヌはゴールへと向かう。アデリーヌが去り、バーストエロスは大きく息を吐いた。
「……予備があって助かった」
バーストエロスはポケットから小型のカメラを取り出す。さゆみは「周到ね」と息を吐いた。
「人の嫌がることはしないでよ? さっきだって、チアリーダーを低い位置から取ろうとしてたでしょ」
「低い位置からのほうがいい絵が取れる」
「そんなこと言って、どうせパンツが見えないかー、とか思ってるくせに」
「チアリーダーだ。スパッツを履いている」
「でも興奮するんでしょ?」
「それなりに」
バーストエロスは素直に頷いて歩き出した。
「今日は一応運動会の記念撮影の名目で来ている。俺の撮った写真は後で貼り出すから、欲しかったら安くする」
「ええ。見せてもらうわ」
こくり、と彼は頷いて立ち去った。
写真の腕は悪くない。きっと、いい写真を撮っているのだろう。
まあ、今日の思い出に何枚か買っておくのもいいだろう。その資金がなにに消えるのか、ということは心配だが、今日くらいはいいか、と息を吐く。
さて私も行くか、と振り返ったところで、さゆみは肝心なことを思い出した。
「借り物競走の途中だった!」
慌てて振り返るが、バーストエロスはすでにそこには見当たらなかった。
「あの……お久しぶりです」
「そうねぇ……久しぶりねぇ」
シェスカ・エルリア(しぇすか・えるりあ)は少年と並んでベンチに座り、借り物競走の喧騒を眺めていた。
「覚えていてくれたんですね、僕のこと」
「一応ねぇ」
「よかった……」
少年は微笑んでそう言った。シェスカは一瞬だけその顔を見て、すぐさま目を反らす。
「でぇ? あなた、こんなところでなにをしてるのぉ?」
「ああ……えっと、僕、スタッフなんです」
彼は首から下がっているIDを掲げた。
「写真好きだってこと、学校のみんな知ってますからね……運動会の写真を撮って、販売するとか」
「そ」
彼の膝の上には見覚えのある立派なカメラが乗っている。
「まだ続けてるのね、写真」
「もちろんです」
「盗撮とか、してないでしょうねぇ?」
「してないですよ。もう、そういうこと、しないって決めました」
彼の口調は強かった。シェスカが驚き、少年のほうを向く。
「僕、写真の腕には自信がありました。それが、盗撮騒ぎになって、周りから批判されるようになって……綺麗なものを撮りたいだけだ、っていう、僕の考えもバカにされて……悔しかった、悔しかったんです。でも、」
そこで彼はひと呼吸置く。
「シェスカさんに言われて、思ったんです。綺麗なものを綺麗なまま撮る、ってことを。隠れてこそこそ取ることは、綺麗なものを汚す行為だっていうこと。あの言葉、胸に、突き刺さりました」
ぐ、っと彼はカメラを強く握り締めた。
「だから、もうそういうの、したくないんです。綺麗だと思うからこそ、正面から、堂々と撮るって、そう決めたんです」
シェスカは彼の顔を見る。岩陰に隠れてこそこそと写真を撮っていたときは、まるで母親に怒られている子供のような表情をしていた。
それが、あの一言で雰囲気が変わって、今ではどうだ、はっきりとした口調で、自信に満ちた顔で、明るい笑顔で話をしている。
「なんだか、変わったわねぇ」
「そ、そうですか……?」
「ええ。全然、変わったわぁ」
まだ二ヶ月ほどしか経っていないのに。きっと、これが彼の素なのだろう。その盗撮騒ぎというものがどんなものか知らないが、それが彼を塞ぎ込ませた。萎縮させた。
それから立ち直って、今ではこんな行事で活躍している。最近のこととはいえ、そのときの自分をほんのちょっとだけ褒めてもいいかな、と、シェスカは思う。
「あの、ところで……シェスカさん、でいいんですよね?」
言われて、シェスカは目を丸くした。
「ご、ごめんなさい、その、名前、ちゃんと聞いてなかったから」
ああ確かに、と思う。そういえば、お互いに自己紹介もしれないんだった。
「シェスカ。シェスカ・エルリアよぉ」
変な気持ちだ。さんざん話しておいて、自己紹介なんて。
でも、これは儀式のようなものだ。彼と、改めて知り合いになる。そのための。
「シェスカさん……」
「ええ。なんなら、呼び捨てにしたっていいのよぉ?」
「ええっ!? いや、さすがにそれは!?」
赤くなって手をブンブンと降る。なにこのウブな反応。最近の男の子とは思えない。
「あの……その、シェスカさん、で」
赤い顔のまま、わずかに視線をそらして言う。シェスカは思わず、笑ってしまった。
「カメラ小僧いたーっ!!」
そんなところで、声が聞こえた。顔を上げると、さゆみがこちらに向かって歩いて来ているところだった。
「シェスカさんでしたよね? この人連れて行っていいですか!?」
さゆみは手にしている紙をシェスカに見せた。
「え……?」
少年はシェスカのほうを向く。シェスカは小さく息を吐いて、
「いいわよぉ」
と、小さく口にした。
「よし! 悪いけど、ゴールまで付き合って!」
「え、あ、はい、いいですけど……」
少年はさゆみに手を引かれ、歩いていく。
「あの、シェスカさん!」
が、ほんの少しだけ歩いてから振り返って、口を開いた。
「また会えますか!?」
その言葉が、胸に響いた。シェスカは少し微笑み、その笑みを彼に向けた。
「ほら、行きなさいよぉ」
彼にとっては、それだけで十分だったのか。シェスカに同じように笑顔を向けて、さゆみと共に歩きだした。
「邪魔でした?」
「いえ、平気です」
ちょっと悪かったかな、という顔をするさゆみに、少年は言い、歩いてゆく。やがてゴールに向かって走り出すと、シェスカはゆっくりと立ち上がった。
そういえば、また名前を聞きそびれた。名乗ったんだから、聞くべきだったのかなあとも思う。
でも問題はなかった。大きく息を吐いて、ゆっくりと歩き出す。
彼の首から下げたIDには、しっかりと彼の名が刻んであった。
シェスカは彼の名前を、しっかりと胸にしまった。
借り物競走、第二レース。黒崎 ユリナ(くろさき・ゆりな)がスタートを切り、箱へと手をいれる。
「無理難題ってなんだろうなあ……」
不安に思いながら紙を見ると、
『ビッチ』
とだけ書いてあった。
「……びっち?」
キョトンとして首を傾げる。どうやら、意味を分からないらしい。
「ユリナー! なにを引いたんだー?」
黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)がユリナに向けて手を振っていた。ユリナが小走りに彼に近づく。
「あの、竜斗さん、これ、どういうものでしょう?」
「ん? どれどれ」
竜斗は紙を見る。
「あー……」
竜斗はわかっているのか曖昧に頷いた。ユリナがさらに首を傾げる。
「ええとな、ビッチっていうのは……その、男をとっかえひっかえしたりとか、そういうことをする女のことを言うんだ」
「へえ……そうなんですね」
ユリナは頷いて歩きだした。「どこ行くんだよ」と言って竜斗が追いかける。
「リゼルヴィアちゃん、シェスカさんは?」
応援席に座っていたリゼルヴィア・アーネスト(りぜるゔぃあ・あーねすと)に聞く。
「シェスカお姉ちゃん? えっと……あ、あそこあそこ」
リゼルヴィアが指差す方向に、シェスカはいた。ユリナは彼女に駆け寄り、
「シェスカさん、一緒に行きましょう!」
「えぇ?」
何事かと思ったが、ユリナが示した紙を見て納得する。納得しておいて、竜斗を軽く睨んだ。
「まあ……シェスカならしゃーないな」
「しゃーないねー」
竜斗とリゼルヴィアが言う。シェスカも息を吐いて、まあ普段の行いか、と観念する。
「そうです。さっきも、男の子としゃべってましたもんね」
が、ユリナがそんなことを口にしてシェスカは慌てた。
「み、見てたのぉ!?」
「? はい、玉入れの時に見ましたよ?」
予想外の慌てっぷりにユリナが疑問符を浮かべる。
「そんなことより借り物競走です! 行きましょう!」
ユリナに手を引かれ、シェスカは渋々走り出す。
「意外でした。シェスカさんが話しかけるにしては地味な感じでしたから」
「……まあ、そうねぇ」
否定はできない。決して彼は派手ではないから。
「それに、雰囲気も変でしたよね。なんか、久しぶりに会った友人みたいでした」
「友人というわけもないけどねぇ」
よくわからない。彼との関係は。
「もしかして、前に言ってたいい男さんですか?」
「違うわよぉ」
でも、その最後の一言だけは明確に否定しておいた。
「全然、いい男なんかじゃないんだから」
まだ、ね。と、その小さな一言は、ユリナの耳には届かなかった。
酒杜 陽一(さかもり・よういち)も借り物競走に参加していた。箱に手を入れ、紙を見る。
『バツイチ』
「………………」
紙にはなんとも言えないキーワードが書いてあった。
仕方ないな、と息を吐き、観客席へと向かう。
知り合いにそういう人はいないから、自力で探すしかない。とりあえず、陽一は観客席に向かって声をかけた。
「あの……離婚歴のある方はいらっしゃいますか……?」
そう控えめに言うと、一人の女性が立ち上がった。
「なによ悪い! 離婚歴があってなにが悪いのよ!」
「いや、あの、そういうことじゃなくて、一緒に来て欲しいんですけど……」
「私だって離婚したくて離婚したんじゃないんだからね! あいつが……あのバカが悪いのよ! 浮気なんか……浮気なんかするから!」
女は陽一の目の前まで来て泣き出した。
「うえーん! バカー! タカユキのバカー!」
「いや泣かないで! いきなり泣き出さないでください! と、とりあえずゴールに行きましょ、ね!?」
泣き出した彼女の手を引いて陽一はゴールへと向かった。
「あなたとっても優しそう……ねえ、バツイチ女でよかったら、結婚しない?」
「ごめんなさい、俺、将来を誓い合った人がいるんです」
「うわーん! あなたもそうやって私を捨てるのねー!」
「誤解を招く言い方はやめて! あとゴールはそっちじゃないですからーっ!」
陽一は走り出した女を追いかけていった。
次の走者には風馬 弾(ふうま・だん)がいた。彼が引いたのは、
『ナース』
「いやこんなとこにナースなんていないでしょ!?」
引いて早速そう叫ぶ。
観客席にメイド服姿の人は何人かいるが……コスプレ関係でもナースは意外とマニアックな分野だ。こんなところにそんな人がいるとは思えない。
「なにを引いたって?」
近くまで来ていたエイカ・ハーヴェル(えいか・はーゔぇる)が紙を覗き込む。
「ナース、ねえ」
エイカは顎に手を当てた。
「こんなとこにいないよね……どうすればいいんだか……って、エイカ、なんでナイフなんか手にしているの?」
弾が話していると、エイカはポケットからナイフを取り出し邪悪な笑みを浮かべていた。
「大丈夫よ弾。一瞬で済むから」
「なにが!? 顔が怖いよなにする気!? そのナイフ本物だからシャレにならないよ!?」
「切り捨て御免!」
「やめてーっ!」
手にしたナイフをぶんぶんと振るうエイカ。弾は避けに避けて避けまくるが、倒れ込んだ折にエイカの振るったナイフが腕をかすめていた。赤い筋が、小指の付け根あたりに付く。
「いたた……なにをするんだよエイカ! 怪我しちゃったじゃないか!」
弾がそう言うとエイカは満足に微笑み、
「さて、そろそろね」
と、時計をしてないのに時計を見る仕草で口にした。
「そろそろってなにが……もう、血が出ちゃったよ」
弾がそう言って傷口を舐めようとすると、
「聞こえたぜーぇぇぇぇぇぇっ!!」
なにかが走ってきた。
「ヘイユーっ! 怪我したと言ったな? 言ったんだな? 聞こえたぜ……バッチリ聞こえたぜ!」
走ってきたのは九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)だった。片手に救急箱を持ち、もう片方の手でワンフレーズごとにポーズを取る。
「骨折か、癌か、糖尿か!? なんだっていい……このローズ様が来た以上、どんな怪我も病気も瞬く間に治してやるぜーっ! おらおらおらおら、まずは傷口を見せろってんだよォ!」
「ええと……これです」
弾はうっすらと血が滲んだだけの手をロゼに見せた。
「ノォォォォォゥゥゥゥゥ! なんじゃそりゃー! たったそんだけか!? そんだけだっていうのかーっ!? へい子猫ちゃん、その程度の怪我は怪我とは呼ばねえんだぜわかるかおい!?」
「いや……怪我に変わりはないですけど……」
「ろ、ローズ!」
冬月 学人(ふゆつき・がくと)が走ってきた。
「はあはあ……なにをやっているんだい!」
「学人! 飛んできたのさ……怪我をしたと聞いて飛んできたのさ……でも見てみろよ、怪我だって言うから飛んできてこのザマだ!」
「いや、そういうことじゃなくてね」
学人は大きく息を吐いた。
「僕たちはあくまで裏方だから……そんな目立つとか目立たないとか考えちゃダメだよ」
学人が指さす。大画面モニターにはロゼがアップで写っていた。
「いかんのか!? 目立っちゃいかんのか!?」
「いやいかんでしょ」
カメラを意識してかポーズを取りながら言うロゼに学人が突っ込む。
「ねえ……エイカ、どう収拾するのこの状況」
なんか妙な言い合いをしている二人をよそに弾が言う。
「簡単な話よ」
エイカはふふん、と鼻を鳴らしてロゼを指差した。
「ロゼさん。正確には医者だからナースではないけど、似たようなもんでしょ?」
「いや全然違うけどね!?」
ここに来てやっとエイカの意図がわかった。なるほど医者であるロゼを呼び出してナースと言い張る、か……まあ、それもありかなと思う。
「あの、ロゼさん、一緒に来てくれますか?」
弾は控えめに手にしていた紙を見せた。
「………………」
ロゼはその紙を眺め、
「そうだね、一緒に行こうか」
急に穏やかになってそう言った。
「ふう……目立った目立った。満足」
「よかったね、出番はあったよ」
そう言って笑い合っている二人を弾はゴールへと連れて行く。
多少のロスはあったものの、それなりの順位で弾はゴールした。
紅組の助っ人として参戦したのは月崎 羽純(つきざき・はすみ)だ。箱に手を入れ、紙を引く。
『ハーレム (三人以上)』
「ハ……?」
紙を見て愕然とする。意味がわからない。
「羽純くん、なに引いたの?」
「ああ……とりあえず歌菜、来てくれ」
たまたま近くにいた歌菜が話しかけてきたので、呼んでおく。
「え、なになに? 大切な人? 絶世の美女? なにかななにかな?」
弾みながら羽純に駆け寄る歌菜。羽純はそれに目をくれず、きょろきょろと辺りを見回す。
ちょうど、ゴール付近にロゼたちと、弾たちを見かけた。
「ロゼ、それにエイカ。ちょっと来てくれ」
「羽純? どうしたんだい?」
「どうかした?」
弾と学人を置いて、二人がやって来る。
「?」
歌菜は疑問符を浮かべていた。
とりあえず三人を連れてゴール。係員に紙を見せ、オーケーが出る。
「なんて書いてあったの?」
「あ、歌菜、見るな!」
羽純の静止を振り切って、歌菜が係員の手を覗き込む。係員も紙を見せた。
「………………」
ロゼとエイカも紙を見て、にやりと笑って羽純の近くへ。
「君となら大歓迎だよ、羽純♪」
「あたしのことも大事にしてよね、羽純♪」
そう言って両手を取った。
「は? いや、これは単なる借り物競走の……」
羽純が両手に絡みつく二人に困惑していると、歌菜が奇妙なオーラを発し始めた。
「あの……歌菜?」
「羽純くんの、」
大画面モニターに、歌菜の映像が流れる。
「羽純くんのバカぁ!」
モニター越しに、歌菜の大声が響き渡った。
次の走者に白石 忍(しろいし・しのぶ)、そしてリョージュ・ムテン(りょーじゅ・むてん)がいた。
「よし」
先にリョージュが借り物が書いてある紙を引く。
「『美女』とか『ダイナマイツバディ』とかねえかな? 『パンティ』だったら、しょうがねえから忍のを脱がすけどな」
鼻歌でも歌うように、ノリノリで紙を開く。隣では忍が恥ずかしそうに体操服を抑えていた。
『ブリーフ』
「なんじゃこりゃあ!?」
リョージュは開いた紙を見て大声で叫んだ。
「ブリーフ……女用のブリーフとかもあった気がするんだけどな……でも普通穿いている人いないよな……一般的には男物だよな……」
「リョージュくん……」
ぶつぶつとなにか一人で喋っているリョージュに、忍が話しかける。少し赤い顔が、リョージュの紙を見てますます赤くなった。
「だ、大丈夫ですか?」
「多分な……なんとかしてみる。ほら、お前も、恥ずかしがってないで、引いてこいよ」
「は、はい」
白石 忍も紙を一枚取り出す。書いてあったのは、
『童貞』
「ど、ど……ど、どどど、」
「ど? あんだよ、なんて書いてあった?」
リョージュが覗き込もうとするが、
「ななななんでもありません!」
白石 忍は慌てて紙を隠した。
「そ、それじゃあ、探しに行きましょう!」
「おう? ……ああ、まあ、そうだな」
リョージュは疑問符を浮かべるが、まあ、恥ずかしかったんだろうと思ってなにも聞かずに離れていく。
「そ、そんな……」
白石 忍は紙を改めて眺め、涙目で呟いた。
(童貞って……あれですよね? その、女性と性的な接触をしたことのない男の子のこと……ですよね? やっぱりリョージュくんに聞いたほうがよかったかな……でも、そんなこと聞くの失礼だよね……それに、リョージュくんモテるし、モテるし!)
どうやって確かめるのか、とか、小さな男の子ならOKなのかとか、いろいろと突っ込むところはあったのだが、白石 忍はそこに頭が回らなかった。目をぐるぐると回しながら、観客席を歩く。
そうやって歩いていると、先ほど二人三脚の時に騒ぎを起こしていた一団の前まで来ていた。無意識に、足を止める。
(モテないなんとか……とか言ってたわよね。ここならそういう人いるかな?)
そう考えて客席を眺める。彼らは借り物競走を行っていることは見ず、カードゲームやら携帯ゲームやらに興じていた。
「あれ、キミ、こんなところでどうしたの?」
その中から一人の男が、忍に向かって話しかけてきた。忍はびくりと体を震わせたが、
「なにか困ったことでも? 僕たちでよければ話に乗るよ」
優しく話しかけてくる男に悪意はなさそうだ。
(リョージュくんだって頑張ってるんです。私だって、頑張らないと)
忍はすう、と大きく息を吸って、あの、と小さく声を出した。男が聞き取れなかったのか「なに?」と聞いたので、次の言葉は、ついつい大声になってしまった。
「ど、童貞の人はいらっしゃいますか!?」
「………………」
その一言は一行の全員を振り向かせ、ゲームやらなにやらに興じていた男たちがしばらく無言の視線を向けた後、
「う、うおおおおぉぉぉぉぉ!」
雄叫びのような声を上げて立ち上がった。
「おい聞いたか! こここ、こんな可愛い子が、どどど童貞を探してるぞ!」
「童貞狩りって奴か!? そういうの薄い本だけの話だと思ってたぜ!」
「え、え、え、え?」
突然男たちが騒ぎ出した。忍が困惑する。
「俺、童貞!」
「僕も童貞」
「俺も」
「俺なんて女子と会話が続いたことない」
「「俺も俺も」」
「俺なぜかわからないけど、女子に避けられてる」
「「わかるわかる」」
「俺たちがモテない組だったのは、今日この日のために!」
「「この日のために!」」
一方的に騒いでいた男たちが、ずい、っと忍に近づいてきた。
「さあ! お嬢さん、どうぞ好きな人から!」
「俺たち全員童貞だから、おかまいなく!」
「俺たち、私たちは、」
「今日、童貞を卒業します!」
「卒 業 し ま す !」
「ふええぇぇ! この人たち怖いですーっ!」
男たちの勢いに忍は泣きながら走り去った。
「ああ、お嬢さんどこへ!」
「人のいないとこなら詳しいですから!」
走り去る忍を数人の男が追いかけるが、
「おいてめえら! 忍になにしてやがってんだよぉ!!」
リョージュが騒ぎに気づいて近づいてきていた。忍を追いかける男の首根っこを掴み、そのまま持ち上げる。
「いやー、まさかお兄さんがいるとは」
「なんでもないんですよ、ただ僕たち、いつまでもモテない組でいたくないだけで」
「せめて童貞だけでも卒業しようかと」
「てめえら……」
リョージュが浮かべた怒りの視線に、男たちは死を覚悟した。
「ざっけんなぁ!!」
白石 忍、棄権。
ちなみにリョージュは男たちが穿いていたブリーフを没収し、ゴールしたそうで。
「さて、課題はなんでありますか!」
次のレース、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が紙を引く。書いていたのは、
『一番の美形』
「………………………」
吹雪はその微妙なテーマに一通り考えを巡らせた後、無言で最初にMCが立っていた場所に行く。そこで、
『我こそは一番の美形と思うもの、出てこいやー!!』
数十年前のプロレスラーのようにそう叫んだ。
「ふ……美形? 一番の美形といったね」
しばらくなにもなかったが、一人の男が吹雪の近くまで来た。前に伸びた長い前髪を、右手ですくう。後ろでは一部女性からの黄色い声が飛んでいた。
「美形……なんて言葉ですらもふさわしくないね。美という言葉では僕の美の全てを表現することはできない。それくらい……そう、僕は、美しい」
来たのは明らかに変な奴だった。あくまで吹雪基準の話だが、美形とも思えない。
「この状況で名乗りを上げるとはいい度胸であります……が、少々勘違いをしているようでありますね」
「……なんだって?」
男が髪をかきあげて言う。その仕草を見て吹雪は「はあ」とあえて聞こえるように大きくため息を吐いた。
「自分は世界中に知り合いがいるでありますよ。美形? 美しい? その程度で? はっ、冗談は顔だけにしろっていうのはまさにこのことであります」
「なにを言っているんだねチミは! 僕の顔を見たまえ! この輪郭、透き通るような肌、艶やかな手! これ以上の美がどこにあるって言うんだ!?」
「その程度がなんだっていうんでありますか……身の程知らず」
「く……バカにしたね! 僕の美をバカにしたね!」
男は怒ったのか、吹雪に向かって走り出す。吹雪は彼を飛び越えて宙を回りながら背中を軽く押してやると、男はバランスを崩して地面に倒れた。
「か……髪が……僕の髪に砂が!」
「そんなくらいで騒いでるんじゃないでありますよ。全く……」
「このお!」
「ふふん、来るなら来いであります!」
その後も吹雪に飛びかかろうとする男を吹雪はのらりくらりと避け続けた。やがてスタッフが来て仲裁し、吹雪は失格になった。
「勘違い男、覚えておくでありますよ。表面的な美はいくらでも作れるであります。その点で言えば、確かに美しいかもしれないであります」
びし、っと指をさして続ける。
「でも、それを大っぴらに自慢しすぎるのは美しくないでありますよ。真に美しくなりたいなら、表面だけじゃなく内面も磨くであります」
そう言われて男はわずかに表情を変えた。
「……君のその考え方、美しいな」
「いい女の条件でありますよ」
ぺろりと舌を出して、吹雪は口にした。
その言葉と仕草はモニターに映し出され、多くの人が心を打たれた。
「……そもそも呼びかけたのは君だろう」
「そうでありますね」
スタッフに痛いところを指摘され、てへ、と吹雪はカメラに隠れて口にした。
そして、この種目ももちろん参加のドクター・ハデス(どくたー・はです)。引いたのは、
『赤ちゃん』
「赤ちゃん……だと?」
まあ、探せば連れている人くらいいるだろうと思い、ハデスは客席を見回す。案の定、客席の一部にべキーカーに乗せてある赤ちゃんを見つけた。近くに両親はいない。
「フハハハハ!」
笑いながら赤ちゃんに近づく。そして、ベビーカーから赤ちゃんを取り出して掲げた。
「ああ、私の子!」
母親が戻ってきていたのか、ハデスの姿を見て叫ぶ。
素直に「借り物競走で連れて行っていいですか」とか言えばいいものを、ハデスは、
「フハハハハ! この赤子は頂いていく……オリュンポスのために!」
そんなことを叫ぶから騒ぎになった。
観客席から飛び降りてゴールに向かおうとしたハデスの肩に、手が置かれる。
「おいてめえ……人の子供をどこに連れて行く気だ」
巨漢の男がそこにいた。
「フハ……フハハ、いやね、ちょっと、その、ゴールまで連れて行ってもいいですかネ……」
「黙れやクソがァ!」
「あひゃーっ!!」
結局、余計な一言のせいで彼は失格になった。
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