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【ニルヴァーナへの道】崑崙的怪異談(前編)

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【ニルヴァーナへの道】崑崙的怪異談(前編)

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【2】奇奇怪怪……6


 月詠 司(つくよみ・つかさ)は戦慄を覚えていた。
 キョンシーの群れは倒しても倒しても闇からあらわれる。まるで悪夢を見ているような光景だった。
 思えば霊廟に着いた時から嫌な予感がしていた。いや、この探索隊に参加を決めた時からだったかもしれない。
 何かずっと背中を誰かに見られてるような……。
「ヘイヘイ、ツカサ、ビビってる〜」
「うわああああ!!」
 背中にかけられた声に心臓が飛び出るほど驚いた。
 驚かせた犯人……シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)は悪びれることなく笑ってる。
「し、シオンくん!? え、あ……な、何故ここにっ!?」
 あえて置いて来たのに、と言う言葉は直前で押しとどめた。
「あら、ずっと後ろから付いてきたのに。全然気付かないんだもの」
 イヤな予感の正体はこれだったのか……。
「あの、サリエルくん、もしかして気が付いてました?」
 頭の中に住む奈落人サリエル・セイクル・レネィオテ(さりえる・せいくるれねぃおて)に尋ねると、すぐさま返事がきた。
『ええ、何か面白そうだったので見守っていましたが』
「お願いだからおしえてください……」
「そんなことより、ツカサ。のんびりワタシに会えた喜びを噛み締めてる場合でもないと思うんだけど……」
「はっ! そ……そうでした! まずキョンシーをどうにかしないと!」
「うん、じゃ囮になって」
「はい。了解しま……え、囮!?
「ここでやりあってたら探索が進まないでしょ。ここから引き剥がして、一気に殲滅よ♪」
「殲滅よ♪って音符飛ばして言われましても……」
「大丈夫、フラワシで(ツカサ諸共)一気に殲滅するから一瞬で済むわ。一匹だって(ツカサ含む)逃さないから」
「そのところどころの間が怖いんですけど!」
 けれども、司だって男の子。皆の力になるのなら、腹をくくってキョンシーに立ち向かう。
 肉を斬らせて骨を断つ。アクセルギアで加速し、屍人の壁をパイロキネシスで強引にこじ開ける。
 突っ込んだ際に何カ所か爪で引っ掻かれたが、それでもなんとか向こう側にすり抜けられた。
「はぁはぁ……! な、なんとか軽傷で済みましたけど……!」
 司の呼吸は、囮を押し付けられた恐怖が滲み出て、いい感じ。キョンシーにとっては格好の獲物である。
 崩れかけた木造の壁を蹴破り、連中を外に誘い出した。
『頑張れ、司くん。必要があれば私に言ってくれ、手伝ってあげるよ』
「た、助けて下さると言うなら、シオンくんにこの作戦を早めに切り上げるよう頼んで頂けないでしょうか!」
『うーん……頼むのはいいけど、たぶん聞いてもらえないんじゃないかなぁ』
「うう、そんな気がしてました……!」
「あら、二人して内緒話?」
 シオンはニヤリと笑った。
「まだ泣き言を言うには早いわ。この手のモンスターは時間湧きって相場が決まってるんだから、まだこれからよ」
「ゲームじゃないんだから! ……ってその理論で行くと囮の意味ないじゃないですか!」
「ここをクリアすればキーアイテムが出るかもよ!」
「最初っからやり直したいんですけど……」
「ちょっとあなた達! 油断してると噛み付かれるわよっ!」
 ゴッドスピードで飛び出したローザは、赤の飛沫でキョンシーを狙い撃った。
 弾着後すぐ炎に包まれる……しかしそれで怯む相手ではない。と、今度はライザがサイコキネシスを放った。
 散乱する瓦礫を遮蔽物として地面に突き立て、隠れながら接近を図る。
「こちらの位置は捕捉出来ても、その間にある壁まではそなたらの感知能力では掴めんだろう?」
 疾風突きの一撃。キョンシーは衝撃に飛ばされ、仲間を押しつぶす形で倒れた。
「むぅ、やはり物理攻撃ではダメージは今ひとつか。対策を考えねば接近戦は危険だな……」
「けれど、道は出来たわ」とローザは司に目を向け「さぁこっちよ。私に考えがあるわ」
「助けてくれるならどこへでもおともしますっ」
 ローザを先頭に、ライザと司、シオンは廟内に茂る草むらの中を駆け出した。
 このまま目的の場所まで誘導出来れば勝機……ところが、ここで予想外の事態に見舞われた。
 人間の全力走に比べればキョンシーの移動は遅いはず……そう思っていた時期が私にもありました。
 想像を覆す速度で走る個体があったのだ。
「しまった! 目的の場所に着く前に追いつかれる……ん?」
 しかし、そいつは戦慄するローザの横に並び、追い越さんばかりの必死さで走っている。
 近くで見て気が付いたが、服装こそキョンシー丸出しなものの、肌の血色や目の色彩が屍人のそれとは明らかに違う。
「そこの女! 我と契約して魔法少じ……いやいや幽幻道士になるのだ! このままじゃ、殺される!」
「け、契約……?」
「我に力を与えるのだ! さぁ血をよこせ!」
「血って……あんた、キョンシーじゃなくて吸血鬼なの?」
 彼女の名は紀柳法 万桑(じーりうふぁ・うぉんさん)。なんとも風変わりな吸血鬼のひとりである。
「や、つい最近までキョンシーだと思ってたんだがのぅ。どうも違うと気が付いたのだ」
「へ?」
「我はさる道士の元、仲間のキョンシーとともに八面六臂の活躍をしておった。ところが、だ。道士の奴がヘマをして死んでしまってな……その途端、術が解けた連中に追いかけられとるのだ。まったくどうしてこうなったのか……」
「私的にはなんで自分をキョンシーだと思いこんでたのかのほうが気になるんだけど……」
 すこし開けた場所に出、ローザは合図を送る。
 途端、草むらに潜んでいた毒虫の群れが一斉にキョンシーに襲いかかった。
「こんなこともあろうかと罠を用意しておりました」
 上杉 菊(うえすぎ・きく)は生い茂る草木の中に潜伏し、静かに成り行きを見守った。
 集団に襲われる状況は想定内、事前にローザと菊は打ち合わせ、一網打尽に出来る場所をピックアップしていたのだ。
 菊は凍てつく炎を発動させた。ヒロイックアサルトの『龍虎双剋』で相反する力を矢尻に乗せる。
「これで終わりにしましょう。さぁ冥界にお帰りなさい……」
 矢を弓に番えたその時、不意打ちで打ち崩したと思われたキョンシー達が平然と行動を始めた。
「!?」
 原因は明白……破壊力に欠けたのだ。
 死体に毒は通用しないし、刺された程度のダメージでは彼らを止めることはできない。
「きゃあ!!」
 一閃する爪に肩を抉られるローザ。ライザが反撃に転じようとするも、素早く右腕を噛まれ、苦悶の表情を浮かべる。
 一瞬の隙を足がかりに崩されてしまった2人に、なす術なくとり乱す&危うし司。
 しかしその時、横薙ぎの爆風が数体のキョンシーをまとめてバラバラにした。
「その怯えきった表情、素晴らしい囮ぶりねっ!」
「し、シオンくん……!」
 焔のフラワシが次々に敵を灰燼へ変えていく。菊も失敗を頭から振り払い、先ほどの矢を射かけて追い込む。
 まぁ無限湧きと言うことはないだろう。多少時間はかかるがこちらが優勢、殲滅は時間の問題と思われる。
「痛たたたた……」
 ローザは立ち上がった。引き裂かれた肩は軽傷だが、流れ落ちる血の鮮やかさが生々しい。
 不意に、万桑が肩をペロリと舐めた。
「!?」
「こ、これだ!」
「驚かさないでよ……。なんなの、いきなり……」
「うーむ……仄かな貴種の香りがして絶妙な血だ。よし、我は決めたぞ。やはり貴公と契約する」
「はぁ!?」