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ニルヴァーナのビフォアー・アフター!

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ニルヴァーナのビフォアー・アフター!

リアクション

 丁度、その頃。

 セルシウスと同じ宿泊所にいた衿栖は、レオンの用意したキャメラマンの飛装兵と一緒にいた。

「さぁ、皆さん。サプライズと言えば……そう『寝起きドッキリ!』ですよね? 今回は、セルシウスさんの寝起きを押さえちゃいましょう!」

 小声で囁く衿栖。

「なお、運悪く未散さんは体調不良によりお休みです……そう、運悪く! こちらも寝起きドッキリを仕掛けまーす」

 仕掛け人と思っていた人が逆にドッキリをやられるパターンっていうのもありますよね、と衿栖は思う。

 ×  ×  ×

 一方、ハルは未散の部屋をノックしていた。その手に持つお盆にはおにぎりがある。

「未散くん。わたくしです。ハルです……」

「ハル……?」

「ご飯も食べないで……その、引きこもるのは……明日の仕事にも差し支えますし……」

「……入っていいよ」

 鍵が開く音がする。

 大きく息を吸い込んだハルは、先ほど同じ宿泊所内で、セルシウスと会った時の事を思い出す。

 ハルがセルシウスに以前相談に乗って貰ったお礼と、未散と晴れて恋人関係になった事を報告すると、セルシウスは「うむ」と頷き、ハルの肩を叩く。

「男は、気合だ」

「え?」

「やらねばならぬ時があるのだ」

 不敵に笑うセルシウス。寝ていないのでナチュラルハイになっている。

「……」

 睡眠不足と疲労で半分以上眠ぼけていたセルシウスの言葉に、ハルは「(未散くんをちゃんとリードしろ……きっとセルシウスさんはそう言いたいんですね)」と勘違いしたまま頷く。

「気合……ですよね? セルシウスさん……」

 ハルはゆっくりと未散の部屋に入りドアを閉める。そして、「ジーッ」という音と共に、廊下の天井に設置された小型カメラが動く。



 場所は変わり、ここは宿泊所の一室。

 レオンと統の前には、数台のモニターがあり、レオンの根回しにより宿泊所の廊下に予め設置した小型カメラの映像と衿栖のレポート映像が映し出されている。時折、希鈴がやって来ては、二人にコーヒーを注いでいる。

「ハルのやつ……これじゃ未散の寝起きドッキリが撮れないだろーが」

 統が苦虫を噛み潰した顔をする。

「予定外の事は起きるものだ。カリカリするな、統」

 レオンはそう言い、無線機の小型マイクで衿栖へ指示を送る。

「衿栖。私だ。少し予定を変更し、まずはセルシウスのところへ行ってくれ」

 統が座った椅子を軋ませてレオンに言う。

「なぁ……まさかとは思うが、ハルと未散の部屋に踏み込んだ時、スーパーウルトラセクシィドッキリが撮れたりしたら、明日から俺達はどうすりゃいいんだろうな?」

「まさか」

「…………」

「…………」

 レオンはまた無線機の小型マイクを手に取り、

「……飛装兵全員に告げる。手が空いてる者は全員、未散の部屋へ向かえ。不穏な空気を一掃するんだ!」

 ×  ×  ×

「何時だと思っている!!」

 隣室から聞こえるどんちゃん騒ぎに、セルシウスが隣の部屋に踏み込むと……。

「ぬっ!? 貴公らは!!」

 セルシウスにとって、見覚えのある面々、すなわち、アイドルオタクのシン、ジョニー、加藤少佐が未散といた。

「オゥフ! これはセルシウス殿!」

「貴公ら、何をしているのだ?」

「フ……俺達はアディティラーヤ宮殿にツンデレーションが取材に行くことを、ネットの達人たる加藤少佐から聞いたんだ。アイドルあるところに俺達がいても不思議ではない」

 シンの言葉に加藤少佐が付け足す。

「だが、私の情報は、撮影時刻まではわからなかった。我々が着いた頃には、既に天使たちは引き上げていたのだが……」

「しかぁぁしッ!! 諦めず彼女達の残り香を辿るうちに、宮殿奥で迷子になっていた未散ちゅわぁぁんを発見したのでゴザル!! まさにこれ、運命!!」

「そうなのか?」

 セルシウスが未散に尋ねる。

「うん。なんとか合流したいなぁって思ってって……ほら、迷子の呼び出しなんてされたら恥ずかしいし、嫌だなぁ……って」

「迷子? 貴公、確か撮影班と一緒に帰ったと思ったが?」

「で、この愛と夢のコンパクトで変身して、この人、どっかで見ませんでしたかー?って周りの人たちに聞いてたの」

「……」

 セルシウスは未散の喋り方にやや違和感を覚えるが、あまり気にせず、

「もう夜も遅い。私は隣室にいるから、おかしな事はせず、静かに交流を楽しむのだ。それが追っかけとやらのの礼儀ではないか?」

「フ……言うようになったな、セルシウス」

 シンはメタルフレームのメガネをかけ直し、ほくそ笑む。

「でも、シン総統閣下。セルシウス殿の言うことも一理あるでゴザル」

「ジョニー?」

「もし、ここに未散ちゃんが居ることが分かれば……拙者達だけの天使は奪われてしまうかもしれないでゴザルよ」

「なるほどな……では、未散ちゃんに落語を一席披露して貰うというのはどうか?」

 腕組みした加藤少佐が提案する。

「おお! では、秋に因んで目黒の秋刀魚等を!!」

「えー!? みくる、そんなのできないよぉー」

 そして、未だ盛り上がる彼らの部屋を後にしてセルシウスは自室に戻っていく。

 ×  ×  ×

 ハルは未散の部屋に入るなり、彼女に抱きつかれていた。

「うわぁぁーーッ! ヌード写真集なんて絶対イヤだよー!!」

「未散くん……わたくしがそんな事、絶対させませんよ!!」

「でもでも、神楽さんも、エリュシオンの国宝級のお金なんて払えないって……」

 未散は、撮影中に、エリュシオンの国宝級のオブジェ『咆哮狼』を壊してしまったのだ。

「大丈夫です! わたくしが一生かかっても払いきってみせます!」

「だって、だって……」

 ハルは未散の肩を強く掴んで叫ぶ。

「恋人のわたくしを信じて下さい!!」

 滅多に大きな声を出さないハルの言葉に、未散が泣き止む。

「……落ち着きましたか?」

「うん。……ごめんな、取り乱しちゃって」

 未散はそう言うと、フゥと溜息をつく。

「もう眠るよ、明日の仕事に差し支えるんだろ?」

「わかりました」

 未散がベッドに潜り込むと、ハルは彼女の上に布団をかけてやる。

「お休みなさい、未散くん」

 電気を消して去ろうとするハルに、暗闇から未散の声が聞こえる。

「あのさ、ハル……」

「はい?」

「最近素っ気ない態度取っちゃってたのは、ただ恥ずかしかっただけだから! それだけだから勘違いするなよ!」

 暗闇から聞こえる未散の声に、ハルは苦笑する。きっと彼女は顔を赤らめているのだろう、長い付き合いからそれを察したのだ。

「はい。勘違いはしません……でも、確信はしました」

「何がだよ?」

「わたくしが未散くんの恋人だって事をです」

 未散の抗議の声が聞こえてこないまま、ハルは静かに扉を閉める。

 ×  ×  ×

 一方、衿栖は、セルシウスの部屋の前に居た。

「さぁ……ここにスペアキーがあります。エリュシオンの有名な設計士は、一体どんな寝相なのでしょうか?」

 鍵を差し込んだ衿栖がセルシウスの部屋へと侵入する。

 その様子を、偶然お手洗いに立っていたシンが目撃していた。

「……バカな……衿栖がセルシウスの部屋に?」

 シンは天を仰ぐ。

「もうこの世に、希望はないのか……」

 彼の髪を夜風が撫でる。見ると、屋上へ続く階段と、開かれた扉があった。

 ×  ×  ×

「ハルのやつ、言うようになったな」

 廊下のキャメラから送られていた映像をモニターを見ていた統の傍で、飛装兵からの連絡を受けたレオンが椅子から立ち上がる。

「何? この宿泊所に自殺志願者だと!?」

「厄介だな、それは」

「……どうする?」

 統は暫く考えた後、指をパチンッと鳴らし、

「……偶然同じ宿に宿泊していたアイドルの説得により、自殺志願者が自殺を思いとどまるってストーリーは美しいと思わないか? レオン?」

 ×  ×  ×

「……あまり美しい映像ではないですね」

 机の上で力尽き、山積みの書類を枕にしてぶっ倒れているセルシウスを見て、衿栖はそう呟いた。『ドッキリ』よりも『過労死』というドキュメンタリーが作れそうな絵だ。

 ヒョイとセルシウスの顔を見ると、いつもの彼が絶対見せないような穏やかな寝顔であった。

「(セルシウスさん。こうしていると結構イケメンなんですよねー……)」

 衿栖がそう思っていると、彼女の耳に付けたイヤホンにレオンの声が聞こえる。

「衿栖。セルシウスの寝顔は撮れたか?」

「はい。これから起こそうかなって……」

「それは中止だ。自殺志願者がいる。死ぬ前にアイドルの力で止めるんだ。未散もすぐによこす」

「え……し、死ぬ!?」

 衿栖の言葉に、カッと目を開くセルシウス。

「アスコルド様が死ぬ前に、涅槃の間を作るのだ!!」

「きゃっ!?」

「……ぬ、夢か。……衿栖殿?」

「こ、こんばんはー……」

 ×  ×  ×

 セルシウスの寝起きドッキリを撮った後、衿栖は未散の部屋を訪れ、即座に彼女を叩き起こしていた。

「ふわぁぁ……何だよ〜衿栖。折角寝たとこなのにぃ」

「すいません、未散さん。でも、神楽さんが起こせって」

 欠伸をする未散の腕を引っ張る衿栖が表に出ると、そこには多くの野次馬がいた。

「シン殿! 死ぬことはないでゴザル!!」

「いや、ジョニー……男はどう死んだかではなく、どう生きたかが重要。今、シンはまさに殉教者となろうとしているのだ」

「加藤少佐! そんな理想を語る場面ではないでゴザル!! ほら、未散ちゃんも何か、シン総統閣下に言って下され!」

「ふぁぁー、みくる、眠いんだけどー」

 そこに、衿栖と未散がやって来る。

「こんばんはー! ツンデレーションです!!」

「……未散ちゃんが二人?」

「は?」

 未散が寝ぼけ眼で見ると、確かに自分がいる。

「……おまえ、みくるだろ?」

「あー!! 未散に衿栖だぁー!! 会いたかったよー!!」

 変身を解き、未散から元の姿に戻ったみくるが、本物の未散の抱きつく。

「ちょ、おま……迷子になってたと思ったら……て、寝るのかよっ!!」

 未散に抱きついたまま寝てしまうみくる。

 衿栖は、隣を無視して屋上に立つシンに呼びかける。

「あのー、そこの人? 危ないから降りてきてくれませんかー?」

 衿栖の呼びかけに、シンが応答する。

「フ……衿栖。男の部屋に出入りしたアイドルの言葉なんて、もう俺には届かないぜ」

「へ?」

「衿栖……そ、そうだったのか?」

 未散も何気にショックを受ける。

「ち、違います! あれはドッキリで……」

「アイドルが誰かの恋人になる悲劇を見せられた俺の哀しみがわかるものか!!」

「……」

 シンの言葉に未散が少しバツの悪そうな顔をする。それは現場に居たハルも同じみたいだ。

「……あの、少し冷静にお話しましょうよ? ね?」

「もう希望は無い……地に堕ちたアイドルと二人でトークしたとしてもだ」

 屋上の縁に足をかけるシンに、野次馬がざわめく。

「シン総統閣下! 駄目でゴザル!! それだけは駄目でゴザル!!」

 ジョニーも声を枯らして叫ぶ中、困った衿栖は未散に振り向く。

「未散さん、どうしたら……?」

「やれやれ……こういう時は飴と鞭。私が一発ガツンと……」

 頭を掻いた未散が一歩前に出ようとした時、彼女の浴衣ドレスにしがみついていたみくるが、その帯に手をかけたまま、ずり落ちる。

「あ……」

 ハラリと未散の浴衣ドレスが解け、下着姿が顕になる。

「あ、ああぁぁぁぁぁーーーッ!!」

「ぬぅ!! 衣装に合わせた青のブラとパンツ!! しかもブラにはパッド無しと見た!! 潔いぞ!!」

 一瞬の判断と動体視力に定評のある加藤少佐が素早くチェックする。

「あーー! シン総統閣下!! 駄目でゴザル!! そんな前のめりに見ようとしたらぁぁーー!!」

 さっさと死ぬはずだったシンも最後に未散の顕な姿を見ようとして、その身を乗り出した途端、落下する。

「きゃあああーー!!」

 衿栖が叫ぶが、落ちるシンをレオンが未散とハルの不足の事態のため待機させていた数名の飛装兵が空中でシンをキャッチする。

「チッ、危うく天国の良い眺めを見ようとしちまったな」

 受け止められたシンは、震える足で強気に呟いた。



「……何とか最悪の事態は起こさずに済んだな」

 レオンはモニターを眺めながら、頭を抱える統に言う。

「……未散め……まさか、飛び降りるヤツの背中を押すとは思わなかったぜ……」

「私達もまだまだアイドルを上手くコントロール出来ていない、ということか」

「ああ、アイドルの持つ求心力程怖いものはないな……」

 二人のコップに執事らしく珈琲を注ぐ希鈴が呟く。

「あの? 衿栖さんや未散さんよりも、お二人が一番怖く思えるのは僕だけでしょうか?」

 尚、幸か不幸かこの騒ぎのお陰で、セルシウスは殆ど寝ないまま、山積みの資料を読み終えることができたのであった。